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第四章 旦那様がグイグイ来ます
公爵夫人もどき
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夕方──ドレス一式やその他の細々とした買物を終えた私達は、女三人で仲良くカフェにいた。
「今日は本当に楽しかったです! ずーーーーっと買いたかった奥様のドレスを、まさか私自身が選んで注文することができるなんて!」
祈るように両手を組み、ポルテが瞳を輝かせる。
彼女は日々私の世話をしながら、私に似合うドレスを色々と構想していたらしい。
お陰で、採寸を終えた私が店内に戻った時にはほぼ全てのことが決まっていて、後は最終確認と支払いに関する書類にサインをするだけでいいという、何とも素晴らしい状態だった。
「提示された金額には驚いてしまったけれど、正直とても助かったわ。私じゃ絶対決められなかったもの」
二人ともありがとう、と頭を下げる。
「そんな奥様、お礼を言いたいのは此方の方です。侍女なんかである私に、好きなようにドレスを注文させていただいて──」
「侍女なんかではないわ。ポルテは何時も私を助けて──」
「あの!!」
それまで無言を決め込んでいたジュジュが突然声を上げ、言い合いをしていた私とポルテは驚いて口を閉ざす。
「お互いにお礼を言い合うのは構わないんですが、ちょっとウザいので、その辺にしませんか? キリがないですよ」
やれやれと肩を竦めて、ジュジュは珈琲を口にする。
言われてみればその通りだと思い、ポルテと顔を見合わせて笑う。
刹那──その場の雰囲気をぶち壊しにするような、冷たい声が耳を打った。
「あら、誰かと思えばヘマタイト公爵夫人もどきじゃない。こんな場所で会うなんて奇遇ですわね」
相手の顔を見、頭の中で貴族名鑑を素早く捲る。
今時珍しく縦ロールの髪型をしたこの方は──。
「ファウステッド侯爵家のご令嬢ですわね。ごきげんよう」
すぐさま名前を探し当て、にっこりと微笑んだ。
私が家名を知っていたことが意外だったのか、彼女は素直に驚いた顔をする。
仮にも侯爵家のご令嬢なのだから、そんな風に分かりやすく表情に出してはいけませんよ、と思うも、当然ながら声には出さない。
「もどきって何なのよ。奥様はもどきなんかじゃなくて、れっきとした公爵夫人なのに。なんて失礼な……!」
ちなみにポルテの心の声はだだ漏れのため、相手に聞こえてしまわないかとハラハラしてしまう。
立場的には此方が上だけれど、侍女が失礼な口をきいたとなったら、難癖をつけられるかもしれない。
私はそう考え、身構えていたのに、どうやら向こうは違ったらしい。
腰に手を当て、ツンとして上を向くと、私のことを思いっきり扱き下ろしてきた。
「こんな場所で使用人とお茶をするなんて、流石もどきね。わたくしだったら恥ずかしくて到底真似できませんわ。それとももどきだから、公爵様にそのような扱いを受けているのかしら?」
そのような扱いってなんだろう?
意味が分からず、私は思わず首を傾げる。
使用人と一緒にお茶をするのって、そんなにもいけないことなの?
それに、こんな場所でって言ったけど、ファウステッドのご令嬢もお茶をするためにこんな場所へ来たのでは?
理解できないことだらけで返答に困り、顎に手を当てて考え込む。
そんな私に何を思ったのか、侯爵令嬢は勝ち誇ったかのように、こう続けてきた。
「分不相応なもどきはサッサと離婚するべきよ。貴方なんかが妻として居座っているだけで、どれだけ公爵様に迷惑がかかっていると思っているの? お父様は勢力バランスを考えれば仕方がないと仰っていたけれど、そんなもの関係ないわ! わたくしの家の力をもってすれば、どうとでもできるに決まっていますもの!」
「なんて失礼な……!」
衝動的に立ち上がりかけたポルテを、ジュジュが無言で制する。
「ジュジュは奥様のことをあんな風に言われて腹が立たないの!?」
ポルテは怒りを露わに言ってくれたけれど、ジュジュに目線で私を指し示され、ツイと私に目を向けて──え? という顔になった。
恐らく、当事者であり一番怒っているはずの私が、ポカンとしていたからだろう。
「え、奥様?」
私の様子に気付いたポルテが、目の前で手を振り、意識があるかどうかを確かめてくる。
それ、ちょっと酷くない? 幾ら呆然としてても、目を開けたまま意識は飛ばさないからね?
大丈夫だということを示すように一度頭を振ると、私はポルテに微笑いかけた。
「大丈夫よ。意識はハッキリしてるわ。ただちょっと、予想外のことを言われたから驚いていただけ」
「お可哀想に……」
同情するようなポルテの視線を感じるけれど、別に傷付くような酷いことを言われて、驚いたわけじゃない。
ただ純粋に、侯爵令嬢の放った言葉に驚いていただけなのだ。
彼女は家の力でもって勢力バランスをなんとかすると言ったけれど、王家の力を持ってしても何ともできないものを、侯爵でしかない彼女の家が、どうやったら何とかできるんだろう?
そもそも、彼女の父親が仕方がないと言っていることを、娘である彼女がどうにかできると言っている時点で、親子の言うことが食い違っている。
こんなことを言うと失礼だと思うけれど、もしかして彼女は……頭が悪いのかしら?
「……ちょっと?」
あ、それともあれか。
リーゲル様のことが好きすぎて、現実が見えていない……若しくは、出来もしないことを出来ると思い込んじゃってるやつなのかしら。
だとしたら説得は不可能ね……。そんな人が冷静に話を聞くとは思えないし、もし聞いたところで──。
「ちょっと貴方!」
「へっ!? ……あ、し、失礼しました」
考え事に没頭しすぎて、周囲のことを忘れていたわ。
まだ私、この方とお話ししてる最中だったのよね。
「今日は本当に楽しかったです! ずーーーーっと買いたかった奥様のドレスを、まさか私自身が選んで注文することができるなんて!」
祈るように両手を組み、ポルテが瞳を輝かせる。
彼女は日々私の世話をしながら、私に似合うドレスを色々と構想していたらしい。
お陰で、採寸を終えた私が店内に戻った時にはほぼ全てのことが決まっていて、後は最終確認と支払いに関する書類にサインをするだけでいいという、何とも素晴らしい状態だった。
「提示された金額には驚いてしまったけれど、正直とても助かったわ。私じゃ絶対決められなかったもの」
二人ともありがとう、と頭を下げる。
「そんな奥様、お礼を言いたいのは此方の方です。侍女なんかである私に、好きなようにドレスを注文させていただいて──」
「侍女なんかではないわ。ポルテは何時も私を助けて──」
「あの!!」
それまで無言を決め込んでいたジュジュが突然声を上げ、言い合いをしていた私とポルテは驚いて口を閉ざす。
「お互いにお礼を言い合うのは構わないんですが、ちょっとウザいので、その辺にしませんか? キリがないですよ」
やれやれと肩を竦めて、ジュジュは珈琲を口にする。
言われてみればその通りだと思い、ポルテと顔を見合わせて笑う。
刹那──その場の雰囲気をぶち壊しにするような、冷たい声が耳を打った。
「あら、誰かと思えばヘマタイト公爵夫人もどきじゃない。こんな場所で会うなんて奇遇ですわね」
相手の顔を見、頭の中で貴族名鑑を素早く捲る。
今時珍しく縦ロールの髪型をしたこの方は──。
「ファウステッド侯爵家のご令嬢ですわね。ごきげんよう」
すぐさま名前を探し当て、にっこりと微笑んだ。
私が家名を知っていたことが意外だったのか、彼女は素直に驚いた顔をする。
仮にも侯爵家のご令嬢なのだから、そんな風に分かりやすく表情に出してはいけませんよ、と思うも、当然ながら声には出さない。
「もどきって何なのよ。奥様はもどきなんかじゃなくて、れっきとした公爵夫人なのに。なんて失礼な……!」
ちなみにポルテの心の声はだだ漏れのため、相手に聞こえてしまわないかとハラハラしてしまう。
立場的には此方が上だけれど、侍女が失礼な口をきいたとなったら、難癖をつけられるかもしれない。
私はそう考え、身構えていたのに、どうやら向こうは違ったらしい。
腰に手を当て、ツンとして上を向くと、私のことを思いっきり扱き下ろしてきた。
「こんな場所で使用人とお茶をするなんて、流石もどきね。わたくしだったら恥ずかしくて到底真似できませんわ。それとももどきだから、公爵様にそのような扱いを受けているのかしら?」
そのような扱いってなんだろう?
意味が分からず、私は思わず首を傾げる。
使用人と一緒にお茶をするのって、そんなにもいけないことなの?
それに、こんな場所でって言ったけど、ファウステッドのご令嬢もお茶をするためにこんな場所へ来たのでは?
理解できないことだらけで返答に困り、顎に手を当てて考え込む。
そんな私に何を思ったのか、侯爵令嬢は勝ち誇ったかのように、こう続けてきた。
「分不相応なもどきはサッサと離婚するべきよ。貴方なんかが妻として居座っているだけで、どれだけ公爵様に迷惑がかかっていると思っているの? お父様は勢力バランスを考えれば仕方がないと仰っていたけれど、そんなもの関係ないわ! わたくしの家の力をもってすれば、どうとでもできるに決まっていますもの!」
「なんて失礼な……!」
衝動的に立ち上がりかけたポルテを、ジュジュが無言で制する。
「ジュジュは奥様のことをあんな風に言われて腹が立たないの!?」
ポルテは怒りを露わに言ってくれたけれど、ジュジュに目線で私を指し示され、ツイと私に目を向けて──え? という顔になった。
恐らく、当事者であり一番怒っているはずの私が、ポカンとしていたからだろう。
「え、奥様?」
私の様子に気付いたポルテが、目の前で手を振り、意識があるかどうかを確かめてくる。
それ、ちょっと酷くない? 幾ら呆然としてても、目を開けたまま意識は飛ばさないからね?
大丈夫だということを示すように一度頭を振ると、私はポルテに微笑いかけた。
「大丈夫よ。意識はハッキリしてるわ。ただちょっと、予想外のことを言われたから驚いていただけ」
「お可哀想に……」
同情するようなポルテの視線を感じるけれど、別に傷付くような酷いことを言われて、驚いたわけじゃない。
ただ純粋に、侯爵令嬢の放った言葉に驚いていただけなのだ。
彼女は家の力でもって勢力バランスをなんとかすると言ったけれど、王家の力を持ってしても何ともできないものを、侯爵でしかない彼女の家が、どうやったら何とかできるんだろう?
そもそも、彼女の父親が仕方がないと言っていることを、娘である彼女がどうにかできると言っている時点で、親子の言うことが食い違っている。
こんなことを言うと失礼だと思うけれど、もしかして彼女は……頭が悪いのかしら?
「……ちょっと?」
あ、それともあれか。
リーゲル様のことが好きすぎて、現実が見えていない……若しくは、出来もしないことを出来ると思い込んじゃってるやつなのかしら。
だとしたら説得は不可能ね……。そんな人が冷静に話を聞くとは思えないし、もし聞いたところで──。
「ちょっと貴方!」
「へっ!? ……あ、し、失礼しました」
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まだ私、この方とお話ししてる最中だったのよね。
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