59 / 60
58、それぞれの場所へ
しおりを挟む「ふざけんなっ!」
流太は笑顔をすっと消した。
「どうして教えてくれなかったんだ。ひどい……ひどいよっ!」
空雄は胸を締め付けられる思いだった。
「にゃんこ様が俺たちを延命させたとしても、制限がくれば時は戻る。あんたは4年の時が戻り、俺たちは200年の時が戻った。俺は今、存在しえない時間軸にいる。だから消えるんだ」
「何も知らない俺が、ばかみたいじゃないか。そうやって、俺のこと、だましてたんですか! 最低だ! 最低だっ! あんたなんて……っ!」
空雄は力のない足を前に動かし、薄れゆく流太に詰め寄った。目の前にいるのに、半分透明で、伸ばした手は何もない宙をつかんだ。全身鳥肌が立ち、二度と触れられないのだと知った。
「こんな思い……するくらいなら、こんな結末になるくらいなら、猫のままでよかった。人間に戻りたいなんて、望まなければよかった!」
泣きはらした顔を上げると、流太はほほ笑んでいた。
「俺たちは十分すぎるほど生きた。あんたの何倍も。ただ、それぞれ最後の死に場所を選んだだけさ」
空雄は抱き締められていた。空雄の手は流太の背中をすり抜け、触れられている感覚も、触れている感覚もなかった。だが、存在をそばに感じる。この別れは、止められないんだ。空雄は長い抱擁の末に悟った。とめどない涙が頰を伝う。
「俺は消える」
耳元で聞こえるうそかのような言葉に、空雄は身動き一つできなかった。本当に何も、できなかった。どうしていいか分からず、言葉を失う空雄を前に流太は「でも」と言った。
「この宇宙で、この地球で、この町で、俺たちが過ごした事実は変わらない。空雄と小春、そしてご両親が俺にしてくれたことも。永遠に、消えないんだ」
耳元でこだまする流太の声。4年間の思い出が一気によみがえった。流太が自分たちにしてくれたこと、自分たちが流太にしてあげたこと。何もかも、振り返るにはあまりに一瞬だった。
「流太さん!」
小春の声が聞こえた。小春は消えかかった流太を見つけると駆け寄って首を激しく振った。父と母も来ていた。
「待って! お願い――いっちゃ嫌だ!」小春は流太の足元で叫んだ。「もっと一緒にいたい!」
流太は空雄と小春の肩に手をかぶせた。
「生まれた時代がちがうんだ」
流太は抱き締めたまま言った。
「1791年4月6日。それが、俺の生まれた日だ」
流太は後ろで見守る空雄の両親を見た。父と母は静かにうなずき、小さくほほ笑んでいた。その途端、流太の目からすーっと涙がこぼれ落ちた。
流太は空雄の両親に亡き母と父を重ねていた。自分にも父と母がいた、と。どんな姿になっても愛してくれるような両親ではなかったかもしれない。でも、こんなふうに、ほほ笑み掛けてくれた時もあった。父と母、弟がいて、全ては分かり合えないまま散り散りとなった。全て事実だ。でも、いろんな出会いが新しい意味を与えてくれた。流太は心の底にあった全ての憎しみを――許した。
そして、笑った。
「家族にしてくれて、ありがとう」
流太は2人から離れ、桜のそばで待つ麗羅の元に歩み寄った。去り際、麗羅は優しく空雄たちにほほ笑み掛け、流太は振り返らなかった。陽光に透けた2人の体は空気にかすみ、見えなくなった。
何を思ったのか、小春は駆け出し一直線に猫屋敷へ向かった。靴が一つもない玄関を抜け、小春はひっそりたたずむピアノの前に立った。
”永遠に聞いていられる”
そう言ってくれた流太の顔を思い浮かべながら、小春は静かに着席した。すっと息を吸い、鍵盤に指を下ろす。
猫屋敷の中にカノンが響く。あの懐かしい思い出とともに。笑顔で送り出したかったけど、最後まで笑えなかった。
鍵盤にポタポタ滴が落ちてもなお、小春は指を動かし続けた。
1
あなたにおすすめの小説
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。
カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
完結 シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣
織部
ファンタジー
ノルドは、古き風の島、正式名称シシルナ・アエリア・エルダで育った。母セラと二人きりで暮らし。
背は低く猫背で、隻眼で、両手は動くものの、左腕は上がらず、左足もほとんど動かない、生まれつき障害を抱えていた。
母セラもまた、頭に毒薬を浴びたような痣がある。彼女はスカーフで頭を覆い、人目を避けてひっそりと暮らしていた。
セラ親子がシシルナ島に渡ってきたのは、ノルドがわずか2歳の時だった。
彼の中で最も古い記憶。船のデッキで、母セラに抱かれながら、この新たな島がゆっくりと近づいてくるのを見つめた瞬間だ。
セラの腕の中で、ぽつりと一言、彼がつぶやく。
「セラ、ウミ」
「ええ、そうよ。海」
ノルドの成長譚と冒険譚の物語が開幕します!
カクヨム様 小説家になろう様でも掲載しております。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる