36 / 40
36 気持ち悪い
しおりを挟む「……気持ち悪い」
ぽつり……と、一言。
ブランシェは呟いた。
それはとても小さな声だったけれど、夜会が開かれた大広間に響いた。
そしてざわざわとした夜会の会場は水を打ったように静まり返り、その声の主ブランシェへと人々の視線は一斉に集中した。
「ブランシェ……?」
ブランシェの隣にいたアレクセイはその言葉に、少しだけ驚いたように目を丸くして。
突然どうしたのかと心配そうな視線を向けて、愛する新妻の名を呼び肩を抱いた。
「あ、すいません。つい……」
アレクセイに案ずるように名を呼ばれたブランシェは、心配ないとにっこりと笑顔を返した。
けれど困ったような苦笑いを浮かべ、野次馬のように好奇の視線を不躾に投げる貴族達をぐるりと見回して。
そして先程から不快な視線を向けてくるエクトルへと、ブランシェは視線を移し眉を寄せた。
そんなブランシェの只ならない様子に。
アレクセイはブランシェを腕の中に抱き寄せて。
「……男爵、我が妻になにか?」
そして不躾な視線をブランシェへと向け続けるエクトルを、アレクセイは睨み付けた。
「いえいえ、なにも……」
そんなアレクセイに対してエクトルは、薄ら笑いを浮かべて言葉を濁した。
ピリピリとした空気が、場を埋め尽くしていて。
幸せな二人の結婚を、門出を祝う、そこはもうそんな朗らかな雰囲気ではなくなりブランシェは瞳を伏せる。
――そこへ。
「オクレール伯爵……!」
バタバタと慌ただしく血相を変えて、オクレール伯爵の元へその場に似つかわしくない様相の男が駆け寄ってそっと何やら耳打ちをした。
「なんだ、騒がしい! お前ここをどこだと思って……へ? え……」
最初こそ苛立たしそうにしていたオクレール伯爵。
けれど駆け寄ってきた男の耳打ちに、みるみる内に顔が青ざめてパクパクと口を開けたり閉じたり。
そして視線を彷徨わせ頭を抱え、がくりと膝から崩れ落ちた。
それは傍目からみても明らかに非常事態。
「なんだ、急に……オクレール?」
オクレール伯爵が一目も憚らず、こんな風に醜態を晒す所を初めてみた国王は。
一旦怒りを納めて、ほんのちょっとだけ心配そうにオクレール伯爵に声をかけた。
「へ、陛下ぁ……」
顔面を蒼白にさせつつ、がくりと崩れ落ちた床からぷるぷると震え涙目でチワワのように見上げるオクレール伯爵。
それはちょっと、いやかなり絵面が気持ち悪いなと内心思いつつも国王は何事もなかったかのように。
「……それで、なにかあったのか?」
そう、国王が問えば。
「っ……領地で魔物のスタンピートが起きて……領地から溢れ出して、それで……」
「なっ……!?」
「あ、溢れた魔物が他の領地や……この王都に向かっていると……! 私はもうどうしたらっ……」
と言って情けなく嗚咽を漏らし、泣き出した。
295
あなたにおすすめの小説
心を病んでいるという嘘をつかれ追放された私、調香の才能で見返したら調香が社交界追放されました
er
恋愛
心を病んだと濡れ衣を着せられ、夫アンドレに離縁されたセリーヌ。愛人と結婚したかった夫の陰謀だったが、誰も信じてくれない。失意の中、亡き母から受け継いだ調香の才能に目覚めた彼女は、東の別邸で香水作りに没頭する。やがて「春風の工房」として王都で評判になり、冷酷な北方公爵マグナスの目に留まる。マグナスの支援で宮廷調香師に推薦された矢先、元夫が妨害工作を仕掛けてきたのだが?
婚約破棄されて追放された私、今は隣国で充実な生活送っていますわよ? それがなにか?
鶯埜 餡
恋愛
バドス王国の侯爵令嬢アメリアは無実の罪で王太子との婚約破棄、そして国外追放された。
今ですか?
めちゃくちゃ充実してますけど、なにか?
侯爵令嬢はざまぁ展開より溺愛ルートを選びたい
花月
恋愛
内気なソフィア=ドレスデン侯爵令嬢の婚約者は美貌のナイジェル=エヴァンス公爵閣下だったが、王宮の中庭で美しいセリーヌ嬢を抱きしめているところに遭遇してしまう。
ナイジェル様から婚約破棄を告げられた瞬間、大聖堂の鐘の音と共に身体に異変が――。
あら?目の前にいるのはわたし…?「お前は誰だ!?」叫んだわたしの姿の中身は一体…?
ま、まさかのナイジェル様?何故こんな展開になってしまったの??
そして婚約破棄はどうなるの???
ほんの数時間の魔法――一夜だけの入れ替わりに色々詰め込んだ、ちぐはぐラブコメ。
不愛想な婚約者のメガネをこっそりかけたら
柳葉うら
恋愛
男爵令嬢のアダリーシアは、婚約者で伯爵家の令息のエディングと上手くいっていない。ある日、エディングに会いに行ったアダリーシアは、エディングが置いていったメガネを出来心でかけてみることに。そんなアダリーシアの姿を見たエディングは――。
「か・わ・い・い~っ!!」
これまでの態度から一変して、アダリーシアのギャップにメロメロになるのだった。
出来心でメガネをかけたヒロインのギャップに、本当は溺愛しているのに不器用であるがゆえにぶっきらぼうに接してしまったヒーローがノックアウトされるお話。
【完結】虐げられていた侯爵令嬢が幸せになるお話
彩伊
恋愛
歴史ある侯爵家のアルラーナ家、生まれてくる子供は皆決まって金髪碧眼。
しかし彼女は燃えるような紅眼の持ち主だったために、アルラーナ家の人間とは認められず、疎まれた。
彼女は敷地内の端にある寂れた塔に幽閉され、意地悪な義母そして義妹が幸せに暮らしているのをみているだけ。
............そんな彼女の生活を一変させたのは、王家からの”あるパーティー”への招待状。
招待状の主は義妹が恋い焦がれているこの国の”第3皇子”だった。
送り先を間違えたのだと、彼女はその招待状を義妹に渡してしまうが、実際に第3皇子が彼女を迎えにきて.........。
そして、このパーティーで彼女の紅眼には大きな秘密があることが明らかにされる。
『これは虐げられていた侯爵令嬢が”愛”を知り、幸せになるまでのお話。』
一日一話
14話完結
もてあそんでくれたお礼に、貴方に最高の餞別を。婚約者さまと、どうかお幸せに。まぁ、幸せになれるものなら......ね?
当麻月菜
恋愛
次期当主になるべく、領地にて父親から仕事を学んでいた伯爵令息フレデリックは、ちょっとした出来心で領民の娘イルアに手を出した。
ただそれは、結婚するまでの繋ぎという、身体目的の軽い気持ちで。
対して領民の娘イルアは、本気だった。
もちろんイルアは、フレデリックとの間に身分差という越えられない壁があるのはわかっていた。そして、その時が来たら綺麗に幕を下ろそうと決めていた。
けれど、二人の関係の幕引きはあまりに酷いものだった。
誠意の欠片もないフレデリックの態度に、立ち直れないほど心に傷を受けたイルアは、彼に復讐することを誓った。
弄ばれた女が、捨てた男にとって最後で最高の女性でいられるための、本気の復讐劇。
「股ゆる令嬢」の幸せな白い結婚
ウサギテイマーTK
恋愛
公爵令嬢のフェミニム・インテラは、保持する特異能力のために、第一王子のアージノスと婚約していた。だが王子はフェミニムの行動を誤解し、別の少女と付き合うようになり、最終的にフェミニムとの婚約を破棄する。そしてフェミニムを、子どもを作ることが出来ない男性の元へと嫁がせるのである。それが王子とその周囲の者たちの、破滅への序章となることも知らずに。
※タイトルは下品ですが、R15範囲だと思います。完結保証。
【完結】余命三年ですが、怖いと評判の宰相様と契約結婚します
佐倉えび
恋愛
断罪→偽装結婚(離婚)→契約結婚
不遇の人生を繰り返してきた令嬢の物語。
私はきっとまた、二十歳を越えられないーー
一周目、王立学園にて、第二王子ヴィヴィアン殿下の婚約者である公爵令嬢マイナに罪を被せたという、身に覚えのない罪で断罪され、修道院へ。
二周目、学園卒業後、夜会で助けてくれた公爵令息レイと結婚するも「あなたを愛することはない」と初夜を拒否された偽装結婚だった。後に離婚。
三周目、学園への入学は回避。しかし評判の悪い王太子の妾にされる。その後、下賜されることになったが、手渡された契約書を見て、契約結婚だと理解する。そうして、怖いと評判の宰相との結婚生活が始まったのだが――?
*ムーンライトノベルズにも掲載
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる