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第3章
47,記憶
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結論から述べるとネーシャは記憶の一部を失っていた。
辛すぎる虐待の過去から自我を守るための措置だと推測できる。
異世界でもそういう認識はあるらしくエリザベートさんも納得していた。
あれほどの虐待の痕と絶望しか映していない瞳を見ているんだ。自然と納得してしまう。
それに……忘れてしまえるならそうした方がいいとも思っていた。
「じゃぁ年は14歳なのね?」
「は、はい」
アディントン家に奴隷として買い取られた時期が約2年前だという話だ。
鑑定で出ていた年齢は16歳。つまりその間の記憶をごっそり全部失っていることになる。
「えっと……。じゃぁ今までどこにいたか覚えてるかしら?」
「6歳の時にお母さんとお父さんに売られてずっと奴隷で……。色んなところにいたからどこかと言われると……わかりません……」
「そう……」
「……ネーシャ。さっきも言ったけど私が君を引き取ったの。それは理解できてる?」
「はい、お嬢様」
「う……。あー……お嬢様……かぁ」
「ワタリちゃんは本当にお嬢様みたいなんだからいいんじゃないかしら?」
「うぅ……」
「ワタリ様の麗しさに勝る者は居りません故」
「……はぁ」
ネーシャからそれなりに色々聞き出した結果としては物心付いた時には口減らしで売られ、売られた先が各地を回っていた旅芸人のような所だった為か色々な所を周っていたらしい。
言いつけられた仕事を出来なかった時に多少の折檻があった程度で、それ以外は概ねまともと言っていい暮らしだったらしい。
6歳の頃に売られているのですでに10年親元には帰っていない。売られた理由は恐らく凶作によるものとエリザベートさんが推測していたので、暮らしていた村が残っているのかすら定かではない。村の名前もないような小さなところだったらしいし。
アディントン家以外では多少まともだったといってもそれは奴隷という最底辺の扱いが前提での話だ。
奴隷は物であり、貴族のような金持ちの場合消耗品でしかない。
実際に肉を切り骨を断つような経験は実戦で大いに役に立つ為、練習台として奴隷が使われるようなことがあるらしい。
時には藁巻き代わりにされ、時には魔法の的とされる。そんな奴隷達と比べたらまだましなことには変わらないが正直胸が痛いことには変わりない。
「それで……ワタリちゃんはこの子をこれからどうするつもりなのかな?」
「どうって……?」
「例えば、ワタリちゃんは冒険者登録をしている。
治癒師としての腕前もすごいし、治癒師だって言えばワタリちゃんの年齢を考慮に入れても後衛として引っ張りだこだよ?
アル君なら着いて行くのも問題ないだろうけど、この子ではまだ体力も戻ってないだろうし色々と……ね」
「そのことなら大丈夫です。
誰かとパーティを組んだりするのは当分先になるだろうと思いますし、今は簡単な仕事をメインにして行こうかと思ってますから。
簡単な仕事ならネーシャの体力作りにもいいと思いますし」
「あら……そうなの? てっきり高額系の依頼をこなしていくのかと思ってた」
「いずれはやりたいですけど、まだ冒険者になりたてですし経験を積まないと」
「そっかそっか。なんだぁ……。ギルドのお姉さんっぽく色々高難易度系のイロハを教えるチャンスだと思ったのになぁ~」
「あはは……。ぽくじゃなくてギルドのお姉さんじゃないですか。それに教えてもらえるならなんでも大歓迎ですよ?」
「ほんと? じゃ、じゃあ教えちゃおうかなぁ~」
「アルとネーシャもついでだから覚えてね?」
「畏まりました」
「は、はい」
その後しばらくの間エリザベートさんから初心者冒険者から上位の冒険者までの色々な注意点や美味しい依頼の見抜き方等を、雑談を挟んで教えてもらった。
雑談の内容は主にネーシャのことで俺が奴隷扱いをするつもりはない、と言うとネーシャはすごく驚いていた。
自分の契約は自分で確認できるらしく奴隷契約もLv2だと知ってさらに驚いていた。
それに食事やベッドもきちんと与えてもらえるとわかるとこれ以上驚けないとばかりに放心してしまったりもしていた。
「ネーシャ、大丈夫?」
「は、はい! あ、あたし頑張ります! 頑張りますから……頑張りますからどうか見捨てないでください!」
「へ……。あ、うん。見捨てるつもりはないよ?」
「はい! 何でも言いつけてください! 頑張ります! 家事とか掃除とか何でもやります!
馬の世話も少しですけど出来ます! あとはあとは……」
放心から立ち直ったと思ったら今度はすごいやる気に満ち溢れている。
何はともあれやる気になるのはいいことだ。あとはまだ病み上がりなのでゆっくりならすとして一先ず服や靴なんかの日用品だろうか。
「アル、ネーシャの服とか靴とか買いに行かないといけないね」
「畏まりました」
「お、お嬢様……? あ、あのあたしに……服……を?」
「え、そりゃそうだよ。ネーシャは女の子なんだからちゃんと身嗜み調えないと。今着てるのはアルのだからちゃんとネーシャ用のも買わないとね」
「え、え、あ、あの……。でも……」
「大丈夫よ。ネーシャちゃんはワタリちゃんの言うことを聞いていれば大丈夫だから」
「そうそう。任せておきなさい」
「は、はい……。あ、あのよろしくお願いします」
「うん。ネーシャは可愛いから似合う服も多そうだね」
「そうねぇ~。じゃぁ今から買いに行っちゃう?」
「いいですね!」
「え、え……」
「あ、病み上がりだからまずいかな?」
「あ、そうねぇ……。とりあえず軽く2,3着だけ買ってきて、体力が戻ったらあとでネーシャちゃんを連れてもう1度かしら?」
「あ、あの大丈夫です! 平気です!」
「ほんとに?」
「は、はい!」
「ん~……。でも辛かったらすぐ言うんだよ?」
「は、はい! ぐすっ」
「わわっ。どうしたの? やっぱり痛いところとか」
「ちが、違うんです……。こんなによくしてもらったこと……ぐすっなくてぐすっ」
「あ~……。そっかそっか」
ぼろぼろ、と涙を流すネーシャの頭を優しく撫でてあげながら彼女が泣き止むまでゆっくりと待ってあげた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
服を買う為に4人でゆっくりと歩いていく。
服屋といえば飛翼洋服店しか知らないので、すぐ近くのエリザベートさんお勧めの店に行くことになり案内も任せてしまっている。
ネーシャにはとりあえずということでアル用の上下を着せていて靴もアルのを履かせている。全体的に大きめで歩きにくそうだったけど少しの辛抱なので我慢してもらった。
といってもネーシャはむしろ男物とはいえ綺麗な服を着せてもらえていたことに驚いて、ものすごく恐縮して小さくなっていたりしてなんだか可愛らしかった。
今までの分を取り戻すくらいに楽しいことをいっぱい体験してもらおうと心に決めるには十分な可愛らしさだった。
幽鬼のような酷い顔もアルが化粧で誤魔化します、と言うので任せてみると20分ほどであっという間に幽鬼が居なくなり、そこにはちょっと幼くて多少痩せぎすな女の子が居た。
黒い髪の毛にほんの少し金と白が混ざっていて、謎の液体をつけて梳かれて整えられた髪をアップにまとめている。謎の液体のおかげなのか酷く痛んでいた髪は艶やかに煌いている。
怪我が治っても補いきれなかった円形脱毛している部分や傷の為に抜け落ちた部分を隠すための髪型だ。
瞳の色も黒く目の下にあった大きな隈がなくなり、代わりに強調された瞳は大きく可愛らしい。こけていた頬も一体どうやったのかまったく不明の謎技術で近くで見なければわからないくらいに仕上がっている。
数分しかかけなかった化粧だというのにアルの技術はプロのメイクアップアーティスト顔負けの腕前だった。
誤魔化すためという目的を大きく逸脱するくらいの十分すぎるくらいの変わりようだ。
エリザベートさんもその腕の前では唸り声をあげながら詳しく技術を聞きだそうとしていた。
結局何の情報も引き出せなかったみたいだけど。
「着いたわ。ここならネーシャちゃんやワタリちゃんくらいの子用のサイズのが多いのよ」
「ネーシャのはいいとして私はもう買ってありますから、別に買わないですよ?」
「えぇ~……。そんなこと言わないで、ね?」
「今日はネーシャの服を買いに来たんですから……」
「ちょ、ちょっとだけ、ね!」
「はぁ……。ネーシャのをちゃんと見繕ってからですよ?」
「はーい! やったっ!」
店に入る前からおおはしゃぎのエリザベートさんは4人の中で1番年上のはずなのに1番子供っぽく見えるのはなぜだろうか。
店の外観は飛翼洋服店のような外まで服が並べてあるような感じではなく、もっとシックな佇まいでどちかというと子供用の服が売っている店にはみえない。
もっとフォーマルなスーツとかオートクチュールとかしてそうな感じだ。
だがショーウィンドウに飾ってあるのはゴシックロリータなフリフリがいっぱいの真っ黒いのと真っ白い対象的な服。
どちらも細部まで細かく縫われていて素晴らしい逸品だというのはすぐにわかった。
どちらも背中に羽がついていて子供が着たらさぞかし可愛いだろうと思う。
幼い見た目のネーシャなら十分許容範囲だ。
店内も店構え同様のシックで落ち着いた雰囲気だ。
各所のマネキンに着せられている服は基本的にサイズが小さく子供用のサイズが多いというのも頷ける。というか子供用しかなくない?
「いらっしゃいませ~。本日はどのようなお洋服をお求めでしょうか~?」
「こんにちは。今日はこの子達に似合うのを探してまして」
「あらあら、可愛らしいお2人ですねぇ~。ではこれなんていかがでしょう~」
「いいですねー。あ、こっちのも見ていいですか?」
「どうぞどうぞ~」
のんびりとした店員さんが勧める服とエリザベートさんが勧める服をまずはネーシャに服の上から宛がいながら色々と見ていく。
ここの服は店構えから予想はしていたがやはり値札がついていない。
しかもどれも縫い目が綺麗で新品だ。
ネーシャの服に安物を買う気はないけど、あまり高くても正直困る。
ちなみにネーシャは16歳にしては女性としての丸みに大きく欠け、身長もアルより頭1つくらい小さい。
怪我や痕がなくなった顔は可愛らしい感じだがまだちょっと痩せすぎだ。
髪の毛も円形に抜けていた部分はアルが整えて隠してあるが、尻尾に関してはどうしようもなかったのでなるべく綺麗に梳いてあげて誤魔化してある。
体型が普通程度に戻れば可愛いだろう。けれど今は化粧で誤魔化したと言っても欠食児童という印象がどうしても拭えない。よく言ってもダイエットのしすぎくらいだろうか。
店員さんとエリザベートさんがキャーキャー言いながらネーシャの服をどんどん選んでいく。
しかし選ばれていく服はどれも屋外活動には向かないタイプばかりだ。
飛翼洋服店で屋外用のを別に買おう……。
色取り取り各種趣の違う服を体に宛がわれ、大き目の姿見でそれを見るネーシャも目を輝かせるどころか驚きで目を白黒させている感じだ。
今までこんなことしたことなかったんだろう、と簡単に予想がつく。
まぁこれからは慣れてもらわないとな。
一頻りネーシャの服を見繕い、大分疲弊したけど嬉しそうな、でも恐縮頻りな彼女を椅子に座らせてると次は俺の番だった。
正直ネーシャを見ていて勘弁してほしかったが、2人に追加して参加したアルのはりきり具合が今までで最高に達した為逃げるに逃げられずげんなりするまで服をとっかえひっかえ宛がわれた。
まだ試着室がなかった分だけましだったが、これで試着室があったらやばかったと思う。
主に俺の精神的に。
最終的にネーシャの服装は今日着て帰る服として、上着はこの店にあった中では割と控えめの白のシフォンブラウス。若干透け気味なので下にはイメージを損なわない肌着を纏い、ブラウンカーキのロングスカートといういでたちになった。
新品の服を着る機会などなかったネーシャはゴシックドレスとどちらがいい、と2択を迫られ恐縮していたのが泣きそうになり、結局今の服装を選択した。
さすがにネーシャもフリフリごってごての真っ黒なゴシックドレスを着る度胸はなかったらしい。
ちなみに着替えは試着室がなかったので従業員用の更衣室を借りた。
お勘定はエリザベートさんが半分持つといって聞かなかった。むしろとっかえひっかえかなり楽しんでいたのは事実なのでお言葉に甘えることになり、1500ラードほどで済んだ。
大分質のいい服を2人で十数着買った割には安かったかなと思わないでもない。
でも1500ラードって結構な値段ではなかっただろうか。そんな額をポン、と奢ってくれるエリザベートさんってやっぱりお金持ちなんだろうか。
艶々のホクホク顔で満足げな彼女にそんなことを聞くのは無粋だと思い聞かなかったけど、いつか聞けるといいな。
後半は椅子に座って休んでいたためか結構元気なネーシャをそのまま飛翼洋服店に連れて行って屋外用の服を数着と靴も数足。
下着等は前の店で十分買ったので、ネーシャ用の外套も買った。
そのあとリューネの雑貨屋でネーシャ用の櫛や小物を買って、防具に関してはネーシャをそんな危ないところに連れて行くつもりもないので保留ということになり、今日の買い物は終了となった。
辛すぎる虐待の過去から自我を守るための措置だと推測できる。
異世界でもそういう認識はあるらしくエリザベートさんも納得していた。
あれほどの虐待の痕と絶望しか映していない瞳を見ているんだ。自然と納得してしまう。
それに……忘れてしまえるならそうした方がいいとも思っていた。
「じゃぁ年は14歳なのね?」
「は、はい」
アディントン家に奴隷として買い取られた時期が約2年前だという話だ。
鑑定で出ていた年齢は16歳。つまりその間の記憶をごっそり全部失っていることになる。
「えっと……。じゃぁ今までどこにいたか覚えてるかしら?」
「6歳の時にお母さんとお父さんに売られてずっと奴隷で……。色んなところにいたからどこかと言われると……わかりません……」
「そう……」
「……ネーシャ。さっきも言ったけど私が君を引き取ったの。それは理解できてる?」
「はい、お嬢様」
「う……。あー……お嬢様……かぁ」
「ワタリちゃんは本当にお嬢様みたいなんだからいいんじゃないかしら?」
「うぅ……」
「ワタリ様の麗しさに勝る者は居りません故」
「……はぁ」
ネーシャからそれなりに色々聞き出した結果としては物心付いた時には口減らしで売られ、売られた先が各地を回っていた旅芸人のような所だった為か色々な所を周っていたらしい。
言いつけられた仕事を出来なかった時に多少の折檻があった程度で、それ以外は概ねまともと言っていい暮らしだったらしい。
6歳の頃に売られているのですでに10年親元には帰っていない。売られた理由は恐らく凶作によるものとエリザベートさんが推測していたので、暮らしていた村が残っているのかすら定かではない。村の名前もないような小さなところだったらしいし。
アディントン家以外では多少まともだったといってもそれは奴隷という最底辺の扱いが前提での話だ。
奴隷は物であり、貴族のような金持ちの場合消耗品でしかない。
実際に肉を切り骨を断つような経験は実戦で大いに役に立つ為、練習台として奴隷が使われるようなことがあるらしい。
時には藁巻き代わりにされ、時には魔法の的とされる。そんな奴隷達と比べたらまだましなことには変わらないが正直胸が痛いことには変わりない。
「それで……ワタリちゃんはこの子をこれからどうするつもりなのかな?」
「どうって……?」
「例えば、ワタリちゃんは冒険者登録をしている。
治癒師としての腕前もすごいし、治癒師だって言えばワタリちゃんの年齢を考慮に入れても後衛として引っ張りだこだよ?
アル君なら着いて行くのも問題ないだろうけど、この子ではまだ体力も戻ってないだろうし色々と……ね」
「そのことなら大丈夫です。
誰かとパーティを組んだりするのは当分先になるだろうと思いますし、今は簡単な仕事をメインにして行こうかと思ってますから。
簡単な仕事ならネーシャの体力作りにもいいと思いますし」
「あら……そうなの? てっきり高額系の依頼をこなしていくのかと思ってた」
「いずれはやりたいですけど、まだ冒険者になりたてですし経験を積まないと」
「そっかそっか。なんだぁ……。ギルドのお姉さんっぽく色々高難易度系のイロハを教えるチャンスだと思ったのになぁ~」
「あはは……。ぽくじゃなくてギルドのお姉さんじゃないですか。それに教えてもらえるならなんでも大歓迎ですよ?」
「ほんと? じゃ、じゃあ教えちゃおうかなぁ~」
「アルとネーシャもついでだから覚えてね?」
「畏まりました」
「は、はい」
その後しばらくの間エリザベートさんから初心者冒険者から上位の冒険者までの色々な注意点や美味しい依頼の見抜き方等を、雑談を挟んで教えてもらった。
雑談の内容は主にネーシャのことで俺が奴隷扱いをするつもりはない、と言うとネーシャはすごく驚いていた。
自分の契約は自分で確認できるらしく奴隷契約もLv2だと知ってさらに驚いていた。
それに食事やベッドもきちんと与えてもらえるとわかるとこれ以上驚けないとばかりに放心してしまったりもしていた。
「ネーシャ、大丈夫?」
「は、はい! あ、あたし頑張ります! 頑張りますから……頑張りますからどうか見捨てないでください!」
「へ……。あ、うん。見捨てるつもりはないよ?」
「はい! 何でも言いつけてください! 頑張ります! 家事とか掃除とか何でもやります!
馬の世話も少しですけど出来ます! あとはあとは……」
放心から立ち直ったと思ったら今度はすごいやる気に満ち溢れている。
何はともあれやる気になるのはいいことだ。あとはまだ病み上がりなのでゆっくりならすとして一先ず服や靴なんかの日用品だろうか。
「アル、ネーシャの服とか靴とか買いに行かないといけないね」
「畏まりました」
「お、お嬢様……? あ、あのあたしに……服……を?」
「え、そりゃそうだよ。ネーシャは女の子なんだからちゃんと身嗜み調えないと。今着てるのはアルのだからちゃんとネーシャ用のも買わないとね」
「え、え、あ、あの……。でも……」
「大丈夫よ。ネーシャちゃんはワタリちゃんの言うことを聞いていれば大丈夫だから」
「そうそう。任せておきなさい」
「は、はい……。あ、あのよろしくお願いします」
「うん。ネーシャは可愛いから似合う服も多そうだね」
「そうねぇ~。じゃぁ今から買いに行っちゃう?」
「いいですね!」
「え、え……」
「あ、病み上がりだからまずいかな?」
「あ、そうねぇ……。とりあえず軽く2,3着だけ買ってきて、体力が戻ったらあとでネーシャちゃんを連れてもう1度かしら?」
「あ、あの大丈夫です! 平気です!」
「ほんとに?」
「は、はい!」
「ん~……。でも辛かったらすぐ言うんだよ?」
「は、はい! ぐすっ」
「わわっ。どうしたの? やっぱり痛いところとか」
「ちが、違うんです……。こんなによくしてもらったこと……ぐすっなくてぐすっ」
「あ~……。そっかそっか」
ぼろぼろ、と涙を流すネーシャの頭を優しく撫でてあげながら彼女が泣き止むまでゆっくりと待ってあげた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
服を買う為に4人でゆっくりと歩いていく。
服屋といえば飛翼洋服店しか知らないので、すぐ近くのエリザベートさんお勧めの店に行くことになり案内も任せてしまっている。
ネーシャにはとりあえずということでアル用の上下を着せていて靴もアルのを履かせている。全体的に大きめで歩きにくそうだったけど少しの辛抱なので我慢してもらった。
といってもネーシャはむしろ男物とはいえ綺麗な服を着せてもらえていたことに驚いて、ものすごく恐縮して小さくなっていたりしてなんだか可愛らしかった。
今までの分を取り戻すくらいに楽しいことをいっぱい体験してもらおうと心に決めるには十分な可愛らしさだった。
幽鬼のような酷い顔もアルが化粧で誤魔化します、と言うので任せてみると20分ほどであっという間に幽鬼が居なくなり、そこにはちょっと幼くて多少痩せぎすな女の子が居た。
黒い髪の毛にほんの少し金と白が混ざっていて、謎の液体をつけて梳かれて整えられた髪をアップにまとめている。謎の液体のおかげなのか酷く痛んでいた髪は艶やかに煌いている。
怪我が治っても補いきれなかった円形脱毛している部分や傷の為に抜け落ちた部分を隠すための髪型だ。
瞳の色も黒く目の下にあった大きな隈がなくなり、代わりに強調された瞳は大きく可愛らしい。こけていた頬も一体どうやったのかまったく不明の謎技術で近くで見なければわからないくらいに仕上がっている。
数分しかかけなかった化粧だというのにアルの技術はプロのメイクアップアーティスト顔負けの腕前だった。
誤魔化すためという目的を大きく逸脱するくらいの十分すぎるくらいの変わりようだ。
エリザベートさんもその腕の前では唸り声をあげながら詳しく技術を聞きだそうとしていた。
結局何の情報も引き出せなかったみたいだけど。
「着いたわ。ここならネーシャちゃんやワタリちゃんくらいの子用のサイズのが多いのよ」
「ネーシャのはいいとして私はもう買ってありますから、別に買わないですよ?」
「えぇ~……。そんなこと言わないで、ね?」
「今日はネーシャの服を買いに来たんですから……」
「ちょ、ちょっとだけ、ね!」
「はぁ……。ネーシャのをちゃんと見繕ってからですよ?」
「はーい! やったっ!」
店に入る前からおおはしゃぎのエリザベートさんは4人の中で1番年上のはずなのに1番子供っぽく見えるのはなぜだろうか。
店の外観は飛翼洋服店のような外まで服が並べてあるような感じではなく、もっとシックな佇まいでどちかというと子供用の服が売っている店にはみえない。
もっとフォーマルなスーツとかオートクチュールとかしてそうな感じだ。
だがショーウィンドウに飾ってあるのはゴシックロリータなフリフリがいっぱいの真っ黒いのと真っ白い対象的な服。
どちらも細部まで細かく縫われていて素晴らしい逸品だというのはすぐにわかった。
どちらも背中に羽がついていて子供が着たらさぞかし可愛いだろうと思う。
幼い見た目のネーシャなら十分許容範囲だ。
店内も店構え同様のシックで落ち着いた雰囲気だ。
各所のマネキンに着せられている服は基本的にサイズが小さく子供用のサイズが多いというのも頷ける。というか子供用しかなくない?
「いらっしゃいませ~。本日はどのようなお洋服をお求めでしょうか~?」
「こんにちは。今日はこの子達に似合うのを探してまして」
「あらあら、可愛らしいお2人ですねぇ~。ではこれなんていかがでしょう~」
「いいですねー。あ、こっちのも見ていいですか?」
「どうぞどうぞ~」
のんびりとした店員さんが勧める服とエリザベートさんが勧める服をまずはネーシャに服の上から宛がいながら色々と見ていく。
ここの服は店構えから予想はしていたがやはり値札がついていない。
しかもどれも縫い目が綺麗で新品だ。
ネーシャの服に安物を買う気はないけど、あまり高くても正直困る。
ちなみにネーシャは16歳にしては女性としての丸みに大きく欠け、身長もアルより頭1つくらい小さい。
怪我や痕がなくなった顔は可愛らしい感じだがまだちょっと痩せすぎだ。
髪の毛も円形に抜けていた部分はアルが整えて隠してあるが、尻尾に関してはどうしようもなかったのでなるべく綺麗に梳いてあげて誤魔化してある。
体型が普通程度に戻れば可愛いだろう。けれど今は化粧で誤魔化したと言っても欠食児童という印象がどうしても拭えない。よく言ってもダイエットのしすぎくらいだろうか。
店員さんとエリザベートさんがキャーキャー言いながらネーシャの服をどんどん選んでいく。
しかし選ばれていく服はどれも屋外活動には向かないタイプばかりだ。
飛翼洋服店で屋外用のを別に買おう……。
色取り取り各種趣の違う服を体に宛がわれ、大き目の姿見でそれを見るネーシャも目を輝かせるどころか驚きで目を白黒させている感じだ。
今までこんなことしたことなかったんだろう、と簡単に予想がつく。
まぁこれからは慣れてもらわないとな。
一頻りネーシャの服を見繕い、大分疲弊したけど嬉しそうな、でも恐縮頻りな彼女を椅子に座らせてると次は俺の番だった。
正直ネーシャを見ていて勘弁してほしかったが、2人に追加して参加したアルのはりきり具合が今までで最高に達した為逃げるに逃げられずげんなりするまで服をとっかえひっかえ宛がわれた。
まだ試着室がなかった分だけましだったが、これで試着室があったらやばかったと思う。
主に俺の精神的に。
最終的にネーシャの服装は今日着て帰る服として、上着はこの店にあった中では割と控えめの白のシフォンブラウス。若干透け気味なので下にはイメージを損なわない肌着を纏い、ブラウンカーキのロングスカートといういでたちになった。
新品の服を着る機会などなかったネーシャはゴシックドレスとどちらがいい、と2択を迫られ恐縮していたのが泣きそうになり、結局今の服装を選択した。
さすがにネーシャもフリフリごってごての真っ黒なゴシックドレスを着る度胸はなかったらしい。
ちなみに着替えは試着室がなかったので従業員用の更衣室を借りた。
お勘定はエリザベートさんが半分持つといって聞かなかった。むしろとっかえひっかえかなり楽しんでいたのは事実なのでお言葉に甘えることになり、1500ラードほどで済んだ。
大分質のいい服を2人で十数着買った割には安かったかなと思わないでもない。
でも1500ラードって結構な値段ではなかっただろうか。そんな額をポン、と奢ってくれるエリザベートさんってやっぱりお金持ちなんだろうか。
艶々のホクホク顔で満足げな彼女にそんなことを聞くのは無粋だと思い聞かなかったけど、いつか聞けるといいな。
後半は椅子に座って休んでいたためか結構元気なネーシャをそのまま飛翼洋服店に連れて行って屋外用の服を数着と靴も数足。
下着等は前の店で十分買ったので、ネーシャ用の外套も買った。
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「この人たちが私に優しくするのは絶対に何か裏があるはず!」
いつも優しい両親や兄。
戸惑いながらも、心は少しずつ溶けていく。
これは罠? それとも本物の“家族の愛”?
愛を知らないレティシアは、家族の無償の愛に翻弄されながらも成長していく。
疑り深い転生幼女が、初めて“幸せ”と出会う――
じんわり心あたたまる、愛されファンタジー。
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