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二章 無事を祈って【オーギュスト】
第18話 ケーキ屋にて
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オーギュストは目立つ銀色の髪を魔法で茶色に変えて王都の街を歩いていた。一人で王宮を出てきたが、護衛を連れ歩かないのは、いつものことだ。仕事に遅れが出なければ、文句も言われない。
店が建ち並ぶ地区に入ると、今日も多くの人で賑わっていた。王都の浄化が終了して七年、最近はお菓子やお茶、お酒などの嗜好品を売る店も増えている。
オーギュストは歩きながら、尾行がいないか魔法で検索する。街行く人の表情は一様に明るく、オーギュストに注目する者は一人もいなかった。
ただ、オーギュストは自分が街から浮いている気がしてならなかった。ミシュリーヌがいなくなって以来、昔のように畏怖の表情を向けられることが増えた。オーギュストが周りを畏縮させない明るさを保てるのは、ミシュリーヌがそばにいてくれたおかげなのだ。
結局、オーギュストは居心地が悪くて、尾行もいないのに急いで目的のケーキ屋に入った。
店員に声をかけると、すぐに予約しておいた三階の個室に案内される。部屋に入ると待ち合わせの相手はすでに来ており、ケーキを幸せそうに味わっていた。王都で神官をしているクリストフだ。
「お先に頂いています」
クリストフはそれだけ言うと、オーギュストと共に入ってきた店員に追加のケーキを注文する。クリストフは、巡礼の旅に五年も同行していたため、オーギュストに対して気安い。オーギュストの好みも把握しているので、何も言わずともオーギュストの分を注文してくれていた。
「休みの日にすまない」
「どうせ、暇なんで構いませんよ」
クリストフは眼鏡を直しながらヘラリと笑う。掴みどころのない男だが、神殿に所属する者の中で一番信用できる。ミシュリーヌも気を許していたので、駆け落ち相手の候補として真っ先に思い浮かべた男でもある。
「それで、資料は見つかったのか?」
店員が給仕をすませて部屋を出ていくと、オーギュストはすぐに本題に入る。
ヤニックに聞いたところによると、神殿で浄化薬が配られた際に、住んでいる地域や素性について聞かれたらしい。この件に関してはヘクターに任せていたが、公爵領の窮状を知ったからには確認しないわけにはいかない。
少なく見積もっても配られた浄化薬の一割以上が、公爵領の者に渡っているとみている。そのことを知っていたなら、未だに魔導師団に公爵領への派遣要請が出ていないのはおかしい。
もちろん、正式な要請をするためには現地の情報が必要だ。魔導師団が小隊しか送れていないのも、大きな隊を動かすための根拠が不足しているためだ。領主の了承がないと大っぴらに隊を進めるのは難しい。だが、ヘクターの部下のみで先に視察が行われていたと仮定しても、ミシュリーヌからの手紙が届いた時点で戻ってきていなければおかしいくらいの時間が経っている。
ヘクターの部下か神殿の中にも公爵領の情報を妨害する者が潜んでいる可能性が高い。
「報告が遅くなって申し訳ありません。さすがの私もこの件に関わっている方々を想像したら慎重になりまして。まだ、死にたくないんでね。ただ、残念なことに今回の件には、神殿の上層部は関わっていないようです」
クリストフがヘラリと笑って紅茶を飲む。神殿の上層部には腹の黒い者が溢れている。彼らの目を掻い潜って調べてくれたようだ。オーギュストが掌握している魔導師団で調べるのとは危険度が異なる。
「手間を取らせたな」
「気にしないで下さい。殿下も巻き込まれただけで、担当の仕事ってわけでもないでしょ」
オーギュストはクリストフの指摘を曖昧に笑って流した。ミシュリーヌが持ち込んだのだから、オーギュストが自ら動くのは当然だ。しかし、オーギュストは信用しているクリストフにすらミシュリーヌの失踪を伝えていない。
クリストフはオーギュストの様子を気にすることなく話を進めた。
「担当した者に確認したところ、マニュアルに沿って配布者リストを作成していたようです。ただ、文官に預けたままで、神殿には戻ってきていませんでした。残っていた資料の中には居住地などの情報はありません」
「そうか。やはり、ヘクター兄上に確認するしかないな」
作られた浄化薬配布者のリストは、捜査にあたっている文官が管理しているようだ。ヘクターがこの件を担当しているので、所持している文官は彼の部下だろう。
オーギュストはヘクターを尊敬している。その兄の仕事に正面から口を挟むようなことはしたくなかった。だが、このような状況にあるのがフリルネロ公爵領だけなのか、早急に確認する必要がある。
「ヘクター殿下に確認するのが一番早いでしょうね。ただ、彼らが『真面目に記載していたなら』という注釈は必要になりますけどね」
「どういうことだ?」
「神官の仕事は多岐に渡りますが、浄化が終了した今は、市民を相手にしているのが一番楽なんですよ。僕なんかは水晶の浄化や浄化薬作りばかりやらされています。まぁ、馬鹿な奴らと一緒に働かなくて済むので良いんですけどね」
クリストフが笑顔のまま毒を吐くので、オーギュストは黙って紅茶を飲んだ。
祝賀パーティーの前後も真面目に仕事をしたくない者たちが市民の相手をしていたようだ。ミシュリーヌとやり取りできる人間はオーギュストが制限している。クリストフはミシュリーヌを呼んでほしいと彼らに懇願されて初めて浄化薬を求めて人が集まっていることを知ったらしい。
「状況の把握が遅れてすみませんでした」
「それは仕方がないが……なんとかしたほうが良いんじゃないのか?」
「僕に期待しないで下さいね。改革するほどの熱意はありませんよ。上層部も浄化薬を欲した市民を追い返すほど腐っているわけではありませんしね」
「そうか……」
ただ、担当した者は流れ作業で聞き取りを行っていたようで、クリストフが聞いても対応した相手について詳しく覚えている者は少なかったようだ。覚えている者の話を集計すると浄化薬の半数以上が公爵領に渡ったと思われるが、正確な数は分からない。神官の怠慢で実害が出ている気もするが、それは報告が上がってこなかった魔導師団も似たようなものだ。
独立機関である神殿に、王族であるオーギュストが口出しするのは難しい。ミシュリーヌがフルーナ王国に来た際も、生活拠点を神殿にするか王宮にするかで揉めたのだ。クリストフには悪いが、ミシュリーヌのために関係を悪化されるような行動はとりたくない。
オーギュストの最優先は、例えそばに居られなくても一生変わらないだろう。
店が建ち並ぶ地区に入ると、今日も多くの人で賑わっていた。王都の浄化が終了して七年、最近はお菓子やお茶、お酒などの嗜好品を売る店も増えている。
オーギュストは歩きながら、尾行がいないか魔法で検索する。街行く人の表情は一様に明るく、オーギュストに注目する者は一人もいなかった。
ただ、オーギュストは自分が街から浮いている気がしてならなかった。ミシュリーヌがいなくなって以来、昔のように畏怖の表情を向けられることが増えた。オーギュストが周りを畏縮させない明るさを保てるのは、ミシュリーヌがそばにいてくれたおかげなのだ。
結局、オーギュストは居心地が悪くて、尾行もいないのに急いで目的のケーキ屋に入った。
店員に声をかけると、すぐに予約しておいた三階の個室に案内される。部屋に入ると待ち合わせの相手はすでに来ており、ケーキを幸せそうに味わっていた。王都で神官をしているクリストフだ。
「お先に頂いています」
クリストフはそれだけ言うと、オーギュストと共に入ってきた店員に追加のケーキを注文する。クリストフは、巡礼の旅に五年も同行していたため、オーギュストに対して気安い。オーギュストの好みも把握しているので、何も言わずともオーギュストの分を注文してくれていた。
「休みの日にすまない」
「どうせ、暇なんで構いませんよ」
クリストフは眼鏡を直しながらヘラリと笑う。掴みどころのない男だが、神殿に所属する者の中で一番信用できる。ミシュリーヌも気を許していたので、駆け落ち相手の候補として真っ先に思い浮かべた男でもある。
「それで、資料は見つかったのか?」
店員が給仕をすませて部屋を出ていくと、オーギュストはすぐに本題に入る。
ヤニックに聞いたところによると、神殿で浄化薬が配られた際に、住んでいる地域や素性について聞かれたらしい。この件に関してはヘクターに任せていたが、公爵領の窮状を知ったからには確認しないわけにはいかない。
少なく見積もっても配られた浄化薬の一割以上が、公爵領の者に渡っているとみている。そのことを知っていたなら、未だに魔導師団に公爵領への派遣要請が出ていないのはおかしい。
もちろん、正式な要請をするためには現地の情報が必要だ。魔導師団が小隊しか送れていないのも、大きな隊を動かすための根拠が不足しているためだ。領主の了承がないと大っぴらに隊を進めるのは難しい。だが、ヘクターの部下のみで先に視察が行われていたと仮定しても、ミシュリーヌからの手紙が届いた時点で戻ってきていなければおかしいくらいの時間が経っている。
ヘクターの部下か神殿の中にも公爵領の情報を妨害する者が潜んでいる可能性が高い。
「報告が遅くなって申し訳ありません。さすがの私もこの件に関わっている方々を想像したら慎重になりまして。まだ、死にたくないんでね。ただ、残念なことに今回の件には、神殿の上層部は関わっていないようです」
クリストフがヘラリと笑って紅茶を飲む。神殿の上層部には腹の黒い者が溢れている。彼らの目を掻い潜って調べてくれたようだ。オーギュストが掌握している魔導師団で調べるのとは危険度が異なる。
「手間を取らせたな」
「気にしないで下さい。殿下も巻き込まれただけで、担当の仕事ってわけでもないでしょ」
オーギュストはクリストフの指摘を曖昧に笑って流した。ミシュリーヌが持ち込んだのだから、オーギュストが自ら動くのは当然だ。しかし、オーギュストは信用しているクリストフにすらミシュリーヌの失踪を伝えていない。
クリストフはオーギュストの様子を気にすることなく話を進めた。
「担当した者に確認したところ、マニュアルに沿って配布者リストを作成していたようです。ただ、文官に預けたままで、神殿には戻ってきていませんでした。残っていた資料の中には居住地などの情報はありません」
「そうか。やはり、ヘクター兄上に確認するしかないな」
作られた浄化薬配布者のリストは、捜査にあたっている文官が管理しているようだ。ヘクターがこの件を担当しているので、所持している文官は彼の部下だろう。
オーギュストはヘクターを尊敬している。その兄の仕事に正面から口を挟むようなことはしたくなかった。だが、このような状況にあるのがフリルネロ公爵領だけなのか、早急に確認する必要がある。
「ヘクター殿下に確認するのが一番早いでしょうね。ただ、彼らが『真面目に記載していたなら』という注釈は必要になりますけどね」
「どういうことだ?」
「神官の仕事は多岐に渡りますが、浄化が終了した今は、市民を相手にしているのが一番楽なんですよ。僕なんかは水晶の浄化や浄化薬作りばかりやらされています。まぁ、馬鹿な奴らと一緒に働かなくて済むので良いんですけどね」
クリストフが笑顔のまま毒を吐くので、オーギュストは黙って紅茶を飲んだ。
祝賀パーティーの前後も真面目に仕事をしたくない者たちが市民の相手をしていたようだ。ミシュリーヌとやり取りできる人間はオーギュストが制限している。クリストフはミシュリーヌを呼んでほしいと彼らに懇願されて初めて浄化薬を求めて人が集まっていることを知ったらしい。
「状況の把握が遅れてすみませんでした」
「それは仕方がないが……なんとかしたほうが良いんじゃないのか?」
「僕に期待しないで下さいね。改革するほどの熱意はありませんよ。上層部も浄化薬を欲した市民を追い返すほど腐っているわけではありませんしね」
「そうか……」
ただ、担当した者は流れ作業で聞き取りを行っていたようで、クリストフが聞いても対応した相手について詳しく覚えている者は少なかったようだ。覚えている者の話を集計すると浄化薬の半数以上が公爵領に渡ったと思われるが、正確な数は分からない。神官の怠慢で実害が出ている気もするが、それは報告が上がってこなかった魔導師団も似たようなものだ。
独立機関である神殿に、王族であるオーギュストが口出しするのは難しい。ミシュリーヌがフルーナ王国に来た際も、生活拠点を神殿にするか王宮にするかで揉めたのだ。クリストフには悪いが、ミシュリーヌのために関係を悪化されるような行動はとりたくない。
オーギュストの最優先は、例えそばに居られなくても一生変わらないだろう。
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