華村花音の事件簿

川端睦月

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エディブルフラワーの言伝

凛太郎の謀略 -3-

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「あっちの席がいいな」

 席へと案内してくれたウェイターに向かって、凛太郎は両手をズボンのポケットに突っ込んだまま顎をしゃくり、別の席を指定した。

「畏まりました」とウェイターは恭しくお辞儀を返し、凛太郎が指定した席へと案内する。

 凛太郎の失礼な態度にも顔色を変えないウェイターに、咲はプロ意識を見て、感心する。

 続いて案内されたのは、ビュッフェコーナーにはほど遠い奥まった席だった。さっきの席のほうが窓辺で景色も良かったのだけど。

 咲はチラリと凛太郎を窺い、こっそりとため息を吐いた。

 格子状の壁に接したその席は、ビュッフェ席の端に当たるのだろう。壁を隔てた向こう側は通常のレストラン席となっているらしく、ウェイターが料理をテーブルへと運んでいる姿が目についた。

 そのウェイターが料理を運んだ先、格子を隔てた隣席の男と目が合う。男は、先ほど凛太郎を送ってきたとおぼしきスーツの男だった。

 綺麗に整えられたショートヘアが爽やかで、年の頃は三〇歳前後だろうか。

 テーブルには彼と同年代くらいの女性と、年配の男性二人が同席していた。もしかしたら、お見合いの席なのかもしれない。そう思わせるぎこちない空気があった。

 咲は軽く会釈をし、凛太郎へと視線を移した。

 ──だから、わざわざここの席を指定したの?

 凛太郎のことだ。きっと何か目的があって、席を変えたに違いない。というか、今日ここに来たのだって、スーツの男が目的だったのかもしれない。

 自分はそのカモフラージュに呼ばれたのだろう。

 眉を顰めた咲に、凛太郎は「なに?」と意地の悪い笑みを返した。

 咲は、いえ、と小さく首を振り、座ったばかりの席から立ち上がった。

「お料理、取ってきますね」

 こうなったら、凛太郎の悪巧みに巻き込まれる前に、素早く退散するのが吉だ。

 回れ右をし、ビュッフェコーナーに向かおうとしたその腕が、何かに引っ張られる。

「へ?」

 驚いて振り返ると、凛太郎が腕を掴んでいた。

「なっ、なんなんですか?」

 慌てて腕を振り解く。それからキッと凛太郎を睨みつけた。

「危ないじゃないですかっ。急に腕なんか引っ張ったら」

 咲の抗議に、凛太郎は可笑しそうに顔を歪め、シッとその薄い唇に人差し指を当てた。

「咲、少し静かにしろよ。周りに迷惑だろ」

 凛太郎の言葉にハッと我に返る。周囲の視線が集まっているのがわかった。

 居た堪れず、しょんぼりと身を縮ませた咲に、「わかった?」と凛太郎が小馬鹿にしたよう顔を覗き込む。

 ──元はと言えばあなたのせいでしょ。

 湧き上がる怒りをギュッと拳を握り締め、抑え込む。

「さあ、料理、取りに行こうぜ」

 ニヤリと笑い、凛太郎は席から立ち上がった。そのまま、咲を振り返りもせず、さっさとビュッフェコーナーへ歩いていく。

 咲はそのあとを追いながら、凛太郎の背中にベーッと舌を出したのだった。

 吹き抜けに設けられたビュッフェコーナーは、窓から差し込む自然光に照らされた開放的な空間だった。

 テーブルの上に並ぶ料理は、フレンチやイタリアンなどの洋食をメインとしたもので、色鮮やかで華やかなそれらは見た目だけでも心が躍る。

 奥のほうに据えられたオープンキッチンでは数人のシェフが忙しなく調理を行っていた。パスタやステーキは注文を受けて作るらしい。

 ──どうしよう……

 咲はキョロキョロと辺りを見渡し、うーん、と眉間に皺を寄せた。

 どれもこれも美味しそうなものばかりで、目移りしてしまう。

「なーに、難しい顔してんだ?」

 一向に料理を取ろうとしない咲に、凛太郎が呆れたように声をかけた。

「……いえ、みんな美味しそうだなって思って」
「だったら、全部取ればいいだろ。ビュッフェなんだから」
「そういうわけには……」

 難色を示した咲に、「なんで?」と凛太郎が不思議そうに首を傾げた。

「だって、食べられる量には限りがありますから。残すのはマナー違反ですし──本当に食べたいものを慎重に選ばないと」

 それに、しょうがないな、と凛太郎が息を吐く。

「余ったら俺が食べるから、好きなの取れよ」
「へ?」

 凛太郎の口から出たとは思えない、思いやりのある言葉に、咲はほけっとして彼を見つめた。

「なに?」と凛太郎が怪訝そうな顔をする。

「あ、いいえ。ありがたいですけど、人様に残り物を食べさせるなんて、失礼ですから」

 咲はフルフルと手を振った。

「なーに、言ってんだ。ビュッフェなんて、そうやって食べたほうが色んなもの食えていいだろ」と取り皿を手にする。それから「これは?」とか「あれは?」とか咲に尋ねながら、料理を盛り付けていった。
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