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二章 無事を祈って【オーギュスト】
第37話 妃の部屋【ミシュリーヌ】
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ミシュリーヌが目を覚ますと、離宮にある自室の寝台の上だった。カーテン越しの朝日が心地よい。気を失う前は目を開けているのも辛かったはずなのに、身体が軽かった。
「ミシュリーヌ、気がついたか?」
右手の温もりが去ったのを感じながら、そちらに視線を向けると、オーギュストが心配そうにこちらを見ていた。オーギュストの所在なさげな両手を見れば、ずっと握っていてくれたことが分かる。
「吐き気は? どこか痛いところはある?」
ミシュリーヌが小さく首を振ると、オーギュストが軽く手を動かす。すると、一拍ほどおいて使用人たちがぞろぞろと入ってきた。待機していた人たちを魔法で呼んだのだろう。医師による診察や着替え、最後に苦い薬湯を飲まされて再び横になると、いつの間にか姿を消していたオーギュストが戻ってくる。逆に甲斐甲斐しく世話をしてくれていたはずのボンヌの姿はなく、オーギュストと二人きりだ。
「……」
「手を握っても良いか? 今は大丈夫そうだが、拒絶反応が怖い。早めに私の魔力を取り除いてしまいたいんだ」
オーギュストのやつれた土気色の顔を見て、ミシュリーヌは慌てて手を伸ばす。オーギュストに手を握られそうになったところで説明のおかしさに気づいて、さっと手を引っ込めた。
オーギュストが傷ついたような顔で自分の手とミシュリーヌを見比べている。
「魔力を急いで自分に戻したら、逆に拒絶反応が酷くなると思いますよ。ご存知の通り、私は大丈夫ですから、殿下もお休みになって下さい。拒絶反応で身体がお辛いのでしょ?」
あんな様子を見せられたら、オーギュストがミシュリーヌの行動に傷ついていると錯覚してしまう。ただでさえ体調が戻っていないのに、頭の中までグチャグチャだ。もしかしたら、オーギュストの心にも僅かながらにミシュリーヌへの気持ちがあるのかもしれない。黙っていると余計な期待をしてしまいそうで、ミシュリーヌはダラダラと言葉を重ねた。
「もしかして、ボンヌたちにヴァネッサさんのことを話していないのですか? だからと言って、二人っきりのときまで私を想っているふりをする必要はありませんよ。私は全部知っているのです。私と別れてヴァネッサさんと結婚式を挙げる予定なのですよね? 指輪も購入されたとか?」
オーギュストは黙って聞いてくれていたが、ミシュリーヌが息を切らして黙りこむと、躊躇いがちに口を開く。
「知っているか? 二人とも拒絶反応を起こす状態なら、魔力譲渡はできないんだよ」
「もちろん、知っています」
ミシュリーヌがオーギュストを愛しているから、オーギュストからの気持ちがなくても譲渡が成立した。魔力を持つ者なら、誰でも知っている常識だ。
「そうか……そうだよな」
オーギュストが噛みしめるように呟いて、ミシュリーヌの頬に手を伸ばす。いつの間にか溢れ出していた涙をそっと拭ってくれた。
「私が浮気したと勘違いして家出したのか? 不安にさせてごめんな。ヴァネッサとかいう女に何を聞いたのかは知らないが、そんな女の言うことを信じてはいけないよ」
「でも!」
「ミシュリーヌ、愛してる。他の女を想ったことなんて一度もない。私のことを信じてくれないか?」
ミシュリーヌはオーギュストの真剣な瞳を見て戸惑った。何もかも忘れて目の前のオーギュストを信じたい。でも、ヴァネッサの言葉に傷ついた過去の自分がそれを必死で止めている。もう一度信じて裏切られたら立ち直れない。
「そんな倒れそうな顔で言われても信じられません。拒絶反応が出ているんじゃないんですか? 家族愛があっても血のつながりがなければ共鳴しないんですよ」
「分かっているよ。私の顔色は寝不足のせいなんだが……弱ったな。どうしたら、信じてくれる? ミシュリーヌの望むことなら何でもするよ」
オーギュストがミシュリーヌを熱を帯びた瞳で見つめている。まるで本当にミシュリーヌを愛しているかのようだ。ミシュリーヌの胸がドキドキと激しく鼓動する。
「本当に私を想って下さっているなら、ここで一緒に眠って下さい」
「え?」
オーギュストの慌てた顔を見て、ミシュリーヌはとんでもないことを言ったことに気がついた。ずっと望んでいて言い出せなかったのに、こんなときにポロッと口にしてしまうなんて、自分でも信じられない。幸いなことに言い訳の言葉は、スラスラと出てきた。
「ヴァネッサさんは祝賀パーティーに出席されていましたし、貴族のご令嬢なのですよね? オーギュスト殿下が私と、ど……同衾したと知ったらショックで倒れてしまうと思うのです。婚約だってきっと破棄されますよ。殿下にその覚悟がお有りですか?」
ミシュリーヌは顔が熱くなるのを感じながら、オーギュストを睨みつける。ミシュリーヌはオーギュストが他の相手とそんなことになっているなんて想像するだけで倒れそうだ。ヴァネッサを愛しているなら、絶対にできるはずがない。言い訳のつもりだったが、オーギュストの気持ちを確かめるには良い案な気がした。
「ミシュリーヌはそれで良いのか? 私から逃げられなくなるんだよ」
ミシュリーヌは言い回しに引っ掛かりながらも小さく頷く。同じようなことがない限り、ミシュリーヌがオーギュストから逃げたいと思うことなんてない。
逃げ出したいのは、オーギュスト殿下のほうじゃないかしら?
そう思ったが、オーギュストはためらいながらもミシュリーヌの寝台に入ってくる。ミシュリーヌが少しだけ近づくと、優しく抱きしめてくれた。そばにいて良いと言われた気がして嬉しくなる。
「今は気を張っているから分からないかもしれないけど、魔力切れを起こしたんだから、身体がかなり消耗していると思う。できれば、もう少し休んでほしいが眠れそうか? 何か気になることがあるなら全部答えるよ」
オーギュストがゆっくりと頭を撫でてくれている。こんな時まで子供扱いされて不満だ。でも、ずっと焦がれていた温もりに包まれていると幸せで、全てがどうでも良くなってくる。
「ミシュリーヌ?」
オーギュストがミシュリーヌを呼んでいる気がする。ミシュリーヌは眠気に抗えなくて、夢の中で返事をした。
二章 終
「ミシュリーヌ、気がついたか?」
右手の温もりが去ったのを感じながら、そちらに視線を向けると、オーギュストが心配そうにこちらを見ていた。オーギュストの所在なさげな両手を見れば、ずっと握っていてくれたことが分かる。
「吐き気は? どこか痛いところはある?」
ミシュリーヌが小さく首を振ると、オーギュストが軽く手を動かす。すると、一拍ほどおいて使用人たちがぞろぞろと入ってきた。待機していた人たちを魔法で呼んだのだろう。医師による診察や着替え、最後に苦い薬湯を飲まされて再び横になると、いつの間にか姿を消していたオーギュストが戻ってくる。逆に甲斐甲斐しく世話をしてくれていたはずのボンヌの姿はなく、オーギュストと二人きりだ。
「……」
「手を握っても良いか? 今は大丈夫そうだが、拒絶反応が怖い。早めに私の魔力を取り除いてしまいたいんだ」
オーギュストのやつれた土気色の顔を見て、ミシュリーヌは慌てて手を伸ばす。オーギュストに手を握られそうになったところで説明のおかしさに気づいて、さっと手を引っ込めた。
オーギュストが傷ついたような顔で自分の手とミシュリーヌを見比べている。
「魔力を急いで自分に戻したら、逆に拒絶反応が酷くなると思いますよ。ご存知の通り、私は大丈夫ですから、殿下もお休みになって下さい。拒絶反応で身体がお辛いのでしょ?」
あんな様子を見せられたら、オーギュストがミシュリーヌの行動に傷ついていると錯覚してしまう。ただでさえ体調が戻っていないのに、頭の中までグチャグチャだ。もしかしたら、オーギュストの心にも僅かながらにミシュリーヌへの気持ちがあるのかもしれない。黙っていると余計な期待をしてしまいそうで、ミシュリーヌはダラダラと言葉を重ねた。
「もしかして、ボンヌたちにヴァネッサさんのことを話していないのですか? だからと言って、二人っきりのときまで私を想っているふりをする必要はありませんよ。私は全部知っているのです。私と別れてヴァネッサさんと結婚式を挙げる予定なのですよね? 指輪も購入されたとか?」
オーギュストは黙って聞いてくれていたが、ミシュリーヌが息を切らして黙りこむと、躊躇いがちに口を開く。
「知っているか? 二人とも拒絶反応を起こす状態なら、魔力譲渡はできないんだよ」
「もちろん、知っています」
ミシュリーヌがオーギュストを愛しているから、オーギュストからの気持ちがなくても譲渡が成立した。魔力を持つ者なら、誰でも知っている常識だ。
「そうか……そうだよな」
オーギュストが噛みしめるように呟いて、ミシュリーヌの頬に手を伸ばす。いつの間にか溢れ出していた涙をそっと拭ってくれた。
「私が浮気したと勘違いして家出したのか? 不安にさせてごめんな。ヴァネッサとかいう女に何を聞いたのかは知らないが、そんな女の言うことを信じてはいけないよ」
「でも!」
「ミシュリーヌ、愛してる。他の女を想ったことなんて一度もない。私のことを信じてくれないか?」
ミシュリーヌはオーギュストの真剣な瞳を見て戸惑った。何もかも忘れて目の前のオーギュストを信じたい。でも、ヴァネッサの言葉に傷ついた過去の自分がそれを必死で止めている。もう一度信じて裏切られたら立ち直れない。
「そんな倒れそうな顔で言われても信じられません。拒絶反応が出ているんじゃないんですか? 家族愛があっても血のつながりがなければ共鳴しないんですよ」
「分かっているよ。私の顔色は寝不足のせいなんだが……弱ったな。どうしたら、信じてくれる? ミシュリーヌの望むことなら何でもするよ」
オーギュストがミシュリーヌを熱を帯びた瞳で見つめている。まるで本当にミシュリーヌを愛しているかのようだ。ミシュリーヌの胸がドキドキと激しく鼓動する。
「本当に私を想って下さっているなら、ここで一緒に眠って下さい」
「え?」
オーギュストの慌てた顔を見て、ミシュリーヌはとんでもないことを言ったことに気がついた。ずっと望んでいて言い出せなかったのに、こんなときにポロッと口にしてしまうなんて、自分でも信じられない。幸いなことに言い訳の言葉は、スラスラと出てきた。
「ヴァネッサさんは祝賀パーティーに出席されていましたし、貴族のご令嬢なのですよね? オーギュスト殿下が私と、ど……同衾したと知ったらショックで倒れてしまうと思うのです。婚約だってきっと破棄されますよ。殿下にその覚悟がお有りですか?」
ミシュリーヌは顔が熱くなるのを感じながら、オーギュストを睨みつける。ミシュリーヌはオーギュストが他の相手とそんなことになっているなんて想像するだけで倒れそうだ。ヴァネッサを愛しているなら、絶対にできるはずがない。言い訳のつもりだったが、オーギュストの気持ちを確かめるには良い案な気がした。
「ミシュリーヌはそれで良いのか? 私から逃げられなくなるんだよ」
ミシュリーヌは言い回しに引っ掛かりながらも小さく頷く。同じようなことがない限り、ミシュリーヌがオーギュストから逃げたいと思うことなんてない。
逃げ出したいのは、オーギュスト殿下のほうじゃないかしら?
そう思ったが、オーギュストはためらいながらもミシュリーヌの寝台に入ってくる。ミシュリーヌが少しだけ近づくと、優しく抱きしめてくれた。そばにいて良いと言われた気がして嬉しくなる。
「今は気を張っているから分からないかもしれないけど、魔力切れを起こしたんだから、身体がかなり消耗していると思う。できれば、もう少し休んでほしいが眠れそうか? 何か気になることがあるなら全部答えるよ」
オーギュストがゆっくりと頭を撫でてくれている。こんな時まで子供扱いされて不満だ。でも、ずっと焦がれていた温もりに包まれていると幸せで、全てがどうでも良くなってくる。
「ミシュリーヌ?」
オーギュストがミシュリーヌを呼んでいる気がする。ミシュリーヌは眠気に抗えなくて、夢の中で返事をした。
二章 終
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