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三章 犯人を追って【オーギュスト】
第6話 ソルベ王国【ミシュリーヌ】
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数日後、ミシュリーヌは魔導師団の団長室に来ていた。オーギュストの出勤に合わせて一緒に来たのだが、彼は急ぎの書類を渡されてしまったので、ミシュリーヌだけが手持ち無沙汰だ。オーギュストの職場に入ることなどあまりないので、家具や花瓶など全てのものが気になってしょうがない。
しかし、ここにはジョエルもいる。オーギュストの妃の品格を落としてはいけないと、ミシュリーヌは澄ました顔でソファに座った。オーギュストと二人きりだったなら、キョロキョロと見てしまっていただろう。
トントントン
「お待たせしてしまいましたな」
ノックと共に入って来たのは、魔導師団の副団長を勤めるヌーヴェル伯爵だ。ミシュリーヌは、伯爵に確認したいことがあると言われて、魔導師団を訪れたのだ。
「伯爵の方が忙しいのですから、気にしなくて良いわ」
「そう言って頂けるとありがたいですな」
ヌーヴェル伯爵は穏やかに微笑んでソファの近くまでやって来る。
「いろいろ任せて悪いな。まずは座ってくれ。隊長もここにいる間は護衛の必要はないから、楽にしてくれて構わない」
オーギュストがミシュリーヌの隣に座ると、ヌーヴェル伯爵も向かいの席につく。ミシュリーヌの護衛として来ていた近衛隊長は、部下たちを下がらせて伯爵の隣に座った。近くの椅子を引き寄せて座ったジョエルを含めて四人がミシュリーヌの聞き取りをするらしい。
給仕の者たちが部屋を出ていくと、ヌーヴェル伯爵がオーギュストをチラリと見てからミシュリーヌの前に女性たちの姿絵を六枚並べた。
「早速ですが、この絵姿を確認してください。妃殿下が会った『ヴァネッサ』はこの中におりますかな?」
祝賀パーティでは警備のために、出席者の姿絵が作られていた。警備にあたる者たちは出席者の顔を覚えた上で見回りをしていたのだ。つまり、決められた出席者以外がパーティに入り込むことは難しい状況だったらしい。
「偽名を名乗っていなければ良いのですが……」
ジョエルの視線の先には姿絵が山のように積んである。目の前にあるのは、ヴァネッサという名前の出席者らしい。ここになければ、あの山の中を探すことになるが、その心配はなさそうだ。
「この方ですわ」
ミシュリーヌは三枚目の姿絵を伯爵の前に差し出した。かなり特徴を掴んでいるので、『ヴァネッサ』であるとすぐに確信することができた。
「ヴァネッサ・ビビ伯爵令嬢ですな。間違いありませんか?」
「ええ。本人もそのように名乗っていらしたわ」
「本当にビビ伯爵家の人間なんですね」
呟いたのは近衛隊長だ。恐れなのか悲しみなのか、とにかく負の感情が滲み出ている。冷静な隊長にしては珍しいことだ。ビビ伯爵家は隊長を動揺させるような家らしい。
「隊長はビビ伯爵家と親しいのかしら?」
「あ、いえ」
近衛隊長が笑顔をミシュリーヌに向けてきたが、続く言葉はない。
「ミシュリーヌ、離宮まで送っていく」
オーギュストが慌てたように立ち上がる。近衛隊長もオーギュストに目で謝りながら立ち上がった。
「オーギュスト様、わたくしに何か隠そうとしていますね?」
ミシュリーヌは低い声で言ってオーギュストを睨みつける。しかし、いつもと変わらぬ笑顔が返ってくるだけだった。伯爵に視線を向けるとオーギュストの止める声を無視して説明してくれた。
「ビビ伯爵領がフリルネロ公爵領に隣接していることはご存知ですかな?」
伯爵は壁に飾られた国内全域の地図に視線を向ける。ミシュリーヌも見てみると、フリルネロ公爵領のすぐ上にビビ伯爵領があり、その先はもう隣国のソルベ王国だ。
「ビビ伯爵領はソルベ王国から我が国を守る特別な土地です。当然、王家の忠臣が務めてきたのですが、王妃の輿入れの件で揉めましてな」
当時のビビ伯爵はソルベから王妃を呼ぶことに反対していた。ビビ伯爵領はソルベ王国と最前線で戦ってきたのだから当然だろう。しかし、中央政府にとっては過去の辺境の苦労より、和平協定を結ぶことにより生まれる今の安全のほうが重要だった。魔獣増加で隣国と争っている場合ではないと大半の貴族が同意したことにより、伯爵の説得を試みることなく強引に押し進めてしまったようだ。
「ビビ伯爵家の代替わりとともに、ノルベルト殿下が関係改善に動いています。ようやく、王都のパーティーに出席してくれるまでになったのですが……」
「確かにビビ伯爵家と王家には微妙な心の距離がある。だが、ソルベの王族の血を引くヘクター兄上と組むだろうか? 証拠が揃ってきても、どうもピンとこない」
「ビビ伯爵領は水晶の浄化こそ説得に応じて受け入れましたが、長年魔導師団や騎士団の受け入れを拒否していましたからな。意地になっている間に、自領だけでは立ち行かなくなり、ソルベ王国を頼った可能性もありますな。フリルネロ公爵が監視して下さっていたはずですが、公爵領の現状を知った今は当てになりません」
「伯爵はソルベ王国も関わっていると思っているのか?」
「楽観はできませんな。ビビ伯爵とヘクター殿下を直接繋ぐ接点がありません。ソルベ王国の思惑が間に入っていると考える方が自然です。ミシュリーヌ妃殿下を欲する理由がソルベには十分にありますからな」
フルーナ王国で起きた魔素濃度上昇による魔獣の増加はソルベ王国でも起きている。伯爵によると、魔獣発生の中心地であるフルーナ王国ほどではないが、ソルベ王国も水晶の浄化が遅れがちであるようだ。
ソルベ王国に聖女がいないわけではない。ただ、二人いる聖女は王妃とその娘の王女で、聖女としての訓練を積極的に受けていないという。魔獣の被害が増えるにつれ、ソルベ王族の求心力は低下しているようだ。
「ヘクター殿下は公爵領周辺とミシュリーヌ妃殿下を手土産に、ソルベ王国に渡るつもりなのでしょうか?」
「『フルーナ王国の国王になるために、妃殿下と公爵領周辺をソルベに差し出す』というシナリオも考えられますぞ」
ジョエルと伯爵の会話を聞いて、隣のオーギュストが小さく息を吐き出す。
「どちらにしても、成功率は低そうだな。ヘクター兄上がそんな危険を侵すだろうか? 今でも、私は信じられないよ」
「……」
現に、ミシュリーヌの誘拐は失敗に終わっている。偶然ではあるが、公爵領の件も解決に向かっており、このままソルベ王国に差し出そうとしても、多くの領民の心を掴むのは難しい。
「本当のところは、ヘクター殿下にお聞きするしかありませんな」
「そのためにも、ヘクター兄上を早く拘束するべきだが……今の証拠だけでは難しいだろうな。私も含めた王子の誰かが関わっている証拠はいくつもあるが、ヘクター兄上と直接結び付けられる証拠はミシュリーヌの証言くらいだ」
ミシュリーヌの証言だけでは、王族であるヘクターを裁けない。正確に言えば、『聖女』の証言なら裁けるらしいが、強引な方法は遺恨が残る。最悪の場合、ヘクターならスルリと交わして、オーギュストに罪を被せてくる危険さえある。
「難しいですな」
伯爵の言葉にオーギュストや近衛隊長も静かに頷いていた。
しかし、ここにはジョエルもいる。オーギュストの妃の品格を落としてはいけないと、ミシュリーヌは澄ました顔でソファに座った。オーギュストと二人きりだったなら、キョロキョロと見てしまっていただろう。
トントントン
「お待たせしてしまいましたな」
ノックと共に入って来たのは、魔導師団の副団長を勤めるヌーヴェル伯爵だ。ミシュリーヌは、伯爵に確認したいことがあると言われて、魔導師団を訪れたのだ。
「伯爵の方が忙しいのですから、気にしなくて良いわ」
「そう言って頂けるとありがたいですな」
ヌーヴェル伯爵は穏やかに微笑んでソファの近くまでやって来る。
「いろいろ任せて悪いな。まずは座ってくれ。隊長もここにいる間は護衛の必要はないから、楽にしてくれて構わない」
オーギュストがミシュリーヌの隣に座ると、ヌーヴェル伯爵も向かいの席につく。ミシュリーヌの護衛として来ていた近衛隊長は、部下たちを下がらせて伯爵の隣に座った。近くの椅子を引き寄せて座ったジョエルを含めて四人がミシュリーヌの聞き取りをするらしい。
給仕の者たちが部屋を出ていくと、ヌーヴェル伯爵がオーギュストをチラリと見てからミシュリーヌの前に女性たちの姿絵を六枚並べた。
「早速ですが、この絵姿を確認してください。妃殿下が会った『ヴァネッサ』はこの中におりますかな?」
祝賀パーティでは警備のために、出席者の姿絵が作られていた。警備にあたる者たちは出席者の顔を覚えた上で見回りをしていたのだ。つまり、決められた出席者以外がパーティに入り込むことは難しい状況だったらしい。
「偽名を名乗っていなければ良いのですが……」
ジョエルの視線の先には姿絵が山のように積んである。目の前にあるのは、ヴァネッサという名前の出席者らしい。ここになければ、あの山の中を探すことになるが、その心配はなさそうだ。
「この方ですわ」
ミシュリーヌは三枚目の姿絵を伯爵の前に差し出した。かなり特徴を掴んでいるので、『ヴァネッサ』であるとすぐに確信することができた。
「ヴァネッサ・ビビ伯爵令嬢ですな。間違いありませんか?」
「ええ。本人もそのように名乗っていらしたわ」
「本当にビビ伯爵家の人間なんですね」
呟いたのは近衛隊長だ。恐れなのか悲しみなのか、とにかく負の感情が滲み出ている。冷静な隊長にしては珍しいことだ。ビビ伯爵家は隊長を動揺させるような家らしい。
「隊長はビビ伯爵家と親しいのかしら?」
「あ、いえ」
近衛隊長が笑顔をミシュリーヌに向けてきたが、続く言葉はない。
「ミシュリーヌ、離宮まで送っていく」
オーギュストが慌てたように立ち上がる。近衛隊長もオーギュストに目で謝りながら立ち上がった。
「オーギュスト様、わたくしに何か隠そうとしていますね?」
ミシュリーヌは低い声で言ってオーギュストを睨みつける。しかし、いつもと変わらぬ笑顔が返ってくるだけだった。伯爵に視線を向けるとオーギュストの止める声を無視して説明してくれた。
「ビビ伯爵領がフリルネロ公爵領に隣接していることはご存知ですかな?」
伯爵は壁に飾られた国内全域の地図に視線を向ける。ミシュリーヌも見てみると、フリルネロ公爵領のすぐ上にビビ伯爵領があり、その先はもう隣国のソルベ王国だ。
「ビビ伯爵領はソルベ王国から我が国を守る特別な土地です。当然、王家の忠臣が務めてきたのですが、王妃の輿入れの件で揉めましてな」
当時のビビ伯爵はソルベから王妃を呼ぶことに反対していた。ビビ伯爵領はソルベ王国と最前線で戦ってきたのだから当然だろう。しかし、中央政府にとっては過去の辺境の苦労より、和平協定を結ぶことにより生まれる今の安全のほうが重要だった。魔獣増加で隣国と争っている場合ではないと大半の貴族が同意したことにより、伯爵の説得を試みることなく強引に押し進めてしまったようだ。
「ビビ伯爵家の代替わりとともに、ノルベルト殿下が関係改善に動いています。ようやく、王都のパーティーに出席してくれるまでになったのですが……」
「確かにビビ伯爵家と王家には微妙な心の距離がある。だが、ソルベの王族の血を引くヘクター兄上と組むだろうか? 証拠が揃ってきても、どうもピンとこない」
「ビビ伯爵領は水晶の浄化こそ説得に応じて受け入れましたが、長年魔導師団や騎士団の受け入れを拒否していましたからな。意地になっている間に、自領だけでは立ち行かなくなり、ソルベ王国を頼った可能性もありますな。フリルネロ公爵が監視して下さっていたはずですが、公爵領の現状を知った今は当てになりません」
「伯爵はソルベ王国も関わっていると思っているのか?」
「楽観はできませんな。ビビ伯爵とヘクター殿下を直接繋ぐ接点がありません。ソルベ王国の思惑が間に入っていると考える方が自然です。ミシュリーヌ妃殿下を欲する理由がソルベには十分にありますからな」
フルーナ王国で起きた魔素濃度上昇による魔獣の増加はソルベ王国でも起きている。伯爵によると、魔獣発生の中心地であるフルーナ王国ほどではないが、ソルベ王国も水晶の浄化が遅れがちであるようだ。
ソルベ王国に聖女がいないわけではない。ただ、二人いる聖女は王妃とその娘の王女で、聖女としての訓練を積極的に受けていないという。魔獣の被害が増えるにつれ、ソルベ王族の求心力は低下しているようだ。
「ヘクター殿下は公爵領周辺とミシュリーヌ妃殿下を手土産に、ソルベ王国に渡るつもりなのでしょうか?」
「『フルーナ王国の国王になるために、妃殿下と公爵領周辺をソルベに差し出す』というシナリオも考えられますぞ」
ジョエルと伯爵の会話を聞いて、隣のオーギュストが小さく息を吐き出す。
「どちらにしても、成功率は低そうだな。ヘクター兄上がそんな危険を侵すだろうか? 今でも、私は信じられないよ」
「……」
現に、ミシュリーヌの誘拐は失敗に終わっている。偶然ではあるが、公爵領の件も解決に向かっており、このままソルベ王国に差し出そうとしても、多くの領民の心を掴むのは難しい。
「本当のところは、ヘクター殿下にお聞きするしかありませんな」
「そのためにも、ヘクター兄上を早く拘束するべきだが……今の証拠だけでは難しいだろうな。私も含めた王子の誰かが関わっている証拠はいくつもあるが、ヘクター兄上と直接結び付けられる証拠はミシュリーヌの証言くらいだ」
ミシュリーヌの証言だけでは、王族であるヘクターを裁けない。正確に言えば、『聖女』の証言なら裁けるらしいが、強引な方法は遺恨が残る。最悪の場合、ヘクターならスルリと交わして、オーギュストに罪を被せてくる危険さえある。
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