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ジンSide 〜王様の楽しみ〜 後編
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いくら探ろうともあいつの気配を感知できない。
一言でも俺の名前を言えば。
俺のことを強く想ってくれれば。
俺があいつの真名を知っていれば。
エトと言う名もどうやらあやふやなあいつの記憶が適当に付けた名のようだ。
どうしてこんなにもあいつが欲しいと思うのか。
最初はただの興味。
いや、その興味でさえ初めてのものだった。
俺を畏怖する様子も誰でもそんなのものだ。
ただ敬おうとする気持ちはあるがそれが言動にいまいち伴わないところが妙に可愛らしいと思わせた。
別に崇め奉られたいと思っているわけではないから不敬だろうが構わない。それより単純な思考だけではない、不思議な優しさを持ったあいつを傍で眺めて、感じて、そしてできれば俺をあいつの中の一番にしてもらいたい。
闇の外から俺を呼ぶ声は絶え間なかったが、欲しいただ一つの声がない。だから聞かないようにと思えば無いものにできる。
外の世界で俺の姿が見えているのかも分からないが、呼び掛ける声がやむことはなかった。
それがエトならどんなにか良いかと思っていると、昔俺に初めて付いてきた内の一人が、妙なコウモリの話を聞いたからと強く呼び掛けてきた。
僅かでもエトに繋がる情報ならばと久しぶりに玉座と言われる席に腰をつけた。
「レグル様!!」
「話せ」
「は、はい。まずは花守の精霊達からなのですが」
聞けば、ふらりとやって来た一匹のコウモリが花を観賞して蜜を舐めていく姿があったと。
「それから海坊主達から、海で溺れるコウモリを見たと」
「助けたのか!」
「いえ、それがどうやら泳いでいただけのようで」
コウモリが突然海に飛び込んで、ばちゃばちゃとしている様が溺れているように見えたらしい。
そんなのはエト以外にいないと溜め息が出た。
そして妙な脱力感に襲われる。
あいつはどこでもそんなものだ、俺が恋しくはなったりしない。
だが、楽しそうなのは微笑ましい。そういう逞しさも魅力の一つなのだから俺も変な奴を気に入ってしまったものだ。
「その他にも鼻唄を歌いながら飛ぶコウモリを見たとか、桃を抱えて嬉しそうにかじっている姿が目撃されています」
「……あいつだな」
拍子抜けするほどあいつは俺のいない暮らしを満喫している。
きっとすでに俺とのことは思い出になっているのだろう。
こちらは気が狂いそうだと言うのに。
目撃された場所を聞き出し、そちらに意識を集中させる。
その時微かにエトが魔力を使う気配があった。
良かった、無事であった。
姿を見て自分が自覚なく不安であったことを思い知らされる。弱い弱いエトが俺の管理のないところではすぐに消滅してしまうかもしれない恐怖があったのだ。
だがエトは確かに弱いがある意味生きる賢さは誰よりもある、それも楽しく生きる賢さだ。
だからエトは何にも固執しない。過去は振り返らない。
不意に姿を現したにしては驚きが少なかった。
不思議そうな顔を少ししただけで、昨日まで一緒だったような反応だった。
「散歩?」
確かにエトには散歩日和かもしれないが、俺にそんな余裕は無い。ただ、もう目の前にエトがいる。それだけで一緒に散歩してもいいような気がしてくる。
けれど頑なにこれから一緒に暮らすことを拒み、そして俺に城に戻るように促してくる。
俺には必要ないものなのに、エトは大事にしろと言ってくる。
ここまでままならない事は初めてだった。
だから俺は初めて自分が魔王であると自覚した。
なぜ魔王などと言われるのか、確かに力があるのは正しいがそれだけのことで野心もなにもない。
だが、自分が本当に欲しいものがある時。
すべてを破壊しても構わないと思う自分がいることを知った。
世界がどうなろうが関係ない。
エトが言うように俺にはその力があるのだから。
だがそんな俺にエトは悲しそうな悔しそうな表情を見せた。
エトの感情が初めて揺らいでいるように感じる。
エトも本心では安らぎを求めている。
今はまだ俺の立場、王という立場が邪魔をしてエトは俺を求めたりはできないのだろうが、そんなものスグでも捨てられる。
だがそうしようとする俺を必死に止める。
その理由を語るエトが愛しい。
過去の奴らと比較されるのは嫉妬させられるが、俺が大事だと言ってくれている。
エトの今の価値観で俺を大事にしてくれているのだ。だから一緒にいられないという。
短絡的だが、真っ直ぐだ。
ああ、欲しい。
過去の苦しみなど忘れさせ、すべてを俺だけのものにしたい。
強引にでも。
そう思ったのも一瞬のことだった。
ああ、いつか俺だけを信頼し頼ってくるようになることを祈るよ。
アンクレットを付けると同時に真名を探った。
普通であれば本人の了承なくそんなことをすれば抵抗や拒絶の反応があるはずだ。そうなってもこちらの力でそれを捩じ伏せることは容易い。
だが思った通りというか、エトは真名を探られている感覚さえない様子。
それは俺が心底信用されているという証拠でもあるのだが、果たしてエトに人を疑う能力が備わっているかが根本的な謎であるため、素直に喜べるものでもない。
ともあれ真名も知れた。
これで万全、逃げることはもうできない。
わかっているのかいないのか、エトは嬉しそうに笑った。
その後結局城に戻ることになった。
それにもエトは喜んでくれたが、それは俺が戻ることが嬉しいのであって、エト自身の喜びではないと注意しなければうっかり騙されるところだ。
城の奴らにはエトのことはどんなことでも必ず報告し、エトを守ることを最優先事項にすると誓わせた。
エトは少し渋ったがちゃんと着いてきた。
俺の好きの一言がこれ程までに効果があるならば、これからは軽くならない程度に言っていく。
態度で示しても正確に伝わっているかこちらが不安になるから、ちょうど良いのかもしれない。
さらに不安(むしろトラウマ級かもしれない)を取り除くために連れ歩くことにした。
日中エトは真っ暗な懐の中にいるが、夕方になると自然と目覚めることが多い。空腹になるかららしい。
モゾモゾと動き顔を出そうとするのを制する。
「わるいな、まだ会議中だ」
他の魔王たちがいる前でエトを見せたくはない。
だから連れ回すことはしていなかったが、またいついなくなるか分からないのだから、捕まえておかなくてはならない。
魔王達は俺が服の下で何か抱えてるのは察知しているが、はっきりと知らせたことはない。
「これでも食べていろ」
手のひらサイズの果物を忍ばせてやると、エトはそれを体で支えて食べ始める。
そしてコウモリ姿で食事するときは驚くほど時間が掛かる。
牙の生えた小さな口で少しかじっては、チロチロと小さな舌で舐めてまたかじる。
愛らしい。
テーブルの上に座らせて眺めたい衝動に駆られるが、それでは本末転倒だ。
エトは夜は基本的に人の姿をしている。
コウモリでいることは外を飛ぶには便利だが、城の中などの室内では不便なことが多いからだと説明していたが俺としても人型の方が何かとやり易い、主にベッドへ連れ込むために。
ただコウモリのエトも庇護欲のようなものをそそられる。
指で軽く弾くだけで遠くへ飛んで行ってしまいそうな小鳥のような小さな体で、されど鳥のように優雅に羽ばたかず必死そうに翼を動かして飛ぶ姿はこちらの不安を煽る。ただ本人は外を飛ぶことに苦労はないようで、暢気なものだ。
退屈な会議は懐のゆるゆるとした感覚で耐えられるものとなった。早く終わってくれるに越したことはないが、エトの食事の間だけは聞いてやることにする。
いや、聞き流しているから結論がどうなろうが興味はない。
そんな会議に俺が参加する意味があるのか甚だ疑問だが、他の魔王達は勢力争いのようなことをしているため均衡を保つためには俺の存在が必要な奴も中にはいるらしい。
俺には興味のないことだ。
ただ。
エトがあの城と街を気に入っているから二人で適当に暮らすのはエトが今の暮らしに飽きてからでいい。
エトはあの中の一員だという認識がないから、街が落ち着き動きが減ればあっさり旅立つこともできるだろう。
あとは俺が自由であることを納得させられれば問題ないはずだ。
まあ、しばらくはここで楽しめることをエトに存分に体験させてやろう。
「闇の」
「ん?」
「その腹の中で動いているのはなんだ」
「気にするな」
エトとの今後に想いをはせていたのに、邪魔が入った。
俺の事など放っておけば良いものを。
魔王の幾人かが寄ってきた。
「ちょっともう無理!! 少し前から意味ありげに羽織に帯なんかしちゃって、さらに意味ありげに不自然に膨れたお腹擦ってるんだから、今まで気にしないようにしてあげただけでも平伏ものよ!」
「じゃあこれからもそれで」
「いいや、白状してもらうぞ」
「そうよ、そうよ、何よこの裾の刺繍とかお洒落にまで目覚めたの?!」
「いや、これはエトが」
しまった。
つい似合わぬ柄入りの服を突っ込まれたせいで、口が滑った。
でも仕方がない。この服に入れられた花柄の刺繍もエトがしたものだから着ないわけにはいかない。
エトは仕事がないと洞窟ばかりに行こうとするから、何かさせてないとならないのだが、俺から離れて働かれては意味がない。だから、城の中の手芸が得意な者が手をあげエトに教えている。
エトはなかなか器用だが、あまり集中力はなく、しかも食べることと寝ること以外に興味が薄いせいで趣味では尚更手をつけない。それならばと、俺が着る服だと仕事として与えればせっせとこなす。
もちろんエトが作るものは全部俺の物だ。
身につけて見せればエトでも多少は喜ぶから、
「エトっていうのね!! そのお腹の生き物は」
「さっき餌やってただろ、起きてんなら別に出して見せてもいいだろ」
ガヤガヤと詰め寄られても言う通りになどするはずがない。
ないが……。
ふと振動を感じなくなったせいで視線を下げてしまった。
しまったと思ったときにはもう遅く、羽織の合わせから外を伺っているエトが見つかってしまった。
エトの覗きぐせを失念していた俺のせいだ。
「なにこれー!! ちっさーい、なになにケモノぉ~!?」
「黒い毛玉だろ」
目の前の奴等の言葉を聞く間もなく、見つかったと分かったエトはすぐ羽織の中へ潜り綿の中でガタガタと震え始める。
そうだ。
エトは無知ではない。
俺と初めて会ったときも脅えていた。
単純であるがために自分が弱者だとはっきりと自覚している。だから自分から危険に近寄ったりはしないし、騙されることを恐れるのか力がある者に取り入ろうと媚を売ったりもしない。
ただ好奇心だけは旺盛だ。
そして欲望に忠実でもある。それも単純ゆえ仕方ないのかもしれない。
顔を出すなと言っておかなかった俺のせいだな。
「紹介してやるから近寄るなよ」
羽織の合わせにそっと手を入れるも、すっと避けられた。
だが、すぐに捕まる。当たり前だ。
震えたままなのだろう、綿仕様の毛布を頭から包まっているせいでモフモフとした白い塊が手のひらの上でふるふる振動している。
「これじゃ何かわからんぞ」
「羊か? でもさっきは黒かったような」
魔王たちが少し近寄ったのを気配で察知したのだろう、急にピタリと動きが止まった。
「エト、こいつ等が魔王達だ。もし何かされたら俺にちゃんと言うんだぞ」
「何かって何よ~」
「ずっとその中にいるのに何ができるんだよ」
ヤイヤイ言うのを無視して手のひらを見ていれば、モフモフの隙間からそろりとエトが顔だけを覗かせた。
固まった表情のまま、目だけをゆっくり動かして魔王どもを見上げている。
「ほぉ、えらいちびっこいもん飼ってんだな」
「こりゃなんだ?」
視線が集まっているせいで動かない。
けれどそれだけではなかった。
「お、はよう、ございます」
震える声でちゃんと挨拶する。
「ああ、……おはよう」
魔王の一人が挨拶を返すと、エトはしっかりと頭を下げてからなんと飛び立とうとした。
「おい」
もちろんどこへ行くのか分からないのに、行かせるわけはない。
「きゃははは! 逃げられそうになってやんの!!」
逃げられないと分かったエトはまた毛布を頭から被ってジッと動かなくなった。
「じゃあもういいな。帰る」
俺がそういうと、エトに興味を示さず座っていた他の魔王も一部引き止めて来たが、知るものか。
エトの機嫌が一番大事だ。
怒ったり拗ねたりはしないだろうが、だからこそしっかり俺の気持ちを伝えておかないと、どこかへ行きたい気持ちになられるだけで嫌だ。
こういう時はエトにアンクレットを贈ったあの場所へ。
臨時で作った適当な逃げ場所だったが、城でもなく、俺の結界もしっかりある、誰も決して来ることのない秘密の部屋だからか、エトはここでは少し素直になるような気がしている。
「エト? もう誰もいないぞ」
転移は一瞬だから気づかないだろうと声をかければゆーっくりと毛布から出てきた。
「本当だ! あぁ、びっくりした」
「悪かったな、ただ奴らの顔くらい知っておいても損はない」
「んー、そうなの?」
首をひねりながらも、分かったと言って人型に変化した。
「今日はもう仕事終わり?」
「あとの用事はお前と遊ぶだけだな」
エトはにっこり笑う。
「何して遊ぶ?」
壁際のソファーに誘えば隣に俺の方を向いてお座りするように座る。
抱いても良いが、夜は長い。
今日はなにしてエトを楽しませようか。
俺は毎日そればかり考えている。
一言でも俺の名前を言えば。
俺のことを強く想ってくれれば。
俺があいつの真名を知っていれば。
エトと言う名もどうやらあやふやなあいつの記憶が適当に付けた名のようだ。
どうしてこんなにもあいつが欲しいと思うのか。
最初はただの興味。
いや、その興味でさえ初めてのものだった。
俺を畏怖する様子も誰でもそんなのものだ。
ただ敬おうとする気持ちはあるがそれが言動にいまいち伴わないところが妙に可愛らしいと思わせた。
別に崇め奉られたいと思っているわけではないから不敬だろうが構わない。それより単純な思考だけではない、不思議な優しさを持ったあいつを傍で眺めて、感じて、そしてできれば俺をあいつの中の一番にしてもらいたい。
闇の外から俺を呼ぶ声は絶え間なかったが、欲しいただ一つの声がない。だから聞かないようにと思えば無いものにできる。
外の世界で俺の姿が見えているのかも分からないが、呼び掛ける声がやむことはなかった。
それがエトならどんなにか良いかと思っていると、昔俺に初めて付いてきた内の一人が、妙なコウモリの話を聞いたからと強く呼び掛けてきた。
僅かでもエトに繋がる情報ならばと久しぶりに玉座と言われる席に腰をつけた。
「レグル様!!」
「話せ」
「は、はい。まずは花守の精霊達からなのですが」
聞けば、ふらりとやって来た一匹のコウモリが花を観賞して蜜を舐めていく姿があったと。
「それから海坊主達から、海で溺れるコウモリを見たと」
「助けたのか!」
「いえ、それがどうやら泳いでいただけのようで」
コウモリが突然海に飛び込んで、ばちゃばちゃとしている様が溺れているように見えたらしい。
そんなのはエト以外にいないと溜め息が出た。
そして妙な脱力感に襲われる。
あいつはどこでもそんなものだ、俺が恋しくはなったりしない。
だが、楽しそうなのは微笑ましい。そういう逞しさも魅力の一つなのだから俺も変な奴を気に入ってしまったものだ。
「その他にも鼻唄を歌いながら飛ぶコウモリを見たとか、桃を抱えて嬉しそうにかじっている姿が目撃されています」
「……あいつだな」
拍子抜けするほどあいつは俺のいない暮らしを満喫している。
きっとすでに俺とのことは思い出になっているのだろう。
こちらは気が狂いそうだと言うのに。
目撃された場所を聞き出し、そちらに意識を集中させる。
その時微かにエトが魔力を使う気配があった。
良かった、無事であった。
姿を見て自分が自覚なく不安であったことを思い知らされる。弱い弱いエトが俺の管理のないところではすぐに消滅してしまうかもしれない恐怖があったのだ。
だがエトは確かに弱いがある意味生きる賢さは誰よりもある、それも楽しく生きる賢さだ。
だからエトは何にも固執しない。過去は振り返らない。
不意に姿を現したにしては驚きが少なかった。
不思議そうな顔を少ししただけで、昨日まで一緒だったような反応だった。
「散歩?」
確かにエトには散歩日和かもしれないが、俺にそんな余裕は無い。ただ、もう目の前にエトがいる。それだけで一緒に散歩してもいいような気がしてくる。
けれど頑なにこれから一緒に暮らすことを拒み、そして俺に城に戻るように促してくる。
俺には必要ないものなのに、エトは大事にしろと言ってくる。
ここまでままならない事は初めてだった。
だから俺は初めて自分が魔王であると自覚した。
なぜ魔王などと言われるのか、確かに力があるのは正しいがそれだけのことで野心もなにもない。
だが、自分が本当に欲しいものがある時。
すべてを破壊しても構わないと思う自分がいることを知った。
世界がどうなろうが関係ない。
エトが言うように俺にはその力があるのだから。
だがそんな俺にエトは悲しそうな悔しそうな表情を見せた。
エトの感情が初めて揺らいでいるように感じる。
エトも本心では安らぎを求めている。
今はまだ俺の立場、王という立場が邪魔をしてエトは俺を求めたりはできないのだろうが、そんなものスグでも捨てられる。
だがそうしようとする俺を必死に止める。
その理由を語るエトが愛しい。
過去の奴らと比較されるのは嫉妬させられるが、俺が大事だと言ってくれている。
エトの今の価値観で俺を大事にしてくれているのだ。だから一緒にいられないという。
短絡的だが、真っ直ぐだ。
ああ、欲しい。
過去の苦しみなど忘れさせ、すべてを俺だけのものにしたい。
強引にでも。
そう思ったのも一瞬のことだった。
ああ、いつか俺だけを信頼し頼ってくるようになることを祈るよ。
アンクレットを付けると同時に真名を探った。
普通であれば本人の了承なくそんなことをすれば抵抗や拒絶の反応があるはずだ。そうなってもこちらの力でそれを捩じ伏せることは容易い。
だが思った通りというか、エトは真名を探られている感覚さえない様子。
それは俺が心底信用されているという証拠でもあるのだが、果たしてエトに人を疑う能力が備わっているかが根本的な謎であるため、素直に喜べるものでもない。
ともあれ真名も知れた。
これで万全、逃げることはもうできない。
わかっているのかいないのか、エトは嬉しそうに笑った。
その後結局城に戻ることになった。
それにもエトは喜んでくれたが、それは俺が戻ることが嬉しいのであって、エト自身の喜びではないと注意しなければうっかり騙されるところだ。
城の奴らにはエトのことはどんなことでも必ず報告し、エトを守ることを最優先事項にすると誓わせた。
エトは少し渋ったがちゃんと着いてきた。
俺の好きの一言がこれ程までに効果があるならば、これからは軽くならない程度に言っていく。
態度で示しても正確に伝わっているかこちらが不安になるから、ちょうど良いのかもしれない。
さらに不安(むしろトラウマ級かもしれない)を取り除くために連れ歩くことにした。
日中エトは真っ暗な懐の中にいるが、夕方になると自然と目覚めることが多い。空腹になるかららしい。
モゾモゾと動き顔を出そうとするのを制する。
「わるいな、まだ会議中だ」
他の魔王たちがいる前でエトを見せたくはない。
だから連れ回すことはしていなかったが、またいついなくなるか分からないのだから、捕まえておかなくてはならない。
魔王達は俺が服の下で何か抱えてるのは察知しているが、はっきりと知らせたことはない。
「これでも食べていろ」
手のひらサイズの果物を忍ばせてやると、エトはそれを体で支えて食べ始める。
そしてコウモリ姿で食事するときは驚くほど時間が掛かる。
牙の生えた小さな口で少しかじっては、チロチロと小さな舌で舐めてまたかじる。
愛らしい。
テーブルの上に座らせて眺めたい衝動に駆られるが、それでは本末転倒だ。
エトは夜は基本的に人の姿をしている。
コウモリでいることは外を飛ぶには便利だが、城の中などの室内では不便なことが多いからだと説明していたが俺としても人型の方が何かとやり易い、主にベッドへ連れ込むために。
ただコウモリのエトも庇護欲のようなものをそそられる。
指で軽く弾くだけで遠くへ飛んで行ってしまいそうな小鳥のような小さな体で、されど鳥のように優雅に羽ばたかず必死そうに翼を動かして飛ぶ姿はこちらの不安を煽る。ただ本人は外を飛ぶことに苦労はないようで、暢気なものだ。
退屈な会議は懐のゆるゆるとした感覚で耐えられるものとなった。早く終わってくれるに越したことはないが、エトの食事の間だけは聞いてやることにする。
いや、聞き流しているから結論がどうなろうが興味はない。
そんな会議に俺が参加する意味があるのか甚だ疑問だが、他の魔王達は勢力争いのようなことをしているため均衡を保つためには俺の存在が必要な奴も中にはいるらしい。
俺には興味のないことだ。
ただ。
エトがあの城と街を気に入っているから二人で適当に暮らすのはエトが今の暮らしに飽きてからでいい。
エトはあの中の一員だという認識がないから、街が落ち着き動きが減ればあっさり旅立つこともできるだろう。
あとは俺が自由であることを納得させられれば問題ないはずだ。
まあ、しばらくはここで楽しめることをエトに存分に体験させてやろう。
「闇の」
「ん?」
「その腹の中で動いているのはなんだ」
「気にするな」
エトとの今後に想いをはせていたのに、邪魔が入った。
俺の事など放っておけば良いものを。
魔王の幾人かが寄ってきた。
「ちょっともう無理!! 少し前から意味ありげに羽織に帯なんかしちゃって、さらに意味ありげに不自然に膨れたお腹擦ってるんだから、今まで気にしないようにしてあげただけでも平伏ものよ!」
「じゃあこれからもそれで」
「いいや、白状してもらうぞ」
「そうよ、そうよ、何よこの裾の刺繍とかお洒落にまで目覚めたの?!」
「いや、これはエトが」
しまった。
つい似合わぬ柄入りの服を突っ込まれたせいで、口が滑った。
でも仕方がない。この服に入れられた花柄の刺繍もエトがしたものだから着ないわけにはいかない。
エトは仕事がないと洞窟ばかりに行こうとするから、何かさせてないとならないのだが、俺から離れて働かれては意味がない。だから、城の中の手芸が得意な者が手をあげエトに教えている。
エトはなかなか器用だが、あまり集中力はなく、しかも食べることと寝ること以外に興味が薄いせいで趣味では尚更手をつけない。それならばと、俺が着る服だと仕事として与えればせっせとこなす。
もちろんエトが作るものは全部俺の物だ。
身につけて見せればエトでも多少は喜ぶから、
「エトっていうのね!! そのお腹の生き物は」
「さっき餌やってただろ、起きてんなら別に出して見せてもいいだろ」
ガヤガヤと詰め寄られても言う通りになどするはずがない。
ないが……。
ふと振動を感じなくなったせいで視線を下げてしまった。
しまったと思ったときにはもう遅く、羽織の合わせから外を伺っているエトが見つかってしまった。
エトの覗きぐせを失念していた俺のせいだ。
「なにこれー!! ちっさーい、なになにケモノぉ~!?」
「黒い毛玉だろ」
目の前の奴等の言葉を聞く間もなく、見つかったと分かったエトはすぐ羽織の中へ潜り綿の中でガタガタと震え始める。
そうだ。
エトは無知ではない。
俺と初めて会ったときも脅えていた。
単純であるがために自分が弱者だとはっきりと自覚している。だから自分から危険に近寄ったりはしないし、騙されることを恐れるのか力がある者に取り入ろうと媚を売ったりもしない。
ただ好奇心だけは旺盛だ。
そして欲望に忠実でもある。それも単純ゆえ仕方ないのかもしれない。
顔を出すなと言っておかなかった俺のせいだな。
「紹介してやるから近寄るなよ」
羽織の合わせにそっと手を入れるも、すっと避けられた。
だが、すぐに捕まる。当たり前だ。
震えたままなのだろう、綿仕様の毛布を頭から包まっているせいでモフモフとした白い塊が手のひらの上でふるふる振動している。
「これじゃ何かわからんぞ」
「羊か? でもさっきは黒かったような」
魔王たちが少し近寄ったのを気配で察知したのだろう、急にピタリと動きが止まった。
「エト、こいつ等が魔王達だ。もし何かされたら俺にちゃんと言うんだぞ」
「何かって何よ~」
「ずっとその中にいるのに何ができるんだよ」
ヤイヤイ言うのを無視して手のひらを見ていれば、モフモフの隙間からそろりとエトが顔だけを覗かせた。
固まった表情のまま、目だけをゆっくり動かして魔王どもを見上げている。
「ほぉ、えらいちびっこいもん飼ってんだな」
「こりゃなんだ?」
視線が集まっているせいで動かない。
けれどそれだけではなかった。
「お、はよう、ございます」
震える声でちゃんと挨拶する。
「ああ、……おはよう」
魔王の一人が挨拶を返すと、エトはしっかりと頭を下げてからなんと飛び立とうとした。
「おい」
もちろんどこへ行くのか分からないのに、行かせるわけはない。
「きゃははは! 逃げられそうになってやんの!!」
逃げられないと分かったエトはまた毛布を頭から被ってジッと動かなくなった。
「じゃあもういいな。帰る」
俺がそういうと、エトに興味を示さず座っていた他の魔王も一部引き止めて来たが、知るものか。
エトの機嫌が一番大事だ。
怒ったり拗ねたりはしないだろうが、だからこそしっかり俺の気持ちを伝えておかないと、どこかへ行きたい気持ちになられるだけで嫌だ。
こういう時はエトにアンクレットを贈ったあの場所へ。
臨時で作った適当な逃げ場所だったが、城でもなく、俺の結界もしっかりある、誰も決して来ることのない秘密の部屋だからか、エトはここでは少し素直になるような気がしている。
「エト? もう誰もいないぞ」
転移は一瞬だから気づかないだろうと声をかければゆーっくりと毛布から出てきた。
「本当だ! あぁ、びっくりした」
「悪かったな、ただ奴らの顔くらい知っておいても損はない」
「んー、そうなの?」
首をひねりながらも、分かったと言って人型に変化した。
「今日はもう仕事終わり?」
「あとの用事はお前と遊ぶだけだな」
エトはにっこり笑う。
「何して遊ぶ?」
壁際のソファーに誘えば隣に俺の方を向いてお座りするように座る。
抱いても良いが、夜は長い。
今日はなにしてエトを楽しませようか。
俺は毎日そればかり考えている。
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