王宮の万能メイド、偏屈魔術師を餌付けする

葉山あおい

文字の大きさ
21 / 25

第十五話 舞踏会の余韻と深夜のホットミルク

しおりを挟む
 帰りの馬車の中は、心地よい沈黙に包まれていた。

 会場の喧騒が遠ざかり、馬のひづめの音だけがリズムを刻んでいる。隣に座るシルヴィスは、腕組みをして目を閉じていた。人混みと慣れないエスコートで、魔力よりも精神力を使い果たしたようだ。

(……お疲れ様でした、シルヴィス様)

 エレナは心の中でそっと呟き、彼が目覚めないよう、音を立てずに窓の外を流れる夜景を見つめた。

 夢のような時間だった。魔術で輝く靴。宙を舞うようなダンス。そして、周囲を敵に回してまで自分を守ってくれた彼の言葉。胸の奥が温かく、同時に少しだけ締め付けられるような感覚があった。

 ***

 北の塔に到着すると、シフォンが「キュウ!」と眠そうな声で出迎えてくれた。

 その日常の光景に、エレナはほっと息をつく。重厚なドレスを脱ぎ、いつもの動きやすい恰好に着替えると、ようやくメイドのエレナに戻った気がした。

 リビングへ行くと、シルヴィスがソファに深々と沈み込んでいた。上着を脱ぎ、ネクタイを緩めたその姿は、舞踏会での凛々しい伯爵様とは違う、年相応の青年のものだ。

「……何か、温かいものを淹れましょうか」

「ああ……頼む。胃に優しいものを」

 エレナはキッチンへ向かった。

 選んだのは『蜂蜜とシナモンのホットミルク』。小鍋で牛乳を沸騰直前まで温め、たっぷりの蜂蜜を溶かす。カップに注ぎ、仕上げにシナモンスティックを一本添える。甘い香りが、興奮して高ぶった神経を鎮めてくれるはずだ。

「どうぞ。少し熱いのでお気をつけて」

 マグカップを受け取ったシルヴィスは、ふう、と息を吹きかけて一口飲んだ。強張っていた彼の表情が、みるみるうちに溶けていく。

「……生き返る。あの会場の空気は毒だ」

「ふふ、皆様クローデル様に夢中でしたものね」

「寒気がしただけだ」

 シルヴィスは憎まれ口を叩きながらも、ホットミルクを愛おしそうに啜った。そして、カップを置いて、不意にエレナを見た。

「……おい」

「はい?」

「さっきの呼び方だ」

 シルヴィスは視線を斜め下に逸らし、ボソリと言った。

「ダンスの時。俺の名前を呼んだだろう」

「あ……はい。失礼いたしました。つい雰囲気に流されて……」

「謝るな。……嫌ではなかった」

 暖炉の火がパチリと爆ぜた。シルヴィスの耳が、また赤くなっている。

「二人の時は、それで呼べ。……これは命令だ」

「……」

 エレナは少しだけ目を見開き、そして柔らかく微笑んだ。

「かしこまりました。……シルヴィス様」

 名前を呼ばれた瞬間、シルヴィスは肩を震わせ、顔を膝に埋めた。

「……慣れるまで時間がかかりそうだ」

「ご命令なのにですか?」

「うるさい。もう寝る」

 シルヴィスは逃げるように立ち上がり、寝室へと消えていった。

 残されたエレナは、空になったマグカップを手に、胸の高鳴りを抑えるように服の上から心臓を押さえた。

(この胸の高鳴りは一体、何なのでしょう……)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

氷のメイドが辞職を伝えたらご主人様が何度も一緒にお出かけするようになりました

まさかの
恋愛
「結婚しようかと思います」 あまり表情に出ない氷のメイドとして噂されるサラサの一言が家族団欒としていた空気をぶち壊した。 ただそれは田舎に戻って結婚相手を探すというだけのことだった。 それに安心した伯爵の奥様が伯爵家の一人息子のオックスが成人するまでの一年間は残ってほしいという頼みを受け、いつものようにオックスのお世話をするサラサ。 するとどうしてかオックスは真面目に勉強を始め、社会勉強と評してサラサと一緒に何度もお出かけをするようになった。 好みの宝石を聞かれたり、ドレスを着せられたり、さらには何度も自分の好きな料理を食べさせてもらったりしながらも、あくまでも社会勉強と言い続けるオックス。 二人の甘酸っぱい日々と夫婦になるまでの物語。

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

裏庭係の私、いつの間にか偉い人に気に入られていたようです

ルーシャオ
恋愛
宮廷メイドのエイダは、先輩メイドに頼まれ王城裏庭を掃除した——のだが、それが悪かった。「一体全体何をしているのだ! お前はクビだ!」「すみません、すみません!」なんと貴重な薬草や香木があることを知らず、草むしりや剪定をしてしまったのだ。そこへ、薬師のデ・ヴァレスの取りなしのおかげで何とか「裏庭の管理人」として首が繋がった。そこからエイダは学び始め、薬草の知識を増やしていく。その真面目さを買われて、薬師のデ・ヴァレスを通じてリュドミラ王太后に面会することに。そして、お見合いを勧められるのである。一方で、エイダを嵌めた先輩メイドたちは——?

老け顔ですが?何かあります?

宵森みなと
恋愛
可愛くなりたくて、似合わないフリフリの服も着てみた。 でも、鏡に映った自分を見て、そっと諦めた。 ――私はきっと、“普通”じゃいられない。 5歳で10歳に見られ、結婚話は破談続き。 周囲からの心ない言葉に傷つきながらも、少女サラサは“自分の見た目に合う年齢で学園に入学する”という前代未聞の決意をする。 努力と覚悟の末、飛び級で入学したサラサが出会ったのは、年上の優しいクラスメートたちと、ちょっと不器用で真っ直ぐな“初めての気持ち”。 年齢差も、噂も、偏見も――ぜんぶ乗り越えて、この恋はきっと、本物になる。 これは、“老け顔”と笑われた少女が、ほんとうの恋と自分自身を見つけるまでの物語。

下賜されまして ~戦場の餓鬼と呼ばれた軍人との甘い日々~

星森
恋愛
王宮から突然嫁がされた18歳の少女・ソフィアは、冷たい風の吹く屋敷へと降り立つ。迎えたのは、無愛想で人嫌いな騎士爵グラッド・エルグレイム。金貨の袋を渡され「好きにしろ」と言われた彼女は、侍女も使用人もいない屋敷で孤独な生活を始める。 王宮での優雅な日々とは一転、自分の髪を切り、服を整え、料理を学びながら、ソフィアは少しずつ「夫人」としての自立を模索していく。だが、辻馬車での盗難事件や料理の失敗、そして過労による倒れ込みなど、試練は次々と彼女を襲う。 そんな中、無口なグラッドの態度にも少しずつ変化が現れ始める。謝罪とも言えない金貨の袋、静かな気遣い、そして彼女の倒れた姿に見せた焦り。距離のあった二人の間に、わずかな波紋が広がっていく。 これは、王宮の寵姫から孤独な夫人へと変わる少女が、自らの手で居場所を築いていく物語。冷たい屋敷に灯る、静かな希望の光。 ⚠️本作はAIとの共同製作です。

酒飲み聖女は気だるげな騎士団長に秘密を握られています〜完璧じゃなくても愛してるって正気ですか!?〜

鳥花風星
恋愛
太陽の光に当たって透けるような銀髪、紫水晶のような美しい瞳、均整の取れた体つき、女性なら誰もが羨むような見た目でうっとりするほどの完璧な聖女。この国の聖女は、清楚で見た目も中身も美しく、誰もが羨む存在でなければいけない。聖女リリアは、ずっとみんなの理想の「聖女様」でいることに専念してきた。 そんな完璧な聖女であるリリアには誰にも知られてはいけない秘密があった。その秘密は完璧に隠し通され、絶対に誰にも知られないはずだった。だが、そんなある日、騎士団長のセルにその秘密を知られてしまう。 秘密がばれてしまったら、完璧な聖女としての立場が危うく、国民もがっかりさせてしまう。秘密をばらさないようにとセルに懇願するリリアだが、セルは秘密をばらされたくなければ婚約してほしいと言ってきた。 一途な騎士団長といつの間にか逃げられなくなっていた聖女のラブストーリー。 ◇氷雨そら様主催「愛が重いヒーロー企画」参加作品です。

身代わり令嬢、恋した公爵に真実を伝えて去ろうとしたら、絡めとられる(ごめんなさぁぁぁぁい!あなたの本当の婚約者は、私の姉です)

柳葉うら
恋愛
(ごめんなさぁぁぁぁい!) 辺境伯令嬢のウィルマは心の中で土下座した。 結婚が嫌で家出した姉の身代わりをして、誰もが羨むような素敵な公爵様の婚約者として会ったのだが、公爵あまりにも良い人すぎて、申し訳なくて仕方がないのだ。 正直者で面食いな身代わり令嬢と、そんな令嬢のことが実は昔から好きだった策士なヒーローがドタバタとするお話です。 さくっと読んでいただけるかと思います。

行き遅れにされた女騎士団長はやんごとなきお方に愛される

めもぐあい
恋愛
「ババアは、早く辞めたらいいのにな。辞めれる要素がないから無理か? ギャハハ」  ーーおーい。しっかり本人に聞こえてますからねー。今度の遠征の時、覚えてろよ!!  テレーズ・リヴィエ、31歳。騎士団の第4師団長で、テイム担当の魔物の騎士。 『テレーズを陰日向になって守る会』なる組織を、他の師団長達が作っていたらしく、お陰で恋愛経験0。  新人訓練に潜入していた、王弟のマクシムに外堀を埋められ、いつの間にか女性騎士団の団長に祭り上げられ、マクシムとは公認の仲に。  アラサー女騎士が、いつの間にかやんごとなきお方に愛されている話。

処理中です...