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第五章
コーバスの頼み事
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エミーとクライド・サリスとの仲を取り持って欲しい。
朝、モント領館へ出仕すると、顔をあわせたとたん、コーバスにそう頼まれた。ユリウスは、返答に窮した。取り持ってほしいと言われても、具体的に何をどうすればいいのか。
「俺は何をすればいいんだ?」
以前からコーバスが、エミーの相手にとクライドに目をつけているのは知っていた。やっと話を進める気になったのかとちょっと驚いた。
コーバスはまだまだエミーを手元に置いておきたいのかと思っていたからだ。婿探しはしているものの、まだ嫁がせる気はない。はっきりコーバスの口から聞いたことはなかったが、コーバスがそう考えていることは明白だった。それを変える、一体どんなきっかけがあったのか。
考えていると、先日の屋敷での一件について、まだコーバスと話していなかったことを思い出した。
「ルカのことなんだがな」
ユリウスは先日あった出来事について、ルカから聞いたことをコーバスに話した。聞き終えると、コーバスは「なんだ、そんなことだったのか」とどっかとソファに座った。
「あの時はかっとしちまって、悪かったな。エミーが驚いたような顔して座り込んでるから、俺はてっきりおまえの希少種がエミーに手を出したのかと思ったんだ」
「ルカは誰かに手をあげたりはしないぞ。そういうことをされてきて、恐れているからな。誰かに手をあげるなどルカの思いもよらないことだ」
「悪かったよ。あの希少種にも謝っといてくれ」
コーバスはひらひらと片手を振り、この話はこれでおしまいだと打ち切る。
「それでな、エミーのことなんだが―――」
コーバスは、クライドにエミーのことをどう思うか、それとなく確かめてほしいと続けた。コーバスの頼みにユリウスは頷いた。
「善処しよう」
その日の午後、国境線の警備から戻ってきたクライドを、ユリウスは捕まえた。話があると執務室に連れてくると、クライドは物珍しそうにきょろきょろと室内を見回した。
「この部屋に入るのは初めてだったか?」
「はっ。はじめてであります」
「そう硬くなるな。仕事の話ではないんだ」
「そうでありますか」
ユリウスは苦笑しつつも、ユリウス自らお茶を淹れて差し出した。クライドは見る間に目を丸くし、直立した。
「ありがとうございます!」
「まぁ座ってくれ。実はコーバスの妹、エミーのことなんだ」
ユリウスは単刀直入に切り出した。コーバスには、クライドの意思を確かめつつ、それとなく話を進めてくれと言われたが、そんな芸当はユリウスにできそうにない。この手の話は、いいか、だめか。そのどちらかしかない。だめならだめで、さっさと次を探す方が賢明だ。まどろっこしいことは抜きにした。
「エミーのことは知っているよな」
「はっ。もちろんであります。何度かお会いしたことがあります」
「そのエミーと縁談を進める気はないか?」
「はっ! ……え、ええっ?」
クライドは習慣のように勢いよく返事をしたが、話の内容をやっと理解したようで、声をひっくり返した。
「わ、私とエミー殿の、ですか? そ、それはまた一体どういう……」
「コーバスがかねてよりおまえに目をつけていてな。家格も釣り合いが取れるし、年も近い。それでどうだろうかという話だ」
「そ、そんな。いきなりのお話、僕には、いえ、私にはもったいないお話で」
「エミーのことはどう思う?」
「はっ。それはもちろんとても愛らしいお方で、いつも控えめなところがいいというか、なんというか……」
クライドの言葉は尻すぼみに消えていく。この様子だと満更でもなさそうだ。
「話、進めてもいいか?」
「あ、あの。父に相談させてください。こういうことは、私一人では決めかねますので」
「わかった。コーバスにはそう伝えておく」
「はっ」
クライドはユリウスの淹れたお茶を飲み、「おいしいですっ」と白い頬を上気させる。真っ直ぐすぎるくらい真っ直ぐな男だ。その若さゆえに、王都を夢見、王宮騎士団に憧れを抱く。地方貴族の若者の多くに共通するところだ。
「そういえば、クライド。おまえ王宮騎士団から、希少種の追跡を頼まれたのではないのか? その後どうだ?」
本当はクライドがルカの追跡を頼まれたのかどうかは知らない。が、王宮騎士団がモント領に滞在している間、モント騎士団の仕事を抜けて王宮騎士団の対応に当たったのはクライドだった。王宮騎士団の手先となった者達の取りまとめ役として、クライドは最適だ。ふと、ユリウスが思い出したように水を向けると、クライドはユリウスがすべてを知っていると思ったのだろう。「それが」と言葉を濁し、話し始めた。
「新たな情報は何もあがってきておりません。街の商店主に何人か王宮騎士団の命を受けた者がおり、その者達と定期的に連絡は取り合っているのですが、芳しい情報はなく」
尻すぼみに話を終わらせ、クライドは「あの……」と言いにくそうに口を開いた。
「ユリウス様は、どうして希少種の奴隷を? 正直、驚いております。ユリウス様はその、そういうこととはかけ離れた存在のように思っておりましたので」
「俺が性奴隷を買ったのがおかしいか」
希少種の奴隷イコール性奴隷と思われても当然だ。表立ってユリウスにルカのことをとやかく言う者はいないが、皆腹の中ではクライドと同じことを思っていることだろう。想定内だ。別に誰にどう思われようが気にはならない。ユリウスは本心を正直に答えた。
「どうしてかと問われればわからんが、元々そういうつもりで買い上げたわけではない。なぜか気になってな。それで連れ帰った。このような答えでは不満か?」
「そんな、とんでもない」
クライドは顔を赤くして首を振った。
「それにな、クライド。俺は買った希少種を奴隷だとは思っておらんぞ。あいつは俺の大事な家族も同然の存在なんだ」
「そう、そうでしたか……」
クライドは雷に打たれたかのような驚きを顔に表した。直情的なクライドに、このユリウスの言葉がどんな効果をもたらしたのか。この時のユリウスにはそれがわからなかった。
朝、モント領館へ出仕すると、顔をあわせたとたん、コーバスにそう頼まれた。ユリウスは、返答に窮した。取り持ってほしいと言われても、具体的に何をどうすればいいのか。
「俺は何をすればいいんだ?」
以前からコーバスが、エミーの相手にとクライドに目をつけているのは知っていた。やっと話を進める気になったのかとちょっと驚いた。
コーバスはまだまだエミーを手元に置いておきたいのかと思っていたからだ。婿探しはしているものの、まだ嫁がせる気はない。はっきりコーバスの口から聞いたことはなかったが、コーバスがそう考えていることは明白だった。それを変える、一体どんなきっかけがあったのか。
考えていると、先日の屋敷での一件について、まだコーバスと話していなかったことを思い出した。
「ルカのことなんだがな」
ユリウスは先日あった出来事について、ルカから聞いたことをコーバスに話した。聞き終えると、コーバスは「なんだ、そんなことだったのか」とどっかとソファに座った。
「あの時はかっとしちまって、悪かったな。エミーが驚いたような顔して座り込んでるから、俺はてっきりおまえの希少種がエミーに手を出したのかと思ったんだ」
「ルカは誰かに手をあげたりはしないぞ。そういうことをされてきて、恐れているからな。誰かに手をあげるなどルカの思いもよらないことだ」
「悪かったよ。あの希少種にも謝っといてくれ」
コーバスはひらひらと片手を振り、この話はこれでおしまいだと打ち切る。
「それでな、エミーのことなんだが―――」
コーバスは、クライドにエミーのことをどう思うか、それとなく確かめてほしいと続けた。コーバスの頼みにユリウスは頷いた。
「善処しよう」
その日の午後、国境線の警備から戻ってきたクライドを、ユリウスは捕まえた。話があると執務室に連れてくると、クライドは物珍しそうにきょろきょろと室内を見回した。
「この部屋に入るのは初めてだったか?」
「はっ。はじめてであります」
「そう硬くなるな。仕事の話ではないんだ」
「そうでありますか」
ユリウスは苦笑しつつも、ユリウス自らお茶を淹れて差し出した。クライドは見る間に目を丸くし、直立した。
「ありがとうございます!」
「まぁ座ってくれ。実はコーバスの妹、エミーのことなんだ」
ユリウスは単刀直入に切り出した。コーバスには、クライドの意思を確かめつつ、それとなく話を進めてくれと言われたが、そんな芸当はユリウスにできそうにない。この手の話は、いいか、だめか。そのどちらかしかない。だめならだめで、さっさと次を探す方が賢明だ。まどろっこしいことは抜きにした。
「エミーのことは知っているよな」
「はっ。もちろんであります。何度かお会いしたことがあります」
「そのエミーと縁談を進める気はないか?」
「はっ! ……え、ええっ?」
クライドは習慣のように勢いよく返事をしたが、話の内容をやっと理解したようで、声をひっくり返した。
「わ、私とエミー殿の、ですか? そ、それはまた一体どういう……」
「コーバスがかねてよりおまえに目をつけていてな。家格も釣り合いが取れるし、年も近い。それでどうだろうかという話だ」
「そ、そんな。いきなりのお話、僕には、いえ、私にはもったいないお話で」
「エミーのことはどう思う?」
「はっ。それはもちろんとても愛らしいお方で、いつも控えめなところがいいというか、なんというか……」
クライドの言葉は尻すぼみに消えていく。この様子だと満更でもなさそうだ。
「話、進めてもいいか?」
「あ、あの。父に相談させてください。こういうことは、私一人では決めかねますので」
「わかった。コーバスにはそう伝えておく」
「はっ」
クライドはユリウスの淹れたお茶を飲み、「おいしいですっ」と白い頬を上気させる。真っ直ぐすぎるくらい真っ直ぐな男だ。その若さゆえに、王都を夢見、王宮騎士団に憧れを抱く。地方貴族の若者の多くに共通するところだ。
「そういえば、クライド。おまえ王宮騎士団から、希少種の追跡を頼まれたのではないのか? その後どうだ?」
本当はクライドがルカの追跡を頼まれたのかどうかは知らない。が、王宮騎士団がモント領に滞在している間、モント騎士団の仕事を抜けて王宮騎士団の対応に当たったのはクライドだった。王宮騎士団の手先となった者達の取りまとめ役として、クライドは最適だ。ふと、ユリウスが思い出したように水を向けると、クライドはユリウスがすべてを知っていると思ったのだろう。「それが」と言葉を濁し、話し始めた。
「新たな情報は何もあがってきておりません。街の商店主に何人か王宮騎士団の命を受けた者がおり、その者達と定期的に連絡は取り合っているのですが、芳しい情報はなく」
尻すぼみに話を終わらせ、クライドは「あの……」と言いにくそうに口を開いた。
「ユリウス様は、どうして希少種の奴隷を? 正直、驚いております。ユリウス様はその、そういうこととはかけ離れた存在のように思っておりましたので」
「俺が性奴隷を買ったのがおかしいか」
希少種の奴隷イコール性奴隷と思われても当然だ。表立ってユリウスにルカのことをとやかく言う者はいないが、皆腹の中ではクライドと同じことを思っていることだろう。想定内だ。別に誰にどう思われようが気にはならない。ユリウスは本心を正直に答えた。
「どうしてかと問われればわからんが、元々そういうつもりで買い上げたわけではない。なぜか気になってな。それで連れ帰った。このような答えでは不満か?」
「そんな、とんでもない」
クライドは顔を赤くして首を振った。
「それにな、クライド。俺は買った希少種を奴隷だとは思っておらんぞ。あいつは俺の大事な家族も同然の存在なんだ」
「そう、そうでしたか……」
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