華村花音の事件簿

川端睦月

文字の大きさ
64 / 105
エディブルフラワーの言伝

凛太郎の謀略 -4-

しおりを挟む

「結構な量ですね」

 テーブルの上に置かれた料理皿を見て、咲はため息を零した。

 凛太郎に勧められるがまま、料理を取り進めた結果、テーブルにはかなりの数の料理皿が並ぶことになった。

 全部食べられるかしら、と不安になる。

「楽勝だろ」

 凛太郎は余裕の表情で笑う。

 たしかに、身体の大きい凛太郎には朝飯前なのかもしれないが。食の細い咲は見ただけでゲンナリしてしまう。

「多かったら、遠慮なく言えよ」

 その気持ちを察したのか、凛太郎がぶっきらぼうに告げた。

 ──意外と良い人なのかもしれない。

「ありがとうございます」

 取り敢えず礼を言っておく。それから料理皿へと手を伸ばした。

 ふと、その手に視線を感じ、顔を上げる。途端に、隣席のスーツの男と目が合い、咲は軽く会釈をした。

 そのやり取りに気づいた凛太郎が、スーツの男のほうを見遣り、ニヤリと笑う。

 ──なんでわざわざ、そんな挑発的な態度を取るかな?

 咲は凛太郎の子供っぽい態度に呆れながら、料理を自分の皿へと取り分けた。

 鯛のカルパッチョに野菜のマリネ、鶏の白レバーのペースト。それから自家製バゲットと。

 バゲットにペーストを塗り、一口齧る。サクッと程よい歯応えと共に、少しクセのある苦味が広がり、ついでそれをかき消すようにセロリの風味がついてくる。塩加減もちょうどいい。

「……美味しいっ」

 咲は思わず声を出してしまった。それに凛太郎が咲を見、クスリと笑った。

 下心のない、思わず溢れたような笑みだった。

 そんな笑い方もできるんだ、と感心する。何かしらの含みがあるような笑顔しか見たことがないから、意外だった。

「なんだよ?」

 ボーっと咲が見つめていたので、怪訝そうに凛太郎が尋ねた。

「あ、いえ」

 咲は慌てて目を逸らし、料理へと手を伸ばす。

 ──またやってしまった。

 この前も花音さんとの件で失敗したばかりなのに。

 咲は小さくため息を吐いた。

「忙しい奴だな。笑ったかと思えば、ため息ついて。情緒不安定か?」

 揶揄うように言って、凛太郎は咲の皿の上のペーストを自分の皿へと移した。

「え? 凛太郎さん、それ、私の……」
「別にいいだろ。料理はたくさんあるんだから。他のを食べろよ──これなんかどうだ?」

 呆気に取られ、抗議しようとした咲に、凛太郎は一口大のキッシュを勧める。

 言い方は素っ気ないが、もしかしたら少食の自分に気を遣ってくれているのかもしれない。

「あ、ありがとうございます」

 咲は礼を述べ、

「でも、やっぱり、人様に食べかけを食べさせるなんて、失礼ですから。凛太郎さんこそ、他のを食べてください」

 凛太郎が取っていったペーストを奪還しようとした。

 その手を凛太郎が軽く払い退け、「気にすんな」と相変わらずぶっきらぼうに言い放った。

「お前と俺とじゃ、食べられる量が違うんだから。黙って甘えとけ」

 そう言って、ペーストをパクリと口の中に放り込んだ。モグモグと口を動かし、うん、美味い、と満足そうに頷く。

 ──やっぱり気を遣ってくれたんだ。

 咲はお言葉に甘え、凛太郎の勧めたキッシュへと手を伸ばした。

 キッシュはピクルスやトマト、生ハムが彩りよく盛り付けられていて、とても美しい見た目だった。一口大とは言っても、さすがに一口では食べきれないので、半分だけ齧る。生地のふわふわの部分がトロリと溶け出し、野菜との相性もいい。

「これも美味しいですね」

 つい先ほどのやり取りも忘れ、凛太郎に話しかけた。

「お前、食べてるときは上機嫌だな」

 凛太郎が呆れたように呟く。

「苦手な食べ物なんてないだろ?」とサーモンをタルタルで和えた料理を摘む。

 そうですね、と咲は首を捻った。

「これといって特には。基本、好き嫌いはないですね。……あ、でも、昆虫はダメです」

「はあ? 昆虫?」

 凛太郎が驚きの声を上げた。

 同時に、隣の席のスーツの男がゴホゴホと咳き込んだ。

 咲はチラリと隣を一瞥してから、凛太郎へと視線を戻した。

「……昆虫は、食べ物じゃないだろ?」
「それが、そうでもないんですよ」

「そうでもない?」

 凛太郎が眉根を寄せた。

「──母の実家が結構田舎の方でして。そこでは昆虫食文化がまだ残っているんです。小さい頃、帰省した時にイナゴの佃煮とか蜂の子とか食卓に出されて」

 咲はその時のことを思い出して、身体を震わせた。凛太郎も明らかに引いた顔をしている。

「いらないって言っても、面白がって勧められたんです」
「……まさか食べたんじゃ」
「とんでもないっ」

 咲はフルフルと手を振った。

「でも、無理やり食べさせられそうになったことがあって。それ以来、母の実家には帰ってません」

 そりゃ、そうだ、と凛太郎は咲の食べかけの料理を取り、パクリと口に入れた。

「悠太のハリネズミでもあるまいし」と笑う。

 そういえばそうだ。悠太くんのミーちゃんは虫を餌にしているんだった。

 ──最近、喫茶カノンにも顔を出せてないから、悠太くんにも会ってないなぁ。

 悠太くん、元気かしら、と悠太の人懐っこい笑顔が懐かしくなる。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜

菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。 まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。 なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに! この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。

【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら

瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。  タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。  しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。  剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました

専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。

呪われた少女の秘された寵愛婚―盈月―

くろのあずさ
キャラ文芸
異常存在(マレビト)と呼ばれる人にあらざる者たちが境界が曖昧な世界。甚大な被害を被る人々の平和と安寧を守るため、軍は組織されたのだと噂されていた。 「無駄とはなんだ。お前があまりにも妻としての自覚が足らないから、思い出させてやっているのだろう」 「それは……しょうがありません」 だって私は―― 「どんな姿でも関係ない。私の妻はお前だけだ」 相応しくない。私は彼のそばにいるべきではないのに――。 「私も……あなた様の、旦那様のそばにいたいです」 この身で願ってもかまわないの? 呪われた少女の孤独は秘された寵愛婚の中で溶かされる 2025.12.6 盈月(えいげつ)……新月から満月に向かって次第に円くなっていく間の月

それは、ホントに不可抗力で。

樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。 「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」 その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。 恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。 まさにいま、開始のゴングが鳴った。 まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。

眠らせ森の恋

菱沼あゆ
キャラ文芸
 新米秘書の秋名つぐみは、あまり顔と名前を知られていないという、しょうもない理由により、社長、半田奏汰のニセの婚約者に仕立て上げられてしまう。  なんだかんだで奏汰と同居することになったつぐみは、襲われないよう、毎晩なんとかして、奏汰をさっさと眠らせようとするのだが――。  おうちBarと眠りと、恋の物語。

処理中です...