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第二章 邪と天然と鬼の温泉地
EP 5
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龍と鬼、そしてラーメン
カイト農場に、二つの「食の聖地」が誕生してから数日。
昼は竜神デュークの屋台『龍神軒』。
夜は鬼神龍魔呂の『BAR 煉獄』。
どちらも連日大盛況だったが、その店主同士の仲は、水と油のように混ざり合っていなかった。
ある日の午後。仕込みの時間。
屋台で豚骨を割っていたデュークが、鼻を鳴らした。
「フン……。軟弱な匂いだ。男ならガツンとニンニクの効いた豚骨を食らわんか」
その視線の先、ログハウスのテラスでは、龍魔呂がハーブの葉を丁寧に選別していた。
龍魔呂は手を止めず、涼しい顔で返す。
「……野暮な出汁だな。脂でギトギトのスープなど、味覚が麻痺するだけだ。俺の客には、もっと繊細な芸術(カクテル)を提供する」
ピキキッ。
二人の間に、目に見えない火花が散った。
神気と闘気。世界を二分しかねないプレッシャーが衝突し、近くにいたスズメが気絶して落ちた。
「ほう……。若造が、我の『至高のスープ』を愚弄するか」
デュークが寸胴鍋の蓋を叩きつけた。
彼は調停者としてのプライド以上に、ラーメン職人としてのプライドが高い。
「面白い。ならば貴様のその『芸術』とやらが、我のラーメンより上か試してやろうではないか!」
「望むところだ。……アンタの舌を、俺の角砂糖よりも甘く蕩(とろ)けさせてやる」
龍魔呂が不敵に笑い、シェイカーを手に取った。
カイト農場名物、「第一回・最強料理対決」の開幕である。
†
審査員席には、カイトが座らされていた。
ギャラリーにはポチ、フェンリル、フレア、ラスティアなど、いつものメンツが揃っている。
「えーと……。二人とも、仲良くやろうよ?」
カイトが困り顔で言うが、二人の料理人は聞く耳を持たない。
「カイト! まずは我のラーメンを食え!」
デュークが咆哮した。
『アルティメット・バースト(火力調整版)』。
黄金のブレスで寸胴を一気に加熱し、旨味を極限まで凝縮させる。
湯切りは音速。麺が空中で舞い、美しく丼に着地する。
「食らえ! 『特製・竜神豚骨(ドラゴン・トンコツ)DX』だ!」
ドンッ!
出されたのは、背脂が輝く濃厚な一杯。巨大なチャーシューが丼からはみ出している。
カイトは箸を割り、麺を啜った。
ズゾゾッ……!
「――っ! くぅ~っ! 美味い!」
カイトが声を上げた。
ガツンとくる動物系の旨味。ニンニクのパンチ。それがモチモチの麺に絡みつく。農作業で汗をかいた体に、塩分と脂質が染み渡る。
「やっぱりデュークさんのラーメンは最高だ! 元気が出るよ!」
「グワハハハ! そうだろう! これぞ男の飯よ!」
デュークが高笑いし、龍魔呂を見下ろした。
龍魔呂は静かにフンと鼻を鳴らし、カイトの前に美しいグラスと小皿を置いた。
「次は俺だ。……口直しをしてくれ」
龍魔呂が差し出したのは、宝石のように美しい『彩り野菜のテリーヌ』と、淡いピンク色のノンアルコールカクテルだった。
彼は調理に包丁を使わなかった。
ただ、赤黒い闘気を指先に纏わせ、野菜の細胞を壊さぬよう瞬時に切断したのだ。
「どうぞ」
カイトはテリーヌを口に運んだ。
……パクッ。
「…………あぁ」
カイトから、ため息のような声が漏れた。
優しい。
野菜本来の甘味と、出汁のジュレが口の中で解けていく。ラーメンの脂っこさが洗い流され、五感が研ぎ澄まされるようだ。
そしてカクテルを飲むと、サトウキビ由来の自然な甘さが、疲れを癒やしてくれる。
「すごい……。龍魔呂さんの料理は、心が落ち着くよ。まるでお母さんに抱っこされてるみたいだ」
「……ふっ。悪くない感想だ」
龍魔呂が口元を緩めた。
審査員のカイトは、二人の料理を交互に見て、ニコニコと笑った。
「どっちも凄すぎて選べないよ! 昼はラーメンで力をつけて、夜はテリーヌで癒やされる。これが最高の贅沢じゃないかな?」
その言葉に、デュークと龍魔呂は顔を見合わせた。
「……ふん。まあ、貴様の酒も、口直しには悪くないかもしれん」
「……アンタのスープも、労働の後なら悪くない」
二人は不器用に認め合った。
それを見ていたギャラリーたちが歓声を上げる。
「よーし! 引き分けなら宴会だー!」
「ラーメンとカクテル、両方持ってこい!」
ポチがチャーシューを頬張り、フェンリルがテリーヌを丸呑みし、ラスティアがカクテルで顔を赤らめる。
農場は一瞬にしてどんちゃん騒ぎになった。
その喧騒の中。
龍魔呂はカウンターの奥で、グラスを拭きながら静かに微笑んでいた。
(……うるさい奴らだ)
かつて、地下闘技場の冷たい檻の中で、弟のユウと二人、寒さに震えていた夜があった。
あの頃の自分が見たら、今のこの暖かさを何と言うだろうか。
『にいちゃん、みんなわらってるね』
幻聴かもしれない。だが、龍魔呂には確かに弟の声が聞こえた気がした。
彼は胸ポケットから角砂糖を一つ取り出し、口に含んだ。
「……ああ。悪くない騒ぎだ」
甘さが広がる。
鬼神の表情は、ただの穏やかなバーテンダーのものになっていた。
カイト農場の食卓は、今日も最強で、最高に騒がしい。
だが、この幸せな時間の裏で、地下深くの「黒い泥」は、着実にその量を増していた。
カイトがそれを「温泉」と勘違いする瞬間まで、あとわずかである。
カイト農場に、二つの「食の聖地」が誕生してから数日。
昼は竜神デュークの屋台『龍神軒』。
夜は鬼神龍魔呂の『BAR 煉獄』。
どちらも連日大盛況だったが、その店主同士の仲は、水と油のように混ざり合っていなかった。
ある日の午後。仕込みの時間。
屋台で豚骨を割っていたデュークが、鼻を鳴らした。
「フン……。軟弱な匂いだ。男ならガツンとニンニクの効いた豚骨を食らわんか」
その視線の先、ログハウスのテラスでは、龍魔呂がハーブの葉を丁寧に選別していた。
龍魔呂は手を止めず、涼しい顔で返す。
「……野暮な出汁だな。脂でギトギトのスープなど、味覚が麻痺するだけだ。俺の客には、もっと繊細な芸術(カクテル)を提供する」
ピキキッ。
二人の間に、目に見えない火花が散った。
神気と闘気。世界を二分しかねないプレッシャーが衝突し、近くにいたスズメが気絶して落ちた。
「ほう……。若造が、我の『至高のスープ』を愚弄するか」
デュークが寸胴鍋の蓋を叩きつけた。
彼は調停者としてのプライド以上に、ラーメン職人としてのプライドが高い。
「面白い。ならば貴様のその『芸術』とやらが、我のラーメンより上か試してやろうではないか!」
「望むところだ。……アンタの舌を、俺の角砂糖よりも甘く蕩(とろ)けさせてやる」
龍魔呂が不敵に笑い、シェイカーを手に取った。
カイト農場名物、「第一回・最強料理対決」の開幕である。
†
審査員席には、カイトが座らされていた。
ギャラリーにはポチ、フェンリル、フレア、ラスティアなど、いつものメンツが揃っている。
「えーと……。二人とも、仲良くやろうよ?」
カイトが困り顔で言うが、二人の料理人は聞く耳を持たない。
「カイト! まずは我のラーメンを食え!」
デュークが咆哮した。
『アルティメット・バースト(火力調整版)』。
黄金のブレスで寸胴を一気に加熱し、旨味を極限まで凝縮させる。
湯切りは音速。麺が空中で舞い、美しく丼に着地する。
「食らえ! 『特製・竜神豚骨(ドラゴン・トンコツ)DX』だ!」
ドンッ!
出されたのは、背脂が輝く濃厚な一杯。巨大なチャーシューが丼からはみ出している。
カイトは箸を割り、麺を啜った。
ズゾゾッ……!
「――っ! くぅ~っ! 美味い!」
カイトが声を上げた。
ガツンとくる動物系の旨味。ニンニクのパンチ。それがモチモチの麺に絡みつく。農作業で汗をかいた体に、塩分と脂質が染み渡る。
「やっぱりデュークさんのラーメンは最高だ! 元気が出るよ!」
「グワハハハ! そうだろう! これぞ男の飯よ!」
デュークが高笑いし、龍魔呂を見下ろした。
龍魔呂は静かにフンと鼻を鳴らし、カイトの前に美しいグラスと小皿を置いた。
「次は俺だ。……口直しをしてくれ」
龍魔呂が差し出したのは、宝石のように美しい『彩り野菜のテリーヌ』と、淡いピンク色のノンアルコールカクテルだった。
彼は調理に包丁を使わなかった。
ただ、赤黒い闘気を指先に纏わせ、野菜の細胞を壊さぬよう瞬時に切断したのだ。
「どうぞ」
カイトはテリーヌを口に運んだ。
……パクッ。
「…………あぁ」
カイトから、ため息のような声が漏れた。
優しい。
野菜本来の甘味と、出汁のジュレが口の中で解けていく。ラーメンの脂っこさが洗い流され、五感が研ぎ澄まされるようだ。
そしてカクテルを飲むと、サトウキビ由来の自然な甘さが、疲れを癒やしてくれる。
「すごい……。龍魔呂さんの料理は、心が落ち着くよ。まるでお母さんに抱っこされてるみたいだ」
「……ふっ。悪くない感想だ」
龍魔呂が口元を緩めた。
審査員のカイトは、二人の料理を交互に見て、ニコニコと笑った。
「どっちも凄すぎて選べないよ! 昼はラーメンで力をつけて、夜はテリーヌで癒やされる。これが最高の贅沢じゃないかな?」
その言葉に、デュークと龍魔呂は顔を見合わせた。
「……ふん。まあ、貴様の酒も、口直しには悪くないかもしれん」
「……アンタのスープも、労働の後なら悪くない」
二人は不器用に認め合った。
それを見ていたギャラリーたちが歓声を上げる。
「よーし! 引き分けなら宴会だー!」
「ラーメンとカクテル、両方持ってこい!」
ポチがチャーシューを頬張り、フェンリルがテリーヌを丸呑みし、ラスティアがカクテルで顔を赤らめる。
農場は一瞬にしてどんちゃん騒ぎになった。
その喧騒の中。
龍魔呂はカウンターの奥で、グラスを拭きながら静かに微笑んでいた。
(……うるさい奴らだ)
かつて、地下闘技場の冷たい檻の中で、弟のユウと二人、寒さに震えていた夜があった。
あの頃の自分が見たら、今のこの暖かさを何と言うだろうか。
『にいちゃん、みんなわらってるね』
幻聴かもしれない。だが、龍魔呂には確かに弟の声が聞こえた気がした。
彼は胸ポケットから角砂糖を一つ取り出し、口に含んだ。
「……ああ。悪くない騒ぎだ」
甘さが広がる。
鬼神の表情は、ただの穏やかなバーテンダーのものになっていた。
カイト農場の食卓は、今日も最強で、最高に騒がしい。
だが、この幸せな時間の裏で、地下深くの「黒い泥」は、着実にその量を増していた。
カイトがそれを「温泉」と勘違いする瞬間まで、あとわずかである。
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