病弱令嬢ですが愛されなくとも生き抜きます〜そう思ってたのに甘い日々?〜

白川

文字の大きさ
3 / 22
本編

2 出逢い

しおりを挟む
 一週間などあっという間に過ぎ、今日はアンスリウム家に入る日だ。

 鏡の前の椅子に腰掛け、エマに髪をゆわいてもらっている最中ですら、頭の中は不安で埋め尽くされている。
「はぁ……」
「お嬢さま、まだ朝ですのに何度目のため息ですか?」
 エマが呆れたように軽くからかってくる。

「だって……」
 様々な感情がぐるぐると胸の中でうごめいて、それ以上言葉を続けることができなかった。


「……お嬢さま、こちらをどうぞ」
「え?」
 手首に柔らかな感触を感じ、目を向けると薄い桃色の花が咲いていた。
「庭園の花のブレスレットです。高価な物ではないのですが、古くからの知人が花を枯らさずに、綺麗なままアクセサリーにできる特殊技術を用いている職人でして、特別にその方法を伝授してくださりました。僭越せんえつながら私なりに心を込めて作らせていただきました」
 緊張したように頬を赤らめて言うエマがとても愛おしく感じ、ブレスレットに触れた。
「とても嬉しいわ。大変だったでしょう?本当にありがとう」
「いえ!喜んでいただけて嬉しいです」
 安心したように頬を緩ませたエマと花を見て、温かさと切なさが沸き起こる。

「このお花にはたくさんの思い出があるわね。それに庭園にも……たくさんエマと過ごした場所よ。……寂しいわ」
 目の前がにじんでいく。
「お嬢さま……」


 ぎゅっと私の手を包んでくれたエマのぬくもりだけは、これからも守らなければと誓ったのだった。






 馬車に揺られながら外の景色を見ると、青く澄み渡る世界に色とりどりの花々が咲き誇っている。
 その眩しさが、自分の中に突き刺さって思わず目を細めた。

「お嬢さま、門が見えましたよ」
「わぁ、とても美しいわね」
 出迎えられた門は繊細でいて、それでいて華やかで、まさにアンスリウムの名に相応ふさわしい飾らない美しさだった。

 馬車がそのまま門をくぐり抜け、光が反射する噴水をも通り抜けた。

「ブロッサム家よりアイリス様のご到着です!」
 力強い声と共に扉が開かれる。
 そっと俯き気味に降りると、アンスリウム家一同らしき人々が視界のすみに入る。
「お初にお目にかかります。ブロッサム家が次女、アイリスでございます」
 何度も練習してきたが、身体の貧弱さゆえに苦手とするカーテシーを指先から足先まで神経を張り巡らせ、なんとか形にすることができた。

 (第一関門突破……というところかしら?)


「元の姿勢に戻って良い」
 耳触りの良い低い声と、私に向かって差し出された手────。
 何故だか胸がざわめき、恐る恐るその手を取る。
 そのお方を見た途端、心臓が締め付けられて喉から風を切る音がした。
 今まで知らない自分に困惑していると、その男性は私を見つめながら眉間にしわを寄せて不快感をあらわにしてきた。

 (きっと、このお方があのイザークさまなのね。やはり婚姻はしたくなかったみたいだわ……。)

 想像できていたはずなのに、どこか寂しく感じてしまう自分がいた。


「遠い所から来られて疲れたでしょう。中にお入りになって?お茶にしましょう」
 気まずい空気を断ち切るかのように、イザーク様のお母さまがそうおっしゃられた。
「そうだな、その時に改めて話そう」
 それにお父さまが同意すると、さすが優秀な執事たち……すぐに手配を始めた。
 (事前に知れたのはイザーク様のお父さま、アンスリウム家ご当主だけだけれど、お母さまもイザークさまご本人も分かるものね。)

「行くぞ」
「はい。ありがとうございます」
 イザークさまは完璧なエスコートをしてくれるけれど、それはあまりにも淡々としていて、義務としての行動なのだと分かってしまう。
 屋敷の中は計算し尽くされたかのように美しく、調度もさすがとしか言いようがない。
 触れている手の温もりに、なんとも言えない心地よさを感じて、そっとイザーク様を見上げる。
 あまりにも透き通った瞳、そして日々の鍛錬たんれんが原因なのか、はたまた戦場でのものなのか、片眉には傷跡がある。
 
「……何だ」
「……え!あ、すみません。とても綺麗だったので、つい」
 透き通った瞳が冷たい眼差まなざしで見下ろしてきたことに気が動転してしまい、初対面の殿方に綺麗だなんて言ってしまった。
 もう頭は真っ白だ。
 ただでさえイザークさまは婚姻したくないというのに、さっそく嫌われてしまったら今後があやうい。


 ────と、思ったのもつかの間、イザークさまは眉間に深い皺を寄せた。
 怒っていらっしゃるのかしら……?
 いえ、もしくは、困惑?
「綺麗だなんて自分にはかけ離れたものだ」
「……私には、とても綺麗に見えます」
 綺麗だと感じた瞳を見つめてそう言うと、イザーク様は一瞬固まったように見えたけれど、すぐに冷たい眼差しになった。
「自分にこびなど売るな。あくまで利益のための婚姻だ」

 その言葉に頭が冷えた。
 この胸のざわめきも、きっと緊張しやすい自分が不安を抱いているからだったのだろう。
 利益のための婚姻など、とっくに理解している。
 けれど、とても腹が立った。
 私は正直な感情しか伝えなかったし、何よりも、私が媚なんて売るはずがない。こんな情けない自分だけれど、そんな汚いことはしない。
 ────いや、この世界で生き残るためには、そういうことをせざるを得ないこともあるのだろうか。ただ、今は純粋に思ったことしか口にしていない。

「わかりました。婚姻のことも理解しております」
 はっきりと、力強く返した。
 ある意味では、これは互いの婚姻に対する宣言と言えるだろう。
 つまり、ということだ。


 少しの間があってから、イザークさまは一言「そうか」とだけ答えた。






 着いたのはティールームだった。
 純白の空間は綺麗だけれど、冷ややかで居心地が悪い。
「アイリス様はこちらのお席へどうぞ」
 無表情の執事に促され、イザークさまの隣へと座った。
 すると、それぞれに柑橘系の香りがする紅茶が注がれる。
 
蜂蜜はちみつはいるか?」
「蜂蜜……頂きたいです」
「そうか。おい、アイリス嬢にこの前手に入った蜂蜜を用意してくれ」
「畏まりました」
 先ほどあんなことを言ってきたイザークさまがこちらを気遣う様子に困惑する。


 最初に話を切り出したのはアンスリウム家現当主であり、イザークさまのお父上だった。
「ゴホン。アイリス嬢、此度こたびは急にすまなかったな。実はここ最近怪しい動きがあり、近隣国との争いが生じるかもしれんのだ。そこで、我がアンスリウム家とブロッサム家が手を組み、国王陛下の力も加わることで、この国を守ることができればと考えた。こちらに嫁いでもらうからには、衣食住は保証する」
「いいえ、こんな私を迎え入れてくださりありがとうございます。そのような噂も聞いたことがありませんでしたので、正直驚いておりますが、父はきっと国のために大きく貢献すると思います。これから宜しくお願い致します」

 今のところ、思っていたよりはだいぶ柔らかな雰囲気で安心したが、気を抜いてはいけない。
 アンスリウム家ご夫妻は仮面を被ることができると心得ている。

 「ふふ、素敵な女の子が来てくれて嬉しいわ。私ね実は女の子もずっとほしかったのよ。本当の母娘のように接して頂戴ちょうだいね」
 微笑みはとても甘いお母さまも、貴族の中では有名な策略家だ。
 お姉様にも再三ご注意を受けた。
「アイリス、よく聞いて。決して油断して足元を見られては駄目よ。いつ転ばされるか分からないわ」と。
 ただ、これはどの貴族にも言えることだ。
 これからは、いついかなる時も完璧でなければならない。
「はい、お母さま」
 だから、淑女として完璧な微笑みを見せた。
 すると一瞬だけ、目が細まったのが分かった。
「優しい子ね。私たちが決めてしまった婚姻だけれど、この先も夫婦として過ごすのだから少しでも仲を深めたら?」

 お母さまのその一言で、イザーク様と二人きりで過ごすことになってしまった。



「…………」
 耐え難い沈黙が流れる。
「はぁ」
 大きなため息に肩が揺れてしまうと、それを見たイザーク様は、またそっと手を差し出してきた。

「うちは庭園が自慢なんだ、見に行こう」
「庭園?見たいです!」
 庭園という言葉に少しの親しみを感じて、笑顔がこぼれる。
「……そうか。庭園が好きなのか?」
 歩きながら一応会話はしてくれるらしい。
「はい、特に花が好きなんです」
「花か……」
 それからイザークさまは何かを考えたように黙り込んでしまったので、ただエスコートされるがままに歩いていると、エマとよく過ごした庭園よりずっと大きな庭園が現れた。

 そこには、馬車の中で見た色とりどりの花々が咲き誇っていた。
 あの広さに咲いていた花の全てを庭で見られるだなんて、信じられない。
 
「とっても美しいです!イザークさま!」
 幸せな気分になり、見上げるとなんだか優しい顔をしている。
「えっと、イザークさま……?」
 瞳を伺うように覗き込むと、ハッとした顔をした後はまた冷たい表情に戻っていた。
「知っていると思うが、俺は騎士で忙しい。そして君は自由にこの家を出入りすることはできない」
「ええ、お忙しいのは存じ上げております。ですが、自由に出入りすることはできないというのは何故ですか?」
「君の体調の事もあるが、仮にも俺の妻となるのだから、これからどんな危険があるか想像つくであろう?俺を恨む奴らが山ほどいるんだ」
「……承知しました」
 自由に出入りできないということは、元の家にもあまり帰れないということだろう。
 それはもちろん悲しい、悲しいけれど、何よりもイザークさまがどこか苦しそうで、それが見ていて悲しかった。

「……すまんな」
「何故、謝られるのですか?イザークさまは何も悪くありません」
「そうか。……そのブレスレットはどんなやつがくれたんだ」
「ブレスレットですか?」
 急にブレスレットに触れられて、手首に咲いている花を見ると、頬が緩んだ。
「これは、」
「やっぱり答えなくて良い!」
 答えようとした途端に、大きな声でさえぎられて固まってしまう。
 イザークさまはそんな私を見ると、また眉間に皺を寄せた。

「いや……ゴホン、それの差出人がどうとか私には全く関係がないことだったと思い直した。今後も別に付けてて良い」
 また、壁を作られたと感じた。
「関係がないって、だからそれが何なのですか」
「……?」
「私は、この婚姻は決められただけのものって理解しています。愛が生まれることがないってことも────。けれど私はイザークさまに本心で接しましたのに、媚などとおっしゃるし、少しでもお話できたと思ったら今度は関係がないから聞かないなんて……少し酷いと思います」
 イザークさまの目が軽く見開かれた。
 自分でも何て勝手で、支離滅裂しりめつれつなことを言っているのだろうと思う。
 生き残るためには、従ってれば良いというのに。
 あの百戦錬磨の騎士に楯突いた者など、今までに一体何人いるのか?
 少なくとも、こんな小娘は誰一人としていない。


「あ……」
 道中の疲れと、慣れない環境の心労、それに勢いをつけるかのように感情のたかぶりが起こったからか、目の前が暗くなり全身から力が抜けた。
 そういえば、地面は石畳いしだたみだった。そこそこの怪我はするだろう……。


 そう思った矢先、温かくて大きな何かに包まれた。
 薄っすらと目を開けると、イザークさまが先ほどとは比べ物にならない程、眉間の皺を深めて覗き込んでいた。





 今度こそ、怒らせてしまったのかしら。
 でも、私を包んだ温もりに、嘘はなかったと思うのだ。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王太子妃クラリスと王子たちの絆【完】

mako
恋愛
以前の投稿をブラッシュアップしました。 ランズ王国フリードリヒ王太子に嫁ぐはリントン王国王女クラリス。 クラリスはかつてランズ王国に留学中に品行不良の王太子を毛嫌いしていた節は 否めないが己の定めを受け、王女として変貌を遂げたクラリスにグリードリヒは 困惑しながらも再会を果たしその後王国として栄光を辿る物語です。

しつこい公爵が、わたしを逃がしてくれない

千堂みくま
恋愛
細々と仕事をして生きてきた薬師のノアは、経済的に追い詰められて仕方なく危険な仕事に手を出してしまう。それは因縁の幼なじみ、若き公爵ジオルドに惚れ薬を盛る仕事だった。 失敗して捕らえられたノアに、公爵は「俺の人生を狂わせた女」などと言い、変身魔術がかけられたチョーカーを付けて妙に可愛がる。 ジオルドの指示で王子の友人になったノアは、薬師として成長しようと決意。 公爵から逃げたいノアと、自覚のない思いに悩む公爵の話。 ※毎午前中に数話更新します。

恐怖侯爵の後妻になったら、「君を愛することはない」と言われまして。

長岡更紗
恋愛
落ちぶれ子爵令嬢の私、レディアが後妻として嫁いだのは──まさかの恐怖侯爵様! しかも初夜にいきなり「君を愛することはない」なんて言われちゃいましたが? だけど、あれ? 娘のシャロットは、なんだかすごく懐いてくれるんですけど! 義理の娘と仲良くなった私、侯爵様のこともちょっと気になりはじめて…… もしかして、愛されるチャンスあるかも? なんて思ってたのに。 「前妻は雲隠れした」って噂と、「死んだのよ」って娘の言葉。 しかも使用人たちは全員、口をつぐんでばかり。 ねえ、どうして?  前妻さんに何があったの? そして、地下から聞こえてくる叫び声は、一体!? 恐怖侯爵の『本当の顔』を知った時。 私の心は、思ってもみなかった方向へ動き出す。 *他サイトにも公開しています

悪役令嬢と誤解され冷遇されていたのに、目覚めたら夫が豹変して求愛してくるのですが?

いりん
恋愛
初恋の人と結婚できたーー これから幸せに2人で暮らしていける…そう思ったのに。 「私は夫としての務めを果たすつもりはない。」 「君を好きになることはない。必要以上に話し掛けないでくれ」 冷たく拒絶され、離婚届けを取り寄せた。 あと2週間で届くーーそうしたら、解放してあげよう。 ショックで熱をだし寝込むこと1週間。 目覚めると夫がなぜか豹変していて…!? 「君から話し掛けてくれないのか?」 「もう君が隣にいないのは考えられない」 無口不器用夫×優しい鈍感妻 すれ違いから始まる両片思いストーリー

新婚初夜に『白い結婚にしてほしい』と言われたので論理的に詰めたら夫が泣きました

ささい
恋愛
「愛人がいるから、白い結婚にしてほしい」 政略結婚の初夜にそう告げた夫ルーファス。 妻カレンの反応は—— 「それ、契約不履行ですよね?」 「あなたの感情論、論理的に破綻してますよ?」 泣き落としは通じない。 そして初夜の翌朝、夫は泣いていた。 逃げ道は全部塞がれ、気づけば毎日論破されていた。 これは、論破され続けた夫がなぜか幸せになる話。

【完結】鈍感令嬢は立派なお婿さまを見つけたい

楠結衣
恋愛
「エリーゼ嬢、婚約はなかったことにして欲しい」 こう告げられたのは、真実の愛を謳歌する小説のような学園の卒業パーティーでも舞踏会でもなんでもなく、学園から帰る馬車の中だったーー。 由緒あるヒビスクス伯爵家の一人娘であるエリーゼは、婚約者候補の方とお付き合いをしてもいつも断られてしまう。傷心のエリーゼが学園に到着すると幼馴染の公爵令息エドモンド様にからかわれてしまう。 そんなエリーゼがある日、運命の二人の糸を結び、真実の愛で結ばれた恋人同士でいくと幸せになれると噂のランターンフェスタで出会ったのは……。 ◇イラストは一本梅のの様に描いていただきました ◇タイトルの※は、作中に挿絵イラストがあります

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

【完結】 君を愛せないと言われたので「あーそーですか」とやり過ごしてみたら執着されたんですが!?

紬あおい
恋愛
誰が見ても家格の釣り合わない婚約者同士。 「君を愛せない」と宣言されたので、適当に「あーそーですか」とやり過ごしてみたら…? 眉目秀麗な筈のレリウスが、実は執着溺愛男子で、あまりのギャップに気持ちが追い付かない平凡なリリンス。 そんな2人が心を通わせ、無事に結婚出来るのか?

処理中です...