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第六章
希少種の正体
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ルカとの朝の散歩を再開した日の夕刻、シミオンがまたユリウスの屋敷をふらりと訪れた。長いローブの裾は汚れて破れ、ひげが顔の下半分を覆い、もともと青白い顔が更に青さを増し、全身に疲労をにじませた異様な風体で現れた。
出迎えたカレルが、誰かわからなかったほどだ。
「ひどいなりだな、シミオン」
「ひとまず浴場を借りるぞ」
シミオンはしばらく浴場に籠もり、出てきたときにはひげを剃り、さっぱりとした様子で戻ってきた。
「随分痩せたな」
もともと細い顎が更に細く、頬はげっそりとやつれている。アントンが用意した食事を運んでくると、シミオンは無言で平らげた。
「葡萄酒もあるぞ」
「もらおう」
ユリウスがグラスになみなみと注ぐと、シミオンはそれを一気にあおった。
「で? その様子だと本当にティルブ山にのぼってきたようだな」
「おもしろいことがわかったぞ、ユリウス」
シミオンはユリウスの屋敷を訪れた次の日の朝、携行食や山の装備を整えてティルブ山へとたった。険しく、危険な山だ。無事帰ってきただけでもすごいことだ。
食堂からシミオンの部屋へと場所を移し、二人は杯を重ねた。
「今日は王妹の相手はしないのか?」
「久しぶりに外へ出たからな。食事の後すぐに眠ってしまった」
ユリウスはシミオンが山にたつ前に話せなかった、ここ最近の出来ごとを話して聞かせた。ドリカを知っているかと聞くと、私を誰だと思っていると怒られた。
「王宮で起こったことは全て把握している。無論、ドリカなる者のこともな」
ドリカは希少種奴隷の取りまとめ役の一人だったこと、ルカに夜伽の準備を施したが、ルカに逃げられ責任を負わされ、結果解雇されたことをシミオンはユリウスに話した。
「そうか。ならばルカのことを憎んでいような」
「俗物だからな。女官長まであと一歩のところを台無しにされたと思っているだろうよ」
そんな者に見つからなくてほんとうによかった。逆恨みでどんな目に遭わされるかわかったものではない。
「で? ティルブ山で何を見つけた?」
シミオンは山で見つけたおもしろいものについて、なかなか切り出さない。ユリウスがその話を聞き出そうとすると、シミオンは「まぁ聞け」とにやりとした。
「まずは、常識的なところから入ろう」
「なんだそれは。勿体をつけるな」
「おまえは堅物だからな。まずもって超自然的な存在の説明から入らねばならんだろう?」
「そうでもないぞ。シミオン、おまえは口は悪いが信のおける友だと俺は思っている。同時に、俺をだましてうそをつくような奴でもないとわかっている。おまえの言うことはたとえどんな話であろうと信じるさ」
「私のことをずいぶん高く買ったな。褒めても何も出んぞ」
「はなから承知だ。で? 何を見つけた」
「ティルブ山にすむ水の精霊だ」
「精霊か……」
どんな話も信じると言った手前、まさかと言葉を続けることはできなかった。が、シミオンはそんな様子のユリウスを鼻で嘲った。
「やはりな。そういう反応を返すと思っていたぞ」
「いや。少し動揺しただけだ。思えば初代バッケル王が精霊から聖なる石を継いだことが、この国のはじまりだったからな。いても不思議ではない」
「飲み込みが早くて結構」
「それで? その精霊に会えたと言うのか? よく書物では精霊はめったに人前には姿を現さないとあるが」
シミオンはそいつは俗物相手の時だと言った。
「私は俗物とは違うからな。と言ってもまぁ前回ティルブ山にのぼった時は、精霊の痕跡を見つけただけで、当人にはお目にかかれなかったがな」
やはり前回ものぼっていたのか。ユリウスが聞いた時、答えを濁したのは目的の精霊に行き当たらなかったからだろう。成果のない登山を、プライドの高いシミオンは認めたくなかったといったところか。
「ティルブ山の山頂に、それは美しい湖があってな。知っているか?」
「いや」
ユリウスがのぼったことがあるのは、ティルブ山の中腹までで、それより先には進んだことはなかった。
「その湖のほとりに、五人の精霊がいてな。私の姿を見て逃げようとしたが、この赤い実を差し出すと警戒を解いてくれた」
シミオンは革袋から赤い実を取り出した。
「これは」
見覚えのある赤い木の実にユリウスは驚いた。
「知っているのか?」
さも意外だというようにシミオンはそれを摘むと口に含んだ。
「エルセの実だ。ルカが好んでよく食べている」
「ほう。これを好んでねぇ。ほら、食べてみろ」
シミオンに促され、エルセの実を口に入れたユリウスは「うっ」とうめいた。ルカがいつもポポと食べているのは知っていたが、ユリウス自身食べたことはなかった。驚くほど酸っぱくて渋い。
「まずいだろう。だがな、水の精霊はこれがとても甘く美味に感じられるらしい」
「これがか?」
それも驚きだが、いつもおいしそうに食べているルカにも驚きだ。
「希少種も好んで食べるのではないのか? 林に住んでいる希少種の一人が、いつもルカにその実をくれるからな」
「いや。そうとも限らん。希少種は人との血が混ざりすぎているからな。ルカは、おそらく特殊な例だ。より精霊の血を濃く引いて生まれてきたんだろう」
「待て。話が見えんぞ」
人との血だの、精霊の血だの、一体何の話が始まったのだ。ユリウスは、混乱する頭でシミオンに説明を求めた。
「そうか。それも普通は知らぬことなのか」
シミオンはぶつぶつ独り言を呟き、ユリウスに向き直った。
「そもそも希少種と我々が呼んでいる黒髪黒目の種族は、人と精霊との混血種だ。まぁそれを知る者は、今やこの国にはおらんかもしれんがな。私がティルブ山の湖で出会った精霊も、みな黒髪黒目の者ばかりだったぞ。希少種特有のあの黒い色は、精霊の血がもたらすものだ」
何を聞いても驚くまいと思ったが、頭の中を整理するのにユリウスは数分を要した。しかし希少種が精霊の血を引くのならば、当然の違和感が浮かんでくる。
「それならば、なぜ精霊の子を王国は奴隷に指定しているのだ? 本来なら敬うべき存在として信仰を集めてもおかしくないはずだ」
「そうさ。ユリウスの言う通りだ。そこがこの王国のおかしなところだ」
シミオンは、今日希少種と呼ばれる奴隷達が、精霊の血を引く者達だと知った時から、その点に疑問を感じ続けていたという。
「そこで私は書物という書物を漁り、希少種のはじめに行き着こうとした。今の希少種達は、人との間に生まれた子もあり、混血が進んでいるからな。特徴的な黒髪黒目を継いでいるだけで、あとは人とそう変わらん。が、遡ればはじめに精霊と交わった者がいるはずで、そいつと精霊との間にできた子が、今いる希少種達のはじまりとなった。そのはじまりがわかれば、希少種を奴隷として貶めている理由もわかるのではないか。そう思ったんだ。だがな」
簡単なことではなかったとシミオンは言う。
希少種が、精霊との混血という事実を記す書物は最近のものでは見当たらず、初代バッケル王のニ三世代のちの書物に、ようやく希少種は精霊と人との子との認識が一般的だった記述が出てくる。
けれどその認識があるにもかかわらず、その頃から希少種は奴隷として扱われている。
「全く腑に落ちん話だろう。しかし王国の歴史を記したものにその理由の説明はない。だいたいな、歴史書というのは、書いた国にとって都合の悪いことは書かんからな。これは何かあると思ってな。そこで人が忘却の彼方に追いやったものを、精霊から聞き出そうとティルブ山にのぼったのさ」
「成果はあったようだな」
「ああ、もちろん」
シミオンは息をつき、ソファの背もたれに背中を預けた。
「その様子ではあまり愉快な話ではないようだな」
「その通りだ、ユリウス。精霊達の口から語られた真実は、バッケル王の悪行だったぞ」
シミオンが精霊達から聞き出した希少種の始まりはこうだった。
初代バッケル王は、今の王都一帯を治める小国の若き王だった。その頃、小国は深刻な水不足に陥っていた。今と同じだ。
バッケル王は、その打開策としてティルブ山に住まうと言われている水の精霊の力を借りようと、軍隊を引き連れティルブ山にのぼった。
そこで、一人の美しい精霊に出会った。フロールという名の、上位精霊だ。
はじめは平和的に話を進めようとしたバッケル王だが、フロールの美しさに心奪われ、バッケル王はフロールを小国へと無理矢理連れ帰った。
バッケル王はフロールを陵辱し、生まれた子が今の希少種達の源流だ。バッケル王は更にフロールに王都の地下水脈を探し出させた。その後、用済みとばかりにフロールを刺し殺した。
「だがな、上位精霊は刺されたからといって死する存在でもない。フロールは死ぬことはなかったが、その魂は体から遊離した。ここからがユリウス、おまえにとって最も重要な話だ。その遊離したフロールの魂こそが、王家がレガリアと呼んでいるものだ」
「いや、待て」
今のシミオンの話からすれば、ではユリウスの肩にあるレガリアは、フロールの魂ということになる。ユリウスは思わず左肩をつかんだ。
「今日レガリアと呼んで王家がありがたがっているものは、初代バッケル王が殺したフロールの魂なのさ。精霊達によると、フロールはバッケル王の陵辱により心を閉ざし、今は硬い石のように閉じこもっている状態らしい。だが、魂が肉体と切り離せぬように、フロールの魂もまたそれ単体では生きられないようだ。体をなくしたフロールは、宿主を探して転々と他の者の体に寄生し続けているというわけだ」
そしてな、とシミオンは続ける。
「そのフロールは本来、水の精霊王の妻だったそうだ。当然、精霊王は怒り狂った。フロールの魂を取り戻そうとしている。精霊達によると、その精霊王は長らく行方不明だそうだぞ。お付きの精霊が一緒だそうで、精霊達はさほど心配はしておらんかったがな」
だからなユリウス、とシミオンはいつになく真剣な顔をした。
「おまえ、気をつけろよ。精霊王に狙われているのは間違いない。相手は精霊だからな。いつ何時どんな方法で襲ってくるのか。まるでわからん」
「だが、真実このレガリアがフロールの魂ならば、精霊王に返してやらねばならんのではないか?」
「ルカを抱いてレガリアを継げと焚きつけた手前、私も責任を感じている。それに返すと言ったって、そう簡単に差し出せるものではないはずだぞ。現にレガリアを持って亡くなった女王がいたろう。私はレガリアをその身に宿しているせいで身体的に負担がかかり命を縮めたのかと、おまえを焚き付けたのだが、精霊達が言うにはどうも殺されたようだ。フロールの魂を取り返そうとした精霊王の仕業かもしれんと言っていた」
「そうか」
剣でならばどんな相手であろうと勝つ自信はある。けれど、相手が精霊王となると、ユリウスにもどう対処していいかわからない。叶うことならば精霊王にフロールの魂を返してやりたいが、代わりに命を失うのはごめんだとも思う。
まだユリウスはルカの側にいてやりたいし、何より自分がルカの側にいたい。どれだけ抱いても抱き足りないし、どれほど側にいても、もっと一緒にいたいと願う自分がいる。それに、ルカを泣かせるようなことだけはしたくない。
なんとか双方にとって、悪くない選択ができればいいが。まだ見ぬ精霊王の姿に、ユリウスはこの先のことを思った。
出迎えたカレルが、誰かわからなかったほどだ。
「ひどいなりだな、シミオン」
「ひとまず浴場を借りるぞ」
シミオンはしばらく浴場に籠もり、出てきたときにはひげを剃り、さっぱりとした様子で戻ってきた。
「随分痩せたな」
もともと細い顎が更に細く、頬はげっそりとやつれている。アントンが用意した食事を運んでくると、シミオンは無言で平らげた。
「葡萄酒もあるぞ」
「もらおう」
ユリウスがグラスになみなみと注ぐと、シミオンはそれを一気にあおった。
「で? その様子だと本当にティルブ山にのぼってきたようだな」
「おもしろいことがわかったぞ、ユリウス」
シミオンはユリウスの屋敷を訪れた次の日の朝、携行食や山の装備を整えてティルブ山へとたった。険しく、危険な山だ。無事帰ってきただけでもすごいことだ。
食堂からシミオンの部屋へと場所を移し、二人は杯を重ねた。
「今日は王妹の相手はしないのか?」
「久しぶりに外へ出たからな。食事の後すぐに眠ってしまった」
ユリウスはシミオンが山にたつ前に話せなかった、ここ最近の出来ごとを話して聞かせた。ドリカを知っているかと聞くと、私を誰だと思っていると怒られた。
「王宮で起こったことは全て把握している。無論、ドリカなる者のこともな」
ドリカは希少種奴隷の取りまとめ役の一人だったこと、ルカに夜伽の準備を施したが、ルカに逃げられ責任を負わされ、結果解雇されたことをシミオンはユリウスに話した。
「そうか。ならばルカのことを憎んでいような」
「俗物だからな。女官長まであと一歩のところを台無しにされたと思っているだろうよ」
そんな者に見つからなくてほんとうによかった。逆恨みでどんな目に遭わされるかわかったものではない。
「で? ティルブ山で何を見つけた?」
シミオンは山で見つけたおもしろいものについて、なかなか切り出さない。ユリウスがその話を聞き出そうとすると、シミオンは「まぁ聞け」とにやりとした。
「まずは、常識的なところから入ろう」
「なんだそれは。勿体をつけるな」
「おまえは堅物だからな。まずもって超自然的な存在の説明から入らねばならんだろう?」
「そうでもないぞ。シミオン、おまえは口は悪いが信のおける友だと俺は思っている。同時に、俺をだましてうそをつくような奴でもないとわかっている。おまえの言うことはたとえどんな話であろうと信じるさ」
「私のことをずいぶん高く買ったな。褒めても何も出んぞ」
「はなから承知だ。で? 何を見つけた」
「ティルブ山にすむ水の精霊だ」
「精霊か……」
どんな話も信じると言った手前、まさかと言葉を続けることはできなかった。が、シミオンはそんな様子のユリウスを鼻で嘲った。
「やはりな。そういう反応を返すと思っていたぞ」
「いや。少し動揺しただけだ。思えば初代バッケル王が精霊から聖なる石を継いだことが、この国のはじまりだったからな。いても不思議ではない」
「飲み込みが早くて結構」
「それで? その精霊に会えたと言うのか? よく書物では精霊はめったに人前には姿を現さないとあるが」
シミオンはそいつは俗物相手の時だと言った。
「私は俗物とは違うからな。と言ってもまぁ前回ティルブ山にのぼった時は、精霊の痕跡を見つけただけで、当人にはお目にかかれなかったがな」
やはり前回ものぼっていたのか。ユリウスが聞いた時、答えを濁したのは目的の精霊に行き当たらなかったからだろう。成果のない登山を、プライドの高いシミオンは認めたくなかったといったところか。
「ティルブ山の山頂に、それは美しい湖があってな。知っているか?」
「いや」
ユリウスがのぼったことがあるのは、ティルブ山の中腹までで、それより先には進んだことはなかった。
「その湖のほとりに、五人の精霊がいてな。私の姿を見て逃げようとしたが、この赤い実を差し出すと警戒を解いてくれた」
シミオンは革袋から赤い実を取り出した。
「これは」
見覚えのある赤い木の実にユリウスは驚いた。
「知っているのか?」
さも意外だというようにシミオンはそれを摘むと口に含んだ。
「エルセの実だ。ルカが好んでよく食べている」
「ほう。これを好んでねぇ。ほら、食べてみろ」
シミオンに促され、エルセの実を口に入れたユリウスは「うっ」とうめいた。ルカがいつもポポと食べているのは知っていたが、ユリウス自身食べたことはなかった。驚くほど酸っぱくて渋い。
「まずいだろう。だがな、水の精霊はこれがとても甘く美味に感じられるらしい」
「これがか?」
それも驚きだが、いつもおいしそうに食べているルカにも驚きだ。
「希少種も好んで食べるのではないのか? 林に住んでいる希少種の一人が、いつもルカにその実をくれるからな」
「いや。そうとも限らん。希少種は人との血が混ざりすぎているからな。ルカは、おそらく特殊な例だ。より精霊の血を濃く引いて生まれてきたんだろう」
「待て。話が見えんぞ」
人との血だの、精霊の血だの、一体何の話が始まったのだ。ユリウスは、混乱する頭でシミオンに説明を求めた。
「そうか。それも普通は知らぬことなのか」
シミオンはぶつぶつ独り言を呟き、ユリウスに向き直った。
「そもそも希少種と我々が呼んでいる黒髪黒目の種族は、人と精霊との混血種だ。まぁそれを知る者は、今やこの国にはおらんかもしれんがな。私がティルブ山の湖で出会った精霊も、みな黒髪黒目の者ばかりだったぞ。希少種特有のあの黒い色は、精霊の血がもたらすものだ」
何を聞いても驚くまいと思ったが、頭の中を整理するのにユリウスは数分を要した。しかし希少種が精霊の血を引くのならば、当然の違和感が浮かんでくる。
「それならば、なぜ精霊の子を王国は奴隷に指定しているのだ? 本来なら敬うべき存在として信仰を集めてもおかしくないはずだ」
「そうさ。ユリウスの言う通りだ。そこがこの王国のおかしなところだ」
シミオンは、今日希少種と呼ばれる奴隷達が、精霊の血を引く者達だと知った時から、その点に疑問を感じ続けていたという。
「そこで私は書物という書物を漁り、希少種のはじめに行き着こうとした。今の希少種達は、人との間に生まれた子もあり、混血が進んでいるからな。特徴的な黒髪黒目を継いでいるだけで、あとは人とそう変わらん。が、遡ればはじめに精霊と交わった者がいるはずで、そいつと精霊との間にできた子が、今いる希少種達のはじまりとなった。そのはじまりがわかれば、希少種を奴隷として貶めている理由もわかるのではないか。そう思ったんだ。だがな」
簡単なことではなかったとシミオンは言う。
希少種が、精霊との混血という事実を記す書物は最近のものでは見当たらず、初代バッケル王のニ三世代のちの書物に、ようやく希少種は精霊と人との子との認識が一般的だった記述が出てくる。
けれどその認識があるにもかかわらず、その頃から希少種は奴隷として扱われている。
「全く腑に落ちん話だろう。しかし王国の歴史を記したものにその理由の説明はない。だいたいな、歴史書というのは、書いた国にとって都合の悪いことは書かんからな。これは何かあると思ってな。そこで人が忘却の彼方に追いやったものを、精霊から聞き出そうとティルブ山にのぼったのさ」
「成果はあったようだな」
「ああ、もちろん」
シミオンは息をつき、ソファの背もたれに背中を預けた。
「その様子ではあまり愉快な話ではないようだな」
「その通りだ、ユリウス。精霊達の口から語られた真実は、バッケル王の悪行だったぞ」
シミオンが精霊達から聞き出した希少種の始まりはこうだった。
初代バッケル王は、今の王都一帯を治める小国の若き王だった。その頃、小国は深刻な水不足に陥っていた。今と同じだ。
バッケル王は、その打開策としてティルブ山に住まうと言われている水の精霊の力を借りようと、軍隊を引き連れティルブ山にのぼった。
そこで、一人の美しい精霊に出会った。フロールという名の、上位精霊だ。
はじめは平和的に話を進めようとしたバッケル王だが、フロールの美しさに心奪われ、バッケル王はフロールを小国へと無理矢理連れ帰った。
バッケル王はフロールを陵辱し、生まれた子が今の希少種達の源流だ。バッケル王は更にフロールに王都の地下水脈を探し出させた。その後、用済みとばかりにフロールを刺し殺した。
「だがな、上位精霊は刺されたからといって死する存在でもない。フロールは死ぬことはなかったが、その魂は体から遊離した。ここからがユリウス、おまえにとって最も重要な話だ。その遊離したフロールの魂こそが、王家がレガリアと呼んでいるものだ」
「いや、待て」
今のシミオンの話からすれば、ではユリウスの肩にあるレガリアは、フロールの魂ということになる。ユリウスは思わず左肩をつかんだ。
「今日レガリアと呼んで王家がありがたがっているものは、初代バッケル王が殺したフロールの魂なのさ。精霊達によると、フロールはバッケル王の陵辱により心を閉ざし、今は硬い石のように閉じこもっている状態らしい。だが、魂が肉体と切り離せぬように、フロールの魂もまたそれ単体では生きられないようだ。体をなくしたフロールは、宿主を探して転々と他の者の体に寄生し続けているというわけだ」
そしてな、とシミオンは続ける。
「そのフロールは本来、水の精霊王の妻だったそうだ。当然、精霊王は怒り狂った。フロールの魂を取り戻そうとしている。精霊達によると、その精霊王は長らく行方不明だそうだぞ。お付きの精霊が一緒だそうで、精霊達はさほど心配はしておらんかったがな」
だからなユリウス、とシミオンはいつになく真剣な顔をした。
「おまえ、気をつけろよ。精霊王に狙われているのは間違いない。相手は精霊だからな。いつ何時どんな方法で襲ってくるのか。まるでわからん」
「だが、真実このレガリアがフロールの魂ならば、精霊王に返してやらねばならんのではないか?」
「ルカを抱いてレガリアを継げと焚きつけた手前、私も責任を感じている。それに返すと言ったって、そう簡単に差し出せるものではないはずだぞ。現にレガリアを持って亡くなった女王がいたろう。私はレガリアをその身に宿しているせいで身体的に負担がかかり命を縮めたのかと、おまえを焚き付けたのだが、精霊達が言うにはどうも殺されたようだ。フロールの魂を取り返そうとした精霊王の仕業かもしれんと言っていた」
「そうか」
剣でならばどんな相手であろうと勝つ自信はある。けれど、相手が精霊王となると、ユリウスにもどう対処していいかわからない。叶うことならば精霊王にフロールの魂を返してやりたいが、代わりに命を失うのはごめんだとも思う。
まだユリウスはルカの側にいてやりたいし、何より自分がルカの側にいたい。どれだけ抱いても抱き足りないし、どれほど側にいても、もっと一緒にいたいと願う自分がいる。それに、ルカを泣かせるようなことだけはしたくない。
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