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第三章 勇者と聖女様、神話級の相手のパシリにされる
EP 4
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聖剣、主を選別す
カイト農場の入り口。
ピザを配ろうとするカイトに対し、勇者カイルは殺気を漲らせていた。
「ええい、どいつもこいつも! 俺を無視するな!」
カイルは苛立っていた。
勇者である自分が現れれば、民衆はひれ伏し、敵は恐怖に震えるはずだ。
なのに、この農夫(カイト)はのんきにピザを勧めてくるし、後ろにいる執事(龍魔呂)や眼鏡(ルーベンス)は、自分を「取るに足らない存在」として見ている。
「貴様ら全員、この聖剣の錆にしてくれる!」
カイルは背中に手を回し、伝説の武具『雷霆(らいてい)』の柄を握った。
神殺しの力を持つ究極の兵装。
これを抜けば、世界を裂く稲妻が走り、あらゆる敵を滅ぼす――はずだった。
『(……待て、小僧)』
脳内に、冷徹かつ重厚な声が響いた。
カイルの声ではない。雷霆の意思だ。
「なっ、なんだ!? 今、抜くところだぞ!」
カイルが構わず力を込めるが、剣は鞘に吸い付いたように微動だにしない。
『(目の前の「黒い竜」を見ろ)』
雷霆の意識は、カイルなど見ていなかった。
その鋭い感覚は、農場の縁側で寝そべりながら、片目を開けてこちらを見ている「黒いトカゲ(ポチ)」だけに注がれていた。
ポチの金色の瞳が、スッと細められる。
始祖竜としての「王の威圧」が、空間を越えて雷霆に叩きつけられる。
並の聖剣なら、そのプレッシャーだけでへし折れていただろう。
だが、雷霆は違った。
『(……ほう。久々に骨のある気配だ)』
雷霆はポチの威圧を真っ向から受け止め、逆にバチバチと紫電を弾けさせた。
恐怖などない。あるのは、同格の強者に対する純粋な闘志と、武具としての矜持のみ。
『(始祖竜か。相手にとって不足なし。……だが)』
雷霆は冷酷に判断を下した。
『(今の主(カイル)では、あの竜に傷一つつけることすら叶わん。抜けば、1秒で砕かれるのはこちらのほうだ)』
武器は一流でも、使い手が三流。
このまま戦えば、雷霆自身の「不敗の伝説」に泥を塗ることになる。
誇り高き神造兵装として、それは許容できない。
『(頭を冷やせ、小僧。貴様にはまだ、あの怪物は早すぎる)』
雷霆は自らの意思でロックを掛けた。
物理的な摩擦ではなく、因果律による拒絶。
カイルの未熟な魂では、今の雷霆を引き抜くことは不可能となった。
「ぬ、ぬぐぐぐ……! な、なぜだ!? 抜けろ! 俺の聖剣!」
カイルは顔を真っ赤にして、両手で柄を引っ張った。
血管が浮き出るほど力んでいるのに、剣は岩のように動かない。
「くっ、そ! 故障か!? なんで本番でこうなるんだ!」
ジタバタと剣と格闘するカイル。
その滑稽な姿を、ポチは興味深そうに見つめていた。
『(……へえ。俺の覇気を受けても折れねぇとはな。中身はそこらのナマクラじゃねえみたいだ)』
ポチは雷霆の「芯の強さ」を認めた。
使い手はゴミだが、剣そのものは一級品だ。
†
その様子を見ていたカイトは、心配そうに眉を下げた。
「あらら……。お兄さん、剣が抜けなくなっちゃったの?」
カイトはピザのお盆をルーベンスに預け、カイルに近づいた。
「くっ、来るな! 今抜いて、貴様を……ぬおおおおっ!」
「無理しないほうがいいよ。腰を痛めちゃうから」
カイトはカイルの背中に手を添えた。
「きっと、手入れ不足で噛み込んじゃったんだね。いい道具も、持ち主との相性が大事だからさ」
「う、うるさい! 俺は選ばれし勇者だぞ! 相性など……!」
「またまたぁ。道具は正直だよ。ほら、ちょっと貸してごらん」
カイトがカイルの背中越しに、雷霆の鞘に触れた。
その瞬間。
頑なに心を閉ざしていた雷霆の中に、電流のような衝撃が走った。
『(――!?)』
カイトの手から伝わる、底知れない熱量。
それは魔力や闘気ではない。
「この剣を大事にしたい」「直してあげたい」という、純粋で、それでいて太陽のように巨大な「慈愛の波動」。
雷霆は戦慄した。
数千年の時の中で、数多の英雄や王に使われてきたが、これほどまでに「澱(よど)みのない魂」に触れたことがあっただろうか。
『(……なんだ、この男は。俺の拒絶を、ただの「不調」として優しく包み込んでくる)』
雷霆のロックが、自然と緩んだ。
認めたわけではない。だが、この男の底知れない器に、興味を抱かずにはいられなかったのだ。
『(……フン。悪くない手触りだ)』
雷霆は静かに殺気を収めた。
それと同時に、ポチの警戒も解かれた。
「あ、ちょっと緩んだかも。……お兄さん、この剣、すごくプライドが高そうだね。もっと大事にしてあげなきゃダメだよ」
カイトはポンポンと鞘を叩き、離れた。
「な、何を……」
カイルは呆然とした。
今、確かに剣が「納得」したのを感じた。
勇者である自分ですら制御できなかった最強の意思が、この農夫の一撫でで沈黙したのだ。
「ば、馬鹿な……。俺より、こいつの方が相応しいとでも言うのか……!?」
カイルは屈辱に震えた。
だが、剣が抜けない以上、物理攻撃は不可能だ。
「こうなったら魔法だ! アリア! 貴様の聖魔法で、こいつらを焼き払え!」
カイルは聖女アリアに命令した。
アリアは冷ややかな目でカイル(剣に拒絶された無能)を一瞥したが、すぐに気を取り直して前に進み出た。
「ええ、見ていられませんわ。やはり、この地は呪われているのです」
聖女アリアが杖を掲げる。
「わたくしの神聖なる光で、その不遜な農夫ごと浄化して差し上げますわ!」
農場包囲戦、第二ラウンド。
次は「魔法対決」である。
だが、彼女の相手もまた、最悪の相性だった。
畑の方角から、肥料袋を持った農業顧問補佐(災害エルフ)が、興味深そうにこちらを見ていたのだ。
「あら? 魔法でお掃除ですか? それなら私、得意ですわ!」
聖女の「浄化」と、ルナの「神域浄化」。
格の違いが、農場の空を真っ白に染め上げようとしていた。
カイト農場の入り口。
ピザを配ろうとするカイトに対し、勇者カイルは殺気を漲らせていた。
「ええい、どいつもこいつも! 俺を無視するな!」
カイルは苛立っていた。
勇者である自分が現れれば、民衆はひれ伏し、敵は恐怖に震えるはずだ。
なのに、この農夫(カイト)はのんきにピザを勧めてくるし、後ろにいる執事(龍魔呂)や眼鏡(ルーベンス)は、自分を「取るに足らない存在」として見ている。
「貴様ら全員、この聖剣の錆にしてくれる!」
カイルは背中に手を回し、伝説の武具『雷霆(らいてい)』の柄を握った。
神殺しの力を持つ究極の兵装。
これを抜けば、世界を裂く稲妻が走り、あらゆる敵を滅ぼす――はずだった。
『(……待て、小僧)』
脳内に、冷徹かつ重厚な声が響いた。
カイルの声ではない。雷霆の意思だ。
「なっ、なんだ!? 今、抜くところだぞ!」
カイルが構わず力を込めるが、剣は鞘に吸い付いたように微動だにしない。
『(目の前の「黒い竜」を見ろ)』
雷霆の意識は、カイルなど見ていなかった。
その鋭い感覚は、農場の縁側で寝そべりながら、片目を開けてこちらを見ている「黒いトカゲ(ポチ)」だけに注がれていた。
ポチの金色の瞳が、スッと細められる。
始祖竜としての「王の威圧」が、空間を越えて雷霆に叩きつけられる。
並の聖剣なら、そのプレッシャーだけでへし折れていただろう。
だが、雷霆は違った。
『(……ほう。久々に骨のある気配だ)』
雷霆はポチの威圧を真っ向から受け止め、逆にバチバチと紫電を弾けさせた。
恐怖などない。あるのは、同格の強者に対する純粋な闘志と、武具としての矜持のみ。
『(始祖竜か。相手にとって不足なし。……だが)』
雷霆は冷酷に判断を下した。
『(今の主(カイル)では、あの竜に傷一つつけることすら叶わん。抜けば、1秒で砕かれるのはこちらのほうだ)』
武器は一流でも、使い手が三流。
このまま戦えば、雷霆自身の「不敗の伝説」に泥を塗ることになる。
誇り高き神造兵装として、それは許容できない。
『(頭を冷やせ、小僧。貴様にはまだ、あの怪物は早すぎる)』
雷霆は自らの意思でロックを掛けた。
物理的な摩擦ではなく、因果律による拒絶。
カイルの未熟な魂では、今の雷霆を引き抜くことは不可能となった。
「ぬ、ぬぐぐぐ……! な、なぜだ!? 抜けろ! 俺の聖剣!」
カイルは顔を真っ赤にして、両手で柄を引っ張った。
血管が浮き出るほど力んでいるのに、剣は岩のように動かない。
「くっ、そ! 故障か!? なんで本番でこうなるんだ!」
ジタバタと剣と格闘するカイル。
その滑稽な姿を、ポチは興味深そうに見つめていた。
『(……へえ。俺の覇気を受けても折れねぇとはな。中身はそこらのナマクラじゃねえみたいだ)』
ポチは雷霆の「芯の強さ」を認めた。
使い手はゴミだが、剣そのものは一級品だ。
†
その様子を見ていたカイトは、心配そうに眉を下げた。
「あらら……。お兄さん、剣が抜けなくなっちゃったの?」
カイトはピザのお盆をルーベンスに預け、カイルに近づいた。
「くっ、来るな! 今抜いて、貴様を……ぬおおおおっ!」
「無理しないほうがいいよ。腰を痛めちゃうから」
カイトはカイルの背中に手を添えた。
「きっと、手入れ不足で噛み込んじゃったんだね。いい道具も、持ち主との相性が大事だからさ」
「う、うるさい! 俺は選ばれし勇者だぞ! 相性など……!」
「またまたぁ。道具は正直だよ。ほら、ちょっと貸してごらん」
カイトがカイルの背中越しに、雷霆の鞘に触れた。
その瞬間。
頑なに心を閉ざしていた雷霆の中に、電流のような衝撃が走った。
『(――!?)』
カイトの手から伝わる、底知れない熱量。
それは魔力や闘気ではない。
「この剣を大事にしたい」「直してあげたい」という、純粋で、それでいて太陽のように巨大な「慈愛の波動」。
雷霆は戦慄した。
数千年の時の中で、数多の英雄や王に使われてきたが、これほどまでに「澱(よど)みのない魂」に触れたことがあっただろうか。
『(……なんだ、この男は。俺の拒絶を、ただの「不調」として優しく包み込んでくる)』
雷霆のロックが、自然と緩んだ。
認めたわけではない。だが、この男の底知れない器に、興味を抱かずにはいられなかったのだ。
『(……フン。悪くない手触りだ)』
雷霆は静かに殺気を収めた。
それと同時に、ポチの警戒も解かれた。
「あ、ちょっと緩んだかも。……お兄さん、この剣、すごくプライドが高そうだね。もっと大事にしてあげなきゃダメだよ」
カイトはポンポンと鞘を叩き、離れた。
「な、何を……」
カイルは呆然とした。
今、確かに剣が「納得」したのを感じた。
勇者である自分ですら制御できなかった最強の意思が、この農夫の一撫でで沈黙したのだ。
「ば、馬鹿な……。俺より、こいつの方が相応しいとでも言うのか……!?」
カイルは屈辱に震えた。
だが、剣が抜けない以上、物理攻撃は不可能だ。
「こうなったら魔法だ! アリア! 貴様の聖魔法で、こいつらを焼き払え!」
カイルは聖女アリアに命令した。
アリアは冷ややかな目でカイル(剣に拒絶された無能)を一瞥したが、すぐに気を取り直して前に進み出た。
「ええ、見ていられませんわ。やはり、この地は呪われているのです」
聖女アリアが杖を掲げる。
「わたくしの神聖なる光で、その不遜な農夫ごと浄化して差し上げますわ!」
農場包囲戦、第二ラウンド。
次は「魔法対決」である。
だが、彼女の相手もまた、最悪の相性だった。
畑の方角から、肥料袋を持った農業顧問補佐(災害エルフ)が、興味深そうにこちらを見ていたのだ。
「あら? 魔法でお掃除ですか? それなら私、得意ですわ!」
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