【完結】私の初恋の人に屈辱と絶望を与えたのは、大好きなお姉様でした

迦陵 れん

文字の大きさ
31 / 84
第四章 旦那様がグイグイ来ます

公爵夫人もどき

しおりを挟む
 夕方──ドレス一式やその他の細々とした買物を終えた私達は、女三人で仲良くカフェにいた。

「今日は本当に楽しかったです! ずーーーーっと買いたかった奥様のドレスを、まさか私自身が選んで注文することができるなんて!」

 祈るように両手を組み、ポルテが瞳を輝かせる。

 彼女は日々私の世話をしながら、私に似合うドレスを色々と構想していたらしい。

 お陰で、採寸を終えた私が店内に戻った時にはほぼ全てのことが決まっていて、後は最終確認と支払いに関する書類にサインをするだけでいいという、何とも素晴らしい状態だった。

「提示された金額には驚いてしまったけれど、正直とても助かったわ。私じゃ絶対決められなかったもの」

 二人ともありがとう、と頭を下げる。

「そんな奥様、お礼を言いたいのは此方の方です。侍女なんかである私に、好きなようにドレスを注文させていただいて──」
「侍女ではないわ。ポルテは何時も私を助けて──」
「あの!!」

 それまで無言を決め込んでいたジュジュが突然声を上げ、言い合いをしていた私とポルテは驚いて口を閉ざす。

「お互いにお礼を言い合うのは構わないんですが、ちょっとウザいので、その辺にしませんか? キリがないですよ」

 やれやれと肩を竦めて、ジュジュは珈琲を口にする。

 言われてみればその通りだと思い、ポルテと顔を見合わせて笑う。

 刹那──その場の雰囲気をぶち壊しにするような、冷たい声が耳を打った。

「あら、誰かと思えばヘマタイト公爵夫人じゃない。こんな場所で会うなんて奇遇ですわね」

 相手の顔を見、頭の中で貴族名鑑を素早く捲る。

 今時珍しく縦ロールの髪型をしたこの方は──。

「ファウステッド侯爵家のご令嬢ですわね。ごきげんよう」

 すぐさま名前を探し当て、にっこりと微笑んだ。

 私が家名を知っていたことが意外だったのか、彼女は素直に驚いた顔をする。

 仮にも侯爵家のご令嬢なのだから、そんな風に分かりやすく表情に出してはいけませんよ、と思うも、当然ながら声には出さない。

って何なのよ。奥様はもどきなんかじゃなくて、れっきとした公爵夫人なのに。なんて失礼な……!」

 ちなみにポルテの心の声はだだ漏れのため、相手に聞こえてしまわないかとハラハラしてしまう。

 立場的には此方が上だけれど、侍女が失礼な口をきいたとなったら、難癖をつけられるかもしれない。

 私はそう考え、身構えていたのに、どうやら向こうは違ったらしい。

 腰に手を当て、ツンとして上を向くと、私のことを思いっきり扱き下ろしてきた。

「こんな場所で使用人とお茶をするなんて、流石ね。わたくしだったら恥ずかしくて到底真似できませんわ。それともだから、公爵様にそのような扱いを受けているのかしら?」

 そのような扱いってなんだろう?

 意味が分からず、私は思わず首を傾げる。

 使用人と一緒にお茶をするのって、そんなにもいけないことなの?

 それに、って言ったけど、ファウステッドのご令嬢もお茶をするためにへ来たのでは?

 理解できないことだらけで返答に困り、顎に手を当てて考え込む。

 そんな私に何を思ったのか、侯爵令嬢は勝ち誇ったかのように、こう続けてきた。

「分不相応なはサッサと離婚するべきよ。貴方なんかが妻として居座っているだけで、どれだけ公爵様に迷惑がかかっていると思っているの? お父様は勢力バランスを考えれば仕方がないと仰っていたけれど、そんなもの関係ないわ! わたくしの家の力をもってすれば、どうとでもできるに決まっていますもの!」
「なんて失礼な……!」

 衝動的に立ち上がりかけたポルテを、ジュジュが無言で制する。

「ジュジュは奥様のことをあんな風に言われて腹が立たないの!?」

 ポルテは怒りを露わに言ってくれたけれど、ジュジュに目線で私を指し示され、ツイと私に目を向けて──え? という顔になった。

 恐らく、当事者であり一番怒っているはずの私が、ポカンとしていたからだろう。

「え、奥様?」

 私の様子に気付いたポルテが、目の前で手を振り、意識があるかどうかを確かめてくる。

 それ、ちょっと酷くない? 幾ら呆然としてても、目を開けたまま意識は飛ばさないからね?

 大丈夫だということを示すように一度頭を振ると、私はポルテに微笑いかけた。

「大丈夫よ。意識はハッキリしてるわ。ただちょっと、予想外のことを言われたから驚いていただけ」
「お可哀想に……」

 同情するようなポルテの視線を感じるけれど、別に傷付くような酷いことを言われて、驚いたわけじゃない。

 ただ純粋に、侯爵令嬢の放った言葉に驚いていただけなのだ。

 彼女は家の力でもって勢力バランスをなんとかすると言ったけれど、王家の力を持ってしても何ともできないものを、侯爵でしかない彼女の家が、どうやったら何とかできるんだろう?

 そもそも、彼女の父親が仕方がないと言っていることを、娘である彼女がどうにかできると言っている時点で、親子の言うことが食い違っている。

 こんなことを言うと失礼だと思うけれど、もしかして彼女は……頭が悪いのかしら?

「……ちょっと?」

 あ、それともあれか。

 リーゲル様のことが好きすぎて、現実が見えていない……若しくは、出来もしないことを出来ると思い込んじゃってるやつなのかしら。

 だとしたら説得は不可能ね……。そんな人が冷静に話を聞くとは思えないし、もし聞いたところで──。

「ちょっと貴方!」
「へっ!? ……あ、し、失礼しました」

 考え事に没頭しすぎて、周囲のことを忘れていたわ。

 まだ私、この方とお話ししてる最中だったのよね。

 
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?

すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。 人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。 これでは領民が冬を越せない!! 善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。 『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』 と……。 そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

【完結】もう一度あなたと結婚するくらいなら、初恋の騎士様を選びます。

恋愛
「価値のない君を愛してあげられるのは僕だけだよ?」 気弱な伯爵令嬢カトレアは両親や親友に勧められるまま幼なじみと結婚する。しかし彼は束縛や暴言で彼女をコントロールするモラハラ男だった。 ある日カトレアは夫の愛人である親友に毒殺されてしまう。裏切られた彼女が目を覚ますと、そこは婚約を結ぶきっかけとなった8年前に逆行していた。 このままではまた地獄の生活が始まってしまう……! 焦ったカトレアの前に現れたのは、当時少しだけ恋心を抱いていたコワモテの騎士だった。 もし人生やり直しが出来るなら、諦めた初恋の騎士様を選んでもいいの……よね? 逆行したヒロインが初恋の騎士と人生リスタートするお話。 ざまぁ必須、基本ヒロイン愛されています。 ※誤字脱字にご注意ください。 ※作者は更新頻度にムラがあります。どうぞ寛大なお心でお楽しみ下さい。 ※ご都合主義のファンタジー要素あり。

本日、貴方を愛するのをやめます~王妃と不倫した貴方が悪いのですよ?~

なか
恋愛
 私は本日、貴方と離婚します。  愛するのは、終わりだ。    ◇◇◇  アーシアの夫––レジェスは王妃の護衛騎士の任についた途端、妻である彼女を冷遇する。  初めは優しくしてくれていた彼の変貌ぶりに、アーシアは戸惑いつつも、再び振り向いてもらうため献身的に尽くした。  しかし、玄関先に置かれていた見知らぬ本に、謎の日本語が書かれているのを見つける。  それを読んだ瞬間、前世の記憶を思い出し……彼女は知った。  この世界が、前世の記憶で読んだ小説であること。   レジェスとの結婚は、彼が愛する王妃と密通を交わすためのものであり……アーシアは王妃暗殺を目論んだ悪女というキャラで、このままでは断罪される宿命にあると。    全てを思い出したアーシアは覚悟を決める。  彼と離婚するため三年間の準備を整えて、断罪の未来から逃れてみせると……  この物語は、彼女の決意から三年が経ち。  離婚する日から始まっていく  戻ってこいと言われても、彼女に戻る気はなかった。  ◇◇◇  設定は甘めです。  読んでくださると嬉しいです。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

この婚約は白い結婚に繋がっていたはずですが? 〜深窓の令嬢は赤獅子騎士団長に溺愛される〜

氷雨そら
恋愛
 婚約相手のいない婚約式。  通常であれば、この上なく惨めであろうその場所に、辺境伯令嬢ルナシェは、美しいベールをなびかせて、毅然とした姿で立っていた。  ベールから、こぼれ落ちるような髪は白銀にも見える。プラチナブロンドが、日差しに輝いて神々しい。  さすがは、白薔薇姫との呼び名高い辺境伯令嬢だという周囲の感嘆。  けれど、ルナシェの内心は、実はそれどころではなかった。 (まさかのやり直し……?)  先ほど確かに、ルナシェは断頭台に露と消えたのだ。しかし、この場所は確かに、あの日経験した、たった一人の婚約式だった。  ルナシェは、人生を変えるため、婚約式に現れなかった婚約者に、婚約破棄を告げるため、激戦の地へと足を向けるのだった。 小説家になろう様にも投稿しています。

処理中です...