病弱令嬢ですが愛されなくとも生き抜きます〜そう思ってたのに甘い日々?〜

白川

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本編

4 不穏な婚約発表の夜

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 今夜は婚約発表の舞踏会が開かれる。
 つい先ほど、イザークさまが選んでくださったという衣装が部屋に届けられた。

「とても素敵だわ」
 その衣装は両家の庭園に咲く花が彩れていて、アンスリウム家の家紋も慎ましやかに刺繍されている。

「お嬢さまへの真心が伝わりますね!」
 横からエマが、からかうように話しかけてくる。
「誂わないでちょうだい。でも、素晴らしい審美眼しんびがんまでお持ちの方なのね。この薄桃色の花は、ブレスレットからお分かりになったのかしら?」

 そうこう話していると、迎えがきた。

「アイリスさま、控え室でイザークさまがお待ちです」
「ええ、ありがとう。すぐに着替えて行くわ」

 急いでドレスをまとい、髪飾りとイヤリング、ネックレスをつける。
 上品でありながらも輝く宝石たちは、流石さすがと言えよう。
 最後に美しい靴を履くと、まるで童話の魔法にかけられたような気持ちだ。




 控え室に向かうと、イザークさまが立たれていた。
「お待たせして申し訳ありません。素敵な衣装をくださり、ありがとうございます」
 カーテシーをしてから見上げると、同じように着飾ったイザークさまは圧巻の美しさだった。

「綺麗だな」
 想定外の言葉を言われ、耳が熱くなった。
 しかしその言葉とは裏腹に空気は冷たさを帯びており、それは舞踏会の始まりまで続いた。




 ざわめきが大きくなってきた。
 おそらくもう始まるだろう。
「お二人ともこちらにお願い致します」
 執事に促され、赤いカーテンの前に並んで立つ。
 心臓が大きな重低音をたて、緊張から手足の先が冷え震えてくる。

「俺の腕に掴まれ」
「は、はい」
 促された腕から体温が伝わってきて、少しだけ気分が楽になった。
 表面上の関係の為だとしても、とても有り難い。






 奥からトランペットの音がした後、司会の男性が声を張り上げる。
「アンスリウム家次期御当主イザーク・アンスリウム様、次期御夫人アイリス・ブロッサム様のご入場です!」
 それと同時に一気にカーテンが開かれ、歩みを進めると、大勢の人々が拍手している。



「本日は私イザーク・アンスリウムと、アイリス・ブロッサムの為にお集まりくださりありがとうございます。の度は我々が婚約致しましたので、皆さまにご報告を兼ねて舞踏会を開きました。是非楽しんでいかれてください」
 その抑揚のない声は、決して大きな声ではないというのに、澄み渡るように会場に広がった。



 オーケストラが音色を奏で出す。



(イザークさまは人を集中させる力がお有りで、ご挨拶の時以外は横にいれば大丈夫でしょうけれど、既に憎しみが含まれた視線をいくつも感じるわね)




 そんなことを考えながらも、会場の中央でイザーク様と踊り始める。     
 医師からはあまり身体を動かしてはいけないと忠告されているけれど、踊らないわけにはいかない。
 二人で話し合った結果「ゆったりとした曲調で短めのものを一曲だけ踊る」ということになったのだ。

 練習は数回しかできなかったし、あまり得意ではないがイザーク様のエスコートがとてもお上手で、なんとか綺麗に踊れたと思う。
 貴族の重鎮じゅうちん達も満足そうであった。


 最後にお互い一礼をすると、それが他の者にとっては始まりの合図だ。
 皆、踊り始めた。

「踊って身体は辛くないか」
「少しだけ疲れてしまいましたが、イザークさまのお陰でなんとか踊れました」
「主要人物である三組に挨拶ができれば、あとは私が対応する。その間何処どこかで休んでろ」
 ぶっきらぼうな言い方だが、気遣ってくれているのが伝わってくる。
「ありがとうございます。そうさせていただきますね」






 言われた通り三組にだけ、当たり障りなく挨拶出来た後は、バルコニーで休むことにした。


 備えられている椅子に腰掛け、外の空気を吸うと気分転換になった。

 鼻から夜風を吸って、口からゆっくりと吐いて、心身ともに落ち着かせていると、女性複数人が近づいてくるのが見えた。



「ご機嫌よう」
 一瞬心優しいように感じてしまう、可憐なその女性は私に会う度に陰湿な嫌がらせをしてきたノアさま。
 令嬢の世界では彼女が最も厄介で、最も力があるのではと思う。
「まさか、あんたがイザークさまの婚約者なんて。相変わらず男に好かれる技をお使いね」
 一方で敵意を隠すことのないミリーさま。
 その周りのご令嬢達は、敵意をもろに向けてくる方もいれば、ただお二人に合わせるように振る舞う方もいる。

「ご機嫌よう。これは親同士が決めたことですから、毎回お会いする度、私が男性に好かれたいと思っているかのようにおっしゃるのはお辞めいただきたいです」
 震えそうになる声を必死に抑え、反論する。

「はっ、またそのようにか弱く演じるのね?どうせいつも仮病でしょう。ずるい女だわ」


 
 何度も何度もこの言葉を言われた。
 仮病なんかじゃない。
 皆と同じように学園に通い、もっと自由に動きたかった。
 もっと普通に過ごしたかった。


「仮病なんかじゃありません。狡いとおっしゃられるのなら、私のように学園にお行きならなければ良いのでは」
「……それに!あんたの代わりにノアさまが手伝いを担当したことも何度もあるのよ!」
「それは、とても申し訳なく思っております。ノアさま、申し訳ありませんでした」 

 そうなのだ。ノアさまは何度も私は苦しめたけれど、幼い頃手助けしてくれたこともある。
 体調がかんばしくなく、お茶会の手伝いを担当できないことが多々あった。。
 しかし、その役目を任される令嬢が限られる上に、代わりを頼むと嫌悪感とともに暴言を投げかけられたりした。
 もちろん私が悪いのだから、致し方ないことだと理解はしている。

 しかしそんな中、ノアさまは表面上では快く引き受けてくださるのだ。
 後に裏で悪く言われ、もっと私の立場は追い詰められるのだけれど、その時の私はまだ考えが幼くて、その瞬間だけでも優しく引き受けてくれる彼女に頼んでしまっていた。
 更に心の何処どこかでは、本当に優しいのではないか?友人になれるのではないか?などということまで思ってしまっていたのだ。
 それは大きな間違えであったとすぐに分からされるのだけれど────。


「お辞めになって?私が引き受けたのだから良いのよ。体調が優れなかったのだから仕方ないわ。……それよりそのブレスレット、とても愛されているのね」
「ブレスレット、ですか?」
「嫌だわ。知らないことないでしょう?伝統的な文化よね。それにそのドレスのデザインも」

 伝統的な文化……。
 ノア様はアンスリウム家管轄の土地で生まれ育っている。
 用意された資料には記載されていなかったが、その土地では皆当然知っているものなのだろうか。


 数名の視線がより鋭くなったのを感じる。







「何をしている」


 もう聴き慣れたその声はやはりイザーク様だった。

 その登場に合わせて突如とつじょ態度が豹変する。

「ぐすっ、アイリスさまが酷い言葉を投げ掛けてこられて……」
「そうなのです!私達はお祝いを申し上げましただけですのに……」
 急に泣き出し、私をまたも悪者に仕立てる姿に信じられない気持ちになった。

(きっと、また私が責められて嫌われるのね)



 そう思った束の間。

「その場に居なかったが、アイリス嬢は祝っただけの者に対して、不適切な言動を取る人ではないと思う」

 まさか信じないとは思わなかったのか、ご令嬢方は焦りを表情に浮かべる。
「で、ですが、本当に悪く言われたのです……」
「ええ。この場から去れ、と!」

「そうなのか?」
 必死に訴えかけるお二人を見て、イザーク様がこちらにうてこられた。
「いいえ、そのようなこと決して言っておりません」
「だ、そうだが?」
「しかし!」


「はぁ、もう良い。このまま話していても、証拠がないのだかららちが明かない。それに今夜に相応ふさわしくない言い争いだ」
 はっきりとした物言いに、その場が静かになる。



 すると、イザークさまは私の肩を引き寄せ抱いた。

「令嬢方も残りの時間を楽しんでいってくれ。私達も二人きりの時間を楽しむよ」
「……分かりましたわ。それでは私達は失礼いたします」
 腑に落ちないというのを隠すこともしなかったが、その場はとりあえず丸く収まったようだ。







「大丈夫だったか」
 両肩に手を置かれ、覗き込まれる。
「はい、助けてくださりありがとうございます」

 安心して気が抜けた途端に足の力が抜けてきた。
「一旦座りなさい」
 そう促され、身体を支えられながら再度椅子に腰掛ける。


「いつも彼奴等あいつらは嫌なことをするのか」
「まぁ……。ですが、病気のことでご迷惑をおかけしたことも何度もありますし、悪いところも多々あります。ご不満もたくさん抱かれるでしょう」
 仕方がない、そんな思いを伝えると叱るような口調になった。
「関係ない。何があっても肯定できないものはあるのだ。彼奴等の行動は彼奴等の考えた結果であり、アイリスが自分のせいなどと思うな」

 そんな言葉に驚くと同時に、心が包み込まれた。

「ありがとうございます。本当に、ありがとうございます」
 腰を折ると、頭に重みを感じた。


「あの二人と、他にも中心人物と思われる奴らは家門にも問題があるようだ。今調査中だがな」
「そう、なのですね」
 何だか様々な記憶や感情、思考が頭の中をうごめいて、心ここに在らずといった状態だ。


「……しばらくここでゆっくりするか」



 そう言うと、本当にイザークさまはただただ何も言わず月の光を共に浴びてくださった。
 それがどんなに心強かったか、胸の隙間を埋めてくれたか、きっと存じていないでしょうね。
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