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第四章
満足したのかどうかとコーバスの決断
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「ねぇユリウス」
王宮騎士団の話で不安そうになったルカをしばらく抱きしめていると、やがて安心したのか。ルカがユリウスの胸から顔を上げた。
「昨日は満足できた?」
心配そうに聞いてくる。ベッドを抜け出す前はそんなこと気にしている様子はなかった。ディック達のところに行っていたと言うし、これはまた何か余計なことを言われたなとピンときた。いらぬ誤解を生む前に、ユリウスは即座に答えた。
「当たり前だ。むしろ自分の欲のためにルカに無理をさせたと思っているくらいだ」
今日一日ベッドでルカが過ごす羽目になったのがそのいい証拠だ。月のものがはじまったのも、昨夜のことが関係しているはずだ。
ルカの細い体がユリウスの大きな体躯の欲を受け止めたのだ。かなりの負担だったろう。
それで満足できなかったなど、どうしてそんなことを思えるだろう。
「むしろ、満足すぎるくらい満足だぞ」
そう言ってルカの髪を撫でてやる。ルカはそれを聞いて幾分か安心したように息をついた。
「だったらいいんだけど」
「またディックに何か言われたんだろう。何を聞いた?」
「あのね―――」
ルカはディックに、ユリウスは満足していないはずだと言われたことを話した。
「あいつ、」
ユリウスは今すぐにディックの部屋へ行き、余計なことを言うなと怒鳴りつけてやりたい気分だったが、代わりにルカの誤解を解くことに努めた。
回数は問題ないこと、ルカと触れ合えることが何よりの満足を生むことを、ルカにこんこんと言って聞かせた。
「ルカもそう思ってくれていると思ったんだが。俺の勘違いか?」
「ううん。わたしもユリウスと一緒にいられればそれでいい」
「俺も同じだ。だから余計なことは考えるなよ。最高にいい夜だったよ」
ルカは照れくさそうに笑い、真剣な目をする。
「また、ユリウスのセーエキ出したい」
「あのな、ルカ。そういう時は俺としたいと言うんだ」
「そうなの? じゃあ、またユリウスとしたい。だめ?」
「ルカがいいならいくらでも。まぁしばらくは月のものが終わるまでお預けだがな」
ノルデンからも月のものがある間は、初めてのことでもあるしやめておいたほうがいいと言われた。
ルカの体が一番大切だ。無論、ユリウスもそのつもりだった。体への負担を思えば、しばらく間をあけるべきだとも思っていたところだ。
ルカを見ると、ルカのまぶたが閉じかかっている。
安心しきって全てをユリウスに預け、眠りに落ちようとするルカは、とてつもなくかわいい。
ユリウスはルカにしっかりと掛布を被せ、抱きしめた。
***
妹のエミーがユリウス・ベイエルのことを好きなことを、コーバスは知っていた。エミーを見ていればわかる。ずっと気にかけて妹のことを見てきたコーバスだ。気づかないわけがない。
でも、エミーとユリウスとでは年が十ほども離れている。自分と同じ年のユリウスにエミーを嫁がせる気にはなれなかった。
もちろん、ユリウスは優秀な男だ。フルン家は代々モント領主に仕えてきた家だが、先代のモント領主に仕えていたコーバスの父から見ても、出来が全く違うと言わしめるほどの男だ。ユリウスが十年前、父の失脚でモント領主として赴任してきてから、コーバスはユリウスの側で執務を支え続けてきた。
赴任して半年経った頃、手薄だった国境線警備の強化のため、私設のモント騎士団を立ち上げるとユリウスが言い出した。その取りまとめ役として誰がいいかと聞かれ、コーバスは自分が手をあげた。モント騎士団が今後この領地にとって重要な役回りとなることが分かったし、その騎士団長には、ユリウスの腹心といって差し支えない自分が適任であるとの自負もあった。
日々国境線の警備にあたっていると、隣国ルーキングが油断ならない相手であることがすぐにわかった。よくぞ今まで呑気におざなりな監視だけで済ませていたなと、コーバスは当事者だったに関わらず呆れた。
それまでももちろん、ルーキングは雪が溶ける頃を狙って国境線を脅かしてくることはあった。その度、歴代のモント領主は人をかき集め、これを撤退させるということを繰り返してきた。ルーキング側は、毎年のように兵を送ってくるが、徹底的に侵攻しようとの意思はないものと思われる。小さな国であるルーキングが、大国バッケル王国に飲み込まれぬよう、牽制しているだけだ。
だからといって、少しでも隙をみせればどうなるかはわからない。平和ボケしたバッケル王国の中央貴族達が、どの程度危険性を把握しているかも疑わしい。
ユリウスが、モント騎士団を編成したことで、国境線の警備は劇的に改善した。常に隣国へ目を光らせることで、ユリウスがモント領に赴任してきて以来、大きな混乱は起こっていない。
そう、ユリウスが優秀な男であることは間違いない。もともと王都にいただけあって、所作や立ち居振る舞いも、そこら辺の田舎貴族とは明らかに違う。エミーが惹かれるのもわからないではない。
でも、ユリウスが優秀であればあるほど、また危険も孕んでいるとコーバスは思う。
ユリウスの父が、オーラフ宰相とやりあって敗北したことは、こんな辺境の田舎でも誰もが知っている。
都落ちしてきた負け犬。
ユリウスがモント領館で執務をとるようになったはじめの頃、周囲の目は冷たかった。負け犬は、さぞ凡庸な人間で、時流に乗れない愚か者に違いない。実際争って負けたのはユリウスの父だが、世間から見れば父も息子も一体だ。コーバスだって、はじめはユリウスのすることに目を光らせていた。
そんな周囲の目が変わるのは早かった。
同時に、これほど優秀だったからこそ、オーラフ宰相に目をつけられ、都落ちさせられたのだろうとわかった。凡庸な人間なら、側においていても害はない。自分をも凌駕するほどだったから、蹴落とされた。
この十年、都落ちしたユリウスは、表立ってオーラフ宰相と対立していない。毎年の王都参内もそつなくこなしている。
でもな。とコーバスには心配なこともある。
今は表面上は上手くいっているが、ユリウスの評判が上がれば上がるほど、また目をつけられるのではないか。
なんだかんだと難癖をつけて、また領地替えなどということも起こり得ない話ではない。
だからこそだ。ユリウスには申し訳ないが、そんな不安定な立場にいるユリウスに、エミーをやるわけにはいかない。いくらエミーが望んでもだ。
コーバスは、エミーの気持ちに気づかないふりをして、エミーに年の近い若者を探した。本来ならコーバスの父が手を尽くすところだが、エミーは遅くにできた子だ。父はすでに高齢で、精力的に婿探しをする元気はない。
父に代わって婿探しをするコーバスに、エミーは何も言わない。ユリウスがいいなどと、内気なエミーから口にすることもない。それがわかっていて、わざとユリウスを避けるようにして婿探しをしているのだから、我ながら残酷なことをしているという自覚もある。
そんな時にユリウスが希少種を拾った。
王宮騎士団に追われている希少種を匿うなど、正気の沙汰とも思えなかったが、ユリウスは平然と王宮騎士団を敵に回した。
あの堅物のユリウスが、そうすると決めたことを覆せるわけがない。
ユリウスはモント領にとって必要な男だ。コーバスに告げ口する気は毛頭ない。好きにすればいい。
その堅物ユリウスが、拾った希少種に惹かれはじめたのはすぐだった。いくらなんでも希少種が相手ではと思ったが、本人はいたって真剣な様子。それならそれで構わない。はじめから眼中にはなかったろうが、ユリウスの目がエミーに向けられるよりはましだ。
その希少種を、どういう手を使ったのか。
ユリウスは王都で買い上げた事実を作り上げ、堂々と連れ帰ってきた。初めてユリウスの屋敷で見た希少種は、想像していた以上にきれいな女だった。
もっとがさつなのかと思ったら、ちゃんと挨拶もできる。ユリウスの隣にちょこんと腰掛ける姿はなんともいじらしくてかわいらしい。
ユリウスが惹かれたのもわかる気がした。挨拶が終わり、ユリウスに何事か耳打ちする姿も思わず目で追っていた。
隣のエミーをちらりと盗み見ると真っ青な顔だ。相当ショックを受けたことだろう。これでエミーがユリウスのことを吹っ切ってくれればいい。
青い顔をして退出を申し出たエミーを一人にさせるのは不安だったが、構いすぎだと言われればその通りだ。ひとまずは引き下がった。エミーの悲鳴が聞こえたのはそのすぐあとだ。
コーバスはすぐさま駆けつけた。戸惑ったように立ち尽くす希少種と、尻もちをついたエミーがいて、コーバスは希少種がエミーを突き飛ばしたのかと思った。
見かけはいいが、やっぱり奴隷だ。どんな理由があったか知らないが許せん。そしてあろうことか謝りもせず、コーバスの脇をすり抜けようとするので腕をつかんでやった。
それほど力をこめたつもりはなかったが、痛かったのか、後ろめたかったのか。腕をつかまれ、希少種はやたらと怯えていた。
そして当然のように希少種をかばったユリウスを、エミーは絶望的な顔で見上げていた。
これで完全にエミーはユリウスのことを諦めるのではないか。事の真相はさておき、そんな打算も働いた。コーバスはあの時、エミーの縁談をすすめる決断をした。
王宮騎士団の話で不安そうになったルカをしばらく抱きしめていると、やがて安心したのか。ルカがユリウスの胸から顔を上げた。
「昨日は満足できた?」
心配そうに聞いてくる。ベッドを抜け出す前はそんなこと気にしている様子はなかった。ディック達のところに行っていたと言うし、これはまた何か余計なことを言われたなとピンときた。いらぬ誤解を生む前に、ユリウスは即座に答えた。
「当たり前だ。むしろ自分の欲のためにルカに無理をさせたと思っているくらいだ」
今日一日ベッドでルカが過ごす羽目になったのがそのいい証拠だ。月のものがはじまったのも、昨夜のことが関係しているはずだ。
ルカの細い体がユリウスの大きな体躯の欲を受け止めたのだ。かなりの負担だったろう。
それで満足できなかったなど、どうしてそんなことを思えるだろう。
「むしろ、満足すぎるくらい満足だぞ」
そう言ってルカの髪を撫でてやる。ルカはそれを聞いて幾分か安心したように息をついた。
「だったらいいんだけど」
「またディックに何か言われたんだろう。何を聞いた?」
「あのね―――」
ルカはディックに、ユリウスは満足していないはずだと言われたことを話した。
「あいつ、」
ユリウスは今すぐにディックの部屋へ行き、余計なことを言うなと怒鳴りつけてやりたい気分だったが、代わりにルカの誤解を解くことに努めた。
回数は問題ないこと、ルカと触れ合えることが何よりの満足を生むことを、ルカにこんこんと言って聞かせた。
「ルカもそう思ってくれていると思ったんだが。俺の勘違いか?」
「ううん。わたしもユリウスと一緒にいられればそれでいい」
「俺も同じだ。だから余計なことは考えるなよ。最高にいい夜だったよ」
ルカは照れくさそうに笑い、真剣な目をする。
「また、ユリウスのセーエキ出したい」
「あのな、ルカ。そういう時は俺としたいと言うんだ」
「そうなの? じゃあ、またユリウスとしたい。だめ?」
「ルカがいいならいくらでも。まぁしばらくは月のものが終わるまでお預けだがな」
ノルデンからも月のものがある間は、初めてのことでもあるしやめておいたほうがいいと言われた。
ルカの体が一番大切だ。無論、ユリウスもそのつもりだった。体への負担を思えば、しばらく間をあけるべきだとも思っていたところだ。
ルカを見ると、ルカのまぶたが閉じかかっている。
安心しきって全てをユリウスに預け、眠りに落ちようとするルカは、とてつもなくかわいい。
ユリウスはルカにしっかりと掛布を被せ、抱きしめた。
***
妹のエミーがユリウス・ベイエルのことを好きなことを、コーバスは知っていた。エミーを見ていればわかる。ずっと気にかけて妹のことを見てきたコーバスだ。気づかないわけがない。
でも、エミーとユリウスとでは年が十ほども離れている。自分と同じ年のユリウスにエミーを嫁がせる気にはなれなかった。
もちろん、ユリウスは優秀な男だ。フルン家は代々モント領主に仕えてきた家だが、先代のモント領主に仕えていたコーバスの父から見ても、出来が全く違うと言わしめるほどの男だ。ユリウスが十年前、父の失脚でモント領主として赴任してきてから、コーバスはユリウスの側で執務を支え続けてきた。
赴任して半年経った頃、手薄だった国境線警備の強化のため、私設のモント騎士団を立ち上げるとユリウスが言い出した。その取りまとめ役として誰がいいかと聞かれ、コーバスは自分が手をあげた。モント騎士団が今後この領地にとって重要な役回りとなることが分かったし、その騎士団長には、ユリウスの腹心といって差し支えない自分が適任であるとの自負もあった。
日々国境線の警備にあたっていると、隣国ルーキングが油断ならない相手であることがすぐにわかった。よくぞ今まで呑気におざなりな監視だけで済ませていたなと、コーバスは当事者だったに関わらず呆れた。
それまでももちろん、ルーキングは雪が溶ける頃を狙って国境線を脅かしてくることはあった。その度、歴代のモント領主は人をかき集め、これを撤退させるということを繰り返してきた。ルーキング側は、毎年のように兵を送ってくるが、徹底的に侵攻しようとの意思はないものと思われる。小さな国であるルーキングが、大国バッケル王国に飲み込まれぬよう、牽制しているだけだ。
だからといって、少しでも隙をみせればどうなるかはわからない。平和ボケしたバッケル王国の中央貴族達が、どの程度危険性を把握しているかも疑わしい。
ユリウスが、モント騎士団を編成したことで、国境線の警備は劇的に改善した。常に隣国へ目を光らせることで、ユリウスがモント領に赴任してきて以来、大きな混乱は起こっていない。
そう、ユリウスが優秀な男であることは間違いない。もともと王都にいただけあって、所作や立ち居振る舞いも、そこら辺の田舎貴族とは明らかに違う。エミーが惹かれるのもわからないではない。
でも、ユリウスが優秀であればあるほど、また危険も孕んでいるとコーバスは思う。
ユリウスの父が、オーラフ宰相とやりあって敗北したことは、こんな辺境の田舎でも誰もが知っている。
都落ちしてきた負け犬。
ユリウスがモント領館で執務をとるようになったはじめの頃、周囲の目は冷たかった。負け犬は、さぞ凡庸な人間で、時流に乗れない愚か者に違いない。実際争って負けたのはユリウスの父だが、世間から見れば父も息子も一体だ。コーバスだって、はじめはユリウスのすることに目を光らせていた。
そんな周囲の目が変わるのは早かった。
同時に、これほど優秀だったからこそ、オーラフ宰相に目をつけられ、都落ちさせられたのだろうとわかった。凡庸な人間なら、側においていても害はない。自分をも凌駕するほどだったから、蹴落とされた。
この十年、都落ちしたユリウスは、表立ってオーラフ宰相と対立していない。毎年の王都参内もそつなくこなしている。
でもな。とコーバスには心配なこともある。
今は表面上は上手くいっているが、ユリウスの評判が上がれば上がるほど、また目をつけられるのではないか。
なんだかんだと難癖をつけて、また領地替えなどということも起こり得ない話ではない。
だからこそだ。ユリウスには申し訳ないが、そんな不安定な立場にいるユリウスに、エミーをやるわけにはいかない。いくらエミーが望んでもだ。
コーバスは、エミーの気持ちに気づかないふりをして、エミーに年の近い若者を探した。本来ならコーバスの父が手を尽くすところだが、エミーは遅くにできた子だ。父はすでに高齢で、精力的に婿探しをする元気はない。
父に代わって婿探しをするコーバスに、エミーは何も言わない。ユリウスがいいなどと、内気なエミーから口にすることもない。それがわかっていて、わざとユリウスを避けるようにして婿探しをしているのだから、我ながら残酷なことをしているという自覚もある。
そんな時にユリウスが希少種を拾った。
王宮騎士団に追われている希少種を匿うなど、正気の沙汰とも思えなかったが、ユリウスは平然と王宮騎士団を敵に回した。
あの堅物のユリウスが、そうすると決めたことを覆せるわけがない。
ユリウスはモント領にとって必要な男だ。コーバスに告げ口する気は毛頭ない。好きにすればいい。
その堅物ユリウスが、拾った希少種に惹かれはじめたのはすぐだった。いくらなんでも希少種が相手ではと思ったが、本人はいたって真剣な様子。それならそれで構わない。はじめから眼中にはなかったろうが、ユリウスの目がエミーに向けられるよりはましだ。
その希少種を、どういう手を使ったのか。
ユリウスは王都で買い上げた事実を作り上げ、堂々と連れ帰ってきた。初めてユリウスの屋敷で見た希少種は、想像していた以上にきれいな女だった。
もっとがさつなのかと思ったら、ちゃんと挨拶もできる。ユリウスの隣にちょこんと腰掛ける姿はなんともいじらしくてかわいらしい。
ユリウスが惹かれたのもわかる気がした。挨拶が終わり、ユリウスに何事か耳打ちする姿も思わず目で追っていた。
隣のエミーをちらりと盗み見ると真っ青な顔だ。相当ショックを受けたことだろう。これでエミーがユリウスのことを吹っ切ってくれればいい。
青い顔をして退出を申し出たエミーを一人にさせるのは不安だったが、構いすぎだと言われればその通りだ。ひとまずは引き下がった。エミーの悲鳴が聞こえたのはそのすぐあとだ。
コーバスはすぐさま駆けつけた。戸惑ったように立ち尽くす希少種と、尻もちをついたエミーがいて、コーバスは希少種がエミーを突き飛ばしたのかと思った。
見かけはいいが、やっぱり奴隷だ。どんな理由があったか知らないが許せん。そしてあろうことか謝りもせず、コーバスの脇をすり抜けようとするので腕をつかんでやった。
それほど力をこめたつもりはなかったが、痛かったのか、後ろめたかったのか。腕をつかまれ、希少種はやたらと怯えていた。
そして当然のように希少種をかばったユリウスを、エミーは絶望的な顔で見上げていた。
これで完全にエミーはユリウスのことを諦めるのではないか。事の真相はさておき、そんな打算も働いた。コーバスはあの時、エミーの縁談をすすめる決断をした。
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