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40 ブランシェ様
しおりを挟む地響きを大地に響き渡らせて。
土煙を巻きあげながら、本能のままに魔物達は全てを食い荒らし疾走する。
その光景を前に抗う力なき者達は、男も女も関係なく蹂躙されていく。
そこになす術はない。
それがこの世界の当たり前。
スタンピートは皆が恐れる厄災。
そこへ。
「ありゃりゃ……想定よりも魔物沢山いますね? アレクセイ様」
「ああ、やれそうか? ブランシェ」
ブランシェとアレクセイの前方には、スタンピートを起こした魔物達の大群。
普通の人間ならば裸足で逃げ出すだろう状況、なのにこの二人はのんびりとその光景を眺め話す。
どこか場違い。
けれどこの二人にとってはこれが通常。
「はい、このくらいなら一人でも大丈夫ですよ? アレクセイ様は休んでいてくださいませ」
「ん……そうか? ならば君に任せよう。だが無理だと思ったら直ぐに言いなさい、加勢しよう」
「はい、ありがとうございますアレクセイ様! ではでは……討伐を始めまーす!」
と、明るく言ったブランシェに危機感はなく。
スタンピート鎮圧が始まった。
ブランシェは討伐は一人で大丈夫だと言う。
けれどこの魔物の大群を、たった一人で相手にするなんて魔塔の魔法使いでも普通はあり得ない。
なのにブランシェは。
そのあり得ない事を、たった一人でも軽々とやってのけた。
それはもう討伐というより、駆除。
ブランシェが杖を軽く一振するだけで、無数の魔物が木っ端微塵に消し飛んでいく。
その光景は圧巻の一言で。
この素晴らしき魔法の才を持ったブランシェを、手放した馬鹿に少しだけアレクセイは感謝した。
部下としてのブランシェは、文句は言うが真面目で努力家。
アレクセイは契約結婚を言い出す前からブランシェの事を、部下としてだがそれなりに気に入っていた。
だから契約結婚をきりだした。
そして女性として意識し始めてからのブランシェは、可愛らしくとても魅力的で。
契約ではなく、本当の夫婦になりたくなった。
だから生き生きと楽しそうに杖を振るブランシェをアレクセイは、この場に似つかわしくない甘い表情で見ていた。
そして。
たったの数時間でスタンピートは鎮圧された。
そこにアレクセイの出る幕はなく、本当にブランシェたった一人でスタンピート鎮圧が終了したのである。
「ほんとうに相も変わらず……君は規格外だなブランシェ?」
「え、このくらいの数なら書類整理よりも全然簡単ですよ? 魔塔の業務、魔物討伐だけなら楽でいいのに」
「……そうか」
魔物討伐だけが魔塔の業務だなんて趣味の魔法の研究が出来なくなるから、それだけは絶対に嫌だとアレクセイはなんとも言えない気持ちになった。
――――そして。
場面は変わり。
ここは王城の謁見の間。
そこには顔色の悪い貴族達がずらりと並び。
見上げた豪華な玉座にこの国の王が座り、楽しそうに貴族達を眺め。
「さて、このブランシェ・バルテを『元平民だから』侯爵にするのは反対だ、我が弟の妻には相応しくない、領地を与えるのには反対だと………申す者はここにおるか?」
と、問う。
そして流れたのは沈黙で。
それはそれは満足そうに国王は微笑む。
「兄さんも人が悪い……」
「なんだアレクセイ? 余は可愛い義妹の事を思って言っただけだぞ」
「あの国王陛下、そのお気持ちだけで私は……大丈夫ですので! ね、アレクセイ様?」
「ブランシェがそれでいいなら私はかまわんが……」
場の空気に耐えかねてブランシェは、顔色の悪い貴族達に助け船を出してやる。
貴族達には色々嫌味を言われたが、ここまで顔色が悪いとちょっと可哀想になってきた。
「……ブランシェ? 余の事はお兄ちゃんと呼んで良いと言っただろう、もう我々は家族なのだ他人行儀はよしてくれ」
「え……」
と、国王は親しげにブランシェに声をかける。
それはもちろん弟の嫁を守ってやりたい気持ちであるし、日頃から目障りな貴族達への嫌がらせと牽制。
だが今一番の目的は。
スタンピートをたった一人で鎮圧した魔法使いを、より手の内に引き込みたいというのがある。
……が。
「兄さん? ブランシェは私の妻です、あまり馴れ馴れしくしないで下さい。怒りますよ? 王位簒奪しましょうか?」
と、アレクセイに睨まれ脅されて。
「ちょ、アレクセイ!? それここでは冗談でも言うの止めて……? 貴族達が本気にでもしたらほんと面倒だから! ちょっと調子にのった、すまんって! 兄さんが悪かった!」
「わかれば宜しい」
王と王弟の他愛のないやり取り。
その内容は本人達にとっては冗談、だが。
それを見せられた貴族達は、王を簡単にやり込めるアレクセイにだけは逆らうのは止めようと誓い。
そして嫌味ばかり言ってきた自分達に助け船を出してくれたブランシェ様には、これからは親切にしようと誓ったのだった。
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退会済ユーザのコメントです
作者として少し寂しい気も致しますが、これにて完結でございます。
本当は去年の内に完結させるつもりでした(´Д`)
いえいえ、お気になさらず!
ちゃうさんがこうやって読みにきて貰えて感想まで書いていただける、それだけで作者としては嬉しい限り!
そうですね。
アレクセイはニヤニヤはしなさそう( *´艸)
美しく優雅に微笑んでいそう……!
エクトルはブランシェに声をかけることすら許されず、退場していきました💦
陛下はなんだかんだいって、アレクセイと仲良しだからブランシェとも仲良くしたいんだろうな……
元平民のブランシェ、きっと領民の気持ちがよくわかる素敵な領主様になってくれるでしょう。
机仕事苦手だけど……!
はい。
完結を迎える事が出来てホッと一安心。
完結までお付き合い頂きありがとうございました。
そしていつも感想ありがとう!
また他作品でも感想お待ちしております!
そうですね。
エクトルは自らの手で幸せな未来を捨ててしまいました。
あのまま結婚していれば愛し愛される未来があったかもしれないのに。
そうそう!
今さら遅い……!
ハッピーエンドに出来て良かったです。
次回作お楽しみに!
錬金術師のほうはなるべく早く更新が出来るよう頑張ります!
感想ありがとうございました。
また他作品で感想お待ちしております!
ぱらさん、完結までお付き合いいただきましてありがとうございました!
まあ……どのみち遅かれ早かれ破滅していたでしょうね、オクレール伯爵もエクトルも。
ほんっっと、お馬鹿ですよね。
そうですね。
ブランシェを敵にまわすと大変なことになっちゃいますから( *´艸)
貴族達は媚びへつらいます。
そりゃ勿論!
ブランシェが遠慮しても、アレクセイ様がキチンと対価を要求されますとも✨
感想ありがとうございました。
また次回作でも感想頂ければ幸いです!