また、猫になれたなら

秋長 豊

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59、また、猫になれたなら

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 隣町の海が見える丘の上には猫カフェがある。オープン前日のきょうは、社長が地元新聞社から取材を受けているところだった。

「明日のオープン、楽しみですね」

「えぇ。ずっと自分の店を持つのが夢でしたから」

「それにしても、店の名前MATANEKOってどういう意味ですか? オープン前にもかかわらずSNSで結構話題になってましたけど」

「うちは猫カフェですから、ここへ来る時は猫になったつもりで、帰るときは”また猫”になって戻ってきてほしいという意味を込めています」

「猫になって、ですか。一風変わったコンセプトですね。中には、そんな名前じゃ客なんて来ない、なんていう声もありましたけど、その辺はどう考えていますか?」

「いろんな意見があって当然です。でも、千差万別でいいんじゃないでしょうか。ちょっと変わった名前の店があるなって、インパクトになるでしょうし。それで猫に関心をもってくれる人が増えれば、動物への理解が深まるきっかけになると思うんです」

「斬新ですね。店内にあるグランドピアノは? 結構年季が入ってますが」

「自由に弾けるように置いています」

「猫にピアノ、いいですね。奥山社長」

 社長、と呼ばれた男は一通り準備が終わった店内を見渡してうなずいた。そこへ、入り口からプレゼント袋を抱えた1人の女性が入ってきた。

「準備は着々みたいだね」

「うん。いよいよ明日オープンだ。それ、どうしたの?」

「オープン記念に赤ワイン、買ってきたの。それにチーズも」

「ありがとう、小春」

 空雄は26歳、小春は25歳になっていた。流太と桜の木の下で別れて早6年、小春は大学院に進み、空雄は高校卒業同程度の資格を取得後、専門学校でカフェ経営と動物に関して学び、現在は自宅兼店舗のネコカフェでオープンを控える。

「それにしても、お兄ちゃんが猫カフェをオープンするなんてね。いい思い出もあったけど、つらいことも多かったからさ」

「この手紙をもらったからね」

 空雄は懐から一通の手紙を出した。

 6年前、空雄はある差出人からこの手紙をもらった。流太たちがいなくなり、まさに心ここにあらずの時期、家のポストに入っていた。受理日はちょうど流太と別れた日。裏には「橋本隆太」と書かれていた。

 流の字が違ったので別人かと思ったが、筆跡はどう見ても流太のものだった。半信半疑で手紙を開けると、

 猫カフェがいいと思う
 
 たった一言、その一文が紙のど真ん中に書かれていた。間違いないと思った。一瞬頭が真っ白になったけど、次に起こったのは笑いだった。人間に戻る前日、空雄は彼に喫茶店を開くのが夢だと語った。いい夢だと言ってくれた。店のコンセプトを考えてほしいと言った時、流太は二つ返事してくれた。まさか、本当に考えてくれていたとは。最後の手紙で書くことか? とは思ったけど。

「空雄、どうしたの?」

 空雄の笑い声を聞きつけて母がやってきた。

「ううん。ただ、あの人らしいなって」

 手紙を見た後、母は空雄と目を合わせて笑った。

 正直、店を開くなんてあの時は忘れていた。もう、自分の人生は終わったくらいに思っていたし、無気力な状態だった。それが、あの手紙を見て笑顔になった。勇気をもらえた。だからもう一度、夢を追ってみようと思った。たった一通の、それも一文で人生が変わることがある。夢の動機なんて、案外そんなものなのかもしれない。

 きょうはいい天気だった。店内の猫たちは楽しそうにおもちゃで遊んだり、窓辺で日向ぼっこをしたりしていた。キラキラ光る海に目を引かれ、空雄はテラスに出た。のんびりしていると、1匹の黒い野良猫が店に入ってきた。驚く空雄には目もくれず、黒猫はレジの台に飛び乗ってふてぶてしく寝そべった。

「どこから来たの?」

 空雄は小さな声で尋ねた。黒猫は耳を少し外に伸ばし、ゆっくりまばたきした。

「お兄ちゃん! 電話!」

 店の奥から小春が手を振っていた。

「今行く!」

 返事をして空雄は店の奥に戻った。

 丘の上に立つ猫カフェは木造2階建てのお屋敷だ。店の看板にはこう書かれてある。

”MATANEKO”

 言葉の意味は、空雄だけが知っている。あれだけ人間に戻りたかったのに、今は流太たちに会えるような気がして、こう思うからだ。
 また、猫になれたなら。

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