堅物辺境伯の溺愛〜虐げられた王宮奴隷は逃げ出した先で愛を知る〜

咲木乃律

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第三章

晩餐会の余興

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 コルネリアの後ろ姿を見送ったあと、エメレンスの姿を探してユリウスはテラスへと視線を転じた。
 テラスに、エメレンスの姿はなかった。一緒に話していたスメーツ侯爵の姿もない。ユリウスはホールを見渡した。こちらにも姿がない。もしやこうしている間にルカを連れて帰ったのか。
 急いでホールを出、二階へ通じる階段をのぼった。さきほどは扉の前に陣取っていたジオの姿もない。ユリウスはノックをしてエメレンスの控えの間を開いた。誰もいない。やはり一足遅かったのか。
 そう思い、取って返そうとしたユリウスの目に、黒い布がうつった。拾い上げてみると、ルカの被っていた黒のフードだった。

 フードを被らずに帰ったのか? まさか。

 嫌な予感に部屋を出ると、ちょうど廊下の向こうから慌てた様子のエメレンスが駆けてきた。エメレンスはユリウスの姿を見つけ、奴にしては珍しいほど息せき切ってユリウスに近づくと、ユリウスの肩をがばりと鷲掴みにした。

「ルカが、……スメーツ侯爵に連れて行かれた」

「なんだと?」

 ユリウスは逆にがばりとエメレンスの肩をつかんだ。
 スメーツ侯爵といえば、さきほどエレメンスがテラスで話していた男だ。黄みがかった茶色の髪と瞳をした壮年の男で、オーラフ宰相に近しい人物でもある。最悪の事態を想定したユリウスだったが、エメレンスは「違う!」と首を振る。

「あいつ、私が連れていたルカを見て気に入ったらしい。さっきテラスで余興にルカを抱かせてくれと頼まれていたんだ。おい、睨むな。もちろん断った」

 晩餐会の余興で、連れてきた希少種を交換して愉しむのは常態化していることだ。当然持ち主の意向を無視して行われるものではないが、そこには爵位や力関係で断りきれないこともある。

「はっきり断ったんだろうな」

 エメレンスの立場なら、よほどの相手でない限り強気に出られる。

「当たり前だ。断ったさ。だがな、あっさり引き下がった割に妙に話を長引かせると思ったら、その間に別の奴がルカを部屋から連れ出した」

「ジオはどうした」

 部屋の前にはジオがいたはずだ。エメレンスに言い含められているだろうジオが、ルカを渡すとは思えない。

「ジオは一発殴られてバタンだ。今は他の者に見てもらっている」

 ジオは腕がたったはずだ。それを一発で伸したとすれば相手も相当強い。

「今、スメーツ侯爵の控えの間を見てきたんだがいなかった。これからあいつの悪友の部屋を見に行くところだ。お前も来てくれ」

「言われずとも行くに決まっている」

「こっちだ」

 ユリウスはエメレンスの後について走り出した。
 走りながらユリウスは、中央にいた頃に漏れ聞いたスメーツ侯爵に関する話を思い出していた。
 中央貴族の希少種の所有数は、たいてい一人か二人だ。多くとも五人ほどだが、スメーツ侯爵はうわさによると十数人所有しているらしい。とにかく希少種好きで、夜毎希少種と遊んでいるとか。彼が主催する夜会は、必ず希少種同伴で、最後は乱交パーティーだと、夜会に出席した者は笑っていた。
 そんな男のもとにルカが連れ去られるとは。
 「あの部屋だ」とエメレンスが指差す部屋の扉へ、ユリウスは蹴破るようにして突進した。









***









 ユリウスがそろそろ行かなければと部屋を出てから、ルカは寝椅子に腰掛けてうとうと舟を漕いでいた。昨夜はもやもやしてほとんど眠れなかった。それが、ユリウスに抱きしめられ、不安を取り除かれ安心すると、急に眠気が襲ってきた。
 こくり、こくりと寝椅子の背にもたれかかって、気持ちのいい惰眠を貪っていた。すると突然、部屋の外で「お待ちを!」と言う鋭いジオの声が聞こえた。眠りを妨げられたルカの耳に、次いでバキッと何かが扉にぶつかる音。どうしたのだろう。何かあったのかと一気に不安に襲われる中、ドアノブを回して入ってきたのは、ジオでもエメレンスでもユリウスでもなかった。

「……誰?」

 まさかライニール王の手の者かと身構えたルカだが、服装がルカと同じ黒い服だ。ただ、ルカの着るワンピースとは違い、レースで腰だけでなく足首も縛り、ズボンのようになったものだ。被っていたフードをとると、黒髪黒目の希少種だった。どちらかというと希少種には華奢な者が多いが、ずいぶんと体格がいい。

「おいで。こっちだ」

 低い声。体格からしても男の希少種なのだろう。寝椅子に座るルカの腕をぐいっと引いてくる。ルカは体勢を崩し、その拍子に被っていたフードが床に落ちた。

「あっ、」

 ルカは声を上げ、フードを拾おうとしたが、男の希少種はそのままルカの腕を引くとひょいっと肩にルカを担ぎ上げた。

「え? なに?」

 一体何が起こっているのだろうか。
 訳のわからぬままに肩に担ぎ上げられ、ルカは男の背を思いっきり叩いた。

「おろして! おろしてよ!」

「しっ、静かに」

 そう言われて、大人しく静かになんかするわけがない。どこに連れて行かれるかもわからないのだ。ルカは男の背に噛み付いて、髪の毛を引っ張った。

「放して! おろして!」

 思わぬ抵抗だったのかもしれない。男の希少種は舌打ちすると一旦ルカを寝椅子に戻した。乱暴に置かれ、一瞬息が詰まる。男はルカのワンピースの腰紐を取ると、ルカの口に巻き付けた。

「んんんっ! んん!」

 ルカの上げた抗議の声は、口に巻かれた腰紐でくぐもった声にしかならなかった。男の希少種は自分の被っていたフードを脱ぐと頭からルカに被せた。大きなフードはルカをすっぽり覆い隠し、目の前が真っ暗になる。

「んん~! ん、んんっ!」

 それでも怯むことなくルカは声をあげ続け、やみくもに手足を振り回した。

「大人しくしてくれ。手荒なことはしたくない」

「んんんっ!」

「ったく。時間がない。悪く思うなよ」

 その言葉とともに、お腹に強い衝撃があった。こぶしが食い込む感覚に、ルカはうっと呻いたが、巻かれた布のせいで、んっとしか音にならない。痛くてたまらない。
 ルカはお腹をおさえて床にうずくまった。
 そのルカを、男は再び肩に担ぎ上げる。殴られたお腹に男の肩が食い込み、ルカはあまりの痛みに男の背に爪を立てた。
 声も出せないルカを、男は担いだまま移動を始める。痛みにとびそうになる意識を、ルカは必死になって保った。
 
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