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第十三話 王宮舞踏会への招待状
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その朝、北の塔のリビングには、不穏な空気が漂っていた。
テーブルの上には、金箔で縁取られた豪奢な封筒が一通。シルヴィスはそれを忌々しげな目で睨みつけ、指先から小さな火種を出していた。
「……燃やす」
「なりません」
エレナがすかさず火種を手で払い消した。
「国王陛下主催の『建国記念舞踏会』の招待状です。理由もなく欠席など許されませんよ、魔術師団長様。それとも、伯爵閣下とお呼びしたほうがよろしいですか?」
「……嫌味か」
「事実を申し上げたまでです。高位貴族の跡取りは、当主である親御様の爵位の一つ下を名乗るのが通例ですから。ご実家の威光、大変素晴らしいと存じます」
「勘弁してくれ……」
シルヴィスは深く椅子にもたれかかり、天井を仰いだ。
「あー……面倒だ。どうせまた、着飾った貴族の娘たちが群がってくる。香水の臭いで窒息させる気か」
「社交も仕事のうちです。諦めてください」
「……分かった。行く」
意外にも素直な返答にエレナが眉を上げると、シルヴィスはニヤリと悪魔のような笑みを浮かべた。
「ただし、条件がある。パートナーは俺が決める」
「どなたになさるのですか?」
「お前だ」
エレナは瞬きをした。
「……はい?」
「お前がパートナーとして俺の横に立て。そうすれば『連れがいる』と言って、他の女を追い払える。最強の魔除けだ」
「……いやいやいや、百歩譲って侍女ならいざ知らず、私はメイドですよ? 身分が違いすぎます。それに、ドレスも持っておりません」
「衣装なら用意する。……拒否権はないぞ。これは業務命令だからな」
業務命令と言われては、完璧なメイドとして断るわけにはいかない。エレナは小さく溜息をつき、一礼した。
「……かしこまりました。魔除けの業務、遂行いたします」
***
その日の午後。シルヴィスはエレナを連れて、王都の一等地にある高級ブティックを訪れていた。
煌びやかなドレスが並ぶ店内で、エレナは居心地悪そうに縮こまっているが、シルヴィスは堂々としたものだ。
「お久しぶりでございます、クローデル様! 本日はどのようなご用件で?」
「この女に合うドレスを。……予算は問わん」
店主の目が「カモが来た」と輝いた。次々と運ばれてくる最新流行のドレスたち。フリルたっぷりのピンク、胸元が大きく開いた赤、宝石を散りばめた金。
「いかがですか、こちらの『薔薇の園』は!」
「却下だ。派手すぎる」
「では、こちらのセクシーな『夜の蝶』は!」
「論外だ。布面積が少なすぎる。……誰に見せる気だ」
シルヴィスは不機嫌そうに次々と却下していく。
彼の美的感覚は厳しかった。エレナの素材を殺すような装飾過多なものや、肌を無防備に晒すようなものは許さないらしい。
「……これだ」
最後に彼が指差したのは、店主が奥から出してきた一着だった。
深いモスグリーンのベルベット生地。装飾は最小限だが、シルエットの美しさが際立っている。背中はレースで透けているが、品のあるデザインだ。
「これなら、お前の瞳の色に合う」
「……素敵ですね。でも、お値段が」
「試着してこい」
押し切られ、エレナは試着室へと入った。
数分後。カーテンが開かれる。
「……いかがでしょうか」
照れくさそうに出てきたエレナの姿に、店内がシンと静まり返った。
普段のきっちりとしたまとめ髪を下ろし、緩やかに巻いた亜麻色の髪が、歩くたびに艶やかな波を作る。深い緑色のドレスは、彼女の雪のような肌の白さを際立たせ、デコルテのラインは華奢でありながらも女性的な柔らかさを帯びていた。
その立ち姿は高貴な令嬢そのものだった。凛とした鉄の女の仮面の下に隠されていた、本来の美しさが完全に露呈している。
「…………」
シルヴィスは口元を手で覆い、視線を逸らした。耳が赤い。
「……悪くない」
「そうですか? 少し背中がスースーしますが」
「……ショールも追加だ。あと、そのドレスに合う髪飾りと靴も。全部包め」
「えっ、クローデル様、流石にそれは……」
店主が揉み手をして「ありがとうございますー!」と叫ぶ中、シルヴィスはエレナを直視できないまま早口で告げた。
「勘違いするな。俺のパートナーとして恥ずかしくない格好をさせるだけだ。……だが」
「だが?」
「……他の奴らに見せるのは、少し惜しいな」
最後の言葉は小声すぎて、エレナの耳には届かなかった。しかし、鏡に映る自分と、後ろに立つ主の姿を見て、エレナは自然と笑みがこぼれた。まるで、本物のご令嬢のようだと。
こうして準備は整った。北の塔の主従が、王宮の華やかな舞台へと乗り込む準備が。
テーブルの上には、金箔で縁取られた豪奢な封筒が一通。シルヴィスはそれを忌々しげな目で睨みつけ、指先から小さな火種を出していた。
「……燃やす」
「なりません」
エレナがすかさず火種を手で払い消した。
「国王陛下主催の『建国記念舞踏会』の招待状です。理由もなく欠席など許されませんよ、魔術師団長様。それとも、伯爵閣下とお呼びしたほうがよろしいですか?」
「……嫌味か」
「事実を申し上げたまでです。高位貴族の跡取りは、当主である親御様の爵位の一つ下を名乗るのが通例ですから。ご実家の威光、大変素晴らしいと存じます」
「勘弁してくれ……」
シルヴィスは深く椅子にもたれかかり、天井を仰いだ。
「あー……面倒だ。どうせまた、着飾った貴族の娘たちが群がってくる。香水の臭いで窒息させる気か」
「社交も仕事のうちです。諦めてください」
「……分かった。行く」
意外にも素直な返答にエレナが眉を上げると、シルヴィスはニヤリと悪魔のような笑みを浮かべた。
「ただし、条件がある。パートナーは俺が決める」
「どなたになさるのですか?」
「お前だ」
エレナは瞬きをした。
「……はい?」
「お前がパートナーとして俺の横に立て。そうすれば『連れがいる』と言って、他の女を追い払える。最強の魔除けだ」
「……いやいやいや、百歩譲って侍女ならいざ知らず、私はメイドですよ? 身分が違いすぎます。それに、ドレスも持っておりません」
「衣装なら用意する。……拒否権はないぞ。これは業務命令だからな」
業務命令と言われては、完璧なメイドとして断るわけにはいかない。エレナは小さく溜息をつき、一礼した。
「……かしこまりました。魔除けの業務、遂行いたします」
***
その日の午後。シルヴィスはエレナを連れて、王都の一等地にある高級ブティックを訪れていた。
煌びやかなドレスが並ぶ店内で、エレナは居心地悪そうに縮こまっているが、シルヴィスは堂々としたものだ。
「お久しぶりでございます、クローデル様! 本日はどのようなご用件で?」
「この女に合うドレスを。……予算は問わん」
店主の目が「カモが来た」と輝いた。次々と運ばれてくる最新流行のドレスたち。フリルたっぷりのピンク、胸元が大きく開いた赤、宝石を散りばめた金。
「いかがですか、こちらの『薔薇の園』は!」
「却下だ。派手すぎる」
「では、こちらのセクシーな『夜の蝶』は!」
「論外だ。布面積が少なすぎる。……誰に見せる気だ」
シルヴィスは不機嫌そうに次々と却下していく。
彼の美的感覚は厳しかった。エレナの素材を殺すような装飾過多なものや、肌を無防備に晒すようなものは許さないらしい。
「……これだ」
最後に彼が指差したのは、店主が奥から出してきた一着だった。
深いモスグリーンのベルベット生地。装飾は最小限だが、シルエットの美しさが際立っている。背中はレースで透けているが、品のあるデザインだ。
「これなら、お前の瞳の色に合う」
「……素敵ですね。でも、お値段が」
「試着してこい」
押し切られ、エレナは試着室へと入った。
数分後。カーテンが開かれる。
「……いかがでしょうか」
照れくさそうに出てきたエレナの姿に、店内がシンと静まり返った。
普段のきっちりとしたまとめ髪を下ろし、緩やかに巻いた亜麻色の髪が、歩くたびに艶やかな波を作る。深い緑色のドレスは、彼女の雪のような肌の白さを際立たせ、デコルテのラインは華奢でありながらも女性的な柔らかさを帯びていた。
その立ち姿は高貴な令嬢そのものだった。凛とした鉄の女の仮面の下に隠されていた、本来の美しさが完全に露呈している。
「…………」
シルヴィスは口元を手で覆い、視線を逸らした。耳が赤い。
「……悪くない」
「そうですか? 少し背中がスースーしますが」
「……ショールも追加だ。あと、そのドレスに合う髪飾りと靴も。全部包め」
「えっ、クローデル様、流石にそれは……」
店主が揉み手をして「ありがとうございますー!」と叫ぶ中、シルヴィスはエレナを直視できないまま早口で告げた。
「勘違いするな。俺のパートナーとして恥ずかしくない格好をさせるだけだ。……だが」
「だが?」
「……他の奴らに見せるのは、少し惜しいな」
最後の言葉は小声すぎて、エレナの耳には届かなかった。しかし、鏡に映る自分と、後ろに立つ主の姿を見て、エレナは自然と笑みがこぼれた。まるで、本物のご令嬢のようだと。
こうして準備は整った。北の塔の主従が、王宮の華やかな舞台へと乗り込む準備が。
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