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EP 14
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ダンジョン・キャンプと、白き麺の神
『碧水晶の洞窟』も中層を過ぎ、地下5階層。
環境は過酷さを増していた。気温は下がり、湿度は上がり、冒険者の体力を容赦なく奪っていく。
「はぁ……はぁ……足が、棒のようだ……」
「水……誰か水をくれ……」
『白銀の剣』の面々は、限界を迎えていた。
暗闇と煙、そして終わりの見えない行軍。精神的にも肉体的にも摩耗しきっている。
リーダーのアルヴィスが、岩壁に手をつきながら指示を出した。
「……休憩だ。この広間で、少し休むぞ」
彼らは冷たい石畳の上に、直接座り込んだ。
食事の時間だ。取り出したのは、石のように硬い携帯保存食(ハードタック)と、干し肉。
水筒の水はぬるく、泥臭い。
「……味気ねぇ」
「文句を言うな。腹が満たせればいいんだ」
ガリッ、ボリッ。
味のない乾パンを、唾液で無理やり流し込む。
それは食事というより、ただの栄養補給作業だった。冒険者にとって、ダンジョンでの食事とは本来こういうものだ。
――そう、彼らが信じていた「常識」が、隣のスペースで粉々に破壊されるまでは。
◇
「よし、ここをCP(指揮所)とする。休憩(レスト)だ」
数メートル離れた場所で、坂上が宣言した。
彼らは疲れを見せるどころか、ハイキングに来たような軽快さだ。
坂上はPXウィンドウを操作し、円盤状のバッグを取り出した。
「展開するぞ」
彼がバッグから中身を取り出し、放り投げる。
ボンッ!
一瞬にして、4人が余裕で入れるサイズの居住空間が出現した。
PX商品**『ワンタッチ・ドームテント(断熱マット付き)』**だ。
「な、なんだあの魔法道具は!? 一瞬で結界ごときの家が建ったぞ!?」
アルヴィスたちが乾パンを落として驚愕する。
だが、真の驚きはこれからだった。
「腹が減っては戦はできん。……湯を沸かすぞ」
坂上がカセットコンロに火をつける。
ゴォォォ…… という頼もしい燃焼音。
そして取り出したのは、白地に青い文字が踊る、伝説のカップ麺。
『カップヌードル・シーフード味(BIGサイズ)』。
人数分のお湯を注ぎ、蓋をして3分待つ。
その待ち時間すら、彼らには優雅な儀式に見えた。
「よし。……オープン」
坂上が蓋をめくった瞬間。
ボワァァァ……!
白濁したスープの湯気と共に、強烈な「匂い」が爆発した。
ポークと魚介の旨味、そして塩気を含んだクリーミーな香り。
湿った洞窟内において、その匂いは暴力的なまでの誘惑となって拡散した。
「い、いい匂い……!!」
ルナが歓声を上げる。
フォークで麺を持ち上げると、カニ風味カマボコやイカ、卵が宝石のように絡みつく。
「いっただっきまーす! ……んんっ! はふはふ! 美味しいぃぃ!」
ルナが音を立てて麺をすする。
その咀嚼音(ASMR)が、洞窟内に反響する。
「……ほう。この白いスープ、魚介の出汁(ダシ)が効いてやがる」
龍魔呂も夢中で食いつく。
塩分と脂質。疲弊した体に最も必要なものが、凝縮されているのだ。
「具材のイカがまた、噛めば噛むほど味が出ますね。……素晴らしい保存食です」
ネギオも冷静に評価しつつ、スープを一滴残さず飲み干す勢いだ。
◇
その光景を横で見せつけられている『白銀の剣』の心情たるや、筆舌に尽くしがたいものがあった。
「な、なんだあれは……」
「スープ……? 湯気が立ってる……温かいのか……?」
自分たちの手元を見る。
冷たくて硬いパン。
あちらを見る。
温かくて、濃厚な魚介スープと、ツルツルの麺。
グゥゥゥ……
キュルルル……
誰かの腹の虫が、盛大に鳴いた。連鎖して、全員の腹が鳴る。
「くそっ……! 見せつけやがって……!」
アルヴィスが震える手でパンを握りしめる。
プライドが邪魔をして「くれ」とは言えない。
だが、嗅覚という原始的な感覚は、彼らの戦意を確実に削いでいった。
さらに、坂上によるトドメの一撃。
「食後のコーヒーだ」
コポポポ……
ドリップバッグに湯を注ぐ。
立ち上る、深く香ばしいアロマ。
湿気臭い洞窟の空気が、一瞬にして純喫茶のそれに変わる。
「……ふぅ。生き返るな」
坂上が優雅にカップを傾ける。
その姿は、泥にまみれたアルヴィスたちとは対照的な、圧倒的な「勝者」の姿だった。
◇
休憩が終わり、坂上がテントを撤収すると、ニャングルがこっそりとアルヴィスたちに近づいた。
「へっへっへ。若いの、辛そうでんなぁ」
「……なんだよ、猫商人」
「どうでっか? さっきの『白い麺』と『黒い魔性の飲み物』……特別に譲りまひょか?」
ニャングルが悪魔の囁きをする。
「金貨1枚。……いや、足元見て金貨3枚でどうだす?」
「さ、3枚!? ふざけるな! 誰がそんなボッタクリ……!」
アルヴィスが怒鳴ろうとしたが、後ろの女性魔法使いが袖を引いた。
「アルヴィス……私、もう限界……温かいものが食べたい……」
「お、おい!?」
「私のへそくり出すから! お願い!」
兵站(ロジスティクス)の敗北は、部隊の崩壊を意味する。
結局、彼らは泣く泣く金貨を支払い、ニャングルからカップヌードル(の残り汁で作った雑炊用のご飯)と、インスタントコーヒーを買い取ることになった。
温かい食事を口にしたエリートたちの目から、涙がこぼれ落ちたのは言うまでもない。
「……ちくしょう、美味い……美味すぎる……!」
坂上はその様子を遠目に見ながら、静かに双眼鏡を構えた。
「腹は満たされたか? ……なら、働いてもらうぞ」
「え?」
坂上の視線の先。
広間の奥にある巨大な扉が、ギギギ……と音を立てて開き始めていた。
「どうやら、匂いに釣られたのは人間だけじゃなかったようだな」
そこには、シーフードの香りに興奮した魔物の大群が、目を血走らせて待ち構えていた。
『碧水晶の洞窟』も中層を過ぎ、地下5階層。
環境は過酷さを増していた。気温は下がり、湿度は上がり、冒険者の体力を容赦なく奪っていく。
「はぁ……はぁ……足が、棒のようだ……」
「水……誰か水をくれ……」
『白銀の剣』の面々は、限界を迎えていた。
暗闇と煙、そして終わりの見えない行軍。精神的にも肉体的にも摩耗しきっている。
リーダーのアルヴィスが、岩壁に手をつきながら指示を出した。
「……休憩だ。この広間で、少し休むぞ」
彼らは冷たい石畳の上に、直接座り込んだ。
食事の時間だ。取り出したのは、石のように硬い携帯保存食(ハードタック)と、干し肉。
水筒の水はぬるく、泥臭い。
「……味気ねぇ」
「文句を言うな。腹が満たせればいいんだ」
ガリッ、ボリッ。
味のない乾パンを、唾液で無理やり流し込む。
それは食事というより、ただの栄養補給作業だった。冒険者にとって、ダンジョンでの食事とは本来こういうものだ。
――そう、彼らが信じていた「常識」が、隣のスペースで粉々に破壊されるまでは。
◇
「よし、ここをCP(指揮所)とする。休憩(レスト)だ」
数メートル離れた場所で、坂上が宣言した。
彼らは疲れを見せるどころか、ハイキングに来たような軽快さだ。
坂上はPXウィンドウを操作し、円盤状のバッグを取り出した。
「展開するぞ」
彼がバッグから中身を取り出し、放り投げる。
ボンッ!
一瞬にして、4人が余裕で入れるサイズの居住空間が出現した。
PX商品**『ワンタッチ・ドームテント(断熱マット付き)』**だ。
「な、なんだあの魔法道具は!? 一瞬で結界ごときの家が建ったぞ!?」
アルヴィスたちが乾パンを落として驚愕する。
だが、真の驚きはこれからだった。
「腹が減っては戦はできん。……湯を沸かすぞ」
坂上がカセットコンロに火をつける。
ゴォォォ…… という頼もしい燃焼音。
そして取り出したのは、白地に青い文字が踊る、伝説のカップ麺。
『カップヌードル・シーフード味(BIGサイズ)』。
人数分のお湯を注ぎ、蓋をして3分待つ。
その待ち時間すら、彼らには優雅な儀式に見えた。
「よし。……オープン」
坂上が蓋をめくった瞬間。
ボワァァァ……!
白濁したスープの湯気と共に、強烈な「匂い」が爆発した。
ポークと魚介の旨味、そして塩気を含んだクリーミーな香り。
湿った洞窟内において、その匂いは暴力的なまでの誘惑となって拡散した。
「い、いい匂い……!!」
ルナが歓声を上げる。
フォークで麺を持ち上げると、カニ風味カマボコやイカ、卵が宝石のように絡みつく。
「いっただっきまーす! ……んんっ! はふはふ! 美味しいぃぃ!」
ルナが音を立てて麺をすする。
その咀嚼音(ASMR)が、洞窟内に反響する。
「……ほう。この白いスープ、魚介の出汁(ダシ)が効いてやがる」
龍魔呂も夢中で食いつく。
塩分と脂質。疲弊した体に最も必要なものが、凝縮されているのだ。
「具材のイカがまた、噛めば噛むほど味が出ますね。……素晴らしい保存食です」
ネギオも冷静に評価しつつ、スープを一滴残さず飲み干す勢いだ。
◇
その光景を横で見せつけられている『白銀の剣』の心情たるや、筆舌に尽くしがたいものがあった。
「な、なんだあれは……」
「スープ……? 湯気が立ってる……温かいのか……?」
自分たちの手元を見る。
冷たくて硬いパン。
あちらを見る。
温かくて、濃厚な魚介スープと、ツルツルの麺。
グゥゥゥ……
キュルルル……
誰かの腹の虫が、盛大に鳴いた。連鎖して、全員の腹が鳴る。
「くそっ……! 見せつけやがって……!」
アルヴィスが震える手でパンを握りしめる。
プライドが邪魔をして「くれ」とは言えない。
だが、嗅覚という原始的な感覚は、彼らの戦意を確実に削いでいった。
さらに、坂上によるトドメの一撃。
「食後のコーヒーだ」
コポポポ……
ドリップバッグに湯を注ぐ。
立ち上る、深く香ばしいアロマ。
湿気臭い洞窟の空気が、一瞬にして純喫茶のそれに変わる。
「……ふぅ。生き返るな」
坂上が優雅にカップを傾ける。
その姿は、泥にまみれたアルヴィスたちとは対照的な、圧倒的な「勝者」の姿だった。
◇
休憩が終わり、坂上がテントを撤収すると、ニャングルがこっそりとアルヴィスたちに近づいた。
「へっへっへ。若いの、辛そうでんなぁ」
「……なんだよ、猫商人」
「どうでっか? さっきの『白い麺』と『黒い魔性の飲み物』……特別に譲りまひょか?」
ニャングルが悪魔の囁きをする。
「金貨1枚。……いや、足元見て金貨3枚でどうだす?」
「さ、3枚!? ふざけるな! 誰がそんなボッタクリ……!」
アルヴィスが怒鳴ろうとしたが、後ろの女性魔法使いが袖を引いた。
「アルヴィス……私、もう限界……温かいものが食べたい……」
「お、おい!?」
「私のへそくり出すから! お願い!」
兵站(ロジスティクス)の敗北は、部隊の崩壊を意味する。
結局、彼らは泣く泣く金貨を支払い、ニャングルからカップヌードル(の残り汁で作った雑炊用のご飯)と、インスタントコーヒーを買い取ることになった。
温かい食事を口にしたエリートたちの目から、涙がこぼれ落ちたのは言うまでもない。
「……ちくしょう、美味い……美味すぎる……!」
坂上はその様子を遠目に見ながら、静かに双眼鏡を構えた。
「腹は満たされたか? ……なら、働いてもらうぞ」
「え?」
坂上の視線の先。
広間の奥にある巨大な扉が、ギギギ……と音を立てて開き始めていた。
「どうやら、匂いに釣られたのは人間だけじゃなかったようだな」
そこには、シーフードの香りに興奮した魔物の大群が、目を血走らせて待ち構えていた。
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