幼女と執事が異世界で

天界

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第3章

46,異変

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 遠くから誰かに呼ばれている気がする。
 でも思考が定まらない。あぁこの感覚は知っている。
 これはアレだまどろんでいる時なんかのアレだ。二度寝最高……。


「――リ様、ワタリ様」

「……んあ……? あと2時間半……」

「すでにワタリ様がお眠りになってから9時間が経過しております」

「んむぅ……。9時……間……」


 低速運転を続けるオレの脳みそがだんだん元に戻ってくるのを感じる。
 9時間も寝れば十分かー、とのろのろと起き上がり目をこすって伸びをする。


「んあー……」

「おはよう、ワタリちゃん。よく眠れた?」


 伸びをした状態で固まる。ぼやける目をもう一度擦ってから横を向くと、そこには椅子に座ったエルフさんがいた。


「……ぇ?」

「ワタリちゃんは寝起きは弱いのかな?」

「ぇっと……。おはようございます?」

「もうお昼だけどね? おはよ、お寝坊さん」


 しばらく状況が掴めないまま目をぱちくりさせて、いつものギルドで着ている服とは違った可愛らしい感じのワンピースを着たエルフさん――エリザベートさんを眺めていた。






      ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆






「心配させてしまってすみませんでした」

「ううん、昨日は私も暴走しちゃったから……。ごめんね?」

「いえ、憎むべきはあの奴隷商の男ですから」

「そうねぇ……。全然お酒の匂いしなかったのにまさかお酒が入っていたなんて……」

「きっと最後に出してきたお茶に故意に入れたんでしょうね。仕入れ値と同等で買った腹いせも含めたんでしょう」

「きっとそうだわ。まったくあの男は……」


 そう、昨日のエリザベートさんの唐突な暴走は最後に出されたお茶が原因のようだ。
 オレが契約している間に出されたソレをエリザベートさんは契約成立で緊張から解放された安堵感と喉の渇きでつい飲んでしまった。
 そのお茶にはお酒が入っていたようで、お酒に滅法弱いエリザベートさんは案の定暴走した。
 結果としてキスしようと迫ってきたということだ。
 エリザベートさんは酔うとキス魔になるようだ。恐ろしい……。


「今朝もずいぶん頭が痛くて……。本当はすぐに謝りにきたかったんだけど……。ごめんね」

「気にしないでください。エリザベートさんが悪いわけじゃないですし。それに私も昨日は大変だったのでずっと寝てましたし」

「あ、そうだ。それも聞きたいんだけど……。聞いても……いいかしら?」


 下げていた頭から上目遣いにこちらを覗きこむように見てくるこのお姉さんは……。本当に可愛らしくて困る……。
 すでに昨日の段階でネーシャが大怪我をしているのは知られているし、今の状態も確認してしまっている。
 オレが寝ているのにアルがエリザベートさんを部屋にあげたのはオレが部屋に入ってもいいと言ったそうだ。覚えていない……。
 寝惚けてたのだろうか。まぁ寝顔くらいみられても別に問題ないからいいけど。
 2人も喧嘩してないみたいなのでよかった。


 眠気が完全に覚めてエリザベートさんが部屋にいるのに一頻り混乱してから、とりあえず外に出てもらい身支度を調えて今に至る。

 色々と隠しておく必要はあるけれど、今の状況は説明しないといけない。
 少し時間をもらって考えをまとめないといけないので朝食も昼食も食いはぐれているオレは一旦食堂でご飯を食べることにした。

 ちなみにネーシャはまだ眠ったままだ。


 3人で食堂に下りていくと女将さんにもずっと寝ていたことをからかわれた。
 やはりエリザベートさんとは親しいらしく実の娘のような接し方だった。仲良し親子といった感じ。


「マスター、何か軽く食べられる物をお願いします」

「あいよ。今日はずいぶん寝ていたようだけど、体調でも悪いのかい? 昨日も治療院について聞いてきたし」

「あー……。ただの寝不足なだけですから大丈夫です。ご心配お掛けしてすみません」

「いやいや、それならいいんだよ。だが無理は禁物だよ?」

「はい、ありがとうございます」

「じゃぁ、普通の食事でいいなら……。そうだなぁサンドイッチあたりにしておくかい?」

「あ、はい。お任せします」

「あいよ。そっちの執事君はどうするんだい? 同じ物でいいのかい?」

「答えは是。ワタリ様と同じ物をお願いします」

「私は適当に飲み物ください」

「あいよ。2人の分はサービスにしておくよ。今日の朝食は食べてないからね」

「いいんですか?」

「君達は3階の部屋に泊まってくれてるしね。特別だよ」

「ありがとうございます」


 片目をパチっと瞑ってダンディなウインクをするマスター。
 やばいかっこいい。胸がきゅんきゅんしちゃうよ! ……いやうそだけどね?


「マスター……。私のは?」

「エリザはちゃんと払いなさい。それとも3階に泊まってくれるのかい?」

「う……。そんなお金ありません」

「はは。そうしょげるな、ちょっとはサービスしてあげるよ」

「あは、やった!」


 マスターや女将さん相手だと子供のようになるエリザベートさんに和ませてもらいながら料理が来るのを待つ。
 意図的にネーシャのことは話題にしないでくれるエリザベートさんの好意に甘えながら、ちょっとした雑談に花を咲かせているとサンドイッチとスープを持ってマスターがやってくる。


「お待たせさん、ごゆっくり」

「わぁ、おいしそー」


 サンドイッチは昨日エリザベートさんに連れて行ってもらった店に負けないくらいに美味しかった。
 特にお肉が挟んであるヤツが飛び切り美味しかった。
 スープも野菜スープのあっさり風で胃に優しい。別に重くても平気だけど。

 朝食を食いはぐれたのでがっつり食べて部屋に戻ると、まだネーシャは眠ったままだった。
 ちなみに昼食用に頼もうと思っていた麺類のお弁当は当然朝食時に頼んでいないのでなしだ。
 食事つきの部屋とはいえ事前にちゃんと頼んでおかなかったり時間に間に合わなかったりしたらなしになるので気をつけなければいけないのだ。まぁ今回は仕方ない。

 テーブルを挟んで向かい会うように座ると、ネーシャのことについての説明を始める。


「確か名前はまだ知らないですよね? あの子はネーシャです。怪我は私が治しました。治すのに時間はかかりましたが……」

「やっぱり……。でもあの子の……ネーシャちゃんの怪我は相当な物だったわ。それこそ治療院でも傷を塞ぐのがやっとなくらいに。
 でも悪いとは思ったけど見せてもらったけど……。傷跡1つ残らずに全て治っていたわ。これは王都にいる王族専属医でも難しいことよ」

「うっ……。そうなんですか……」


 誤魔化しても仕方ないと本当のことを言ったのだけど、まずかったかもしれない。


「あ、心配しないで。私はワタリちゃんの味方よ。
 このことをギルド長にでも言えばきっと王都に連れて行かれちゃうわ。あれほどの怪我を一晩で傷跡1つ残さず治してしまうほどの腕を持っているとなると……。国に保護されて然るべきだから……。
 だから誰にも言うつもりなんてないの」

「どうして……?」

「最初はね……。ワタリちゃんが可愛いからお近づきになりたいなぁって軽い気持ちだったんだけど……。
 ワタリちゃんももうわかってると思うけど、私は奴隷制度が嫌い。
 みんな奴隷を当たり前のように思ってる。でも奴隷だって人なのよ。
 そんな人を物みたいに扱うのが許せないの。
 肉親が奴隷に落ちても救い出すような人は少ない。奴隷に落ちれば一生そのことがついて回るし、元奴隷が家族にいるだけでも迫害するような人もいる。
 そんな中でワタリちゃんは肉親でもないネーシャちゃんを救いたいって言ってくれた。
 私も含めてそんなこと言うどころか実行した人なんて……。ほとんどいないのに……。
 だから私はワタリちゃんを失いたくない」


 エリザベートさんの真摯な言葉は胸を打つものだった。
 この世界では当たり前のように奴隷が存在しているけど、それをおかしいと言ってくれる人がいる。それだけで何か救われたような気がする。


「私も……。エリザベートさんと離れたくないです」

「……ほんとに?」


 優しく微笑んで身を乗り出してテーブルの上で堅く握られたエリザベートさんの手を取る。冷たくなっているその手を温めるように優しく包み込む。
 奴隷制度自体をどうこうできるとは思えないけれど、せめて助けたネーシャだけでも幸せにしてあげたいと思う。


「ワタリ様」

「うん? あ、アル。怒っちゃだめだからね?」

「そ、そうだよ。私はずっとワタリちゃんと手を繋いでいたいけど我慢するから喧嘩はだめよ?」

「答えは否。そのことではなく」


 エリザベートさんの手を包み込むようにしていたらアルが声をかけてきた。また喧嘩が始まってしまうかなと思ったらそうではないようだ。

 アルが体ごと移動して示した先には上体を起こしてこちらを見ているネーシャが居た。


「あ、起きたんだ! よかった。気分はどう?」

「ぁ……」


 両手で包み込んでいたエリザベートさんの手を離すと、すごく名残惜しそうなか細い声が聞こえたけど今はネーシャが優先だ。

 昨日までは何も映していなかった瞳にはしっかりと光が宿っている。
 それに気づいたのでゆっくりと怯えさせないように優しく微笑みながら声をかける。
 頬がこけていて隈のような物も目の下に大きく出来ていて、見ようによっては幽鬼のような顔になっているがそれでも昨日の傷痕だらけの顔に比べたらずっとマシだ。
 服は昨日治療が終わってからアルが着せたのだろう、男物の服を着ている。


「……ここ……は?」

「ここは海鳥亭っていう宿屋だよ。君は私が引き取ったの」

「……お嬢様……が……?」

「おじょ……。そ、そう、えっと喉とか渇いてる?」


 引き取ったという単語に反応して俺のことをお嬢様と呼び、こくり、と頷くネーシャを見てコップを取り出そうとして気づいた。スキル構成を変えてない。初級魔法:水が使えないからコップに水汲めないや。
 部屋には水差しがないから取ってくるしかない。


「あ、アル。水をお願いしていい?」

「畏まりました」

「ちょっと待っててね?」


 またゆっくりとこくり、と頷くネーシャ。昨日の何も映していない彼女の瞳とは対照的なほどにしっかりとオレを見ているし、エリザベートさんにも視線を向けたりしている。
 まだ動きは緩慢だけど大丈夫そうだ。


「痛いところとかない?」

「……? ……はい」


 首をかしげて不思議そうにしてからゆっくりとぺたぺた体を触って、痛むところがなかったようで小さく首を縦に振る。


「よかった。お腹空いてる? 食べられそうなら少しでも食べた方がいいんだけど」

「……はい。空いて……ます……」


 お腹をそっと押さえたネーシャは少しの間自分のお腹を見つめてから、ゆっくりと顔を戻して告げる。
 それににっこりと微笑んでからアイテムボックスに入れてある料理を取り出すとアルも水差しを持って戻ってきた。

 コップに水を入れて料理をテーブルに置くと、まだ現状を把握できていないのか夢見心地のような足取りのおぼつかないネーシャにアルが肩を貸しながら連れて行く。
 怪我や体力の低下によりふらふらしているのとは違うようだ。ベッドを出た直後は力が入っていなかった足にもほんの数歩、テーブルに辿りつくまでのちょっとした距離で大分ましになっている。


「ゆっくり食べていいからね? 全部君のだから」

「……ぇ……」


 料理を前にするとネーシャの腹の虫が鳴いたけど彼女はすぐに食べようとはしなかった。
 それを見て促すように優しく告げるとゆっくりと何度も俺の表情を確かめるように見てくるので微笑んであげると、そろそろとゆっくり食べ始めた。


「ワタリちゃん、ちょっといいかしら」

「はい。アル、任せたよ」

「畏まりました」


 アルにその場を任せてエリザベートさんと一緒に部屋を出る。
 真剣な顔のエリザベートさんは言葉を選ぶように慎重に口を開いた。


「何かおかしいと思うの」

「私もそう思います」

「やっぱり気づいてたのね、さすがワタリちゃんだわ」

「えっと、今はとにかくネーシャのことを」

「あ、ごめんね。あの子……。ネーシャは酷い虐待を受けていたはずよ。それこそ死にそうな傷を受けるほどに」

「はい、それを治した私だからわかります。あれだけの酷い状況になるほど虐待されたにしては……」

「えぇ……。もっと人に怯えるはずよ」

「はい、それに……。昨日は全てを諦めたような、絶望しかないような目をしていました。けど……。起きてからの目にはそれがなかった。
 まるで……」

「えぇ……。まるで全てを忘れてしまったかのように」

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