73 / 130
エネッタ帰国す
しおりを挟む
王都ボルトリア。日が傾く頃、重たい蹄の音を響かせて一台の馬車が城門を潜った。
泥にまみれた制服、乱れた金髪のまま──エネッタは扉が開くのを待たずに飛び出した。周囲の騎士や侍女が驚いて声を上げる間もなく、彼女は全力で城内へと駆けていく。
玉座の間には、ミカがいた。
その瞳はいつものように穏やかで──けれど、その周囲には異様な気配が漂っていた。
剣を下げたクレア、腕を組むサンダルフォン。騎士団の幹部たちが周囲を取り囲み、玉座の間には緊張感が張り詰めている。
「ミカ様! クレア様も、大変です。おじさまが!」
エネッタが悲鳴のように叫ぶと、ミカはふっと目を細めてうなずいた。
「……すでに知っておる」
「⁉」
戸惑うエネッタに、ミカは天井を仰ぎながら言った。
「電のじの“電力”が、北方へ流れていったのが見えた。あの漏れ漏れ電力……さらに漏れる量が増えておるとは……学園へ何しに行ったんじゃあやつは」
ミカは腕を組み訝しげに言った。
電次郎を追うようにエネッタが学園を飛び出したことも承知の上。ゆえにすぐさまエネッタを守る結界も展開させた。
「姫よ、ずいぶんと逞しくなられたが、もう少し考えて行動せぬと国の一大事ぞ」
ミカは窘めたつもりだったが、単身で脇目も振らず魔法で強化した馬を走らせたエネッタの成長を喜び、表情が少し緩んだ。
「それでは、この集まりは、おじさまを助けるための? でしたらわたくしも協力いたします。すぐにお父様へ伝え、ボルトリア全軍を魔王領へ……」
「たわけ」
ミカの、その静かな声に全員の動きが止まる。
「そんな動きを見せれば、魔王軍との全面戦争じゃ」
「でも、おじさまが……」
エネッタが崩れるようにその場に膝をつく。
「おじさまは、わたくしを助けて下さいました。それに、短い間でしたが、おじさまの人となりが分かりました……あの方は、わたくしの……いえ、この国に必要な方だと確信いたしました。ですからわたくしは……なんとしても助けたいのです」
取り乱すエネッタの肩に手を添えたクレアが呟く。
「姫様、みな同じ気持ちです。ですが、そのためにボルトリアの国民を危険に晒すことは出来ません」
「……じゃあ、わたくしたちは、ただ見ているだけなのですか……? あの人が、どんな目に遭うかも分からないのに……!」
彼女の声は、震えていた。嗚咽のような、怒りのような、まじりけのない少女の感情。
電次郎の身に起こるかもしれない危機。
──拷問。実験。奴隷。魔物の餌……子供の頃、夜に眠れなくなるほど怖かった“魔王の昔話”が、頭をよぎる。
「お願いです、ミカ様。どうか、おじさまを……」
王女の、ではなく、ひとりの少女としてのその願いに、場の空気が変わった。クレアも、サンダルフォンも、そして周囲の騎士たちも、言葉を飲んだまま顔を伏せる。
「一刻も早く、救い出さねばならん。それだけは……確かじゃ」
ミカの声が、かすかに震えていた。
「やはり、少数精鋭の隠密行動を……」
クレアはそう言い放ったが、その無謀さを鑑みて目を伏せる。
「正面突破しかねぇだろ、当たって砕けろだ」
サンダルフォンは、大きな声だけで場を支配しようと試みたが、誰の賛同も得ることは出来なかった。
「交渉に応じるとは思えぬしな……」
ミカは腕を組み、溜息をついた。
場が重苦しい沈黙に包まれる中、窓の外では日が沈み、空が黒く染まっていった。
──この時、誰も知らなかった。
その“拷問されるはずの男”が、いま魔王城でふかふかのベッドに沈み込み、あまりの快適さに「逆に怖ぇ」と震えていることを。
泥にまみれた制服、乱れた金髪のまま──エネッタは扉が開くのを待たずに飛び出した。周囲の騎士や侍女が驚いて声を上げる間もなく、彼女は全力で城内へと駆けていく。
玉座の間には、ミカがいた。
その瞳はいつものように穏やかで──けれど、その周囲には異様な気配が漂っていた。
剣を下げたクレア、腕を組むサンダルフォン。騎士団の幹部たちが周囲を取り囲み、玉座の間には緊張感が張り詰めている。
「ミカ様! クレア様も、大変です。おじさまが!」
エネッタが悲鳴のように叫ぶと、ミカはふっと目を細めてうなずいた。
「……すでに知っておる」
「⁉」
戸惑うエネッタに、ミカは天井を仰ぎながら言った。
「電のじの“電力”が、北方へ流れていったのが見えた。あの漏れ漏れ電力……さらに漏れる量が増えておるとは……学園へ何しに行ったんじゃあやつは」
ミカは腕を組み訝しげに言った。
電次郎を追うようにエネッタが学園を飛び出したことも承知の上。ゆえにすぐさまエネッタを守る結界も展開させた。
「姫よ、ずいぶんと逞しくなられたが、もう少し考えて行動せぬと国の一大事ぞ」
ミカは窘めたつもりだったが、単身で脇目も振らず魔法で強化した馬を走らせたエネッタの成長を喜び、表情が少し緩んだ。
「それでは、この集まりは、おじさまを助けるための? でしたらわたくしも協力いたします。すぐにお父様へ伝え、ボルトリア全軍を魔王領へ……」
「たわけ」
ミカの、その静かな声に全員の動きが止まる。
「そんな動きを見せれば、魔王軍との全面戦争じゃ」
「でも、おじさまが……」
エネッタが崩れるようにその場に膝をつく。
「おじさまは、わたくしを助けて下さいました。それに、短い間でしたが、おじさまの人となりが分かりました……あの方は、わたくしの……いえ、この国に必要な方だと確信いたしました。ですからわたくしは……なんとしても助けたいのです」
取り乱すエネッタの肩に手を添えたクレアが呟く。
「姫様、みな同じ気持ちです。ですが、そのためにボルトリアの国民を危険に晒すことは出来ません」
「……じゃあ、わたくしたちは、ただ見ているだけなのですか……? あの人が、どんな目に遭うかも分からないのに……!」
彼女の声は、震えていた。嗚咽のような、怒りのような、まじりけのない少女の感情。
電次郎の身に起こるかもしれない危機。
──拷問。実験。奴隷。魔物の餌……子供の頃、夜に眠れなくなるほど怖かった“魔王の昔話”が、頭をよぎる。
「お願いです、ミカ様。どうか、おじさまを……」
王女の、ではなく、ひとりの少女としてのその願いに、場の空気が変わった。クレアも、サンダルフォンも、そして周囲の騎士たちも、言葉を飲んだまま顔を伏せる。
「一刻も早く、救い出さねばならん。それだけは……確かじゃ」
ミカの声が、かすかに震えていた。
「やはり、少数精鋭の隠密行動を……」
クレアはそう言い放ったが、その無謀さを鑑みて目を伏せる。
「正面突破しかねぇだろ、当たって砕けろだ」
サンダルフォンは、大きな声だけで場を支配しようと試みたが、誰の賛同も得ることは出来なかった。
「交渉に応じるとは思えぬしな……」
ミカは腕を組み、溜息をついた。
場が重苦しい沈黙に包まれる中、窓の外では日が沈み、空が黒く染まっていった。
──この時、誰も知らなかった。
その“拷問されるはずの男”が、いま魔王城でふかふかのベッドに沈み込み、あまりの快適さに「逆に怖ぇ」と震えていることを。
11
あなたにおすすめの小説
神様転生~うどんを食べてスローライフをしつつ、領地を豊かにしようとする話、の筈だったのですけれど~
於田縫紀
ファンタジー
大西彩花(香川県出身、享年29歳、独身)は転生直後、維持神を名乗る存在から、いきなり土地神を命じられた。目の前は砂浜と海。反対側は枯れたような色の草原と、所々にぽつんと高い山、そしてずっと向こうにも山。神の権能『全知』によると、この地を豊かにして人や動物を呼び込まなければ、私という土地神は消えてしまうらしい。
現状は乾燥の為、樹木も生えない状態で、あるのは草原と小動物位。私の土地神としての挑戦が、今始まる!
の前に、まずは衣食住を何とかしないと。衣はどうにでもなるらしいから、まずは食、次に住を。食べ物と言うと、やっぱり元うどん県人としては……
(カクヨムと小説家になろうにも、投稿しています)
(イラストにあるピンクの化物? が何かは、お話が進めば、そのうち……)
異世界ほのぼの牧場生活〜女神の加護でスローライフ始めました〜』
チャチャ
ファンタジー
ブラック企業で心も体もすり減らしていた青年・悠翔(はると)。
日々の疲れを癒してくれていたのは、幼い頃から大好きだったゲーム『ほのぼの牧場ライフ』だけだった。
両親を早くに亡くし、年の離れた妹・ひなのを守りながら、限界寸前の生活を続けていたある日――
「目を覚ますと、そこは……ゲームの中そっくりの世界だった!?」
女神様いわく、「疲れ果てたあなたに、癒しの世界を贈ります」とのこと。
目の前には、自分がかつて何百時間も遊んだ“あの牧場”が広がっていた。
作物を育て、動物たちと暮らし、時には村人の悩みを解決しながら、のんびりと過ごす毎日。
けれどもこの世界には、ゲームにはなかった“出会い”があった。
――獣人の少女、恥ずかしがり屋の魔法使い、村の頼れるお姉さん。
誰かと心を通わせるたびに、はるとの日常は少しずつ色づいていく。
そして、残された妹・ひなのにも、ある“転機”が訪れようとしていた……。
ほっこり、のんびり、時々ドキドキ。
癒しと恋と成長の、異世界牧場スローライフ、始まります!
【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~
きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。
前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。
異世界に転生したので幸せに暮らします、多分
かのこkanoko
ファンタジー
物心ついたら、異世界に転生していた事を思い出した。
前世の分も幸せに暮らします!
平成30年3月26日完結しました。
番外編、書くかもです。
5月9日、番外編追加しました。
小説家になろう様でも公開してます。
エブリスタ様でも公開してます。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
異世界転生~チート魔法でスローライフ
玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?
伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります
竹桜
ファンタジー
武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。
転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる