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第十四話 舞踏会のダンスとガラスの靴の魔法
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王宮の大広間は、数千のキャンドルと宝石の煌めき、そしてオーケストラの調べに満ちていた。
その華やかな喧騒が一瞬、水を打ったように静まり返ったのは、大扉から二人が現れた瞬間だった。
「……宮廷魔術師団・団長、シルヴィス・クローデル伯爵。ならびに、ご同伴のエレナ嬢!」
アナウンスと共に現れた二人。クローデル侯爵家の嫡男として、儀礼的に伯爵の位を持つシルヴィス。だが、その身に纏う冷ややかな威厳は、単なる親の七光りではないことを雄弁に物語っていた。
漆黒の正装に身を包み、冷ややかな美貌を際立たせる。そしてその腕に手を添える、深い森の緑を纏った美女。
エレナの姿は、華美な装飾こそないものの、その凛とした立ち振る舞いと気品が、会場のどの令嬢よりも目を引いた。
「あれは誰だ?」
「どこのご令嬢だ?」
「いや、見たことがないぞ」
ざわめきが広がる中、二人は悠然とホールを進む。
エレナは表情こそ崩していないが、内心では心臓が早鐘を打っていた。
(転ばないように。背筋を伸ばして。……ああ、視線が痛いほど刺さります)
そんな彼女の緊張を察してか、シルヴィスがそっと腕を引き寄せ、耳元で囁いた。
「顔を上げろ。お前は今、この場にいる誰よりも美しい。堂々としていろ」
その言葉が、どんな魔術よりも強くエレナの背中を押した。
***
だが、穏やかな時間は長くは続かない。人垣を割って、扇子をバチバチと鳴らす小太りの令嬢が現れた。
「信じられませんわ! 神聖な舞踏会に、メイドを連れ込むなんて!」
彼女の声に、周囲の空気が凍る。
「メイド? 侍女ではなく?」
「まさか、ただのメイドが?」
囁き合う声がエレナの耳に刺さる。令嬢は勝ち誇ったようにエレナを指差した。
「身の程を弁えなさい! そのドレスも、どうせシルヴィス様にねだって買わせたものでしょう? 卑しい平民が!」
エレナが何か言おうと口を開くより早く、シルヴィスが一歩前に出た。その全身から、ビリビリと肌を刺すような魔力が溢れ出す。
「……卑しい、だと?」
低く、地を這うような声。シャンデリアがガタガタと揺れ、令嬢がひっ、と息を呑んで後ずさる。
「彼女には無理を言って来てもらったのだ。俺が信頼を置くたった一人の従者としてな。その価値は、宝石で着飾っただけのお前たちとは比べ物にならない」
シルヴィスは会場全体を冷ややかな瞳で見回した。
「彼女を侮辱する者は、俺への敵対とみなす。……覚悟のある者だけが口を開け」
完全なる沈黙。この国の最高戦力を敵に回す度胸のある者など、ここにはいなかった。
シルヴィスは再びエレナに向き直ると、その表情を一変させ、柔らかく手を差し出した。
「行こう、エレナ……」
***
ワルツの調べが流れ、ホールの中央で、シルヴィスとエレナが向き合う。
「……私、ダンスは基本のステップしか踏めませんよ」
「問題ない。俺に任せろ」
シルヴィスが指を鳴らした。
パァァァッ……!
エレナの足元から、光の粒子が舞い上がった。彼女が履いていたシンプルなパンプスが、魔力によってまるでガラスの靴のように透明な輝きを放ち始めたのだ。さらに、ドレスの裾がふわりと持ち上がり、重さを感じさせない。
「これは……浮遊魔術ですか?」
「いや、重量軽減と幻影付与の魔術だ。これなら雲の上を歩くように踊れるだろう?」
シルヴィスがリードする。エレナの体が、羽根のように軽く回る。ステップを踏むたびに、足元から氷の結晶のような光が花開き、二人の軌跡を描いていく。
それは息を呑むほど美しく、幻想的な光景だった。
「……夢のようです」
エレナが呟くと、シルヴィスは少し悪戯っぽく微笑んだ。
「夢じゃない。……俺が叶える現実だ」
回転に合わせて、二人の視線が絡み合う。
周囲の視線も、数多の令嬢から向けられる嫉妬も、もう何も気にならなかった。世界には今、この不器用で優しい主人と、自分しかいない。
「……ありがとうございます、シルヴィス様」
エレナは初めて、彼の名を呼んだ。
シルヴィスは一瞬目を見開いたが、すぐに満足げに目を細め、彼女の腰を抱く腕に力を込めた。
曲が終わるその瞬間まで、二人は誰よりも輝く主役であり続けた。それは、周囲の人々に「あの二人の間には誰も割り込めない」と痛感させるのに十分すぎる時間だった。
その華やかな喧騒が一瞬、水を打ったように静まり返ったのは、大扉から二人が現れた瞬間だった。
「……宮廷魔術師団・団長、シルヴィス・クローデル伯爵。ならびに、ご同伴のエレナ嬢!」
アナウンスと共に現れた二人。クローデル侯爵家の嫡男として、儀礼的に伯爵の位を持つシルヴィス。だが、その身に纏う冷ややかな威厳は、単なる親の七光りではないことを雄弁に物語っていた。
漆黒の正装に身を包み、冷ややかな美貌を際立たせる。そしてその腕に手を添える、深い森の緑を纏った美女。
エレナの姿は、華美な装飾こそないものの、その凛とした立ち振る舞いと気品が、会場のどの令嬢よりも目を引いた。
「あれは誰だ?」
「どこのご令嬢だ?」
「いや、見たことがないぞ」
ざわめきが広がる中、二人は悠然とホールを進む。
エレナは表情こそ崩していないが、内心では心臓が早鐘を打っていた。
(転ばないように。背筋を伸ばして。……ああ、視線が痛いほど刺さります)
そんな彼女の緊張を察してか、シルヴィスがそっと腕を引き寄せ、耳元で囁いた。
「顔を上げろ。お前は今、この場にいる誰よりも美しい。堂々としていろ」
その言葉が、どんな魔術よりも強くエレナの背中を押した。
***
だが、穏やかな時間は長くは続かない。人垣を割って、扇子をバチバチと鳴らす小太りの令嬢が現れた。
「信じられませんわ! 神聖な舞踏会に、メイドを連れ込むなんて!」
彼女の声に、周囲の空気が凍る。
「メイド? 侍女ではなく?」
「まさか、ただのメイドが?」
囁き合う声がエレナの耳に刺さる。令嬢は勝ち誇ったようにエレナを指差した。
「身の程を弁えなさい! そのドレスも、どうせシルヴィス様にねだって買わせたものでしょう? 卑しい平民が!」
エレナが何か言おうと口を開くより早く、シルヴィスが一歩前に出た。その全身から、ビリビリと肌を刺すような魔力が溢れ出す。
「……卑しい、だと?」
低く、地を這うような声。シャンデリアがガタガタと揺れ、令嬢がひっ、と息を呑んで後ずさる。
「彼女には無理を言って来てもらったのだ。俺が信頼を置くたった一人の従者としてな。その価値は、宝石で着飾っただけのお前たちとは比べ物にならない」
シルヴィスは会場全体を冷ややかな瞳で見回した。
「彼女を侮辱する者は、俺への敵対とみなす。……覚悟のある者だけが口を開け」
完全なる沈黙。この国の最高戦力を敵に回す度胸のある者など、ここにはいなかった。
シルヴィスは再びエレナに向き直ると、その表情を一変させ、柔らかく手を差し出した。
「行こう、エレナ……」
***
ワルツの調べが流れ、ホールの中央で、シルヴィスとエレナが向き合う。
「……私、ダンスは基本のステップしか踏めませんよ」
「問題ない。俺に任せろ」
シルヴィスが指を鳴らした。
パァァァッ……!
エレナの足元から、光の粒子が舞い上がった。彼女が履いていたシンプルなパンプスが、魔力によってまるでガラスの靴のように透明な輝きを放ち始めたのだ。さらに、ドレスの裾がふわりと持ち上がり、重さを感じさせない。
「これは……浮遊魔術ですか?」
「いや、重量軽減と幻影付与の魔術だ。これなら雲の上を歩くように踊れるだろう?」
シルヴィスがリードする。エレナの体が、羽根のように軽く回る。ステップを踏むたびに、足元から氷の結晶のような光が花開き、二人の軌跡を描いていく。
それは息を呑むほど美しく、幻想的な光景だった。
「……夢のようです」
エレナが呟くと、シルヴィスは少し悪戯っぽく微笑んだ。
「夢じゃない。……俺が叶える現実だ」
回転に合わせて、二人の視線が絡み合う。
周囲の視線も、数多の令嬢から向けられる嫉妬も、もう何も気にならなかった。世界には今、この不器用で優しい主人と、自分しかいない。
「……ありがとうございます、シルヴィス様」
エレナは初めて、彼の名を呼んだ。
シルヴィスは一瞬目を見開いたが、すぐに満足げに目を細め、彼女の腰を抱く腕に力を込めた。
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