趣味で人助けをしていたギルマス、気付いたら愛の重い最強メンバーに囲まれていた

歩く魚

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疑問

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「――そして、目が覚めたらここにいました。……俺がしっかりしていれば魔物を、男を倒せたのに。イーリスを危険に晒さなかったのに……」

 レオンは拳を握り、歯を食いしばりながらそう言った。
 教会の長椅子に腰かけ、負傷した身体を気遣うことなく前屈みになっている。
 横にはイーリスが座っていたが、兄の言葉を止めようとしない。
 ただ、その手は、そっとレオンの袖を握りしめていた。

「でも、君が折れなかったからこそ、イーリスさんが生きてるんだよ」
「ありがとう……ございます」
 
 レオンの肩が微かに震えた。

「それに、その魔物の弱点が光だっていうこともわかった」
「物理攻撃が効きにくいっていうのもね」

 俺の言葉にセラが続ける。
 特に、物理攻撃が効かないという情報は大きなアドバンテージになるだろう。
 こちらとしては、相手に攻撃が当たる前提で動き、力を入れるわけだ。
 その剣が空を切ってしまうなら、精神的にも肉体的にも虚を突かれ、致命的な隙を晒してしまう。
 初見殺しのようなものだ。種は分からないが、死の危険を一つ遠ざけられたと言っていい。

「……周りの村を滅ぼす、とも言っていましたね」

 ラグナルと視線を交わす。冷静な目に、確かな怒りの色が宿っている。

「近くにも村が?」
「はい。ここから北の方に、ワサラビっていう小さな村があります」

 イーリスが答えた。かすれた声だったが、はっきりとした響きを持っていた。

「森と山に挟まれてて……外からの道が限られてるんです。人も少なくて、王都からも離れてて……もし、あの男がそこに現れたら……」

 言葉を繋ぐのが辛そうだった。

「危ないな」

 俺は即答する。
 すぐにリゼットが地図を広げ、小さな赤い印をつけた。
 これまでの記録と照らし合わせながら、無言で村の位置を確認する。

「行こう。時間が経てば経つほど、被害が出るかもしれない」

 立ち上がった俺に、レオンもイーリスも同時に動こうとした。

「俺も行きます。あの化け物がまた現れるなら――」
「私も――」
「ダメだ」

 俺ははっきりと告げた。

「……まだ、二人は動ける状態じゃない。さっきまで死にかけてた人間が、すぐに走り出そうとしても足手纏いになるだけだ」

 レオンは悔しそうに唇を噛む。

「わかってます。でも……」
「気持ちはありがたい。でも、今は回復に専念してくれ」
「……わかりました」
 
 俺たちは頷き合うと、武具の確認を終え、教会をあとにした。
 次の目的地はワサラビ村だ。

 エンベル村を出て、俺たちは北へ向かった。
 ワサラビ――地図上では森と山に囲まれた小さな集落で、馬車の通れない細い山道を抜ける必要がある。
 正規の道は崖の崩落で塞がれていたが、近くに村人が使っていそうな獣道を発見して、それを利用することにした。
 そして、ワサラビ村の入り口に辿り着いた時――全員の足が、同時に止まった。

「……うそ」

 セラの声が震える。
 目の前にあるべき村が――無かった。
 いや、形はある。けれど、それは残骸だ。
 燃え尽きた民家の骨組み。地面に這うようにして延びる焦げ跡。
 村の中央を走っていたはずの小川には灰が降り積もり、ぬかるんだ泥の中に、靴の切れ端が埋まっていた。

「これを……一晩で……?」

 信じられなかった。
 ワサラビ村は完全に沈黙していた。
 生き物の気配がない。鳥の声も、虫の羽音も――人も。

「……死体があります」

 リゼットの声に振り返ると、彼女が村の広場跡を指していた。
 焼け焦げた地面の先、黒ずんだ人影がいくつも転がっている。
 顔もわからない。年齢や性別すら。燃やされ、裂かれ、奪われていた。
 ラグナルが拳を握りしめていた。
 ただ深く息を吐いて、視線を地に落としていた。
 俺たちは、静かに村の中を歩いた。
 踏み込むたびに、焦げた瓦礫が足元で崩れる。
 家の壁には手形のような黒い染みがあり、森の出口には、爪で裂かれたと思しき大きな痕が残っていた。

「……間に合わなかったんだな」

 その言葉は、誰に向けたわけでもない。
 けれど、全員がそれを認めるように、沈黙した。
 それでも――。

「なにか、残ってないかな」

 俺は呟く。リゼットが頷いた。

「目撃者がいないか、あるいは痕跡だけでも……何かがわかるかもしれません」
「マスター、私、あっちの建物見てくる」
「頼む」

 セラが駆け出し、俺たちは広場を中心に、手分けして探索を始めた。
 焼けた地面に残された足跡、倒れたままの鍋、逃げた形跡、叫びの途中で止まった足跡。
 村人たちが最後まで、必死に生きようとしたことだけは伝わってくる。
 だが、俺の中には、ずっと同じ問いがあった。

(……死体の数が合わない)

 あの男は言っていた。「君たちを殺すのは最後にする」と。
  ――だが、男の目的は殺戮ではない。
 俺は足を止め、今一度、村全体を見渡した。
 焦げた屋根、崩れた壁。死体と灰に埋もれた村。
 けれど、何かが引っかかる。確かに恐ろしい光景だが、違和感があった。
 この規模の村なら、もっと多くの人間がいたはずだ。
 家の数、敷地の広さ。村の作りからして、十人やそこらではない。三十、いや、四十以上はいただろう。
 だが、俺たちが見つけた遺体は、二十にも満たない。

「……逃げ延びた可能性は?」

 口に出してみたが、それもおかしい。
 この村には、外に続く道が少ない。
 さっき通った山道すら、地形の関係で迂回を強いられたほどだ。
 追っ手から逃げるには難易度が高すぎる。
 それに、俺たちが村に来るまでに、誰かとすれ違ったわけでもない。
 どこにも逃げた形跡がない。
 リゼットが傍らで、呟くように言った。

「……人の焼死体というより、動物の骨にも近い形をしているものが多いですね」
「どういう意味だ?」

 リゼットは一瞬だけ言葉を選ぶように黙り――そして、静かに口を開いた。

「つまり……喰われた、と見るのが妥当かと」
「魔物に人を……喰わせている」
 
 シンプルすぎる答えだった。
 レオンの話を思い出してみる。
 魔物がレオンとイーリスの前に現れた時、急所を外すように攻撃していた。
 殺すのではなく、傷つける。
 逃げられないように、動けなくなるように。
 そして、最後には喰らう。

「……育ててるんだ」

 喰わせることで魔物が育つ。
 だからこそ、手間をかけているのだ。
 しかし、どうして兄妹を最後に回したんだ?
 反撃を喰らったとはいえ、あの場で二人を殺すことは容易いはず。
 この言葉にだけは……魔物の使役者の意思を感じる。効率などを排除して、自分が愉しむことが目的。
 他人を蔑むような、極めて不快な思考を。

「リゼット。この近くに、他に村はなかったよな?」
「ありません」
「……急いでエンベル村に戻ろう」

 リゼットが即座に荷をまとめ、それを察した二人も戻ってきた。
 燃え焦げた村には、もう誰もいない。
 その静けさを胸に刻み、俺たちは踵を返した。



 
 
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