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14 どうしようもなく アレクセイ視点
しおりを挟む夜の静まり返った執務室に響くのは、羽根ペンで羊皮紙をなぞる心地良い音だけ。
アレクセイは一人、執務室でブランシェがドレスを試着するのを仕事をして待っていた。
屋敷に帰っても仕事でゆっくり休む暇はない。
そんな仕事尽くめの仕事中毒者アレクセイの元へ、乳母のアルマ一人でやってきた。
「アレクセイ様、少しお話がございます」
アルマは今、謁見用のドレスを試着するブランシェを手伝っているはずで。
やっと終わったのかと入室の許可を出せば。
「ああ、ドレスの試着は終わったのか? それでブランシェは……どこに」
「……そのブランシェ様について、ばぁやはアレクセイ様に大事なお話がございます」
どんな時でも朗らかな微笑みを浮かべているアルマが、なにやら深刻そうな顔をしてアレクセイを真っ直ぐに見ていた。
「どうしたアルマ? そんな深刻そうな顔をして……ブランシェに何かあったのか?」
「『どうした?』ではございません! アレクセイ様はいったい今まで何をなさっていらっしゃったのですか!」
「え、いや、何って仕事をしていただけだが……?」
「仕事、仕事ってそんなにお仕事が大事ですか! 婚約者様のご体調が優れないのに、お気付きになられていないだなんて……」
激しい剣幕で涙ながらに、アルマはアレクセイに言い募った。
「……体調?」
「あんないたいけな少女をつかまえて……いい年をした大人が! ばぁやは、ばぁやは嘆かわしいですわアレクセイ様! こんな風に育てたつもりはございません……」
そして事の経緯を、乳母のアルマに半ば怒られながらアレクセイは聞く事となった。
アルマの話を要約すると、風呂の最中にブランシェが倒れてしまったということで。
今屋敷に医者を呼んで診てもらっているが、ブランシェの顔色から察するにたぶん過労と睡眠不足。
完全に働き過ぎである。
「だがアルマ、なにか屋敷であったのなら直ぐに私に知らせるべきだろう……?」
「先程はそれどころでは御座いませんでした! それにアレクセイ様にお知らせするより、お医者様を呼ぶほうがいいとばぁやは判断致しました」
「それで、ブランシェは?」
「今はお部屋で眠っておられます」
「そうか……では少しブランシェの顔を見てくる」
「アレクセイ様。ブランシェ様にお会いするのは結構ですが、絶対起こさないで下さいませね?」
柔らかな月明かりに照らされて。
客室の寝台の上ですやすやと眠るブランシェの息は、少し荒く苦しそうで。
アレクセイはそっとブランシェの額に触れる。
そしてその手は伝うように頬を撫で、そして苦しげに息を吐く唇に触れる。
本人が以前愚痴を溢していたように、確かに少し肌はカサついてしまっていた。
だがそれでも柔らかくてずっと触れていたいような気になった。
「少し熱があるな……」
ブランシェの体調が悪いなんて気付かなかった。
いや、違う。
ただ自分が気付こうとしなかっただけ。
ずっと無理をしていたのを知っていた。
なのに顔色が日に日に悪くなっていくのも、仕事に追われて見てみぬフリをしていた。
アレクセイはブランシェに対して恋愛感情はなかった、師弟としての情くらいは僅かにあった。
なのに自分の利益のみで契約結婚を持ちかけ婚約した事に、アレクセイはふと罪悪感が湧いた。
ブランシェが好きな相手と結婚出来る幸せな未来を、自分が奪ってしまった。
だけどもうこの子を手離せる気はしない。
「ブランシェ、すまない」
契約結婚を提案した時は確かにブランシェの事を、アレクセイは女性として見ていなかった。
それは年も離れているし、ただの部下だとブランシェの事を思っていたから。
なのに。
今はどうしようもなく。
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