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しおりを挟む王都から程近いオクレール伯爵家の領地でスタンピートが発生したという突然の報せが、アレクセイとブランシェの結婚を祝うこの夜会の会場に突然届いた。
その突然の報せに。
「まあ……スタンピートですって! こ、ここは無事なの!? 早く安全な所に逃げなければ……」
「いったい今まで何をやっていたんだオクレール伯は! それに魔塔は……」
等と、騒ぎだす貴族達。
そしてそんな報告を受けたオクレール伯爵も慌てふためき、まるで縋るように国王に乞う。
そんな伯爵の姿に貴族としての体裁はまるでなく。
国王は先程までの苛立ちを忘れ、哀れみすら覚える始末。
「伯爵、わかったから少し落ち着きなさい」
「陛下っ! 領地が……私の領地がっ……」
おんおんと情けなく泣き、嗚咽を洩らす伯爵を国王は困惑しながらも宥め、そしてチラリとアレクセイを見た。
けれど。
アレクセイはもの言いたげな国王の視線の意図を、キチンと理解しているだろうに。
にっこりと美しい笑みを、芸術品のような顔に浮かべるだけで。
「あー……アレクセイ?」
困ったように国王はアレクセイの名を呼ぶ。
「はて……兄さん、何か?」
ニコニコ、ニコニコ。
その美しい弟の笑顔は『伯爵を助ける気などさらさら無い』と、分かりやすく物語っていて。
「アレクセイ……」
こうなるとアレクセイは絶対に言う事を聞いてはくれない、それを兄である王はよくわかっていて。
アレクセイでダメならば、と……隣にいる弟嫁ブランシェに国王は視線を移す。
が。
その国王の視線を遮るようにアレクセイは一歩前に出て、ブランシェを自分の身体で隠し。
「……ああ、スタンピートだなんて大変ですね? ですが私達はこれから新婚旅行に出発する予定ですし、それに魔塔の職員達にはその間休暇を出してしまっているので……お手伝い出来そうにありませんね。残念です」
と、言い放つアレクセイの声は全然残念だと思っていなさそだし、どこか嬉しそうで。
兄である国王は『コイツこうなるってわかってたな』と、その笑顔と声色だけで確信した。
実際そろそろこうなるだろう、とアレクセイは予想していた。
だって魔物の間引きを魔塔は止めて、その領地を持つ貴族達自身にやらせたのだから。
自分の領地や領地民の事を大切に思わず、魔物の間引きの為に予算を出さない領地では遅かれ早かれこうなる。
だがまさかこの絶好のタイミングでとは。
たまには魔物達も役に立つなと、アレクセイは更に美しくにっこりに微笑む。
そんなやり取りをする国王とアレクセイの様子に、オクレール伯爵は。
「なっ、なにが新婚旅行だ! うちでスタンピートが起きたんだぞ! それにもとを正せばお前達魔塔が魔物の間引きをサボって止めるからこんなことになったんだ! 魔塔が……魔塔主が全責任をとって討伐しろ!」
と、オクレール伯爵は。
自分が領地に魔物を間引きする為の予算を出さなかった事を棚に上げて、アレクセイを批判した。
その言葉に。
「……私に責任? 国から賜った自身の領地を蔑ろにして魔物を溢れさし、この王都まで危険に曝しているのはフロベール伯爵、貴方でしょう。この責任を取るのは貴方ですよ?」
「なっ……!?」
「それに魔塔は善意で魔物の間引きを行っていただけで、それが魔塔の仕事ではありません。そんな予算、国からは頂いてませんし? ね、国王陛下?」
と、アレクセイは兄王に話をふった。
「……確かに、この責任はオクレール伯にある。その地は現在伯爵家の所有で、国の管轄でも魔塔の管轄でもないからな」
と『予算』という単語に国王は困った様な笑顔を浮かべ視線をそらし、アレクセイに同意する。
それもそのはず。
国内で無数に湧いて出てくる魔物達を間引きする予算など、国が出せばそれはもう国庫は大赤字。
だから国王のこの反応は仕方ないのである、無い袖は振れない。
「ですので魔塔には何の責任もありません。それにそこはオクレール伯爵貴方の領地であって私の領地ではありませんし? 助けてあげる理由が……ねぇ?」
「そんな……じゃあどうすれば……領地が、領民が! そ、そなたらは国民を見捨てると言うのか!? 私はただ……助けを求める民達を救って欲しいだけだというのに! 血も涙もないのか!?」
と、己のこれ迄の行いを棚に全てあげて。
オクレール伯爵はアレクセイをまるで血も涙もないない人でなしのように言い掛かりをつけて、叫び批判する。
そんなオクレール伯爵の批判に、周囲でやり取りに聞き耳を立てていた貴族達は。
「そうだそうだ! 魔塔は国民を見捨てるのか!?」
「何が魔法使いよ、血も涙もないわね!」
などと貴族達は好き勝手に発言を始め、夜会の場は騒然としてもう夜会どころの騒ぎではない。
そんな状況に。
「静まれ!」
国王が堪り兼ねたように、一喝する。
だが魔物の間引きを魔塔に中止されて、領地運営に関する費用が嵩み不満を持っていた貴族達からは非難の声が止まらない。
そんな声に。
「でしたら領地を国に返されてみては!? そうすれば国が騎士団を派遣して討伐してくれるはずですし、大切な領民さん達は救えます!」
と、ずっとアレクセイの隣で聞いていたブランシェが『領地を国に返す』という貴族にとって一番嫌な提案を行ったのだった。
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