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第十五話 舞踏会の余韻と深夜のホットミルク
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帰りの馬車の中は、心地よい沈黙に包まれていた。
会場の喧騒が遠ざかり、馬の蹄の音だけがリズムを刻んでいる。隣に座るシルヴィスは、腕組みをして目を閉じていた。人混みと慣れないエスコートで、魔力よりも精神力を使い果たしたようだ。
(……お疲れ様でした、シルヴィス様)
エレナは心の中でそっと呟き、彼が目覚めないよう、音を立てずに窓の外を流れる夜景を見つめた。
夢のような時間だった。魔術で輝く靴。宙を舞うようなダンス。そして、周囲を敵に回してまで自分を守ってくれた彼の言葉。胸の奥が温かく、同時に少しだけ締め付けられるような感覚があった。
***
北の塔に到着すると、シフォンが「キュウ!」と眠そうな声で出迎えてくれた。
その日常の光景に、エレナはほっと息をつく。重厚なドレスを脱ぎ、いつもの動きやすい恰好に着替えると、ようやくメイドのエレナに戻った気がした。
リビングへ行くと、シルヴィスがソファに深々と沈み込んでいた。上着を脱ぎ、ネクタイを緩めたその姿は、舞踏会での凛々しい伯爵様とは違う、年相応の青年のものだ。
「……何か、温かいものを淹れましょうか」
「ああ……頼む。胃に優しいものを」
エレナはキッチンへ向かった。
選んだのは『蜂蜜とシナモンのホットミルク』。小鍋で牛乳を沸騰直前まで温め、たっぷりの蜂蜜を溶かす。カップに注ぎ、仕上げにシナモンスティックを一本添える。甘い香りが、興奮して高ぶった神経を鎮めてくれるはずだ。
「どうぞ。少し熱いのでお気をつけて」
マグカップを受け取ったシルヴィスは、ふう、と息を吹きかけて一口飲んだ。強張っていた彼の表情が、みるみるうちに溶けていく。
「……生き返る。あの会場の空気は毒だ」
「ふふ、皆様クローデル様に夢中でしたものね」
「寒気がしただけだ」
シルヴィスは憎まれ口を叩きながらも、ホットミルクを愛おしそうに啜った。そして、カップを置いて、不意にエレナを見た。
「……おい」
「はい?」
「さっきの呼び方だ」
シルヴィスは視線を斜め下に逸らし、ボソリと言った。
「ダンスの時。俺の名前を呼んだだろう」
「あ……はい。失礼いたしました。つい雰囲気に流されて……」
「謝るな。……嫌ではなかった」
暖炉の火がパチリと爆ぜた。シルヴィスの耳が、また赤くなっている。
「二人の時は、それで呼べ。……これは命令だ」
「……」
エレナは少しだけ目を見開き、そして柔らかく微笑んだ。
「かしこまりました。……シルヴィス様」
名前を呼ばれた瞬間、シルヴィスは肩を震わせ、顔を膝に埋めた。
「……慣れるまで時間がかかりそうだ」
「ご命令なのにですか?」
「うるさい。もう寝る」
シルヴィスは逃げるように立ち上がり、寝室へと消えていった。
残されたエレナは、空になったマグカップを手に、胸の高鳴りを抑えるように服の上から心臓を押さえた。
(この胸の高鳴りは一体、何なのでしょう……)
会場の喧騒が遠ざかり、馬の蹄の音だけがリズムを刻んでいる。隣に座るシルヴィスは、腕組みをして目を閉じていた。人混みと慣れないエスコートで、魔力よりも精神力を使い果たしたようだ。
(……お疲れ様でした、シルヴィス様)
エレナは心の中でそっと呟き、彼が目覚めないよう、音を立てずに窓の外を流れる夜景を見つめた。
夢のような時間だった。魔術で輝く靴。宙を舞うようなダンス。そして、周囲を敵に回してまで自分を守ってくれた彼の言葉。胸の奥が温かく、同時に少しだけ締め付けられるような感覚があった。
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北の塔に到着すると、シフォンが「キュウ!」と眠そうな声で出迎えてくれた。
その日常の光景に、エレナはほっと息をつく。重厚なドレスを脱ぎ、いつもの動きやすい恰好に着替えると、ようやくメイドのエレナに戻った気がした。
リビングへ行くと、シルヴィスがソファに深々と沈み込んでいた。上着を脱ぎ、ネクタイを緩めたその姿は、舞踏会での凛々しい伯爵様とは違う、年相応の青年のものだ。
「……何か、温かいものを淹れましょうか」
「ああ……頼む。胃に優しいものを」
エレナはキッチンへ向かった。
選んだのは『蜂蜜とシナモンのホットミルク』。小鍋で牛乳を沸騰直前まで温め、たっぷりの蜂蜜を溶かす。カップに注ぎ、仕上げにシナモンスティックを一本添える。甘い香りが、興奮して高ぶった神経を鎮めてくれるはずだ。
「どうぞ。少し熱いのでお気をつけて」
マグカップを受け取ったシルヴィスは、ふう、と息を吹きかけて一口飲んだ。強張っていた彼の表情が、みるみるうちに溶けていく。
「……生き返る。あの会場の空気は毒だ」
「ふふ、皆様クローデル様に夢中でしたものね」
「寒気がしただけだ」
シルヴィスは憎まれ口を叩きながらも、ホットミルクを愛おしそうに啜った。そして、カップを置いて、不意にエレナを見た。
「……おい」
「はい?」
「さっきの呼び方だ」
シルヴィスは視線を斜め下に逸らし、ボソリと言った。
「ダンスの時。俺の名前を呼んだだろう」
「あ……はい。失礼いたしました。つい雰囲気に流されて……」
「謝るな。……嫌ではなかった」
暖炉の火がパチリと爆ぜた。シルヴィスの耳が、また赤くなっている。
「二人の時は、それで呼べ。……これは命令だ」
「……」
エレナは少しだけ目を見開き、そして柔らかく微笑んだ。
「かしこまりました。……シルヴィス様」
名前を呼ばれた瞬間、シルヴィスは肩を震わせ、顔を膝に埋めた。
「……慣れるまで時間がかかりそうだ」
「ご命令なのにですか?」
「うるさい。もう寝る」
シルヴィスは逃げるように立ち上がり、寝室へと消えていった。
残されたエレナは、空になったマグカップを手に、胸の高鳴りを抑えるように服の上から心臓を押さえた。
(この胸の高鳴りは一体、何なのでしょう……)
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