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第六章 旦那様の傍にいたい
王女殿下の黒い笑み
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「失礼致します。……ごめんなさいね」
私は人混みの中を走りながら、ぶつかった人、ぶつかりかけた人達に声を掛け、その中を掻き分けるようにして駆け抜けて行く。
「すまない、申し訳ない」
私に手を引かれる形で走っているリーゲル様も、適宜謝罪を述べているようだ。
周りにいる人達が平民ばかりで、且つ自分達が追われているとはいえ、礼儀を失してはならない。そう思うからこそ、私達は律儀に声を掛けつつ走っているというのに。
王族ともなると、やはり考えが異なるようで、人混みの前で足を止めたらしい王女殿下の、癇癪を起こしたかのような大声が背後から聞こえて来た。
「邪魔よ! 道を開けなさい! わたくしを誰だと思っているの!?」
誰だと言われても、平民達のほとんどは王族に会ったこともないのだから、顔を見ても分かる筈がないのに。
寧ろ「この娘は何を言ってるんだ?」というもの珍し気な目を向けられるだけだろうけれど、彼女はきっとそれを分かっていない。国民であれば、誰でも王族の顔を知っているのが当然だと思っている。
だから、あんな風に偉そうに言えるのだろうけれど、言うことを聞いて貰えなかったら、どうなるのかしら?
一瞬、そんな興味を抱いてしまって走る速度を緩めたら、リーゲル様に路地裏へと引き込まれた。
「きゃっ」
「黙って。暫くここで休憩しよう」
走り疲れ、肩で息をするリーゲル様の腕に囚われ、彼の額が私の肩にのせられる。
「ヒャウッ」
瞬間、心臓が口から飛び出しそうになり、私は慌てて自分の口を両手で押さえた。
なにこれ、なにこれ、なにこれーーー!
何のご褒美? 首に当たるリーゲル様の髪が擽ったい! それにこの苦しそうな息づかい……こ、興奮してしまう!
走り回ったことによる動悸とは別の理由で心臓がバクバクし、酸欠で頭がクラクラしてくる。
「リ、リーゲル様……」
「しっ! 静かに」
このままでは気を失いそうです、と伝えたかったのに、私の声が聞こえないようにする為なのか、リーゲル様の胸に顔を埋めるかのように抱き寄せられて。
もう既にいっぱいいっぱいだった私は、そこで興奮が最高潮に達し、夢見心地で意識を途切れさせた。
ああ、なんて勿体無い──。
※ ※ ※ ※ ※
その頃王女殿下はというと。
「……っ、退きなさいと言っているでしょう? さっさと道を開けないと処罰するわよっ!」
道を塞ぐ──わざと塞いでいるわけではないが──平民達を、大声で怒鳴り付けていた。
「早く退いて。貴方達だって死にたくはないでしょう?」
死ぬという物騒な言葉に、大多数の者達が顔色を変え、二手に別れて道を開け始める。
漸く目の前に開かれていく道を見て、アルテミシアは「まったく行動が遅いんだから」と、不満気に言葉を漏らす。しかし、見晴らしの良くなった道の真ん中に、如何にもガラの悪そうな男達が姿を現し、不快感に顔を歪めた。
「邪魔よ、貴方達。さっさと退きなさい」
「お嬢ちゃん威勢が良いなぁ。でも、こんな街中で処罰とはいただけないねぇ」
「何よ。わたくしの言うことに従えない者に対して、処罰を与えるのは当然のことなのよ」
ふん、と胸を反らし、男達を押し退けてアルテミシアは駆け出そうとする。が、体格の良い男に腰を掴まれたかと思うと、一瞬で肩の上に抱え上げられてしまった。
「ちょっと! 離しなさい! 不敬よ!」
護衛は何をやっているの!? と周囲を見回すも、彼等を置いて一人で走って来てしまったアルテミシアの側には、彼女を助けられる者など一人もいない。
待ってくれと、一人で行くのは危険だと追い縋る護衛の手を振り払い、ここまで先行してしまったのはアルテミシア自身だ。
無論、周囲の平民達が助けようとする筈もなく、結果、アルテミシアはリーゲル達が走り去った方角とは反対方向へと、男達によって運ばれて行くこととなる。
「待って! わたくしが行きたいのはそっちじゃないわ。逆方向よ。逆へ行きなさい!」
足をバタつかせ、大声で命令するも、男達は取り合わない。
「噂には聞いていたが、ほんとにこれは暴れ馬だな。じゃじゃ馬なんて可愛いもんじゃねえや」
「ちげぇねえ」
ガハハと笑い合う男達。
このような屈辱を受けるのは初めてで、アルテミシアは悔しさに唇を噛み締める。
「離せ! 離しなさいよ! 離せったら!」
拳で男の背中を殴りつけるも、屈強な男の体にダメージはないらしく、痛がる素振りを見せるどころか、足を止めることもない。
このままだと、どこかヤバいところに連れて行かれるかもしれない……。
襲いかかる危機感に、アルテミシアは青褪めた。
アルテミシアがこれまで関わって来た男性は、みな貴族令息や騎士ばかりで、立場上逆らうことなどできない者達ばかりだったから、力の差で押さえつけられることなどなかった。
兄であるシーヴァイスだけは別だったけれど、彼とて自分の手足を寝台に縛りつける──それだけで十分酷いと思うが──ぐらいで、それ以外のことをしてくることはなかったのだ。
でも、この男達は違う。力に任せて、何をしてくるか分からない。
最悪、今まで守り通した純潔を奪われることだって──。
そう思った瞬間、アルテミシアの脳裏にリーゲルの顔が浮かび、次いでグラディスの顔が浮かんだ。
そうだ、良いことを思いついたわ。これが上手くいけば、グラディスを排除してリーゲルを手に入れることができるかもしれない。
自分の頭の良さに酔いしれ、とても王女とは思えぬ黒い笑みを顔に浮かべる。
彼女を助けるべく追いかけて来た護衛とシーヴァイスは、偶然にもその表情を見てしまったのだが──アルテミシアは、そのことに気付いてはいなかった。
私は人混みの中を走りながら、ぶつかった人、ぶつかりかけた人達に声を掛け、その中を掻き分けるようにして駆け抜けて行く。
「すまない、申し訳ない」
私に手を引かれる形で走っているリーゲル様も、適宜謝罪を述べているようだ。
周りにいる人達が平民ばかりで、且つ自分達が追われているとはいえ、礼儀を失してはならない。そう思うからこそ、私達は律儀に声を掛けつつ走っているというのに。
王族ともなると、やはり考えが異なるようで、人混みの前で足を止めたらしい王女殿下の、癇癪を起こしたかのような大声が背後から聞こえて来た。
「邪魔よ! 道を開けなさい! わたくしを誰だと思っているの!?」
誰だと言われても、平民達のほとんどは王族に会ったこともないのだから、顔を見ても分かる筈がないのに。
寧ろ「この娘は何を言ってるんだ?」というもの珍し気な目を向けられるだけだろうけれど、彼女はきっとそれを分かっていない。国民であれば、誰でも王族の顔を知っているのが当然だと思っている。
だから、あんな風に偉そうに言えるのだろうけれど、言うことを聞いて貰えなかったら、どうなるのかしら?
一瞬、そんな興味を抱いてしまって走る速度を緩めたら、リーゲル様に路地裏へと引き込まれた。
「きゃっ」
「黙って。暫くここで休憩しよう」
走り疲れ、肩で息をするリーゲル様の腕に囚われ、彼の額が私の肩にのせられる。
「ヒャウッ」
瞬間、心臓が口から飛び出しそうになり、私は慌てて自分の口を両手で押さえた。
なにこれ、なにこれ、なにこれーーー!
何のご褒美? 首に当たるリーゲル様の髪が擽ったい! それにこの苦しそうな息づかい……こ、興奮してしまう!
走り回ったことによる動悸とは別の理由で心臓がバクバクし、酸欠で頭がクラクラしてくる。
「リ、リーゲル様……」
「しっ! 静かに」
このままでは気を失いそうです、と伝えたかったのに、私の声が聞こえないようにする為なのか、リーゲル様の胸に顔を埋めるかのように抱き寄せられて。
もう既にいっぱいいっぱいだった私は、そこで興奮が最高潮に達し、夢見心地で意識を途切れさせた。
ああ、なんて勿体無い──。
※ ※ ※ ※ ※
その頃王女殿下はというと。
「……っ、退きなさいと言っているでしょう? さっさと道を開けないと処罰するわよっ!」
道を塞ぐ──わざと塞いでいるわけではないが──平民達を、大声で怒鳴り付けていた。
「早く退いて。貴方達だって死にたくはないでしょう?」
死ぬという物騒な言葉に、大多数の者達が顔色を変え、二手に別れて道を開け始める。
漸く目の前に開かれていく道を見て、アルテミシアは「まったく行動が遅いんだから」と、不満気に言葉を漏らす。しかし、見晴らしの良くなった道の真ん中に、如何にもガラの悪そうな男達が姿を現し、不快感に顔を歪めた。
「邪魔よ、貴方達。さっさと退きなさい」
「お嬢ちゃん威勢が良いなぁ。でも、こんな街中で処罰とはいただけないねぇ」
「何よ。わたくしの言うことに従えない者に対して、処罰を与えるのは当然のことなのよ」
ふん、と胸を反らし、男達を押し退けてアルテミシアは駆け出そうとする。が、体格の良い男に腰を掴まれたかと思うと、一瞬で肩の上に抱え上げられてしまった。
「ちょっと! 離しなさい! 不敬よ!」
護衛は何をやっているの!? と周囲を見回すも、彼等を置いて一人で走って来てしまったアルテミシアの側には、彼女を助けられる者など一人もいない。
待ってくれと、一人で行くのは危険だと追い縋る護衛の手を振り払い、ここまで先行してしまったのはアルテミシア自身だ。
無論、周囲の平民達が助けようとする筈もなく、結果、アルテミシアはリーゲル達が走り去った方角とは反対方向へと、男達によって運ばれて行くこととなる。
「待って! わたくしが行きたいのはそっちじゃないわ。逆方向よ。逆へ行きなさい!」
足をバタつかせ、大声で命令するも、男達は取り合わない。
「噂には聞いていたが、ほんとにこれは暴れ馬だな。じゃじゃ馬なんて可愛いもんじゃねえや」
「ちげぇねえ」
ガハハと笑い合う男達。
このような屈辱を受けるのは初めてで、アルテミシアは悔しさに唇を噛み締める。
「離せ! 離しなさいよ! 離せったら!」
拳で男の背中を殴りつけるも、屈強な男の体にダメージはないらしく、痛がる素振りを見せるどころか、足を止めることもない。
このままだと、どこかヤバいところに連れて行かれるかもしれない……。
襲いかかる危機感に、アルテミシアは青褪めた。
アルテミシアがこれまで関わって来た男性は、みな貴族令息や騎士ばかりで、立場上逆らうことなどできない者達ばかりだったから、力の差で押さえつけられることなどなかった。
兄であるシーヴァイスだけは別だったけれど、彼とて自分の手足を寝台に縛りつける──それだけで十分酷いと思うが──ぐらいで、それ以外のことをしてくることはなかったのだ。
でも、この男達は違う。力に任せて、何をしてくるか分からない。
最悪、今まで守り通した純潔を奪われることだって──。
そう思った瞬間、アルテミシアの脳裏にリーゲルの顔が浮かび、次いでグラディスの顔が浮かんだ。
そうだ、良いことを思いついたわ。これが上手くいけば、グラディスを排除してリーゲルを手に入れることができるかもしれない。
自分の頭の良さに酔いしれ、とても王女とは思えぬ黒い笑みを顔に浮かべる。
彼女を助けるべく追いかけて来た護衛とシーヴァイスは、偶然にもその表情を見てしまったのだが──アルテミシアは、そのことに気付いてはいなかった。
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