死を望まれた王女は敵国で白い結婚を望む。「ご安心ください、私もあなたを愛するつもりはありません」

千紫万紅

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1 血も涙もない

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「フランツェスカ。お前にはシュヴァルツヴァルトの王太子のもとに、嫁に行ってもらう」

 ん…………?
 ……聞き間違い、でしょうか。
 今、嫁にいけとかなんとか……聞き捨てならないようなこと言われたような気がしますが?
 
 ……いやいや、まさか。
 いくらお父様でも、そんなことおっしゃるはずかない。

「……お父様。いま……なんとおっしゃいました?」

 私はフランツェスカ・モルゲンロート。
 ここモルゲンロート王国の第一王女で、今は亡き正妃アダルハイダの娘。
 
 王位継承順位は第一位。
 来月に控えた成人の儀式を終えれば、次期後継者として王太女に指名される事が内々に決定している。
 
「お前にはシュヴァルツヴァルト国の王太子、フリード・ルートヴィヒ・シュヴァルツヴァルトのもとに嫁いでもらう」
 
「わ、私がシュヴァルツヴァルトに……嫁ぐ!?」

 この国では性別を問わず長子が王位を継承すると、法によって定められている。

 だから当然、王位継承権第一位の私が将来女王となりこの国を統べる。
 それは約束された未来で、他国に輿入れなんて絶対にありえない。
 
 なのに、私に輿入れしろですって?
 女王になる為に生きてきた……この私に?
 しかもよりにもよって、戦場では敵将だったフリード・ルートヴィヒ・シュヴァルツヴァルトに!?

 なに考えてんだこの……クソ親父?

 以前から怪しいな、でもまだ若いしな。
 それに娘としては父親のこと、信じてあげたいしな。
 
 だけどやっぱり臣下としては、現実と向き合わなけばいけないな……とか、色々と思ったりしていましたが。
 ……とうとう焼きが回ってきたのかもしれません。
 
「ああ、そうだ。これは停戦交渉の結果であり、モルゲンロートとシュヴァルツヴァルト両国の和平の証として必要な婚姻。いくらお前でも拒否することは許さん、これは王命だ」

 ……はい。出ましたよ、伝家の宝刀『王命』。
 このクソ親父は、馬鹿の一つ覚えみたいに都合が悪くなるとすぐ『王命』を出してきます。
 きっと『王命』を、魔法の言葉かなにかだと思っているに違いありません。
 
「戦地から戻ったばかりの娘に対して、労いの言葉ひとつかけず次は『敵国に輿入れしろ』ですか? その上、王位継承権第一位の私に? それ冗談にしても笑えませんわよ、お父様?」

「……なんだ、フランツェスカは私に頭でも撫でてほしかったのか? もう大人だとばかり思っていたが、まだまだ子どもだな」

「……は?」

「ほら。照れてないでこちらに来なさい、フランツェスカ。父が頭を撫でてやろう……」

「お父様? 揶揄うのはやめてください。今は真面目な話をしているんです」

「……なんだ、怒ったのか?」

 思わず、国王を蹴りそうになりました。
 だけどギリギリのところで踏みとどまりました。
 ……いや、正直ちょっと蹴りました。
 靴の先でコツンって。
 でも蹴ったのは玉座ですし、たぶん大丈夫でしょう。
 
「話を戻しますが……和平の為の輿入れなら、わざわざ私でなくともアリーシアがおりますが? どうして……私なのですか」

「アリーシアのような身体の弱い娘をシュヴァルツヴァルトのような蛮族どもの国に嫁がせられるわけがないだろう!? それでも姉なのか! まったく……血も涙もないやつだな、お前は……!」

 血も涙もないのはどちらなのでしょうか。

 一年前。
 戦況が悪化した北の前線に、私は護衛の一人も付けてもらえずに送り込まれた。
 『女王になる覚悟を見せろ』と、このクソ親父に言われて。
 
 あれから一年。
 停戦の報せと、早急な王宮への帰還を命ずる書状が北の地に届いたのは今からわずか三日前のことで。

 命令に従い、急ぎ王宮へと帰ってきてみれば――
 
 戦場から命からがら帰還してきたばかりの娘を、謁見の間へと呼びつけ。
 労いの言葉ひとつかけることもなく、昨日まで敵国だった国に和平の為だから嫁げと命じる。

 そんなクソ親父に『血も涙もない』などと、この私に言う資格があるとでも思っているのでしょうか?
 ……絶対にあるわけがない。

「……王位継承はどうなさるおつもりですか? ま、さ、か、とは思いますが……アリーシアを女王になさるおつもりですか? 今、ご自分で『アリーシアは身体が弱い』と、おっしゃっておいででしたが」

「アリーシアには王妃になってもらう。王妃なら自らが政務を行う必要もないし、あの子には適任だろう」
 
 女王になるために、生きてきた私と違って。
 
 腹違いの妹アリーシアは政務なんて今まで一切やったことがない、絵に描いたような可愛いお姫様。
 
 アリーシアがちょっと目を潤ませて「困りましたわ……」とでも言えば、周りにいる男どもが喜んでなんでもする。
 だから時折、アリーシアの取り巻きの男達と揉めることはありましたけど。
 
 アリーシア自体は王位に興味を示しませんでしたし、生まれながらに病弱でしたから。
 私の立場が脅かされることはないと……そう、思っておりました。

「では王位は……いったいどうなさるおつもりですか? 他に王位を継げる者など、この国のどこにもおりませんが?」

「王にはリヒター公爵家のレナードを据えるつもりだ。レナードならば王家の血も多少入っているし、アリーシアとも仲がいい」

「れ、レナードを……王に!? 彼は王族ではありませんが? 継承法はどうするつもりなんです!? それにレナードは私の……婚約者ですよ!?」

 だんだん、めまいがしてきました。
 確かにレナードには王家の血が入っています。
 ですがそれ……百年以上前に王女が降嫁したとかそんな昔の話で。
 
 継承法に真っ向から違反しておりますけど……?

「継承法については後で改正を行うつもりだ。議会の承諾も既に取り付けてあるしな?」

「なっ……!」

 このっ……! 馬鹿親父!
 国の根幹をいじろうとしてる!?
 しかも既に議会まで抱き込んでる、ですと?

「それと、お前の婚約ならこちらで解消しておいた。レナードもこの件について既に了承済みだ」

「レナード、が……? え、うそ……」

「だからフランツェスカ、お前は心置きなくシュヴァルツヴァルトに嫁げ。それがこの国の為に出来る、お前の最後の仕事だ」
 
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