華村花音の事件簿

川端睦月

文字の大きさ
6 / 105
チューリップはよく動く

ミーちゃんの失踪 -2-

しおりを挟む

 悠太の喫茶店は花音が言ったとおり、外観はだが、内装は今風のおしゃれなカフェといった感じであった。

 ナチュラルウッドの家具で統一された店内は明るい仕上がりで、唯一道路に面している入り口側の大きな窓から差し込んだ光が、雰囲気のある照明代わりになっている。

 入り口の左側には、厨房とその前にカウンターと二人掛けのテーブル席が二セット並ぶ。右側には四人掛けのテーブル席が二セット、その奥に手洗いがあった。

 それぞれのテーブルにはチューリップのアレンジが置かれている。咲が生けたものとは違う、赤が印象的なモダンなアレンジだった。

「あのテーブルのお花、花音さんが生けたものなんですか?」

 咲は横に立って辺りを見渡している花音に尋ねた。

「ええ。宣伝がてら置かせてもらってます」

 花音はニコリと笑う。

「素敵ですね。シャープな感じが、すごくお店の雰囲気にあってます。──特にあのチューリップの赤。ナチュラルなインテリアによく馴染んでる」

 その言葉に花音はジーっと咲を見つめた。

「なにか?」

 あまりに見つめるので、なにか変なことでも言ったのかと、不安になる。

「……いえ、咲さんの感覚は非常に鋭いな、と思って。インテリア関係のお仕事でも?」
「ええ、まあ」

 花音の問いに、咲は言葉を濁した。その先を詳しく聞くことはなく、そうですか、と花音は笑顔を返した。

「でも、このアレンジ……」

 そうつぶやいて、花音は近くの席のアレンジを見つめた。それから、各テーブルのアレンジを見て歩く。

「悠太くん」

 少し考え込んでから、花音は悠太を呼んだ。

「昨日は遅くまで厨房にいたの?」

 え、と悠太は驚いた顔をする。

「よくわかりましたね。実は新作メニューの開発に夢中になって、夜の十二時過ぎまで厨房にいました」

 なるほど、と花音は頷いた。

「それじゃあ、ミーちゃんを最後に見たのは、いつ?」

 悠太は昨日のことを思い出すように、斜め上を見上げた。

「えーと、ごはんをあげて、トイレの片付けをしたのが最後だから……午後七時くらいですかね」
「その後はずっと厨房に?」
「ええ、そうです。──やっぱり外に出てしまったんでしょうか?」

 話していて不安になったのか、悠太はまたさっきの考えに戻る。

「それはないって言ったよね」

 でも、と悠太は顔を歪めた。

「一時間も探したんですよ」

 今にも泣き出しそうな顔だ。

「どこを?」

 対照的に、花音は冷めた表情で尋ねた。

「え?」
「どこをどうやって探したのさ」

 花音は呆れたようにため息をつき、もしかして、と悠太に詰め寄った。

「お店の方を探してた?」

 悠太は無言で首を縦に振る。やっぱり、と花音が肩をすくめた。

「お店の方を一時間探したって、見つかるわけないよ」
「え、どういう……」

 悠太は花音の言葉の意味が分からず、ポカーンと彼を見返した。

「ミーちゃんは、居室スペースにいるんだから」
「えっ、そうなんですか?」

 悠太は厨房の奥にある居室スペースに目を向けた。

「まず、ミーちゃんは眩しいのが嫌いだよね」

 それに構わず、花音は続ける。悠太は、はい、と頷いた。

「で、ゲージは居室スペースにある」

 そうですね、と悠太はまた頷いた。

「お店に出るためには厨房を通らないといけない。──でも、厨房は明かりがついている」

「あ」と悠太が小さく叫んだ。そのまま、厨房奥の通路を走って、居室スペースに入っていく。

 そのあとを花音はやれやれといった様子で追いかけた。咲もそれに従う。

 居室スペースは、四.五帖の洋間とユニットバスにクローゼットがついたシンプルな造りになっていた。
 ミーちゃんのゲージはクローゼットの前に置かれ、部屋のほとんどはベッドに占領されている。

 そのベッドに占領されていない、わずかな空間に立って、悠太は辺りを見回していた。

「やっぱり、いないですよ」

 花音の顔を見るなり、悠太が不満げな声を上げた。

「……馬鹿なの?」

 狭い通路の壁に手をついて、花音が首を振る。

「さすがに、こんな質素な部屋にミーちゃんがいたら、すぐにわかるでしょ」
「えっ、でも……」

 悠太は反論しようとして口を尖らせた。それを無視して、花音が土足のままフローリングの床に上がる。

「えっ、ちょっ、花音さんっ。ここ、土足っ禁止……」

 悠太は慌てて押しとどめようとして、カタコトの日本語を発する。
 しかし、長身の花音と小柄な悠太では力の差は歴然だ。悠太を押し切った花音は、クローゼットの扉を開けた。

「もー、花音さん、勝手にクローゼット開けないでくださいよっ」

 未だ抵抗する悠太を片手で抑え、花音はクローゼットの中をジッと見つめた。

「ほら、あそこ」

 花音がクローゼットの床を指さした。そこには衣装ケースがあり、壁に接する側の隅のほうに、わずかな隙間がある。

 その隙間に、両手に乗るくらいの丸い塊が見えた。

「……ミーちゃんっ」

 悠太は歓喜の声を上げた。

 衣装ケースをずらし、ゲージの上にあった革手袋をはめる。それから両手で丸い塊を掬うように持ち上げた。

「でも、なんでここに……クローゼットの扉は閉まっていたのに」

 疑問を口にする。

「昨日、厨房にいる間、この部屋の明かりは点けてたの?」
「いいえ」
「じゃあ、いつ点けた?」
「えーと、厨房から移動した時に点けました」
「そのあとは?」
「明かりを点けて、クローゼットを開けて、着替えを取って……あっ」
「その時じゃない?」

 花音が呆れた顔をする。

「きっとゲージの扉がきちんと閉まっていなくて、外に出たんじゃない? で、明かりが点いた時に眩しくてクローゼットに逃げ込んだ」

 そうかもしれませんね、と悠太が蚊の鳴くような声で答えた。

「大変、お騒がせしました」

 ペコリと頭を下げた悠太に、まったくだよ、と花音は肩をすくめてみせた。

「咲さんも、ごめんなさい」

 遠目に二人の様子を眺めていた咲に、悠太はしょんぼりと告げる。
 まるで叱られた犬のように、伏せた耳まで見えそうだ。可哀想で、とても責めることなんてできない。

 気にしないでください、と咲は笑顔を返した。

「ミーちゃんが見つかったなら、それでいいんです」
「ありがとうございます」

 悠太は満面の笑みを浮かべた。

「咲さんもミーちゃん見ます?」
「あ、ぜひ見てみたいです」
「いいですよ」

 悠太は咲に近づき、そっと両手を差し出した。
 その手にはトゲトゲとした茶色の丸い塊が、ちょこんと乗っている。

 かわいい、と咲は思わず頬を緩めた。

「ミーちゃんって、ハリネズミだったんですね」
「そうなんです。咲さんも触ってみます?」
「えっ、いいんですか?」
「はい、一緒に探してくれたから、ぜひ。──手を出してくれますか?」

 悠太に言われるまま、両手を差し出す。その手に悠太はそっとミーちゃんを乗せた。

「あったかい」

 ほのかな温かさと小動物特有の細かい拍動が伝わってきて、愛しさが込み上げる。

 このまま持って帰りたい。

「咲さんはハリネズミ平気そうですね」

 その様子を見て、悠太が安心する。

「だって、こんなに可愛いもの」

 本当に思わず頬ずりしたくなる可愛さだ。──実際には無理だけど。

「花音さん、駄目なんですよ」
「え?」
 
 悠太の言葉に花音に目を向けると、彼は眉間に皺を寄せていた。

「花音さん、ハリネズミが苦手なんですか?」

 それはちょっと意外だった。

 いえ、と花音は首を横に振る。

「ハリネズミは可愛いと思うけど……」
「可愛いと思うけど?」
「食事がちょっと……」
「食事?」

 なぜか花音は歯切れが悪い。

「悠太さん、ハリネズミの食事って?」

 歯切れの悪い花音の代わりに、悠太に尋ねる。

「僕は主にミールワームをあげてますね」
「ミールワーム?」
「えーとですね、簡単に言うと虫、ですね」

 悠太は笑顔でさらりと恐ろしいことを言い、「見ます?」と冷蔵庫をあさり始めた。

「え?」

 咲は頬を引き攣らせたのだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

ズボラ上司の甘い罠

松丹子
恋愛
小松春菜の上司、小野田は、無精髭に瓶底眼鏡、乱れた髪にゆるいネクタイ。 仕事はできる人なのに、あまりにももったいない! かと思えば、イメチェンして来た課長はタイプど真ん中。 やばい。見惚れる。一体これで仕事になるのか? 上司の魅力から逃れようとしながら逃れきれず溺愛される、自分に自信のないフツーの女子の話。になる予定。

恋する閉鎖病棟

れつだん先生
現代文学
精神科閉鎖病棟の入院記です。 一度目は1ヶ月、二度目は1ヶ月、三度目は4ヶ月入院しました。4ヶ月の内1ヶ月保護室にいました。二度目の入院は一切記憶がないので書いていません。

お隣さんはヤのつくご職業

古亜
恋愛
佐伯梓は、日々平穏に過ごしてきたOL。 残業から帰り夜食のカップ麺を食べていたら、突然壁に穴が空いた。 元々薄い壁だと思ってたけど、まさか人が飛んでくるなんて……ん?そもそも人が飛んでくるっておかしくない?それにお隣さんの顔、初めて見ましたがだいぶ強面でいらっしゃいますね。 ……え、ちゃんとしたもん食え? ちょ、冷蔵庫漁らないでくださいっ!! ちょっとアホな社畜OLがヤクザさんとご飯を食べるラブコメ 建築基準法と物理法則なんて知りません 登場人物や団体の名称や設定は作者が適当に生み出したものであり、現実に類似のものがあったとしても一切関係ありません。 2020/5/26 完結

『続・聖パラダイス病院』

菊池昭仁
現代文学
『聖パラダイス病院』の続編です。こんな病院なら入院生活も悪くはありません。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~

馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」 入社した会社の社長に 息子と結婚するように言われて 「ま、なぶくん……」 指示された家で出迎えてくれたのは ずっとずっと好きだった初恋相手だった。 ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ ちょっぴり照れ屋な新人保険師 鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno- × 俺様なイケメン副社長 遊佐 学 -Manabu Yusa- ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 「これからよろくね、ちとせ」 ずっと人生を諦めてたちとせにとって これは好きな人と幸せになれる 大大大チャンス到来! 「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」 この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。 「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」 自分の立場しか考えてなくて いつだってそこに愛はないんだと 覚悟して臨んだ結婚生活 「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」 「あいつと仲良くするのはやめろ」 「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」 好きじゃないって言うくせに いつだって、強引で、惑わせてくる。 「かわいい、ちとせ」 溺れる日はすぐそこかもしれない ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 俺様なイケメン副社長と そんな彼がずっとすきなウブな女の子 愛が本物になる日は……

後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜

二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。 そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。 その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。 どうも美華には不思議な力があるようで…?

処理中です...