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第六章
エルセの実を摘みに*
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「ねぇラウ。あっちの木はどうかな?」
夏の林に、ルカの声がよく通る。さきほどからルカは上ばかり見上げて、エルセの実を探している。
「おいルカ。そう上ばかり見ていると首が痛くなるぞ」
白い長袖シャツに茶色のズボンをはいた軽装のルカは、足取りも軽く飛び跳ねるように林を移動している。今日は朝からルカに付き合って、ユリウスは林の中でエルセの実をさがしていた。傍らにはラウもいて、「いや、あっちの方がいい」、「日当たりのいい場所のほうが実は甘いよ」などとルカにアドバイスを送っている。
ラウとエルセの実を林にとりに行きたいとルカに言われ、市場での件もあったところだ。心配なのでユリウスも同行した。
シミオンは二三日ユリウスの屋敷に滞在し、登山の疲れを癒やすと王都へと帰っていった。精霊王の居場所について何かわかったら知らせると言い置いて。
それにしても。
ユリウスはラウの金髪へと目をやった。ラウの金髪に染めた髪が陽光に輝いている。どんな染料で染めたのか。不思議と違和感なく馴染んでいる。
ポポはルカの肩に乗ったまま、そこから降りようとはしない。いつも朝の散歩では、林に入ると好き勝手しているくせに、今日はなぜか大人しい。
「あ。見つけた」
ルカが頭上を指差した。赤い実が鈴なりになっている。エルセの実というのは本当に不思議だ。普通木の実といえば、特定の木に同じ実がなるものだが、エルセの実はどの種類の木にもなっている。
しかもなぜかユリウスが探して首を巡らせても、一つも見つけることができない。精霊が好むというエルセの実は、どういうわけか人には見つけることができないのかもしれない。
シミオンがエルセの実を見つけられたのは、一重にその知識ゆえのことだろう。
ルカが見つけた実は、高い位置になっている。
「ほら」
ユリウスが抱き上げてやると、ルカは笑顔でエルセの実に手を伸ばした。一つ摘むと口に入れ、相好を崩す。
「おいしい! ユリウスも食べる?」
口元に持ってこられたが、ユリウスは苦笑して首を振った。
「いや、ルカが食べろ。俺はあまり好かん」
「そうなの? おいしいのに……」
ルカがしょんぼり肩を落とすと、ポポが僕にくれとばかりにルカの指にしがみついた。
「ポポは食べるよね」
とたんにルカは嬉しそうな顔をし、ポポの頭を指でつつくとエルセの実をポポに渡す。ポポはキュルルと鳴くとエルセの実に飛びついた。
「食いしん坊な奴め」
それを見ていたラウがひょいっとポポを摘み上げた。ポポの目と真正面から目を合わせ、睨むようにポポを見、藪の中に放り投げた。
「あ! ポポ!」
ルカはユリウスからおりるとポポの投げられた藪へと入っていく。
「ひどいよ、ラウ。ポポがかわいそう」
ルカが両手にポポを包んで戻ってくる。乱暴をしたラウに口を尖らせると、ラウはふんっと鼻を鳴らした。
「かわいそうなものか。調子に乗りすぎているから、ちょっと懲らしめてやっただけだ」
「ポポは何にもしてないのに。ね、ポポ」
「キュルル」
まるでルカの言葉に返事をしたようだ。
シミオンがシマリスのポポに気をつけろと言っていた。目に見えることだけを見ていてはいけないと。
ユリウスはルカの手の中で縮こまるポポに視線を送った。まさかとは思うが、ポポはルカがここに来たすぐあとにボブが林で拾った。
もしこのポポが、シミオンの言う精霊王ならば、レガリアを追って屋敷に入り込んできたとも考えられる。精霊王が果たしてシマリスに化けられるものなのかどうか。ユリウスの乏しい知識ではわからないが、もしこのポポが精霊王ならば、これほど無防備に側に置いておくのは危ない。
またエルセの実をルカからもらい、ぱくついていたポポだが、ユリウスの鋭い目と目が合うと、慌てて伏せたように見えた。
やはりただのシマリスにしては、確かに妙だ。
ラウも何かしらポポに感じるものがあるのかもしれない。
それにやたらとルカにくっつきたがるのも、気になるといえば気になる。
ユリウスはルカの頭に枯れ草がついているのを払ってやりながら、さり気なくポポを摘み上げると自分の肩に乗せた。
「ユリウス?」
「ラウが呼んでるぞ」
いつの間にか木立の向こうに行ったラウが手招きしている。ルカが走っていくのを見送りながら、ユリウスはポポを摘み上げるとさっきのラウのように目線の高さに持ち上げた。
「おい、おまえ」
目を合わせると、ポポはきょときょとしたように視線を外そうとする。ユリウスは無理矢理こちらを向かせ、その目をのぞき込んだ。
「おまえ、何が目的でルカに近づいているんだ? フロールの魂ならば、今は俺が持っているぞ」
「キュルルル」
「おまえが精霊王なのか?」
「キュル」
ユリウスは苦笑してポポを肩に戻した。これでポポがただのシマリスならば、とんだお笑い種だ。シマリス相手に真剣に話しかけ、答えを求めているのだから。
「返せるものならば、返してやりたいのだがな」
肩に乗せたポポがキュルっと鳴いた。
***
「あっ……、ん」
枕元のランプの明かりに照らされ、黒髪が艶々と光っていた。ずいぶん伸びたルカの黒髪が、乱れてシーツに広がっている。ユリウスはその髪を掬い取ると口づけ、ルカを抱き起こすと双丘をつかみ、下から激しく突き上げた。
「んっ……、ユリウス、それ、やだ…」
ルカが必死にユリウスにしがみつきながらそう言うが、ユリウスは構わず腰を突き上げる。がくがくと揺らされるルカの体が弓なりに反り、「ああああっ」と耐え難い声が漏れる。次いでがくりと力を失い、ルカはユリウスの胸にぐったりと身をもたせかけた。
「ルカ。……愛してるよ、ルカ」
「ん……」
ルカの意識は半分すでに夢の中だ。ユリウスはルカの中から自身を引き出すと、大腿を伝う白濁もそのままにルカを抱き上げると浴場へと消えた。
「ふぅ」
ポポ、あるいはミヒルは、前足で頭をぽりぽりとかいた。毎晩のようにユリウスはルカを抱き潰す。やりすぎだと一言文句を言ってやりたいが、シマリスのポポではそうはいかない。
今日は肝を冷やした。
ユリウスがやたらと目線を合わせて、あろうことか精霊王の名を持ち出すとは。
もしやポポの正体がばれたのかと思ったが、ユリウスは精霊王がポポではと勘違いしたらしい。ポポは精霊王ではないが、同じ精霊という意味ではあっている。
ユリウスが突然精霊王のことを持ち出したのは、おそらくニ三日前に滞在していた、あのシミオンとかいう男の入れ知恵だろう。あの男からは精霊の残り香がした。ティルブ山にいる同胞達に会ったのだろう。そこでおそらくシミオンは、精霊王のこと、フロール様のこと、バッケル王国がレガリアと呼んでいるものの正体を知り、ユリウスへと伝えた。
「まぁこれで警戒心を増してくれたら上々だ」
ミヒルはぽつりと呟いた。
浴場からは湯を流す音が聞こえてくる。
こうも毎晩二人の愛し合う姿を見ていると、やはりこの二人を引き裂くのはかわいそうでならない。
はじめは、そう、はじめはフロール様の魂を取り戻すことをミヒルも当然のことだと思っていた。ラウ様がそうなさりたい気持ちも当たり前であるし、奪われたものを取り返すためには多少の犠牲もやむを得ないと考えていた。
そのためにミヒルはわざわざ小リスになって屋敷に潜り込み、成長までしてみせる芸当をしてルカの側に張り付いたのだから。
けれど、間近でルカと接していると、これからラウ様のしようとしていることをどうしても阻止したくなった。ユリウスの悲しむ様を思うと、ラウ様のように非情にはなりきれない。
今日も林へエルセの実を取りに行くというから、ラウ様のことを警戒していた。なるべくルカの側から離れぬようにしていたら、ラウ様の機嫌を損ねた。
ルカがフロール様の魂を持っていることは、ルカが生まれたときからわかっていた。フロール様の魂は、宿主を変えながら王家に近い人間の間を転々としてきた。馬鹿な王家の人間は、レガリアが本来フロール様の魂であることを忘れ、それをレガリアとしてありがたがった。滑稽なことだ。
人間共は交われば子へと継がれていくと思っているようだが、フロール様の魂はそんなからくりで動いているのではない。より快適な宿主へと場所を移しているにすぎない。ラウ様はずっと機会をうかがってきた。
今のラドバウトの先々代の時、フロール様の魂を持った女王が誕生し、条件が整ったためラウ様はついに失われたフロール様の魂を取り戻そうと動かれた。
けれどフロール様の魂を取り戻す前に、女王はラウ様を刺客と勘違いし、逃げ切れないと悟った女王は、敵の刃にかかるくらいならと自刃した。一部の同胞は、ラウ様が手にかけたと今も思っているようだが、その後フロール様の魂がルカに宿るまでどこを巡ったのか。
ラウ様はフロール様の魂を見失われた。本来ならありえないことだ。それだけフロール様の魂の光が弱まり、消滅しかかっている証だとラウ様は言った。長い年月寄生し続けた魂が疲弊し、すり減っているのだと。
現にルカにはフロール様がおられる証となる文様が、生まれた一瞬しか浮かび上がらなかった。そのためフロール様の魂を取り戻そうにも居場所がわからず、成す術がなかった。ただ、ルカは女の希少種にもかかわらず成長が遅く、堰き止められるように月のものがなかった。ラウ様はおそらく体内に宿るフロール様の魂が、ルカの成長を押し留めているのだろうと言っていた。
しかしルカはユリウスと出会い、フロール様の魂を押し切って本来の姿へと急速に成長した。ルカの魂が輝きを増した分、フロール様の魂は一層力を失った。ユリウスは、その理由を侍医のノルデンに調べてもらったようだが、結局その答えに行き着きはしなかった。
それが、フロール様が一段と弱まってきている証であるとは、想像の範疇を超えていたことだろう。そして、フロール様の魂は、ルカを出てユリウスへと移り、ルカに月のものが始まった。
ラウ様は焦っておられる。
ルカからユリウスへと宿主を移したフロール様の魂は、幸いその所在をはっきりと表している。けれどやはりその光は弱く、今にも消えかかっている。今のうちに取り返さねば、もう二度とフロール様の魂を取り戻せないかもしれないとラウ様は恐れておられる。
カタンと音がし、タオルで包んだルカを抱いたユリウスが戻ってきた。
ミヒルはゲージに入れられた木の洞に身を潜ませた。
ユリウスはベッドにそっとルカをおろすと、包んでいたタオルを取り去り、眠っているルカに夜着を着せてやっている。毎晩毎晩かいがいしく丁寧なことだ。
他の領主は知らないが、ユリウスの領主としての仕事が激務であることは、こっそり領館に見に行ったことがあるのでミヒルは知っている。あれだけの仕事を完璧にこなし、夜は夜でルカの世話にも手を抜かない。
まぁこちらは楽しんでやっているのだろうことは見ていてわかるのだが。
ユリウスは愛おしそうにルカの濡れた髪を撫でると、乾いたタオルで水気を拭った。ついでとばかりに閉じたまぶたや薄く開いた唇に口づけを落とし、ルカの細い体を抱きしめるとユリウスはようやく瞳を閉じた。
ミヒルはその一部始終を複雑な思いで見つめていた。フロール様の魂がこのまま消滅してしまうのはミヒルとて苦しい。苦しいがフロール様を救おうと思えば、同時にユリウスとルカを引き裂くことにもなる。どちらに転ぼうが、心の痛む結果しか待っていないと思うと、ミヒルはこの二人の時間が少しでも長く続けばいいと祈らずにはいられなかった。
夏の林に、ルカの声がよく通る。さきほどからルカは上ばかり見上げて、エルセの実を探している。
「おいルカ。そう上ばかり見ていると首が痛くなるぞ」
白い長袖シャツに茶色のズボンをはいた軽装のルカは、足取りも軽く飛び跳ねるように林を移動している。今日は朝からルカに付き合って、ユリウスは林の中でエルセの実をさがしていた。傍らにはラウもいて、「いや、あっちの方がいい」、「日当たりのいい場所のほうが実は甘いよ」などとルカにアドバイスを送っている。
ラウとエルセの実を林にとりに行きたいとルカに言われ、市場での件もあったところだ。心配なのでユリウスも同行した。
シミオンは二三日ユリウスの屋敷に滞在し、登山の疲れを癒やすと王都へと帰っていった。精霊王の居場所について何かわかったら知らせると言い置いて。
それにしても。
ユリウスはラウの金髪へと目をやった。ラウの金髪に染めた髪が陽光に輝いている。どんな染料で染めたのか。不思議と違和感なく馴染んでいる。
ポポはルカの肩に乗ったまま、そこから降りようとはしない。いつも朝の散歩では、林に入ると好き勝手しているくせに、今日はなぜか大人しい。
「あ。見つけた」
ルカが頭上を指差した。赤い実が鈴なりになっている。エルセの実というのは本当に不思議だ。普通木の実といえば、特定の木に同じ実がなるものだが、エルセの実はどの種類の木にもなっている。
しかもなぜかユリウスが探して首を巡らせても、一つも見つけることができない。精霊が好むというエルセの実は、どういうわけか人には見つけることができないのかもしれない。
シミオンがエルセの実を見つけられたのは、一重にその知識ゆえのことだろう。
ルカが見つけた実は、高い位置になっている。
「ほら」
ユリウスが抱き上げてやると、ルカは笑顔でエルセの実に手を伸ばした。一つ摘むと口に入れ、相好を崩す。
「おいしい! ユリウスも食べる?」
口元に持ってこられたが、ユリウスは苦笑して首を振った。
「いや、ルカが食べろ。俺はあまり好かん」
「そうなの? おいしいのに……」
ルカがしょんぼり肩を落とすと、ポポが僕にくれとばかりにルカの指にしがみついた。
「ポポは食べるよね」
とたんにルカは嬉しそうな顔をし、ポポの頭を指でつつくとエルセの実をポポに渡す。ポポはキュルルと鳴くとエルセの実に飛びついた。
「食いしん坊な奴め」
それを見ていたラウがひょいっとポポを摘み上げた。ポポの目と真正面から目を合わせ、睨むようにポポを見、藪の中に放り投げた。
「あ! ポポ!」
ルカはユリウスからおりるとポポの投げられた藪へと入っていく。
「ひどいよ、ラウ。ポポがかわいそう」
ルカが両手にポポを包んで戻ってくる。乱暴をしたラウに口を尖らせると、ラウはふんっと鼻を鳴らした。
「かわいそうなものか。調子に乗りすぎているから、ちょっと懲らしめてやっただけだ」
「ポポは何にもしてないのに。ね、ポポ」
「キュルル」
まるでルカの言葉に返事をしたようだ。
シミオンがシマリスのポポに気をつけろと言っていた。目に見えることだけを見ていてはいけないと。
ユリウスはルカの手の中で縮こまるポポに視線を送った。まさかとは思うが、ポポはルカがここに来たすぐあとにボブが林で拾った。
もしこのポポが、シミオンの言う精霊王ならば、レガリアを追って屋敷に入り込んできたとも考えられる。精霊王が果たしてシマリスに化けられるものなのかどうか。ユリウスの乏しい知識ではわからないが、もしこのポポが精霊王ならば、これほど無防備に側に置いておくのは危ない。
またエルセの実をルカからもらい、ぱくついていたポポだが、ユリウスの鋭い目と目が合うと、慌てて伏せたように見えた。
やはりただのシマリスにしては、確かに妙だ。
ラウも何かしらポポに感じるものがあるのかもしれない。
それにやたらとルカにくっつきたがるのも、気になるといえば気になる。
ユリウスはルカの頭に枯れ草がついているのを払ってやりながら、さり気なくポポを摘み上げると自分の肩に乗せた。
「ユリウス?」
「ラウが呼んでるぞ」
いつの間にか木立の向こうに行ったラウが手招きしている。ルカが走っていくのを見送りながら、ユリウスはポポを摘み上げるとさっきのラウのように目線の高さに持ち上げた。
「おい、おまえ」
目を合わせると、ポポはきょときょとしたように視線を外そうとする。ユリウスは無理矢理こちらを向かせ、その目をのぞき込んだ。
「おまえ、何が目的でルカに近づいているんだ? フロールの魂ならば、今は俺が持っているぞ」
「キュルルル」
「おまえが精霊王なのか?」
「キュル」
ユリウスは苦笑してポポを肩に戻した。これでポポがただのシマリスならば、とんだお笑い種だ。シマリス相手に真剣に話しかけ、答えを求めているのだから。
「返せるものならば、返してやりたいのだがな」
肩に乗せたポポがキュルっと鳴いた。
***
「あっ……、ん」
枕元のランプの明かりに照らされ、黒髪が艶々と光っていた。ずいぶん伸びたルカの黒髪が、乱れてシーツに広がっている。ユリウスはその髪を掬い取ると口づけ、ルカを抱き起こすと双丘をつかみ、下から激しく突き上げた。
「んっ……、ユリウス、それ、やだ…」
ルカが必死にユリウスにしがみつきながらそう言うが、ユリウスは構わず腰を突き上げる。がくがくと揺らされるルカの体が弓なりに反り、「ああああっ」と耐え難い声が漏れる。次いでがくりと力を失い、ルカはユリウスの胸にぐったりと身をもたせかけた。
「ルカ。……愛してるよ、ルカ」
「ん……」
ルカの意識は半分すでに夢の中だ。ユリウスはルカの中から自身を引き出すと、大腿を伝う白濁もそのままにルカを抱き上げると浴場へと消えた。
「ふぅ」
ポポ、あるいはミヒルは、前足で頭をぽりぽりとかいた。毎晩のようにユリウスはルカを抱き潰す。やりすぎだと一言文句を言ってやりたいが、シマリスのポポではそうはいかない。
今日は肝を冷やした。
ユリウスがやたらと目線を合わせて、あろうことか精霊王の名を持ち出すとは。
もしやポポの正体がばれたのかと思ったが、ユリウスは精霊王がポポではと勘違いしたらしい。ポポは精霊王ではないが、同じ精霊という意味ではあっている。
ユリウスが突然精霊王のことを持ち出したのは、おそらくニ三日前に滞在していた、あのシミオンとかいう男の入れ知恵だろう。あの男からは精霊の残り香がした。ティルブ山にいる同胞達に会ったのだろう。そこでおそらくシミオンは、精霊王のこと、フロール様のこと、バッケル王国がレガリアと呼んでいるものの正体を知り、ユリウスへと伝えた。
「まぁこれで警戒心を増してくれたら上々だ」
ミヒルはぽつりと呟いた。
浴場からは湯を流す音が聞こえてくる。
こうも毎晩二人の愛し合う姿を見ていると、やはりこの二人を引き裂くのはかわいそうでならない。
はじめは、そう、はじめはフロール様の魂を取り戻すことをミヒルも当然のことだと思っていた。ラウ様がそうなさりたい気持ちも当たり前であるし、奪われたものを取り返すためには多少の犠牲もやむを得ないと考えていた。
そのためにミヒルはわざわざ小リスになって屋敷に潜り込み、成長までしてみせる芸当をしてルカの側に張り付いたのだから。
けれど、間近でルカと接していると、これからラウ様のしようとしていることをどうしても阻止したくなった。ユリウスの悲しむ様を思うと、ラウ様のように非情にはなりきれない。
今日も林へエルセの実を取りに行くというから、ラウ様のことを警戒していた。なるべくルカの側から離れぬようにしていたら、ラウ様の機嫌を損ねた。
ルカがフロール様の魂を持っていることは、ルカが生まれたときからわかっていた。フロール様の魂は、宿主を変えながら王家に近い人間の間を転々としてきた。馬鹿な王家の人間は、レガリアが本来フロール様の魂であることを忘れ、それをレガリアとしてありがたがった。滑稽なことだ。
人間共は交われば子へと継がれていくと思っているようだが、フロール様の魂はそんなからくりで動いているのではない。より快適な宿主へと場所を移しているにすぎない。ラウ様はずっと機会をうかがってきた。
今のラドバウトの先々代の時、フロール様の魂を持った女王が誕生し、条件が整ったためラウ様はついに失われたフロール様の魂を取り戻そうと動かれた。
けれどフロール様の魂を取り戻す前に、女王はラウ様を刺客と勘違いし、逃げ切れないと悟った女王は、敵の刃にかかるくらいならと自刃した。一部の同胞は、ラウ様が手にかけたと今も思っているようだが、その後フロール様の魂がルカに宿るまでどこを巡ったのか。
ラウ様はフロール様の魂を見失われた。本来ならありえないことだ。それだけフロール様の魂の光が弱まり、消滅しかかっている証だとラウ様は言った。長い年月寄生し続けた魂が疲弊し、すり減っているのだと。
現にルカにはフロール様がおられる証となる文様が、生まれた一瞬しか浮かび上がらなかった。そのためフロール様の魂を取り戻そうにも居場所がわからず、成す術がなかった。ただ、ルカは女の希少種にもかかわらず成長が遅く、堰き止められるように月のものがなかった。ラウ様はおそらく体内に宿るフロール様の魂が、ルカの成長を押し留めているのだろうと言っていた。
しかしルカはユリウスと出会い、フロール様の魂を押し切って本来の姿へと急速に成長した。ルカの魂が輝きを増した分、フロール様の魂は一層力を失った。ユリウスは、その理由を侍医のノルデンに調べてもらったようだが、結局その答えに行き着きはしなかった。
それが、フロール様が一段と弱まってきている証であるとは、想像の範疇を超えていたことだろう。そして、フロール様の魂は、ルカを出てユリウスへと移り、ルカに月のものが始まった。
ラウ様は焦っておられる。
ルカからユリウスへと宿主を移したフロール様の魂は、幸いその所在をはっきりと表している。けれどやはりその光は弱く、今にも消えかかっている。今のうちに取り返さねば、もう二度とフロール様の魂を取り戻せないかもしれないとラウ様は恐れておられる。
カタンと音がし、タオルで包んだルカを抱いたユリウスが戻ってきた。
ミヒルはゲージに入れられた木の洞に身を潜ませた。
ユリウスはベッドにそっとルカをおろすと、包んでいたタオルを取り去り、眠っているルカに夜着を着せてやっている。毎晩毎晩かいがいしく丁寧なことだ。
他の領主は知らないが、ユリウスの領主としての仕事が激務であることは、こっそり領館に見に行ったことがあるのでミヒルは知っている。あれだけの仕事を完璧にこなし、夜は夜でルカの世話にも手を抜かない。
まぁこちらは楽しんでやっているのだろうことは見ていてわかるのだが。
ユリウスは愛おしそうにルカの濡れた髪を撫でると、乾いたタオルで水気を拭った。ついでとばかりに閉じたまぶたや薄く開いた唇に口づけを落とし、ルカの細い体を抱きしめるとユリウスはようやく瞳を閉じた。
ミヒルはその一部始終を複雑な思いで見つめていた。フロール様の魂がこのまま消滅してしまうのはミヒルとて苦しい。苦しいがフロール様を救おうと思えば、同時にユリウスとルカを引き裂くことにもなる。どちらに転ぼうが、心の痛む結果しか待っていないと思うと、ミヒルはこの二人の時間が少しでも長く続けばいいと祈らずにはいられなかった。
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