時の情景

琉斗六

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「しかし、テオは聖騎士だったし、家名のためにも騎士を辞するなんて……」
「家名など、あなたのまえには意味もありません」

 あまりの言い切りに、包丁の手が止まる。

「じゃあ、イージスの騎士爵は?」
「弟が騎士になりましたので、譲りました。冒険者になって三年目です」

 身なりから薄々そうだとは思っていたが、改めて言われると胸に来る。

「危険な商売だろう?」
「ええ。でも、自由です」
「……それで、なぜ辞めた」
「言った通りです。トキオミさんを追放した王家が嫌になりました。僕は、あなたを守りたい」

 鍋の中に干し肉と野菜をバラバラと投げ込みながら、俺は首をひねった。

「俺を? なんでだ」
「騎士団演習の時、聖女様の傍で魔法が暴走しましたよね」
「ああ、派手に爆ぜた」
「あの時、あなたは聖女様を抱き寄せて庇いました。……僕のことまで」
「護衛騎士の僕まで、抱いて守ってくださいました」
「そーだっけ?」
「はい」

 言われてみれば、そんなこともあった。
 だが、あの時は咄嗟に "子供がそこに二人いる" と思ったので、両方同時に抱えただけだ。

「僕は……、トキオミさんの気高さに感銘を受けました」
「え……ええ~?」

 テオはグッと身を乗り出すと、キラキラの目を更にキラキラにしながら熱っぽく語りだした。

「トキオミさんは、僕の話もよく聞いてくださいました。今だって、僕の家名のことまで覚えていてくださっていて。イージスの騎士爵の行方まで気にかけてくださって。……僕が、天真爛漫な聖女様を騙し、レオン殿下にあったことを逐一報告していたこともご存知だったのに、任務なら仕方がないって許してくださって……」
「あー、そんなこともあったなぁ……」

 ハラグロすっとこどっこいが、如月を "手籠てごめにしてから后にするぞ大作戦" に失敗したあと、俺は寝室を如月の隣に移してもらい、更に俺と如月に何かがあると勘ぐられるのが嫌で、護衛騎士に俺を見張らせる形にしてもらった。
 ようは、テオと寝起きを共にしたのだ。

 だが、テオが言う所の "天真爛漫な聖女様" は、隙あらば繋がっている寝室の扉を開けハナって、俺に無茶振りをしてきた。

 こちらに召喚されてまもない頃。
 如月の口癖は「コンビニスイーツも、ポテチも駄菓子もないなんて、ありえねー!」だった。
 もっともこれに関しては、俺だって叫びたかった。

 ノルヴェリオ王国は、聖女の結界じゅつのお陰で、割りと平和な国だ。
 国内の政情不安は、継承権の争奪戦程度で、内戦やらクーデターやらと言った直接的に物騒な話はほとんどない。
 そういう意味では日本で言うなら元禄の頃のように、文化が花開き、食が探求され、色々余裕がある人間が始めるアレコレが隆盛な国だ。
 おかげで、基本的な食事にほとんどストレスはなかった。

──あくまで、基本なんだよな……。

 王子や国王との政治的な駆け引きだの、基礎がなんもない国の歴史や周辺諸国との地政学ちせいがくだの、魔法という全く馴染みのナイ新たな常識だの、詰め込まねばならない知識がテンコモリで、俺も如月もかなりストレスが溜まった。
 そういう時に、コンビニスイーツで気晴らしとか、プレミアムなビールを飲みながらダラダラとり溜めたドラマや映画を流し見る……的な娯楽はなにもない。

 とはいえ、俺は教師で如月は生徒である以上、保護者のいないこの環境で、如月を守るのが俺の義務だろう。
 一緒になって叫ぶ前に、少しでも如月のストレスを取り除くための手段を講じねばならない。

 そこで厨房へ行き、ありあわせの知識と自分が見たり食ったりした体験を合わせて、ジャンクな菓子を作り、意味不明に "修学旅行ごっこ" とかやったのだ。

 テオの言う「話を聞いてくれた」は、そうしたごっこ遊びをしていた時に、如月が無茶ぶりをした「恋バナをしろ」とか「過去にあった恥ずかしい話をしろ」とかの時のことだ。
 もっとも中学生のオリエンテーションみたいなものって、参加してる子供はやたらテンションが上ってドーパミンが出まくり、わけのわからない黒歴史を刻むものだから、その勢いに飲まれてテオも喋りまくっただけだと思うが……。

「僕の人生で、僕のことをきちんと考えてくれたのは、トキオミさんが初めてでしたし、トキオミさん以外にいませんでした。僕はもう騎士ではありませんが、僕の騎士の誓いはトキオミさんに捧げています」
「それ、ただの刷り込みだよ!」

 テオは、俺のツッコミなんて毛の筋ほども気にせずに、キラキラの眼差しに意味不明な熱を込めて見つめてくる。

──そんな憂いたっぷりの目線で、こんなおっさん見つめんなよ……。

 なんか、よくわからない疲れを感じた。
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