王宮の万能メイド、偏屈魔術師を餌付けする

葉山あおい

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第七話 聖女の暴走と究極の煮込みハンバーグ

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 翌日の昼。北の塔のキッチンは、異様な熱気に包まれていた。

「いいこと? これは勝負よ。わたくしの料理がシルヴィス様に認められたら、貴女にはこの塔から出て行ってもらいます!」

 リリアナは腕まくりをし、持ち込んだ最高級のドラゴン肉をドンと調理台に置いた。一方のエレナは、いつも通りのエプロン姿で、静かに頷く。

「承知いたしました。では、もし私の料理が選ばれた際は、今後キッチンへの立ち入りをご遠慮願います」

「ふん、望むところよ! わたくしの『聖女の奇跡クッキング』を見せてあげるわ!」

 審査員として無理やり連れてこられたシルヴィスは、キッチンの隅にある小さなテーブルで頬杖をつき、心底面倒くさそうな顔をしていた。

「なぜいる……」

 調理が始まると、リリアナが杖を振るった。

「フレッシュ、テイスティ・アップ、ヒート・バースト!」

 彼女は包丁も使わず、魔術で肉をミンチにし、一気に加熱していく。調味料など不要。なぜなら、美味しくなる魔術をかけているからだ。

 煌びやかな光がキッチンを飛び交う中、エレナの作業は、あまりにも地味だった。

 まずは飴色になるまで、じっくりと玉ねぎを炒める。粗熱を取ったそれを、合い挽き肉、パン粉、牛乳、卵、ナツメグと合わせ、氷水で冷やした手で素早く、かつ粘りが出るまで丁寧に捏ねる。

 空気を抜くようにパンパンと両手でキャッチボールをし、中央をくぼませてフライパンへ。

「あらあら、そんな手作業。これだから平民は」

 リリアナの嘲笑を無視し、エレナは肉の焼ける音に耳を澄ませる。

 表面を焼き固めて肉汁を閉じ込めたら、赤ワインとデミグラスソース、そして隠し味の味噌を加えた特製ソースで煮込んでいく。

 ――三十分後。二つの皿がシルヴィスの前に並べられた。

 リリアナの皿は、光り輝いていた。文字通り、魔術の効果でキラキラしている。エレナの皿は、濃厚な茶色のソースを纏った、ふっくらとしたハンバーグ。付け合わせは人参のグラッセとマッシュポテト。

「さあシルヴィス様! わたくしの『聖女のドラゴンステーキバーグ』から召し上がって!」

 シルヴィスは無言でナイフを入れた。

(……硬い)

 ギコギコと音を立てて切り分け、口に運ぶ。

「…………」

 咀嚼すること数回。シルヴィスは水を飲み込み、冷徹に告げた。

「……ゴムか、これは」

「えっ」

「最高級の肉を使っているのは分かるが、筋切りもしていない、捏ねてもいないからボソボソだ。そして何より、魔術で無理やりつけた味付けが、素材の味を殺している。表面だけの張りぼてだ」

 酷評だった。リリアナが顔面蒼白になる中、シルヴィスはエレナの皿を引き寄せた。

 ナイフを当てる。力などいらなかった。ナイフの重みだけで、ハンバーグがすぅっと切れていく。断面からは、透明な肉汁が滝のように溢れ出し、デミグラスソースと混ざり合う。

 一口食べた瞬間、シルヴィスの表情が緩んだ。

「……これだ」

 口の中で肉が解ける。炒め玉ねぎの甘みと、肉の旨味。ナツメグの香りが鼻に抜け、濃厚なソースが白いご飯を強烈に欲させる味だ。

 シルヴィスは夢中で二口、三口と運び、マッシュポテトにソースを絡めて平らげた。

「勝負あったな」

 シルヴィスはナプキンで口を拭い、リリアナを見た。

「俺が求めているのは、魔力たっぷりの餌じゃない。俺の身体を気遣い、手間を惜しまずに作られた食事だ。……お前の料理には、心が感じられない」

「そ、そんな……わたくしは聖女で……!」

「帰ってくれ。料理の余韻が消える」

 とどめの一撃だった。リリアナは「うわぁぁぁん!」と年頃の令嬢らしからぬ声を上げ、泣きながらキッチンを飛び出していった。

 嵐が去った後、静寂が戻る。エレナは小さく息を吐き、改めてシルヴィスに向き直った。

「……お粗末さまでした」

「いや、美味かった。……今まで食った肉料理の中で一番だ」

 シルヴィスは空になった皿を見つめ、ぼそりと付け加えた。

「分かっていると思うが、リリアナの言っていた『塔から出て行け』という条件……気にする必要はないからな」

「はい?」

「お前は、ずっとここにいればいい……」

 それは、実質的なプロポーズにも近い、最大限の独占欲の表れだった。

 エレナは驚きに目を見開き、やがて柔らかく微笑んだ。

「かしこまりました。クローデル様が飽きるまで、いえ、飽きても、美味しいご飯を作り続けさせていただきます」
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