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聖女が降臨した日が、運命の分かれ目でした③
しおりを挟む一夜明け、王宮に準備された部屋で聖女様が身支度を済まされました。お世話をする為わたくしも王宮に滞在しております。
公爵令嬢たるわたくしがそんな事を、とも思われるでしょうが、聖女とは女神様の化身です。むしろ王妃陛下以外であればわたくし以上に適した人物はおりません。名誉あるお役目に任命されるのは喜ばしいことです。わたくしは侍女の手を借りながら聖女様の身なりを整えました。
本日は聖女様のお披露目です。王宮に貴族位の者を集め、女神様が聖女を遣わしたのだとはっきりと公表するのです。その準備となりますので、わたくしも聖女様も非常に豪華な装いです。
余談ですけれども、お昼からの聖女様のお披露目のために、わたくし深夜と言える時間から準備をしておりまして。とっても眠くてたまりません。それを言ったら侍女なんかはもっと前から起きているはずですから、辛いのは彼女達の方だと思いますけれど。
そうして眠い目を擦りたくなるのを堪えながら準備を進めていますが、聖女様に装飾品を差し出すと彼女の表情が変わりました。
「あの、これは?」
装飾品は大きなエメラルドの首飾り、それと揃いの耳飾りです。深い緑に輝く石の周囲をぐるりとダイヤモンドが飾り、とても存在感のあるそれは見るからに高価そうです。実際、これは相当な価値があります。庶民の生まれだという聖女様が聞くと卒倒してしまうかもしれませんので、内緒ですけれどね。
「これはロイド殿下からあなた様への贈り物でございます」
「ロイド……殿下から、ですか?」
「はい。聖女という責務に任じられたお祝いに、と」
聖女様はまじまじと装飾品を眺めておられます。
「あの……こんなもの、すぐには準備できるものではないと思うんですけど……」
「…………」
「もしかして別の方にお渡しする予定のものだったのでは?」
「……聖女様におかれては、どうぞお気になさいませんよう。これは、聖女様にこそ相応しい品でございます」
腰を折るわたくしの姿に、聖女様は察されたようです。
ええ、そうなのです。これらのエメラルドの装飾品は、本来であればわたくしへ贈られるはずだったのです。
それを今になって変更したのはロイド殿下です。贈り主の意向を周囲が変えるなどできませんから、殿下の仰るがまま、これらは聖女様のものとなりました。
名目はもちろん、お披露目の為です。聖女様に半端な物を付けて頂くわけにはいかないと、殿下はそう仰っていましたが、それだけが目的でないのは明確でした。
ロイド殿下の瞳は緑。瞳の色をした宝石を贈るのは、特別な相手にだけです。
今わたくしは、代わりに王妃陛下より装飾品をお借りしております。王室所縁の品を身に付けるのは、将来そこに加わるのだと、暗にそう言っているようなもので良いじゃないかと殿下は仰いました。けれども王妃陛下も侍女達も厳しい目をロイド殿下に向けておりました。国王陛下などは無表情でおられましたし、宰相様は溜め息を吐かれる始末。わたくしも教育を生かす事ができませんでした。にこりともせず俯いてしまったのです。
豪奢な首飾りを見ても、わたくしの心は沈んだまま。辛うじて笑みを浮かべていられるのは、聖女様には弱みを見せたくなかったからです。表情筋を叱咤して精一杯それを維持しました。
「この国には、大切な方へ、自分の瞳と同じ色の宝石を贈るという文化がございます」
「じゃあ、これも?」
「ええ、そうですわね。とりわけ大きな石を使った装飾品は、『いつもあなたを見ている』という意味があるのです」
「そうなんですか?」
「はい。そしてそれを着けると、それに応じた事になります。つまり、『あなただけに見られていたい』という意味となるのです」
「えっ」
この国の風習を説明して差し上げると、聖女様はすっと身を引かれました。……まあ、初めて会った男性から、そのような意味を持つ物を贈られれば、そのような反応になってしまうのも無理は無いでしょう。
誓って言いますが、聖女様にお伝えしたのは嘘偽りのない事実でございます。聖女様の今後を思えば事実そのままをお伝えするべきでしょう。知らない風習のせいで望まぬ事態に巻き込まれては、聖女様の御身に関わりますから。
聖女様はそのままエメラルドの装飾品から距離を取り、わたくしに向き直します。
「その……これを着けるのは、やめておこうと思います」
「本日のところは、それでも宜しいかと。いずれは着けて下さいましね」
「レイア様はそれで良いんですか」
聖女様のはっきりとした声が響きます。わたくしはただ、微笑むことしかできませんでした。
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