水神飛鳥の異世界茶会記 ~戦闘力ゼロの茶道家が、神業の【陶芸】と至高の【和菓子】で、野蛮な異世界を「癒やし」で侵略するようです~

月神世一

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EP 9

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炎と土、そして破壊の美学
​サバルテ王宮での生活が始まって数日。
飛鳥は、レオナに一つの願い出をした。
​「レオナ様。……窯(かま)を貸して頂きたいのですが」
「窯だと? 何に使うのだ。料理なら厨房にあるぞ」
「いえ、料理用ではなく。私は皆様に飲んで頂くための『器』を自作したく存じます」
​飛鳥の言葉に、レオナは目を丸くした。
​「何、飛鳥殿は茶を点てるだけでなく、焼き物も出来るのか?」
「はい。茶と器は一対のものですから」
「……呆れた才能だ。分かった。城の外れに、かつて鍛冶師が使っていた古い窯がある。そこを使うと良い」
「かたじけなく存じます」
​城の外れにある古びた工房。
飛鳥は埃を払い、自身のスキル『土神の指先(はじのかみ・フィンガー)』を発動させた。
虚空から、しっとりとした良質な陶土が出現する。
​「さて……始めましょうか」
​飛鳥は作業着である作務衣(さむえ)に着替え、襷(たすき)をキリリと締めた。
その表情からは、いつもの柔和な笑みが消え、研ぎ澄まされた刃のような鋭さが宿っていた。
​工房の隅で様子を見守っていたレオナは、その変化に息を呑んだ。
​(……空気が変わった。剣を構えた時のような、凄まじい集中力だ)
​飛鳥は手回しのろくろを設置し、土の塊を据えた。
ろくろが回り出す。
濡れた指先が土に触れると、土はまるで意思を持った生き物のように、滑らかに立ち上がり、形を変えていく。
​指先の力加減ひとつで、縁が広がり、くびれが生まれ、美しい曲線が描かれる。
一切の迷いがない手つき。
​(見事だ……。これもまた、飛鳥の顔か)
​レオナは言葉もなく、その魔術的な指先の舞に見入っていた。
​数え切れないほどの茶碗の土台(素地)が並ぶと、飛鳥はそれを乾燥させ、素焼きの工程へと移った。
窯に火をくべる。
燃え盛る炎に照らされた飛鳥の瞳は、赤く揺らめき、どこか人外の魔性を帯びているようにすら見えた。
​素焼きを終え、冷ました器に、今度は釉薬(ゆうやく)を掛けていく。
灰色の泥水のような液体に器を浸すが、レオナにはそれがどう仕上がるのか想像もつかない。
​「ここからが、本番です」
​再び窯に火が入る。本焼きだ。
千度を超える炎の嵐。飛鳥は汗を拭おうともせず、炎の色だけで温度を見極め、薪をくべ続ける。
夜通し行われたその作業は、魔物との死闘よりも過酷に見えた。
​翌朝。
窯の温度が下がり、いよいよ窯出しの時が来た。
重い扉が開かれると、熱気と共に、焼き上がった器たちが姿を現した。
​「おお……!」
​レオナは思わず感嘆の声を漏らした。
泥色だった器たちは、炎の洗礼を受け、美しい色に生まれ変わっていた。
深い黒、雪のような白、炎のような赤。ガラス質の釉薬が光を反射し、宝石のように輝いている。
​「素晴らしい作品だ、飛鳥! まるで宝物庫を開けたようではないか!」
​レオナは並べられた器の一つを手に取ろうとした。
しかし、飛鳥はまだ笑わなかった。
​「……検品を行います」
​飛鳥は一つ一つの器を手に取り、真剣な眼差しで確認していく。
形、重さ、釉薬の垂れ具合、手触り。
​そして。
​ガシャンッ!!
​乾いた音が工房に響き渡った。
飛鳥が、手に持っていた美しい茶碗を、石畳に叩きつけて割ったのだ。
​「なっ!?」
​レオナが驚愕する間もなく、次の音が響く。
​ガシャン! パリーン! ガシャッ!
​「な、何をするんだ!? 飛鳥!?」
​レオナは慌てて飛鳥の腕を掴んだ。
​「正気か!? こんなに見事な作品を! どこにも傷などないではないか!」
「……いえ、失敗です」
​飛鳥は冷徹に告げた。
その足元には、レオナから見れば国宝級に美しい茶碗の残骸が散らばっている。
​「焼きが甘い。景色(模様)が死んでいる。重心が悪い。……こんな『死んだ器』を、皆様に出すわけにはいきません」
​「これが……失敗だと……?」
​「茶席において、器は主人の心を映す鏡。一点の曇りも許されません」
​飛鳥はそう言い放つと、さらに数個の茶碗を無表情で割り捨てた。
百個近く焼いた茶碗の中で、残されたのはわずか数個。
​しかし。
その生き残った数個は、割られた者たちの魂を吸い上げたかのように、異様なほどの存在感を放っていた。
​「……これならば」
​飛鳥はようやく表情を緩め、一つ残った黒楽茶碗を掌に乗せた。
それは、宇宙の闇を切り取ったような、深く、吸い込まれるような黒。
​「完成です」
​レオナは震える手で、その生き残りの一つを受け取った。
ずしりとした重み。手に吸い付くような肌触り。
ただの粘土が、命を持ってそこにある。
​(……これが、職人という生き物か)
​戦場での殺し合いとは違う。己の理想と戦い、不要なものを切り捨てる「創造の狂気」。
レオナは、武力を持たないはずのこの男に、将軍ガエン以上の「強さ」を見た気がした。
​「……見事だ。貴殿の覚悟、しかと見届けた」
​足元の破片を踏まないように、レオナはその器を両手で抱きしめた。
それは、彼女が初めて手にした「戦利品以外の宝物」だった。
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