装甲列車、異世界へ ―陸上自衛隊〝建設隊〟 異界の軌道を行く旅路―

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第1章:「鋼鉄の要塞、異世界へ」

1-9:「哺乳綱奇蹄目ウマ科ウマ属の女」

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「祀二尉、群本部へ報告を」
「はッ」

 芭文の指示を受け、祀が通信による第7建設群本部への通信報告を行うために場を外す。

「……本当に……」

 そんな光景を見ながら。ミューヘルマはと言えば未だ己の願い入れが、受け入れ事を半ば信じられないといった様子でいる。

「――まったく、肝の冷える博打を打ちましたわね」

 そんな場へ。透るしかしこれまでに無かった声色で、そんな言葉が飛び来たのはその時であった。

「――?」
「!」

 会生やミューヘルマを筆頭に場の全員が、聞こえた声を辿って振り向きあるいは視線を移動させる。声の発生源は指揮通信車輛内の通路の向こう。先に会生やミューヘルマも抜けた車輛端のデッキ空間。
 そこに居たのは――馬であった。
 美麗で良いツヤの芦毛が特徴の馬、それはクユリフの愛馬のエンペラルだ。そのエンペラルが頭から首を乗降ドアより突き込み、こちらを見つめていた。

「この方々が貴方の身分を知った事で、目の色を変えたらどうするつもりでしたの」

 そしてその馬特有の大きな口が、しかし反した静かで優雅なまでの動きで開かれ、なんとそこから言葉が紡がれた。それも透る女の声で。
 そう、今先の言葉を寄こしたのはエンペラルであった。

「!、馬が……ッ」
「喋っ……た……!」

 その姿光景を目の当たりに、寺院や祀が驚きの声を上げる。

「失礼な方々ですわね」

 そんな驚く各々を目にエンペラルは不服そうに言葉を紡ぐと。次にはその前胴体を持ち上げ、乗降ドアからそれを器用に突き込む動作を見せる。
 ――それが合わせて起きたのは、その瞬間だった。
 エンペラルのその体が唐突に淡い光に包まれ、真白い光のシルエットとなる。
 そして、その体は次には粘土細工でも捏ねるようにみるみるうちに変貌。その姿造形を著しく変える。

「――ふぅ」

 そして、その果てに現れたのは――一人の女、美少女だ。
 整う端麗な小顔に、釣り上がった瞳。それを飾るは美麗な白銀の髪、いやそれは芦毛か。
 どこから現れたのか軍服を模したようなワンピースドレスを纏い、きちんとその少女体系を包み飾っている。
 そして何より目立つは、その頭より生える一対の芦毛の馬の耳。そして尻部の服の穴から覗く芦毛の馬の尻尾。
 馬から変じた馬の特徴を持つ美少女の姿が、そこにはあった。

「エンペラル」

 会生以外は驚く隊員一同の一方、クユリフはその馬の特徴の美少女をそう呼ぶ。それが示すはその美少女が、彼の愛馬であるエンペラルと同一の当人、いや当馬であることを証明していた。
 そのエンペラルは変貌した身で指揮通信車輛の通路を、その芦毛の髪を片手で掻き上げ靡かせながら、つかつかと有りてくる。

「失礼あそばせ」
「っと」
「っ」

 そして引き続き驚愕していた寺院と祀の間を遠慮なく割って通り抜けると、その先でミューヘルマとクユリフに並び立った。

「聞いていたのか?」
「ずっと外で、当然ですわ。もしもこの方々がミューヘルマさんの正体を知った上で良からぬ行動に走るようでしたら、割り入りあなた達を連れ出す算段でしたもの」

 そのエンペラルに向けたクユリフの尋ねる言葉に。エンペラルはどこか高慢な、少し小馬鹿にしているのではと言うような色でそう答える。
 どうにも自衛隊側が信用ならない組織であった場合を想定し、待機していたらしい。

「えぇと、クユリフさん。こちらの方はあなたの?」

 そんな二人に向けて、芭文がまた未だ驚き冷めぬ様子でそんな尋ねる言葉を紡ぐ。

「あぁ、こいつは俺の相棒の……っぅ」

 それに答えを紡ぎかけたクユリフは、しかし次に何かに言葉を遮られる。見ればエンペラルの片手の指先が、ツイとクユリフの顎先を微かに添え持ち上げていた。
 見るにそれは、顎クイの一種でクユリフの発言を黙らせるもの。

「イグルエンペラルと申しますわ、異界の軍の皆さま方」

 そして己の正式な名の名乗って見せるエンペラル。それには台詞にこそ一応の敬意を示した様子が見えるが、その態度からは高慢の色が隠せていない。

「合わせて申しますと、このクユリフはわ・た・く・し・の『所有物』。誤解無きよう」

 そしてテンペラルは次に、隣のクユリフに視線を流しつつ、そんな言葉を紡いで見せた。

「所有物?」

 それに祀が訝しむ言葉を零す。

「えぇ、騎乗手など馬を、私を補うための道具に過ぎませんわ。残念ながら教育がまだまだ不足で道具としての意識が足りないようなのですけれど」

 そして指先でクユリフの顎先を弄びながら、サディスティックな笑みを浮かべてそんな言葉を紡いで見せるエンペラル。

「夜はクユリフが心配で血相変えて駆け寄ってった癖に」

 しかしそんな所へ、ミューヘルマから言葉がズバっと飛んだ。そして彼女は白い目でエンペラルを見つめている。
 彼女の言葉は、昨晩に傷ついたクユリフの元へエンペラルが突進の勢いで案じ寄って行った事実を暴露するもの。

「んなッ!」

 その言葉に、エンペラルはそれまで高慢の笑みを作っていた顔を崩し。目を見開いて顔を微かに赤く染める。

「ッ……んんッ……所有主として道具を案ずるのは当然ですわ……っ!」
「ぉぁ!」

 そしてエンペラルは誤魔化すように咳払いをすると、次には馬の力は健在なのだろう腕力をもって、片腕でクユリフの腰に手をまわして強引に抱き寄せた。

「道具の分際で相棒などと思い上がりも甚だしい。もっと教育が必要そうですわね」
「はは……こんな風に、尻に敷かれちゃっててね」

 そしてまた妖しい笑みを作ってそう紡ぐエンペラル。その腕に抱かれながら、クユリフは困った顔で自嘲気味に笑って見せる。

(……いや、尻に敷かれているって言うより)

 しかし。祀は内心で思うところ浮かべながら、その二人へ視線を中止している。いや祀だけでなく各々は嫌でも気づいていた。
 エンペラルの芦毛の馬の尻尾が、クユリフの尻から太腿部に回され触れて――いや、舐り回している事に。
 男としては大分華奢で滑らかなラインの尻から腿のラインを、その尻尾で堪能するように撫でまわしている。その尻尾の動きは生々しいまでにやらしさが滲み出ている。
 そしてエンペラルの顔を見れば、その美少女顔に済ました顔を作ってはいるが、よくよく見れば口角は微かに緩み。何よりその目は情欲、獣欲に塗れた色で、またクユリフの身に嘗め回すように視線を走らせている事がまるで隠せていなかった。
 エンペラルのそれは尻に敷いているというよりも、手籠めにした女を弄ぶ悪漢と言ったほうが正しい域だ。

(尻に敷かれてると言うよりも、手籠めにされてない?大丈夫?)
(エロ親父みてぇな馬のお姉ちゃんだな)

 そんな姿を見せる二人、と言うよりもクユリフに直球のセクハラをかますエンペラルに。
 祀や寺院はそれぞれそんな言葉を内心で浮かべる。

「クユリフ、嫌な事は嫌ってちゃんと言ったほうがいいよ」

 そしてミューヘルマは、エンペラルをそれまでとは違う軽蔑した白い目で見つつ。クユリフに向けてそんな言葉を紡ぐ。

「よく理解わからんが気色の悪い話だな」

 そして最後に。各々の内心をまとめ締めくくるように、会生がそんな一言をストレートに発して見せた。
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