52 / 74
転移
しおりを挟む
「――やれやれ。これだから、雑魚は困りますねぇ」
石畳を踏み鳴らす靴音。
路地の奥、暗闇からひとつの影が浮かび上がる。
歩み出てきたのは長身の男だった。
肩幅は広く、だが過剰に膨れ上がった筋肉ではない。
しなやかに研ぎ澄まされ、無駄のない動きのためだけに鍛えられた肉体。
その上に羽織った革鎧は、実用一点張りなのに、妙に品のある裁縫。
腰には紫の宝石がはめ込まれた短杖を吊るしている。
盗賊と貴族の中間といった印象。
下っ端の二人とは明らかに格が違う。
「どうも、部下がご迷惑をかけたようで」
鋭く細められた双眸が俺を射抜いた瞬間、心臓が強く跳ねた。
路地の空気が一段と重くなる。
「お、お頭……!」
「す、すんません! こいつが邪魔して……!」
下っ端二人が縋るように声を上げ、その呼び名に、俺の中で答えが確信に変わった。
こいつが噂になっていた盗賊団の首領のようだ。
まさか、ボス自らが迎えにくるとは。
こんなことなら、剣を置いてくるんじゃなかった。
「……アンタがこいつらの教育係か?」
「えぇ、まぁそんなところです」
「だったら、早く連れて帰れよ。先に憲兵に連絡しておいたし、もうそろそろ着く頃合いじゃないかな」
「おや、用意が良いですね。こういったことに巻き込まれるのが日常茶飯事なのですか?」
会話は成立しているが、目の前の男は、俺に全く興味を抱いていない。
それもそのはず、相手にする必要がないのだから。
一目見ただけでも、首領は俺より強いと分かる。
さすがにリゼットやラグナルには及ばないが、前に戦った不気味な男くらいの実力はありそうだ。
そうなると、二人の下っ端も厄介。
迂闊に手を出せば、その隙を狙われてしまう。
さらに、こちらには観光客というハンデもある。
(ここでやり合うのは……さすがに分が悪いな)
上手いこと退かなければ。
そう思い、木剣を構えて警戒していたが――首領は俺に目もくれず、真っ直ぐ下っ端の元へ歩み寄った。
「……怪我はしていませんね。これから仕事だというのに、何をしているんですか」
呆れたように告げながら、首領は短杖の先端を地面に突き立てる。
淡く、不気味な光が宝石からにじみ出し、地面に魔法陣が広がっていく。
細密で滑らかな線が、石と石の隙間を這うように編まれていく様は、まるで生き物のようだった。
(これは……魔術転移か!)
それなりの規模を持った異空間転移魔術。
おそらく部下を逃がすためのものだが、発動に大掛かりな詠唱や動作が必要ないあたり、事前に組み込まれた自動式か、よほど手馴れているか。
どちらにしても厄介だ。俺は反射的に半歩、後ずさる。
巻き込まれるのはまずい。
情報が何もないまま異空間に飛ばされれば、地の利もわからず、向こうの手のひらで転がされるだけになる。
一目散に退くのが最善。頭ではわかっている。だが――。
「っ……!」
転移陣の輝きが一段と強くなる中、石畳の端で尻もちをついていた男――観光客が、術式の中心にずるりと引き込まれそうになっていた。
足がもつれ、逃げることもできない。
眼を見開いて、何が起きているのか理解できないまま、ただ光の奔流に呑まれようとしている。
迷う暇はなかった。
俺は駆け出し、男の襟を掴んで思い切り引き戻す。
その拍子に、俺の足が、魔法陣の縁を踏み越えた。
(――遅かった)
空気が捻じれ、重力が上下左右に裏返る感覚。
手遅れだ。俺は逃げることができない。
徐々に身体がいうことを効かなくなる中、最後の力を振り絞って木剣を投げ、観光客に聞こえるように声を上げる。
「これを、声がデカい筋肉に――」
視界の隅が紫に染まり、光の線が縦横無尽に走る。
全ての感覚が急速に遮断されていき、聴力が失われる。
自分が声を発しているのか、それすらも分からない。
最後に視界に映ったのは、首領がこちらを一瞥し、ほんの僅かに眉を寄せる表情だった。
まるで、「想定外だ」とでも言いたげに。
足元が抜け落ち、全身が虚空に放り出される感覚。
次の瞬間、俺の身体は音もなく異空間へと沈んだ。
石畳を踏み鳴らす靴音。
路地の奥、暗闇からひとつの影が浮かび上がる。
歩み出てきたのは長身の男だった。
肩幅は広く、だが過剰に膨れ上がった筋肉ではない。
しなやかに研ぎ澄まされ、無駄のない動きのためだけに鍛えられた肉体。
その上に羽織った革鎧は、実用一点張りなのに、妙に品のある裁縫。
腰には紫の宝石がはめ込まれた短杖を吊るしている。
盗賊と貴族の中間といった印象。
下っ端の二人とは明らかに格が違う。
「どうも、部下がご迷惑をかけたようで」
鋭く細められた双眸が俺を射抜いた瞬間、心臓が強く跳ねた。
路地の空気が一段と重くなる。
「お、お頭……!」
「す、すんません! こいつが邪魔して……!」
下っ端二人が縋るように声を上げ、その呼び名に、俺の中で答えが確信に変わった。
こいつが噂になっていた盗賊団の首領のようだ。
まさか、ボス自らが迎えにくるとは。
こんなことなら、剣を置いてくるんじゃなかった。
「……アンタがこいつらの教育係か?」
「えぇ、まぁそんなところです」
「だったら、早く連れて帰れよ。先に憲兵に連絡しておいたし、もうそろそろ着く頃合いじゃないかな」
「おや、用意が良いですね。こういったことに巻き込まれるのが日常茶飯事なのですか?」
会話は成立しているが、目の前の男は、俺に全く興味を抱いていない。
それもそのはず、相手にする必要がないのだから。
一目見ただけでも、首領は俺より強いと分かる。
さすがにリゼットやラグナルには及ばないが、前に戦った不気味な男くらいの実力はありそうだ。
そうなると、二人の下っ端も厄介。
迂闊に手を出せば、その隙を狙われてしまう。
さらに、こちらには観光客というハンデもある。
(ここでやり合うのは……さすがに分が悪いな)
上手いこと退かなければ。
そう思い、木剣を構えて警戒していたが――首領は俺に目もくれず、真っ直ぐ下っ端の元へ歩み寄った。
「……怪我はしていませんね。これから仕事だというのに、何をしているんですか」
呆れたように告げながら、首領は短杖の先端を地面に突き立てる。
淡く、不気味な光が宝石からにじみ出し、地面に魔法陣が広がっていく。
細密で滑らかな線が、石と石の隙間を這うように編まれていく様は、まるで生き物のようだった。
(これは……魔術転移か!)
それなりの規模を持った異空間転移魔術。
おそらく部下を逃がすためのものだが、発動に大掛かりな詠唱や動作が必要ないあたり、事前に組み込まれた自動式か、よほど手馴れているか。
どちらにしても厄介だ。俺は反射的に半歩、後ずさる。
巻き込まれるのはまずい。
情報が何もないまま異空間に飛ばされれば、地の利もわからず、向こうの手のひらで転がされるだけになる。
一目散に退くのが最善。頭ではわかっている。だが――。
「っ……!」
転移陣の輝きが一段と強くなる中、石畳の端で尻もちをついていた男――観光客が、術式の中心にずるりと引き込まれそうになっていた。
足がもつれ、逃げることもできない。
眼を見開いて、何が起きているのか理解できないまま、ただ光の奔流に呑まれようとしている。
迷う暇はなかった。
俺は駆け出し、男の襟を掴んで思い切り引き戻す。
その拍子に、俺の足が、魔法陣の縁を踏み越えた。
(――遅かった)
空気が捻じれ、重力が上下左右に裏返る感覚。
手遅れだ。俺は逃げることができない。
徐々に身体がいうことを効かなくなる中、最後の力を振り絞って木剣を投げ、観光客に聞こえるように声を上げる。
「これを、声がデカい筋肉に――」
視界の隅が紫に染まり、光の線が縦横無尽に走る。
全ての感覚が急速に遮断されていき、聴力が失われる。
自分が声を発しているのか、それすらも分からない。
最後に視界に映ったのは、首領がこちらを一瞥し、ほんの僅かに眉を寄せる表情だった。
まるで、「想定外だ」とでも言いたげに。
足元が抜け落ち、全身が虚空に放り出される感覚。
次の瞬間、俺の身体は音もなく異空間へと沈んだ。
11
あなたにおすすめの小説
転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです
NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた
『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる
仙道
ファンタジー
気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。 この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。 俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。 オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。 腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。 俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。 こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。
12/23 HOT男性向け1位
詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~
Gaku
ファンタジー
「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」
病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。
気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた!
これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。
だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。
皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。
その結果、
うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。
慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。
「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。
僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに!
行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。
そんな僕が、ついに魔法学園へ入学!
当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート!
しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。
魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。
この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――!
勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる!
腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!
陰キャ幼馴染に振られた負けヒロインは俺がいる限り絶対に勝つ!
みずがめ
恋愛
★講談社ラノベ文庫新人賞佳作を受賞しました!
杉藤千夏はツンデレ少女である。
そんな彼女は誤解から好意を抱いていた幼馴染に軽蔑されてしまう。その場面を偶然目撃した佐野将隆は絶好のチャンスだと立ち上がった。
千夏に好意を寄せていた将隆だったが、彼女には生まれた頃から幼馴染の男子がいた。半ば諦めていたのに突然転がり込んできた好機。それを逃すことなく、将隆は千夏の弱った心に容赦なくつけ込んでいくのであった。
徐々に解されていく千夏の心。いつしか彼女は将隆なしではいられなくなっていく…。口うるさいツンデレ女子が優しい美少女幼馴染だと気づいても、今さらもう遅い!
※他サイトにも投稿しています。
※表紙絵イラストはおしつじさん、ロゴはあっきコタロウさんに作っていただきました。
Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!
仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。
しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。
そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。
一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった!
これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!
異世界帰りのハーレム王
ぬんまる兄貴
ファンタジー
俺、飯田雷丸。どこにでもいる普通の高校生……だったはずが、気づいたら異世界に召喚されて魔王を倒してた。すごいだろ?いや、自分でもびっくりしてる。異世界で魔王討伐なんて人生のピークじゃねぇか?でも、そのピークのまま現実世界に帰ってきたわけだ。
で、戻ってきたら、日常生活が平和に戻ると思うだろ?甘かったねぇ。何か知らんけど、妖怪とか悪魔とか幽霊とか、そんなのが普通に見えるようになっちまったんだよ!なんだこれ、チート能力の延長線上か?それとも人生ハードモードのお知らせか?
異世界で魔王を倒した俺が、今度は地球で恋と戦いとボールを転がす!最高にアツいハーレムバトル、開幕!
異世界帰りのハーレム王
朝7:00/夜21:00に各サイトで毎日更新中!
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
距離を置きたい女子たちを助けてしまった結果、正体バレして迫られる
歩く魚
恋愛
かつて、命を懸けて誰かを助けた日があった。
だがその記憶は、頭を打った衝撃とともに、綺麗さっぱり失われていた。
それは気にしてない。俺は深入りする気はない。
人間は好きだ。けれど、近づきすぎると嫌いになる。
だがそんな俺に、思いもよらぬ刺客が現れる。
――あの日、俺が助けたのは、できれば関わりたくなかった――距離を置きたい女子たちだったらしい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる