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おっさん鼻下伸ばす
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魔王領に来て三日目、いつものように俺とシービーは研究室の前でくつろがされているだけ。
なんか手伝おうか? と言っても「お前は何もしなくていい、ここに居るだけでいい」と返されるだけ。あとはやたらと電子レンジの補充を頼まれるだけ……一体全体なんの研究をしているんだ?
なんか不安になってきた俺は、研究室のドアに手を掛ける……が、鍵が掛けられていて開かない。
ドアを激しく叩いても反応なし。
くっ、今度、電子レンジを催促されたら突入してやる。
そう意気込んでいると、遠くからヒールのコツコツという音が響き、やけに威圧感のある影が近づいてくる。
真っ赤なメイド服に黒いレース、腰まで伸びた金髪を派手に巻き、口元には不敵な笑み。
──あれ、たしかシービーに絡んできたメイドのねーちゃん。
「チービー、ちょっと話があるわ」
金切り声のような甘ったるい声。
シービーが眉間に皺を寄せた。
「……チービーじゃねぇ。シービーだ」
「どっちでも同じでしょ」
もうこの時点で嫌な予感しかしない。
「で、話ってなんだよ」
「単刀直入に言うわ。あんたの担当のそこの“おっさん”と、うちの担当を交換しなさい」
俺は思わず「はぁ?」と声を漏らす。
「おっさんって俺のことか?」
「他に誰がいるのよ」
シービーは鼻で笑った。
「冗談だろ。誰がてめぇなんかに電次郎を渡すかよ」
「冗談じゃないわ。だって、あんたの担当は幹部からも一目置かれてる。対して、うちの担当は顔だけ良くて、全然仕事しないクズ研究者。これじゃ出世の見込みがないのよ」
正直な意見だし、若い子たちが俺を取り合っているという現実は、悪くない……いかん、鼻の下を伸ばしたらステラみたいに怒られる。
「ふざけんなよエンペア。こっちとら出世のためにおっさんの面倒見てんじゃねぇんだよ、一昨日きやがれ」
シービーはキッパリと否定したが、以前に俺に出世のための世話だと言っていたのを思い出し、お前が言うなと、小声でツッコんだ。
このメイドはエンペアって名前なのか、顔もスタイルも良いし、こんな子にお世話されるなら、おっさん頑張っちゃうんだけどな……と、そんな妄想をしながらシービーを見ると、めちゃくちゃ睨んでいるじゃないか。
こいつ、俺の心が読めるのか?
「ねぇ、おじさまも、そう思いますね? こんなおチビちゃんより、私の方がずっと優しくて丁寧で、刺激的な毎日を約束できるわ」
そう言ってエンペアは体を密着させてくる。
完全な美人局じゃねぇか……最初に出世のためって聞かなかったら落ちてたぜ。
「キモイっ、離れろやブスっ」
シービーは俺とエンペアの間に割って入る。体が小さいから割と簡単に入ってきたな。
「おっさんも、こういうのはスグに断れや、変態のプライドってのはねぇのか?」
なぜか俺も怒られた。
「つーか、変態じゃねぇって」
「あ? ロリコンだったっけ?」
「違うよ。変な言葉覚えんな」
こいつとの掛け合いも慣れてきたな、そして楽しんでいる自分がいる。
「おじさま、怒るくらい嫌いなら、すぐに私のところにきてもいいんですよ」
エンペア……分かってないな、残念ながら俺は色気よりも楽しさを取る。
ここは、俺もカッコよくお断りを入れておこう……少しだけ後悔はあるが。
「近寄んなって言ってんだろブス」
シービーよエンペアは別にブスじゃないぞ。
「なによチビ」
シービーは、まぁ小さいが。
「いいの? 私が本気になれば、あんたなんてすぐに──」
「すぐに何だよ」シービーが睨み返す。
火花が散る……ような気がしたその瞬間だ。
背後から弱々しい声がした。
「え、あの……エンペアちゃん……僕、聞こえてるんですけど」
振り返ると、エンペアの言う“顔だけ良い研究者”が困惑した顔で立っていた。
イケメンなのは認めるが、今の顔は完全に巻き込まれ事故の被害者。
「アンタは黙ってなさい!」
エンペアが腕を振り上げ、勢いよく押し返すように突き飛ばした。
研究者は後ろの机に背中を打ちつけ、山積みの器具がガシャガシャと崩れ落ちる。
「うわっ!」
何本かのガラス管が床に落ち、研究者の手に血が滲んでいるのが見えた。
最悪だ、怪我しちまったか。
俺とシービーが思わず駆け寄ろうとしたとき、廊下の向こうから重い足音が響く。
現れたのは、二メートルを超える大柄な魔物。背中に棘のような突起を持ち、腕には幹部候補の紋章が刻まれている。
「何事だ」
低い声に、エンペアが一瞬だけ怯んだのを俺は見逃さなかった。
「そ、その……ちょっとした口論で」
魔物は倒れた研究者を一瞥し、それからエンペアを睨んだ。
「研究者を傷付けたのか?」
「い、いえ、違っ──」
「連行しろ」
命令一つで、後ろから現れた屈強な魔物たちがエンペアの両腕をがっちり掴む。
「ちょっと! 離せ! 私は──」
その声は、廊下の奥へと引きずられていくにつれて小さくなり、やがて完全に消えた。
怪我をした研究者も連れて行かれ、部屋には、青い液体と割れたガラスの破片、それから微妙な沈黙だけが残る。
俺はシービーに視線を向けた。
「……今の、なんだったんだ?」
「知らねぇよ、尻叩きの刑にでも合うんじゃね? ざまぁねぇぜ」
尻叩き? そんなんで済むような雰囲気じゃなかった気もするが。
それから数日経ってもエンペアの姿を見ることはなかった。
なんか手伝おうか? と言っても「お前は何もしなくていい、ここに居るだけでいい」と返されるだけ。あとはやたらと電子レンジの補充を頼まれるだけ……一体全体なんの研究をしているんだ?
なんか不安になってきた俺は、研究室のドアに手を掛ける……が、鍵が掛けられていて開かない。
ドアを激しく叩いても反応なし。
くっ、今度、電子レンジを催促されたら突入してやる。
そう意気込んでいると、遠くからヒールのコツコツという音が響き、やけに威圧感のある影が近づいてくる。
真っ赤なメイド服に黒いレース、腰まで伸びた金髪を派手に巻き、口元には不敵な笑み。
──あれ、たしかシービーに絡んできたメイドのねーちゃん。
「チービー、ちょっと話があるわ」
金切り声のような甘ったるい声。
シービーが眉間に皺を寄せた。
「……チービーじゃねぇ。シービーだ」
「どっちでも同じでしょ」
もうこの時点で嫌な予感しかしない。
「で、話ってなんだよ」
「単刀直入に言うわ。あんたの担当のそこの“おっさん”と、うちの担当を交換しなさい」
俺は思わず「はぁ?」と声を漏らす。
「おっさんって俺のことか?」
「他に誰がいるのよ」
シービーは鼻で笑った。
「冗談だろ。誰がてめぇなんかに電次郎を渡すかよ」
「冗談じゃないわ。だって、あんたの担当は幹部からも一目置かれてる。対して、うちの担当は顔だけ良くて、全然仕事しないクズ研究者。これじゃ出世の見込みがないのよ」
正直な意見だし、若い子たちが俺を取り合っているという現実は、悪くない……いかん、鼻の下を伸ばしたらステラみたいに怒られる。
「ふざけんなよエンペア。こっちとら出世のためにおっさんの面倒見てんじゃねぇんだよ、一昨日きやがれ」
シービーはキッパリと否定したが、以前に俺に出世のための世話だと言っていたのを思い出し、お前が言うなと、小声でツッコんだ。
このメイドはエンペアって名前なのか、顔もスタイルも良いし、こんな子にお世話されるなら、おっさん頑張っちゃうんだけどな……と、そんな妄想をしながらシービーを見ると、めちゃくちゃ睨んでいるじゃないか。
こいつ、俺の心が読めるのか?
「ねぇ、おじさまも、そう思いますね? こんなおチビちゃんより、私の方がずっと優しくて丁寧で、刺激的な毎日を約束できるわ」
そう言ってエンペアは体を密着させてくる。
完全な美人局じゃねぇか……最初に出世のためって聞かなかったら落ちてたぜ。
「キモイっ、離れろやブスっ」
シービーは俺とエンペアの間に割って入る。体が小さいから割と簡単に入ってきたな。
「おっさんも、こういうのはスグに断れや、変態のプライドってのはねぇのか?」
なぜか俺も怒られた。
「つーか、変態じゃねぇって」
「あ? ロリコンだったっけ?」
「違うよ。変な言葉覚えんな」
こいつとの掛け合いも慣れてきたな、そして楽しんでいる自分がいる。
「おじさま、怒るくらい嫌いなら、すぐに私のところにきてもいいんですよ」
エンペア……分かってないな、残念ながら俺は色気よりも楽しさを取る。
ここは、俺もカッコよくお断りを入れておこう……少しだけ後悔はあるが。
「近寄んなって言ってんだろブス」
シービーよエンペアは別にブスじゃないぞ。
「なによチビ」
シービーは、まぁ小さいが。
「いいの? 私が本気になれば、あんたなんてすぐに──」
「すぐに何だよ」シービーが睨み返す。
火花が散る……ような気がしたその瞬間だ。
背後から弱々しい声がした。
「え、あの……エンペアちゃん……僕、聞こえてるんですけど」
振り返ると、エンペアの言う“顔だけ良い研究者”が困惑した顔で立っていた。
イケメンなのは認めるが、今の顔は完全に巻き込まれ事故の被害者。
「アンタは黙ってなさい!」
エンペアが腕を振り上げ、勢いよく押し返すように突き飛ばした。
研究者は後ろの机に背中を打ちつけ、山積みの器具がガシャガシャと崩れ落ちる。
「うわっ!」
何本かのガラス管が床に落ち、研究者の手に血が滲んでいるのが見えた。
最悪だ、怪我しちまったか。
俺とシービーが思わず駆け寄ろうとしたとき、廊下の向こうから重い足音が響く。
現れたのは、二メートルを超える大柄な魔物。背中に棘のような突起を持ち、腕には幹部候補の紋章が刻まれている。
「何事だ」
低い声に、エンペアが一瞬だけ怯んだのを俺は見逃さなかった。
「そ、その……ちょっとした口論で」
魔物は倒れた研究者を一瞥し、それからエンペアを睨んだ。
「研究者を傷付けたのか?」
「い、いえ、違っ──」
「連行しろ」
命令一つで、後ろから現れた屈強な魔物たちがエンペアの両腕をがっちり掴む。
「ちょっと! 離せ! 私は──」
その声は、廊下の奥へと引きずられていくにつれて小さくなり、やがて完全に消えた。
怪我をした研究者も連れて行かれ、部屋には、青い液体と割れたガラスの破片、それから微妙な沈黙だけが残る。
俺はシービーに視線を向けた。
「……今の、なんだったんだ?」
「知らねぇよ、尻叩きの刑にでも合うんじゃね? ざまぁねぇぜ」
尻叩き? そんなんで済むような雰囲気じゃなかった気もするが。
それから数日経ってもエンペアの姿を見ることはなかった。
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