水神飛鳥の異世界茶会記 ~戦闘力ゼロの茶道家が、神業の【陶芸】と至高の【和菓子】で、野蛮な異世界を「癒やし」で侵略するようです~

月神世一

文字の大きさ
8 / 45

EP 8

春を告げる桜餅と、王宮への招待
​地下牢の茶室(元・独房)に、また一つ、新たな香りが満ちた。
釜の湯が沸く音だけが響く静寂の中、飛鳥は懐紙に乗せた一品を、恭しくレオナの前に差し出した。
​「どうぞ。お茶請けに『桜餅(さくらもち)』をご用意いたしました」
​それは、薄紅色の餅が、塩漬けにされた緑の葉に包まれた、見た目にも華やかな菓子だった。
殺風景な地下牢に、そこだけ春が咲いたようだ。
​「……桜、餅? なんと綺麗な菓子だな」
​レオナはその愛らしさに目を奪われた。
無骨な肉や、飾り気のないパンばかり食べているサバルテの民にとって、これほど「愛でる」ことに特化した食べ物は未知の存在だ。
​「春に食べるのが良きかなと思いまして。外の季節は分かりませんが、貴方の心に春風が吹けばと」
「春……か」
​レオナは桜餅を手に取り、その香りを吸い込んだ。
甘い香りと、葉の少し塩気のある香り。
​「私は……春が来た事も、春を感じる事すらも、忘れていたようだ」
​常在戦場。王となってからの彼女の日々は、緊張と決断の連続だった。
季節の移ろいなど、作戦行動における天候の変化でしかなかった。花を美しいと思う余裕など、どこかに置き忘れてきてしまったのだ。
​レオナは桜餅を口に運んだ。
もっちりとした食感。餡の優しい甘さを、桜の葉の塩味が引き立てる。
​「……っ」
​口の中に広がる、華やかな風味。
それは、かつて子供の頃に草原で感じた、暖かい風の記憶を呼び覚ますようだった。
続けて、飛鳥が点てた温かい抹茶をすする。
​「美味しい……。本当に、美味しい……」
​レオナはふぅ、と長く息を吐いた。
肩に乗っていた重い鎧が、見えない手によって外されたような感覚。
彼女は目を閉じ、じっくりと、舌の上で「春」を味わった。
​「喜んで頂けて、嬉しゅうございます」
​飛鳥の静かな声が、心に沁みる。
レオナは決意したように目を開け、目の前の男を見据えた。
​「飛鳥、殿」
​呼び捨てではなく、敬称を込めた呼び名。
​「こんな牢屋では不便であろう。……いや、貴殿のような才人を、このような場所に押し込めておくのは我が国の恥だ」
​レオナは居住まいを正した。
​「王宮に部屋を用意しよう。そこで、茶を淹れては頂けぬだろうか。私だけでなく、疲れ果てた我が国の者たちにも」
​その言葉に、後ろで控えていたミーナがパァッと顔を輝かせた。
​「レオナ様! ……やったね、飛鳥! これで毎日美味しいお茶が飲めるぞ!」
「ふふ。ミーナさんが一番嬉しそうですね」
​飛鳥は穏やかに微笑み、手をついて頭を下げた。
​「有難き幸せ。お心遣い、感謝致します。……茶の湯の心が届くのであれば、何処へでも参りましょう」
​「「「なんだ、あの人間は?」」」
​サバルテ王宮、謁見の間。
そこに集まっていた国の重鎮たちは、ざわめきを隠せなかった。
筋骨隆々たる虎耳族の将軍、鋭い眼光の鷲耳族の参謀、巨大な体躯の熊耳族の大臣。
歴戦の猛者たちが並ぶ中、女王レオナに連れられて入ってきたのは、武器一つ持たない、線の細い人間の男だったからだ。
​「静粛に!」
​レオナの一喝が響き、場が静まる。
女王は玉座の前で振り返り、隣に立つ飛鳥を示した。
​「紹介しよう。こちらは、サバルテ王国の『客分』として招いた、飛鳥殿だ」
​「客分、だと……!?」
「人間ごときを、我らと同等の客として招くだと?」
「女王、ご乱心か! その男に何の力が――」
​重鎮たちが色めき立つ。
無理もない。彼らにとって人間は「弱い種族」であり、力こそが正義のこの国で、敬意を払う対象ではない。
荒々しい視線と、威圧的な闘気が飛鳥に集中する。
​だが。
飛鳥は微動だにしなかった。
殺気を受け流す柳のように、涼しい顔で一歩前へ出る。
​「お初にお目にかかります」
​飛鳥はスッと背筋を伸ばし、流れるような所作で、深々と頭を下げた。
​「水神飛鳥と申します。……皆様に少しでも、美味しい茶を淹れさせて頂きます」
​その一礼(おじぎ)の美しさ。
一切の隙がなく、それでいて敵意の欠片もない「完全なる静寂」。
闘気とは違う、研ぎ澄まされた精神の在り方に、百戦錬磨の獣人たちが息を呑んだ。
​(……なんだ、この男は)
(隙がない……斬りかかっても、空を切る気がする)
​場を支配する静けさの中、レオナだけが満足げに口の端を吊り上げた。
​「以後、飛鳥殿は私の『茶頭(さどう)』として遇する。無礼な振る舞いは許さんぞ」
​こうして、武力の国サバルテに、初めて「茶道家」という異色の存在が誕生したのである。
感想 0

あなたにおすすめの小説

畑の隣にダンジョンが生えたので、農家兼ダンチューバーになることにした件について〜隠れ最強の元エリート、今日も野菜を育てながら配信中〜

グリゴリ
ファンタジー
 木嶋蒼、35歳。表向きは田舎で農業を始めて1年目の、どこにでもいる素朴な農家だ。しかし実態は、内閣直轄の超エリート組織・ダンジョン対策庁において「特総(特別総括官)」という非公開の最高職を務める、日本最高峰の実力者である。その事実を知る者は内閣総理大臣を含む極少数のみ。家族でさえ、蒼が対策庁を早々に退庁したと信じて疑わない。  SSSランクのテイムスキルと攻撃スキル、SSランクの支援スキルと農業スキルを18歳時に鑑定され、誰もが「化け物」と称えたその実力を、蒼は今日も畑仕事に注ぎ込んでいる。農作物の品質は驚異的に高く、毎日の収穫が静かな喜びだ。少し抜けているところはあるが、それもご愛嬌——と思っていた矢先、農業開始から1年が経ったある朝、異変が起きた。  祖父母の旧宅に隣接する納屋の床に、漆黒に金の縁取りをしたゲートリングが突如出現したのだ。通常の探索者には認識すらできないそれは、蒼だけが見えるシークレットプライベートダンジョン——後に「蒼天の根」と呼ばれることになる、全100階層の特異空間だった。  恐る恐る潜ったダンジョンの第1層で、蒼は虹色に輝くベビースライム「ソル」と出会い、即座に従魔として契約。さらに探索を進める中でベビードラゴンの「ルナ」、神狼種のベビーシルバーウルフ「クロ」を仲間に加えていく。そしてダンジョン初潜入の最中、蒼の体内に「究極進化システム」が覚醒する。ダンジョン内の素材をエボリューションポイント・ショップポイント・現金へと変換し、自身や従魔、親しい者を際限なく強化・進化させるこのシステムは、ガチャ機能・ショップ機能・タスク機能まで備えた、あまりにもチートじみた代物だった。  蒼は決める。「せっかくだから配信もしよう」と。農家兼ダンチューバーという前代未聞のスタイルで探索者ライセンスを取得し、「農家のダンジョン攻略配信」を開始した彼の動画はじわじわと注目を集め始める。  そんな中、隣のダンジョンの取材にやってきたのが、C級探索者ライセンスを持つ美人記者兼ダンチューバー・藤宮詩織だった。国際探索者協会の超エリート一家に生まれながら自らの道を切り開いてきた彼女は、蒼の「農家なのになぜかとても強い」という矛盾に鋭い鑑定眼を向ける。  隠れ最強の農家配信者と、本質を見抜く美人記者。チート級の従魔たちが賑やかに囲む日常の中で、二人の距離は少しずつ縮まっていく。ダンジョン攻略・農業・配信・ガチャ・そして予期せぬ大事件——波乱と笑いと感動が交錯する、最強農家の新米配信者ライフが、今幕を開ける。

【完結】憧れのスローライフを異世界で?

さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。 日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。

ダンジョン銭湯 ~鎧は脱いでお入りください~

こまちゃも
ファンタジー
祖父さんから受け継いだ銭湯ごと、ダンジョンに転移してしまった俺。 だがそこは、なぜか”完全安全地帯”だった。 風呂に入れば傷は癒え、疲れも吹き飛ぶ。 噂を聞きつけた冒険者たちが集まり、宿やギルドまでできていく。 俺には最強の武器もスキルもないがーー最強のヒーラーや個性豊かな常連たちに囲まれながら、俺は今日も湯を沸かす。 銭湯を中心に、ダンジョンの中に小さな拠点が広がっていく。 ――ダンジョン銭湯、本日も営業中。

異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい

ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。 強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。 ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。

家族に忘れられていた第五王子は愛され生活を送る

りーさん
ファンタジー
 アズール王国の王宮には、多くの王子や王女が住んでいる蒼星宮という宮がある。  その宮にはとある噂が広まっていた。併設されている図書館に子どもの幽霊が現れると。  そんなある日、図書館に出入りしていた第一王子は子どものような人影を見かける。  その時、父である国王にすら忘れられ、存在を知られていなかった第五王子の才覚が露になっていく。

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

知識スキルで異世界らいふ

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

元万能技術者の冒険者にして釣り人な日々

於田縫紀
ファンタジー
俺は神殿技術者だったが過労死して転生。そして冒険者となった日の夜に記憶や技能・魔法を取り戻した。しかしかつて持っていた能力や魔法の他に、釣りに必要だと神が判断した様々な技能や魔法がおまけされていた。 今世はこれらを利用してのんびり釣り、最小限に仕事をしようと思ったのだが…… (タイトルは異なりますが、カクヨム投稿中の『何でも作れる元神殿技術者の冒険者にして釣り人な日々』と同じお話です。更新が追いつくまでは毎日更新、追いついた後は隔日更新となります)