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戻れない!?
しおりを挟むサイラスは手を伸ばす私を見て目を瞠り、グシャリと泣きそうに表情を歪めた。
サイラスの首に飛び付いてギュッと抱き締めると後ろからグレイソンさんの慌てたような大声が聞こえてくる。
「ユーカ様、危険です!!すぐに離れてください!!」
「だいじょ……」
大丈夫だよ、とグレイソンさんを振り返ろうとした私の襟をガブッと咥えたサイラスはそのまま私を背中に移動させてグレイソンさんと距離をとった。
「……近付くなっ……ユーカは渡さない!!」
「サイラス!?」
グルルルッと牙を剥き出しにしてグレイソンさんを威嚇するサイラス。
酷く興奮していて睨み合うグレイソンさんと一触即発な状況のサイラスに、私はギュウッと抱き付いて必死に声をかける。
「サイラスやめて!!グレイソンさんは味方だよ!お願いだから落ち着いて!」
「……み……かた……」
「そう。ここで、ずっと私とフータのお世話をしてくれてたんだよ」
「……ユーカの……」
グルルルと威嚇する唸り声が段々小さくなり、サイラスの興奮状態がおさまるまで私はサイラスの背中を撫で続けた。
サイラスが後ろを振り返り私の頬をペロペロと舐める。
「……ユーカ……会いたかった」
「…………うん」
「やっと……やっと見つけた」
「…………うん、ごめん」
「ユーカ……ユーカ……」
「うん……ごめん。ごめんね……」
スリスリと頬擦りをするサイラスをギュッと強く抱き締めていた私はいつの間にか泣いていたみたいで、またサイラスにペロペロと頬を舐められた。
ザラザラとした舌が擽ったくて泣き笑いみたいになってサイラスに抱き付いたままでいたら、グレイソンさんに声をかけられる。
「ユーカ様、こちらで長話もなんですので、取り敢えず中へお入りください。其方もご一緒にどうぞ。お見受けしたところ、獣人族の方かと……中へお入りの際は変身を解いてからにしていただけますと有り難いのですが」
「あっ、そっか、ゴメンねサイラス!私がくっ付いていたら人間に戻れないよね?」
グレイソンさんに言われて我に返った私は慌ててサイラスから離れたんだけど……サイラスは俯いたまま人間に戻ることなく黙り込んでしまった。
「サイラス?」
「…………い」
「え?なんて?」
「…………戻れない」
「…………え?」
「……だから、戻れないんだ」
「………………はい?」
俯いたままボソリと唸るように言うサイラス。私はそれが聞き間違いかと何度も聞き返してしまい、サイラスが気まずそうにフイッとそっぽを向く。
「……ずっと、この姿でいたら……いつからか戻れなくなっていた」
「え……人間の姿に、戻れない?」
「ああ……最後に戻ったのがいつだったのかも、もう覚えていないくらいだ」
「……そんな」
信じられない思いでそっと撫でたサイラスの背は、抱き付いた時には無我夢中で気付かなかったがゴワゴワとしていて薄汚れている。
以前はキラキラと銀色に輝いていたフサフサとした手触りの良い毛並みも、今は見る影も無くボロボロだ。
「なんで……なんでずっと狼に?」
「…………」
私の問いかけに、サイラスはそっぽを向いたままで答えてはくれない。
「戯け者めが。ずっとユーカを探しておったからに決まっておろうが」
「え?」
「獣人は他種族よりも鼻が利くが、変身した姿の方がその何倍も匂いを感知出来るでな。ユーカの匂いを追っていたのであろう?」
屋敷の中からフータが人の姿で現れズンズンとこっちに歩み寄って来る。
そして私とサイラスをベリッと引き離すと私を抱き上げて思い切り顔を顰めた。
「グレイソンの言う通り、取り敢えず中へ入れ。そしてサイラスは風呂へ入るのだ。汚くてかなわん。グレイソン、すぐに風呂の準備をしてやれ。……サイラス、お主かなり臭いぞ」
「……え」
サイラスが体を硬らせ、屋敷へ入ろうとしていたその動きを止める。
「だ、大丈夫だよ!私も一緒に入って綺麗に洗ってあげるからっ!ねっ?」
「それは駄目だ」
「言語道断です」
「ええっ!?何で!?サイラスが1人で入っても自分で洗えないじゃん!私だって、もう子供じゃないんだからサイラスの体くらいちゃんと洗えると思うけど……」
フータとグレイソンさんに同時に、しかも強めに止められてしまった。
私は自分でもサイラスの手助けが出来る事を一生懸命アピールしたのだけれど。
「戯け者。そういう問題ではないわ」
「もう子供じゃないから、駄目なのですよ」
と、2人して残念な子を見るような目で見てきて盛大な溜息まで吐かれてしまった。……何でだ。
「せっかく久しぶりにサイラスとお風呂へ入れると思ったのに~。ねえ?」
「いや、う、うん、まあ……」
フータが私を抱きかかえたまま降ろしてくれないから精一杯手を伸ばしてサイラスの背中を撫で撫でし同意を求めるように顔を覗き込むと、しどろもどろになったサイラスにサッと目を逸らされてしまった。……何でだ。
「お主は危機感が全く無いのう。そんな事では其処の狼にペロリと食べられてしまうぞ?」
「えー?やだなぁ、フータ。サイラスは人なんて食べないよ」
「戯け者が」
アハハと笑い飛ばしたら呆れたような表情のフータにデコピンをお見舞いされた。痛い。……地味に痛い。
チラリとサイラスを見れば、顔を赤くしながらフータを睨んでいる。…………ような気がする。狼の姿だから本当にそうかは分からないけど。
でも、照れたような気まずそうな感じなのがサイラスから伝わってきて…………なんだか私の心が、ムズムズして、ドキドキして、擽ったかった。
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