10 / 68
10 許さない
しおりを挟む
10
「っ……ふざけんなよ、あのクソ親父っ!」
『生まれるべきではなかった』
そんなことを父親に言われて、傷つかない子どもがいると思っているのだろうか?
よくそんな酷いことが実の娘に言えるなと、クソ親父の人間性を疑います。
それに……普通に殺意が芽生えました。
ただ、殺してやりたいほど憎いと思うのはクソ親父に対してだけではなくて。
私を裏切ったレナードに対しても同様にですが。
「絶対に、許さない……!」
思わず口をついて出てしまった粗野な言葉に、自分でも驚く。
……でも、これがきっと私の本音。
「姫様っ! フランツェスカ様っ……!」
後ろから私の名を呼ぶ声がした。
その声にハッとして、振り返ると。
そこには気遣わしげにこちらを見つめるヘルマの姿があったのです。
「ヘルマ……ごめんなさい。私が不甲斐ないばっかりに……お父様の命令、覆せな……くて……」
「なにをおっしゃいますか! 姫様は大変ご立派に成長なさいました。貴女様はなにも悪うございません……ですからそんなこと、おっしゃらないでください」
そう言って私の手を強く握ってくれたヘルマの皺だらけの手は温かくて、泣きたくなるくらい優しかった。
「ヘルマっ……」
ちょうどその時。
来客を告げる、侍女の声が扉の向こうから聞こえてきたのです。
こんな時間に誰だろうかと、侍女に問えば。
北の前線で共に戦ってくれた、第三騎士団の団長バナード・ブラウンでした。
「突然お伺いして申し訳ありません。ですが王女殿下がシュヴァルツヴァルトに輿入れされると聞き、いても立ってもいられず……」
「ありがとう、バナード。でも王女殿下呼びは少し寂しいですね? 北の前線ではみんなで私の事を『フラン姫』って親しげに呼んでくださってたじゃありませんか?」
「っ……それは、えっ……とですね……」
ヘルマがいる手前、そう呼ぶことができなかったバナードは狼狽したように言い淀みます。
「……姫様、あまり騎士様を虐めてはなりませんよ」
「ふふっ、バナードごめんなさい。会いに来てくれたのが嬉しくて、つい調子に乗っちゃいました」
これ以上やるとヘルマに本気で叱られそうなので、直ぐに謝罪します。
ヘルマは優しいだけの甘い侍女ではありません。
礼儀や礼節にはとても厳しくて、怒らせるとめちゃくちゃ怖いのです。
「フラン姫は、どこにいらっしゃってもお変わりなきようで、この老骨は安心いたしました」
「そう、ですか? バナードは……少し老け込んだような気がいたしますね? そろそろ引退したほうがよろしいのではありませんか?」
バナードはもう後継に後を託して、第一線を退いてもいい歳なはずで。
今回の戦いにも、本当はいるはずのない人物だった……はずなのですが。
私が北の前線に到着すると、そこにはバナード率いる第三騎士団の姿があって。
どれ程、心強かったことか。
「フラン姫、年寄り扱いはやめてくだされ。ワシはまだまだ現役! 若いモンにはまだこの座は譲れませぬ!」
「自分で自分のことを老骨とかおっしゃるくせに……」
「それはそうとして……フラン姫。このまま黙って引き下がるつもりでは、ごさいませぬな?」
「……まさか。でも今はその時ではありません、ですから大人しく従うフリをして様子見……でしょうか? あとできちんとやり返します!」
「ハハハハハ! それでこそ我らモルゲンロートの『紅の悪夢』ですな!」
「……えっ? 『紅の悪夢』って、それいったい……なんですか?」
「シュバルツバルトが付けたフラン姫の異名ですよ、もしや……フラン姫はご存知なかった?」
「あ、ありません! なんなのですか、その恥ずかしい異名は……!」
そんな小っ恥ずかしい異名を付けられていたなんて、私はなにも知りませんでした。
もしそれを知っていたらその酷い異名をつけたシュヴァルツヴァルトの方に、本当の悪夢を見せてあげましたのに。
……とっても残念です。
それにもっとマシな異名はなかったのですか?
悪夢ってなんですか、悪夢って。
命名センス、悪すぎです。
「フラン姫の燃えるような赤の御髪を見たシュヴァルツヴァルトの兵が付けた異名、と聞いております」
「私の髪?」
「ええ。名も姿もあちらからは認識できなかったようなのですが、風に靡くフラン姫の御髪は砦の下からも見えたようでして……」
砦の上からフリード王太子の黒髪が見えたなら、あちらからも私の赤い髪が見えるのは当然の事で。
「少し……気を付けなければいけませんね。この国の貴族の中に赤い髪を持つ者は、私の他に何人かいますが……」
「そうでございますね、気を付けられるに越したことはありません。先日もお話したように、もし姫様が北の地で指揮官をされていたことをシュヴァルツヴァルトに知られてしまったら……!」
ヘルマは言葉を濁します。
嫁いでくる敵国の王女が自国との戦争で陣頭指揮をしていた敵将だった、なんて事を知られれば。
最悪の場合、外交上の問題にまで発展しかねません。
もしそうなればせっかく結ばれた和平協定が、破綻してしまう可能性が出てきます。
それだけは絶対に避けなくてはいけないのです。
クソ親父については思うことが多々ありますけれど、もう一度戦争なんてまっぴらごめんです。
だからそれだけは絶対に避けなくてはなりません。どんな手を使ってでも――。
「っ……ふざけんなよ、あのクソ親父っ!」
『生まれるべきではなかった』
そんなことを父親に言われて、傷つかない子どもがいると思っているのだろうか?
よくそんな酷いことが実の娘に言えるなと、クソ親父の人間性を疑います。
それに……普通に殺意が芽生えました。
ただ、殺してやりたいほど憎いと思うのはクソ親父に対してだけではなくて。
私を裏切ったレナードに対しても同様にですが。
「絶対に、許さない……!」
思わず口をついて出てしまった粗野な言葉に、自分でも驚く。
……でも、これがきっと私の本音。
「姫様っ! フランツェスカ様っ……!」
後ろから私の名を呼ぶ声がした。
その声にハッとして、振り返ると。
そこには気遣わしげにこちらを見つめるヘルマの姿があったのです。
「ヘルマ……ごめんなさい。私が不甲斐ないばっかりに……お父様の命令、覆せな……くて……」
「なにをおっしゃいますか! 姫様は大変ご立派に成長なさいました。貴女様はなにも悪うございません……ですからそんなこと、おっしゃらないでください」
そう言って私の手を強く握ってくれたヘルマの皺だらけの手は温かくて、泣きたくなるくらい優しかった。
「ヘルマっ……」
ちょうどその時。
来客を告げる、侍女の声が扉の向こうから聞こえてきたのです。
こんな時間に誰だろうかと、侍女に問えば。
北の前線で共に戦ってくれた、第三騎士団の団長バナード・ブラウンでした。
「突然お伺いして申し訳ありません。ですが王女殿下がシュヴァルツヴァルトに輿入れされると聞き、いても立ってもいられず……」
「ありがとう、バナード。でも王女殿下呼びは少し寂しいですね? 北の前線ではみんなで私の事を『フラン姫』って親しげに呼んでくださってたじゃありませんか?」
「っ……それは、えっ……とですね……」
ヘルマがいる手前、そう呼ぶことができなかったバナードは狼狽したように言い淀みます。
「……姫様、あまり騎士様を虐めてはなりませんよ」
「ふふっ、バナードごめんなさい。会いに来てくれたのが嬉しくて、つい調子に乗っちゃいました」
これ以上やるとヘルマに本気で叱られそうなので、直ぐに謝罪します。
ヘルマは優しいだけの甘い侍女ではありません。
礼儀や礼節にはとても厳しくて、怒らせるとめちゃくちゃ怖いのです。
「フラン姫は、どこにいらっしゃってもお変わりなきようで、この老骨は安心いたしました」
「そう、ですか? バナードは……少し老け込んだような気がいたしますね? そろそろ引退したほうがよろしいのではありませんか?」
バナードはもう後継に後を託して、第一線を退いてもいい歳なはずで。
今回の戦いにも、本当はいるはずのない人物だった……はずなのですが。
私が北の前線に到着すると、そこにはバナード率いる第三騎士団の姿があって。
どれ程、心強かったことか。
「フラン姫、年寄り扱いはやめてくだされ。ワシはまだまだ現役! 若いモンにはまだこの座は譲れませぬ!」
「自分で自分のことを老骨とかおっしゃるくせに……」
「それはそうとして……フラン姫。このまま黙って引き下がるつもりでは、ごさいませぬな?」
「……まさか。でも今はその時ではありません、ですから大人しく従うフリをして様子見……でしょうか? あとできちんとやり返します!」
「ハハハハハ! それでこそ我らモルゲンロートの『紅の悪夢』ですな!」
「……えっ? 『紅の悪夢』って、それいったい……なんですか?」
「シュバルツバルトが付けたフラン姫の異名ですよ、もしや……フラン姫はご存知なかった?」
「あ、ありません! なんなのですか、その恥ずかしい異名は……!」
そんな小っ恥ずかしい異名を付けられていたなんて、私はなにも知りませんでした。
もしそれを知っていたらその酷い異名をつけたシュヴァルツヴァルトの方に、本当の悪夢を見せてあげましたのに。
……とっても残念です。
それにもっとマシな異名はなかったのですか?
悪夢ってなんですか、悪夢って。
命名センス、悪すぎです。
「フラン姫の燃えるような赤の御髪を見たシュヴァルツヴァルトの兵が付けた異名、と聞いております」
「私の髪?」
「ええ。名も姿もあちらからは認識できなかったようなのですが、風に靡くフラン姫の御髪は砦の下からも見えたようでして……」
砦の上からフリード王太子の黒髪が見えたなら、あちらからも私の赤い髪が見えるのは当然の事で。
「少し……気を付けなければいけませんね。この国の貴族の中に赤い髪を持つ者は、私の他に何人かいますが……」
「そうでございますね、気を付けられるに越したことはありません。先日もお話したように、もし姫様が北の地で指揮官をされていたことをシュヴァルツヴァルトに知られてしまったら……!」
ヘルマは言葉を濁します。
嫁いでくる敵国の王女が自国との戦争で陣頭指揮をしていた敵将だった、なんて事を知られれば。
最悪の場合、外交上の問題にまで発展しかねません。
もしそうなればせっかく結ばれた和平協定が、破綻してしまう可能性が出てきます。
それだけは絶対に避けなくてはいけないのです。
クソ親父については思うことが多々ありますけれど、もう一度戦争なんてまっぴらごめんです。
だからそれだけは絶対に避けなくてはなりません。どんな手を使ってでも――。
1,437
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢は永眠しました
詩海猫(8/29書籍発売)
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」
長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。
だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。
ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m
悪役令嬢に相応しいエンディング
無色
恋愛
月の光のように美しく気高い、公爵令嬢ルナティア=ミューラー。
ある日彼女は卒業パーティーで、王子アイベックに国外追放を告げられる。
さらには平民上がりの令嬢ナージャと婚約を宣言した。
ナージャはルナティアの悪い評判をアイベックに吹聴し、彼女を貶めたのだ。
だが彼らは愚かにも知らなかった。
ルナティアには、ミューラー家には、貴族の令嬢たちしか知らない裏の顔があるということを。
そして、待ち受けるエンディングを。
悪役令嬢は手加減無しに復讐する
田舎の沼
恋愛
公爵令嬢イザベラ・フォックストーンは、王太子アレクサンドルの婚約者として完璧な人生を送っていたはずだった。しかし、華やかな誕生日パーティーで突然の婚約破棄を宣告される。
理由は、聖女の力を持つ男爵令嬢エマ・リンドンへの愛。イザベラは「嫉妬深く陰険な悪役令嬢」として糾弾され、名誉を失う。
婚約破棄をされたことで彼女の心の中で何かが弾けた。彼女の心に燃え上がるのは、容赦のない復讐の炎。フォックストーン家の膨大なネットワークと経済力を武器に、裏切り者たちを次々と追い詰めていく。アレクサンドルとエマの秘密を暴き、貴族社会を揺るがす陰謀を巡らせ、手加減なしの報復を繰り広げる。
婚約者様への逆襲です。
有栖川灯里
恋愛
王太子との婚約を、一方的な断罪と共に破棄された令嬢・アンネリーゼ=フォン=アイゼナッハ。
理由は“聖女を妬んだ悪役”という、ありふれた台本。
だが彼女は涙ひとつ見せずに微笑み、ただ静かに言い残した。
――「さようなら、婚約者様。二度と戻りませんわ」
すべてを捨て、王宮を去った“悪役令嬢”が辿り着いたのは、沈黙と再生の修道院。
そこで出会ったのは、聖女の奇跡に疑問を抱く神官、情報を操る傭兵、そしてかつて見逃された“真実”。
これは、少女が嘘を暴き、誇りを取り戻し、自らの手で未来を選び取る物語。
断罪は終わりではなく、始まりだった。
“信仰”に支配された王国を、静かに揺るがす――悪役令嬢の逆襲。
9時から5時まで悪役令嬢
西野和歌
恋愛
「お前は動くとロクな事をしない、だからお前は悪役令嬢なのだ」
婚約者である第二王子リカルド殿下にそう言われた私は決意した。
ならば私は願い通りに動くのをやめよう。
学園に登校した朝九時から下校の夕方五時まで
昼休憩の一時間を除いて私は椅子から動く事を一切禁止した。
さあ望むとおりにして差し上げました。あとは王子の自由です。
どうぞ自らがヒロインだと名乗る彼女たちと仲良くして下さい。
卒業パーティーもご自身でおっしゃった通りに、彼女たちから選ぶといいですよ?
なのにどうして私を部屋から出そうとするんですか?
嫌です、私は初めて自分のためだけの自由の時間を手に入れたんです。
今まで通り、全てあなたの願い通りなのに何が不満なのか私は知りません。
冷めた伯爵令嬢と逆襲された王子の話。
☆別サイトにも掲載しています。
※感想より続編リクエストがありましたので、突貫工事並みですが、留学編を追加しました。
これにて完結です。沢山の皆さまに感謝致します。
運命に勝てない当て馬令嬢の幕引き。
ぽんぽこ狸
恋愛
気高き公爵家令嬢オリヴィアの護衛騎士であるテオは、ある日、主に天啓を受けたと打ち明けられた。
その内容は運命の女神の聖女として召喚されたマイという少女と、オリヴィアの婚約者であるカルステンをめぐって死闘を繰り広げ命を失うというものだったらしい。
だからこそ、オリヴィアはもう何も望まない。テオは立場を失うオリヴィアの事は忘れて、自らの道を歩むようにと言われてしまう。
しかし、そんなことは出来るはずもなく、テオも将来の王妃をめぐる運命の争いの中に巻き込まれていくのだった。
五万文字いかない程度のお話です。さくっと終わりますので読者様の暇つぶしになればと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる