【完結】私の初恋の人に屈辱と絶望を与えたのは、大好きなお姉様でした

迦陵 れん

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第五章 旦那様を守りたい

幕間 怒りのリーゲル②

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「……じゃあ、私は取り敢えず店に戻るから、お前は頑張って男色家の噂を払拭する方法を考えてくれ」

 その場で両腕を組み考え始めたシーヴァイスに、私は手を振って背中を向ける。

 これ以上こいつに付き合っている暇はない。腹も減ったし、先程の店でグラディスが待っているのだ。

「ちょ、ちょっと待て! お前は私を見捨てるのか!?」

 焦ったシーヴァイスに背後から右腕を掴まれ、グイと後ろに引っ張られる。

 ちっ、しつこいな。

「見捨てるもなにも、男色家の噂なんて婚約者を作ればすぐに消えるだろうが。方法なんて考えるまでもない」
「だが、婚約者……。今まで見つからなかったものが、今更都合良く見つかるとは、とても思えない」
「条件を付けなければいいだけだろ」

 そうだ。条件さえ付けなければ、王太子妃になりたい女なんて山ほどいる。

 たとえ王太子に男色家の疑いがあろうとも、彼女達にとっては何の障害にもなりはしない。

 子供を作れないのは困るが、妃にさえなってしまえば、どうとでもやりようはあるのだから。

「しかしだな、ここまで来て卑しい女と結婚するというのも、私のプライドが許さないというか、妥協したくないというか……」

 ぶつぶつと独り言を言うシーヴァイスの手を振り解き、これ以上付き合えないと足早に店へと戻る。

 こうしている間にも、グラディスがアルテミシアにまた嫌味を言われているかもしれない。

 今日はせっかく二人──正しくは四人──で一緒に出掛けたのだから、少しでも嫌な思いはさせたくないのに。

「グラディス、待たせたな。一人にしてすまなかった」
「え? ……お、お帰りなさいませ」
「一人にしてすまないってどういうことよ……。わたくしも一緒にいたのだけれど……」

 私の言った言葉に戸惑いつつ「お帰りなさい」を言ってくれるグラディスに、心が温まる。

 彼女の隣で性格の悪い人形が何か言っているようだが、それは無視だ、無視。

「君が食べているのは何だ? 美味しそうだな」
「ええと、これはですね……あ、リーゲル様もご注文なされますか?」

 微笑んでメニューを渡してくれるグラディスに、知らず私も微笑みを返す。

「何よ、何なのよ、これ。もの凄く居心地が悪いんだけど……」

 またも人形が何事かをほざいたが、私の耳には聞こえない。

「ねぇリーゲル、先程からその態度……わざとわたくしを煽っていて?」

 煽るってなんだ! そんな気持ちは全くない! 

 ただ、グラディスと過ごせる時間に、余計なものを入れたくないだけだ。

「ふふっ。リーゲルったら、わたくしにヤキモチを妬かせようとして、わざとこの女と仲の良い振りをしているのでしょう? 態々そんなことをしなくても、わたくしはリーゲルしか見ていないのに……可愛いわねぇ」

 言いながらアルテミシアの指が、私の頬をなぞっていく。

 正直気持ち悪い。鳥肌が立つ。勘弁してくれ。

 我慢しきれなくなった私は、ガタンと音を立てて席を立ち、アルテミシアから離れようとして──その場の光景に目を疑った。

「グラディス、君にお願いがある。どうか私の秘密の恋人になってはくれないだろうか?」

 なんと王太子であるシーヴァイスが、グラディスの前──机があるため本当は横──に跪き、彼女の手の甲に口接けていたのだ!

「おい! お前なにをやってる!」

 慌ててシーヴァイスをグラディスから引き離し、無理矢理椅子に座らせて、上から肩を押さえ込む。

「グラディスは私の妻だ。お前の恋人になど、なるわけがないだろう!」
「だからと言っただろう? 男色家の噂を払拭するには、女遊びをするのが良いと言ったのはお前だぞ」

 飄々として言うが、人妻と遊べとは一言も言ってない。

 こいつの頭の中はどうなってるんだ。

「確かに女遊びをしろとは言ったが……俺は結婚相手を探しつつ独身の女と遊べという意味で言ったのであって、グラディスを巻き込んで良いと言ったわけじゃない!」

 思わず大声を出してしまい、しまった、という気持ちと共に周囲を見回す。

 すると、なんだか生温いような視線と、期待に満ちたキラキラしたような視線を感じ、眉間に皺が寄った。

「……リーゲル様、その……大変申し上げにくいのですが……」

 そんな私にグラディスが近付き、口の横に手をあてて囁いてくる。

「このカフェにいる方達は、王太子殿下とリーゲル様の仲を疑っていらっしゃるようです」
「なんだって!?」

 言われて改めて周りを見回せば、成る程と思える視線が俺達──シーヴァイスと自分──二人に注がれていることに気付いた。

 なんてことだ。俺とシーヴァイスの仲が疑われたら、グラディスが益々身代わりだと言われてしまうじゃないか。

 そうじゃない、グラディスは決して身代わりなんかじゃないのだと知らしめたいのに、何故か事態は逆方向へと進んでいく。

 それというのも、自分勝手に振る舞う王族二人のせいだ。

 幼い頃からこいつらに振り回されて、俺──いや、私はどれ程の被害を被ったか分からない。

 もういい加減、こいつらとは縁を切ってやる!

 私はぐっと唇を引き締めると、グラディスの手を握り、王族二人を置き去りにして店を出た。









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