堅物辺境伯の溺愛〜虐げられた王宮奴隷は逃げ出した先で愛を知る〜

咲木乃律

文字の大きさ
68 / 91
第六章

エルセの実を摘みに*

しおりを挟む
「ねぇラウ。あっちの木はどうかな?」

 夏の林に、ルカの声がよく通る。さきほどからルカは上ばかり見上げて、エルセの実を探している。

「おいルカ。そう上ばかり見ていると首が痛くなるぞ」

 白い長袖シャツに茶色のズボンをはいた軽装のルカは、足取りも軽く飛び跳ねるように林を移動している。今日は朝からルカに付き合って、ユリウスは林の中でエルセの実をさがしていた。傍らにはラウもいて、「いや、あっちの方がいい」、「日当たりのいい場所のほうが実は甘いよ」などとルカにアドバイスを送っている。
 ラウとエルセの実を林にとりに行きたいとルカに言われ、市場での件もあったところだ。心配なのでユリウスも同行した。

 シミオンは二三日ユリウスの屋敷に滞在し、登山の疲れを癒やすと王都へと帰っていった。精霊王の居場所について何かわかったら知らせると言い置いて。

 それにしても。
 ユリウスはラウの金髪へと目をやった。ラウの金髪に染めた髪が陽光に輝いている。どんな染料で染めたのか。不思議と違和感なく馴染んでいる。
 ポポはルカの肩に乗ったまま、そこから降りようとはしない。いつも朝の散歩では、林に入ると好き勝手しているくせに、今日はなぜか大人しい。

「あ。見つけた」

 ルカが頭上を指差した。赤い実が鈴なりになっている。エルセの実というのは本当に不思議だ。普通木の実といえば、特定の木に同じ実がなるものだが、エルセの実はどの種類の木にもなっている。
 しかもなぜかユリウスが探して首を巡らせても、一つも見つけることができない。精霊が好むというエルセの実は、どういうわけか人には見つけることができないのかもしれない。
 シミオンがエルセの実を見つけられたのは、一重にその知識ゆえのことだろう。

 ルカが見つけた実は、高い位置になっている。

「ほら」

 ユリウスが抱き上げてやると、ルカは笑顔でエルセの実に手を伸ばした。一つ摘むと口に入れ、相好を崩す。

「おいしい! ユリウスも食べる?」

 口元に持ってこられたが、ユリウスは苦笑して首を振った。

「いや、ルカが食べろ。俺はあまり好かん」

「そうなの? おいしいのに……」

 ルカがしょんぼり肩を落とすと、ポポが僕にくれとばかりにルカの指にしがみついた。

「ポポは食べるよね」

 とたんにルカは嬉しそうな顔をし、ポポの頭を指でつつくとエルセの実をポポに渡す。ポポはキュルルと鳴くとエルセの実に飛びついた。

「食いしん坊な奴め」

 それを見ていたラウがひょいっとポポを摘み上げた。ポポの目と真正面から目を合わせ、睨むようにポポを見、藪の中に放り投げた。

「あ! ポポ!」

 ルカはユリウスからおりるとポポの投げられた藪へと入っていく。

「ひどいよ、ラウ。ポポがかわいそう」

 ルカが両手にポポを包んで戻ってくる。乱暴をしたラウに口を尖らせると、ラウはふんっと鼻を鳴らした。

「かわいそうなものか。調子に乗りすぎているから、ちょっと懲らしめてやっただけだ」

「ポポは何にもしてないのに。ね、ポポ」

「キュルル」

 まるでルカの言葉に返事をしたようだ。
 シミオンがシマリスのポポに気をつけろと言っていた。目に見えることだけを見ていてはいけないと。
 ユリウスはルカの手の中で縮こまるポポに視線を送った。まさかとは思うが、ポポはルカがここに来たすぐあとにボブが林で拾った。
 もしこのポポが、シミオンの言う精霊王ならば、レガリアを追って屋敷に入り込んできたとも考えられる。精霊王が果たしてシマリスに化けられるものなのかどうか。ユリウスの乏しい知識ではわからないが、もしこのポポが精霊王ならば、これほど無防備に側に置いておくのは危ない。
 またエルセの実をルカからもらい、ぱくついていたポポだが、ユリウスの鋭い目と目が合うと、慌てて伏せたように見えた。
 やはりただのシマリスにしては、確かに妙だ。
 ラウも何かしらポポに感じるものがあるのかもしれない。
 それにやたらとルカにくっつきたがるのも、気になるといえば気になる。
 ユリウスはルカの頭に枯れ草がついているのを払ってやりながら、さり気なくポポを摘み上げると自分の肩に乗せた。

「ユリウス?」

「ラウが呼んでるぞ」

 いつの間にか木立の向こうに行ったラウが手招きしている。ルカが走っていくのを見送りながら、ユリウスはポポを摘み上げるとさっきのラウのように目線の高さに持ち上げた。

「おい、おまえ」

 目を合わせると、ポポはきょときょとしたように視線を外そうとする。ユリウスは無理矢理こちらを向かせ、その目をのぞき込んだ。

「おまえ、何が目的でルカに近づいているんだ? フロールの魂ならば、今は俺が持っているぞ」

「キュルルル」

「おまえが精霊王なのか?」

「キュル」

 ユリウスは苦笑してポポを肩に戻した。これでポポがただのシマリスならば、とんだお笑い種だ。シマリス相手に真剣に話しかけ、答えを求めているのだから。

「返せるものならば、返してやりたいのだがな」

 肩に乗せたポポがキュルっと鳴いた。









***










「あっ……、ん」

 枕元のランプの明かりに照らされ、黒髪が艶々と光っていた。ずいぶん伸びたルカの黒髪が、乱れてシーツに広がっている。ユリウスはその髪を掬い取ると口づけ、ルカを抱き起こすと双丘をつかみ、下から激しく突き上げた。

「んっ……、ユリウス、それ、やだ…」

 ルカが必死にユリウスにしがみつきながらそう言うが、ユリウスは構わず腰を突き上げる。がくがくと揺らされるルカの体が弓なりに反り、「ああああっ」と耐え難い声が漏れる。次いでがくりと力を失い、ルカはユリウスの胸にぐったりと身をもたせかけた。

「ルカ。……愛してるよ、ルカ」

「ん……」

 ルカの意識は半分すでに夢の中だ。ユリウスはルカの中から自身を引き出すと、大腿を伝う白濁もそのままにルカを抱き上げると浴場へと消えた。

「ふぅ」

 ポポ、あるいはミヒルは、前足で頭をぽりぽりとかいた。毎晩のようにユリウスはルカを抱き潰す。やりすぎだと一言文句を言ってやりたいが、シマリスのポポではそうはいかない。

 今日は肝を冷やした。
 ユリウスがやたらと目線を合わせて、あろうことか精霊王の名を持ち出すとは。
 もしやポポの正体がばれたのかと思ったが、ユリウスは精霊王がポポではと勘違いしたらしい。ポポは精霊王ではないが、同じ精霊という意味ではあっている。
 ユリウスが突然精霊王のことを持ち出したのは、おそらくニ三日前に滞在していた、あのシミオンとかいう男の入れ知恵だろう。あの男からは精霊の残り香がした。ティルブ山にいる同胞達に会ったのだろう。そこでおそらくシミオンは、精霊王のこと、フロール様のこと、バッケル王国がレガリアと呼んでいるものの正体を知り、ユリウスへと伝えた。

「まぁこれで警戒心を増してくれたら上々だ」

 ミヒルはぽつりと呟いた。
 浴場からは湯を流す音が聞こえてくる。
 こうも毎晩二人の愛し合う姿を見ていると、やはりこの二人を引き裂くのはかわいそうでならない。
 はじめは、そう、はじめはフロール様の魂を取り戻すことをミヒルも当然のことだと思っていた。ラウ様がそうなさりたい気持ちも当たり前であるし、奪われたものを取り返すためには多少の犠牲もやむを得ないと考えていた。
 そのためにミヒルはわざわざ小リスになって屋敷に潜り込み、成長までしてみせる芸当をしてルカの側に張り付いたのだから。

 けれど、間近でルカと接していると、これからラウ様のしようとしていることをどうしても阻止したくなった。ユリウスの悲しむ様を思うと、ラウ様のように非情にはなりきれない。
 今日も林へエルセの実を取りに行くというから、ラウ様のことを警戒していた。なるべくルカの側から離れぬようにしていたら、ラウ様の機嫌を損ねた。

 ルカがフロール様の魂を持っていることは、ルカが生まれたときからわかっていた。フロール様の魂は、宿主を変えながら王家に近い人間の間を転々としてきた。馬鹿な王家の人間は、レガリアが本来フロール様の魂であることを忘れ、それをレガリアとしてありがたがった。滑稽なことだ。
 人間共は交われば子へと継がれていくと思っているようだが、フロール様の魂はそんなからくりで動いているのではない。より快適な宿主へと場所を移しているにすぎない。ラウ様はずっと機会をうかがってきた。
 今のラドバウトの先々代の時、フロール様の魂を持った女王が誕生し、条件が整ったためラウ様はついに失われたフロール様の魂を取り戻そうと動かれた。
 けれどフロール様の魂を取り戻す前に、女王はラウ様を刺客と勘違いし、逃げ切れないと悟った女王は、敵の刃にかかるくらいならと自刃した。一部の同胞は、ラウ様が手にかけたと今も思っているようだが、その後フロール様の魂がルカに宿るまでどこを巡ったのか。

 ラウ様はフロール様の魂を見失われた。本来ならありえないことだ。それだけフロール様の魂の光が弱まり、消滅しかかっている証だとラウ様は言った。長い年月寄生し続けた魂が疲弊し、すり減っているのだと。
 現にルカにはフロール様がおられる証となる文様が、生まれた一瞬しか浮かび上がらなかった。そのためフロール様の魂を取り戻そうにも居場所がわからず、成す術がなかった。ただ、ルカは女の希少種にもかかわらず成長が遅く、堰き止められるように月のものがなかった。ラウ様はおそらく体内に宿るフロール様の魂が、ルカの成長を押し留めているのだろうと言っていた。
 しかしルカはユリウスと出会い、フロール様の魂を押し切って本来の姿へと急速に成長した。ルカの魂が輝きを増した分、フロール様の魂は一層力を失った。ユリウスは、その理由を侍医のノルデンに調べてもらったようだが、結局その答えに行き着きはしなかった。
 それが、フロール様が一段と弱まってきている証であるとは、想像の範疇を超えていたことだろう。そして、フロール様の魂は、ルカを出てユリウスへと移り、ルカに月のものが始まった。
 ラウ様は焦っておられる。
 ルカからユリウスへと宿主を移したフロール様の魂は、幸いその所在をはっきりと表している。けれどやはりその光は弱く、今にも消えかかっている。今のうちに取り返さねば、もう二度とフロール様の魂を取り戻せないかもしれないとラウ様は恐れておられる。

 カタンと音がし、タオルで包んだルカを抱いたユリウスが戻ってきた。
 ミヒルはゲージに入れられた木の洞に身を潜ませた。
 ユリウスはベッドにそっとルカをおろすと、包んでいたタオルを取り去り、眠っているルカに夜着を着せてやっている。毎晩毎晩かいがいしく丁寧なことだ。
 他の領主は知らないが、ユリウスの領主としての仕事が激務であることは、こっそり領館に見に行ったことがあるのでミヒルは知っている。あれだけの仕事を完璧にこなし、夜は夜でルカの世話にも手を抜かない。
 まぁこちらは楽しんでやっているのだろうことは見ていてわかるのだが。
 ユリウスは愛おしそうにルカの濡れた髪を撫でると、乾いたタオルで水気を拭った。ついでとばかりに閉じたまぶたや薄く開いた唇に口づけを落とし、ルカの細い体を抱きしめるとユリウスはようやく瞳を閉じた。
 
 ミヒルはその一部始終を複雑な思いで見つめていた。フロール様の魂がこのまま消滅してしまうのはミヒルとて苦しい。苦しいがフロール様を救おうと思えば、同時にユリウスとルカを引き裂くことにもなる。どちらに転ぼうが、心の痛む結果しか待っていないと思うと、ミヒルはこの二人の時間が少しでも長く続けばいいと祈らずにはいられなかった。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

冷徹公爵の誤解された花嫁

柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。 冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。 一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

王宮地味女官、只者じゃねぇ

宵森みなと
恋愛
地味で目立たず、ただ真面目に働く王宮の女官・エミリア。 しかし彼女の正体は――剣術・魔法・語学すべてに長けた首席卒業の才女にして、実はとんでもない美貌と魔性を秘めた、“自覚なしギャップ系”最強女官だった!? 王女付き女官に任命されたその日から、運命が少しずつ動き出す。 訛りだらけのマーレン語で王女に爆笑を起こし、夜会では仮面を外した瞬間、貴族たちを騒然とさせ―― さらには北方マーレン国から訪れた黒髪の第二王子をも、一瞬で虜にしてしまう。 「おら、案内させてもらいますけんの」 その一言が、国を揺らすとは、誰が想像しただろうか。 王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」 副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」 ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」 そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」 けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。 王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。 訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る―― これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。 ★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...