死を望まれた王女は敵国で白い結婚を望む。「ご安心ください、私もあなたを愛するつもりはありません」

千紫万紅

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10 許さない

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「っ……ふざけんなよ、あのクソ親父っ!」

 『生まれるべきではなかった』
 そんなことを父親に言われて、傷つかない子どもがいると思っているのだろうか?

 よくそんな酷いことが実の娘に言えるなと、クソ親父の人間性を疑います。
 それに……普通に殺意が芽生えました。
 
 ただ、殺してやりたいほど憎いと思うのはクソ親父に対してだけではなくて。
 私を裏切ったレナードに対しても同様にですが。

「絶対に、許さない……!」

 思わず口をついて出てしまった粗野な言葉に、自分でも驚く。
 ……でも、これがきっと私の本音。

「姫様っ! フランツェスカ様っ……!」

 後ろから私の名を呼ぶ声がした。
 その声にハッとして、振り返ると。
 
 そこには気遣わしげにこちらを見つめるヘルマの姿があったのです。

「ヘルマ……ごめんなさい。私が不甲斐ないばっかりに……お父様の命令、覆せな……くて……」

「なにをおっしゃいますか! 姫様は大変ご立派に成長なさいました。貴女様はなにも悪うございません……ですからそんなこと、おっしゃらないでください」

 そう言って私の手を強く握ってくれたヘルマの皺だらけの手は温かくて、泣きたくなるくらい優しかった。

「ヘルマっ……」

 ちょうどその時。
 来客を告げる、侍女の声が扉の向こうから聞こえてきたのです。

 こんな時間に誰だろうかと、侍女に問えば。
 北の前線で共に戦ってくれた、第三騎士団の団長バナード・ブラウンでした。

「突然お伺いして申し訳ありません。ですが王女殿下がシュヴァルツヴァルトに輿入れされると聞き、いても立ってもいられず……」

「ありがとう、バナード。でも王女殿下呼びは少し寂しいですね? 北の前線ではみんなで私の事を『フラン姫』って親しげに呼んでくださってたじゃありませんか?」

「っ……それは、えっ……とですね……」

 ヘルマがいる手前、そう呼ぶことができなかったバナードは狼狽したように言い淀みます。

「……姫様、あまり騎士様を虐めてはなりませんよ」

「ふふっ、バナードごめんなさい。会いに来てくれたのが嬉しくて、つい調子に乗っちゃいました」

 これ以上やるとヘルマに本気で叱られそうなので、直ぐに謝罪します。
 
 ヘルマは優しいだけの甘い侍女ではありません。
 礼儀や礼節にはとても厳しくて、怒らせるとめちゃくちゃ怖いのです。

「フラン姫は、どこにいらっしゃってもお変わりなきようで、この老骨は安心いたしました」

「そう、ですか? バナードは……少し老け込んだような気がいたしますね? そろそろ引退したほうがよろしいのではありませんか?」

 バナードはもう後継に後を託して、第一線を退いてもいい歳なはずで。
 今回の戦いにも、本当はいるはずのない人物だった……はずなのですが。

 私が北の前線に到着すると、そこにはバナード率いる第三騎士団の姿があって。
 どれ程、心強かったことか。

「フラン姫、年寄り扱いはやめてくだされ。ワシはまだまだ現役! 若いモンにはまだこの座は譲れませぬ!」

「自分で自分のことを老骨とかおっしゃるくせに……」

「それはそうとして……フラン姫。このまま黙って引き下がるつもりでは、ごさいませぬな?」

「……まさか。でも今はその時ではありません、ですから大人しく従うフリをして様子見……でしょうか? あとできちんとやり返します!」

「ハハハハハ! それでこそ我らモルゲンロートの『紅の悪夢』ですな!」

「……えっ? 『紅の悪夢』って、それいったい……なんですか?」

「シュバルツバルトが付けたフラン姫の異名ですよ、もしや……フラン姫はご存知なかった?」

「あ、ありません! なんなのですか、その恥ずかしい異名は……!」
 
 そんな小っ恥ずかしい異名を付けられていたなんて、私はなにも知りませんでした。
 
 もしそれを知っていたらその酷い異名をつけたシュヴァルツヴァルトの方に、本当の悪夢を見せてあげましたのに。
 ……とっても残念です。
 
 それにもっとマシな異名はなかったのですか?
 悪夢ってなんですか、悪夢って。
 命名センス、悪すぎです。

「フラン姫の燃えるような赤の御髪を見たシュヴァルツヴァルトの兵が付けた異名、と聞いております」

「私の髪?」
 
「ええ。名も姿もあちらからは認識できなかったようなのですが、風に靡くフラン姫の御髪は砦の下からも見えたようでして……」

 砦の上からフリード王太子の黒髪が見えたなら、あちらからも私の赤い髪が見えるのは当然の事で。

「少し……気を付けなければいけませんね。この国の貴族の中に赤い髪を持つ者は、私の他に何人かいますが……」

「そうでございますね、気を付けられるに越したことはありません。先日もお話したように、もし姫様が北の地で指揮官をされていたことをシュヴァルツヴァルトに知られてしまったら……!」

 ヘルマは言葉を濁します。
 
 嫁いでくる敵国の王女が自国との戦争で陣頭指揮をしていた敵将だった、なんて事を知られれば。
 最悪の場合、外交上の問題にまで発展しかねません。
 
 もしそうなればせっかく結ばれた和平協定が、破綻してしまう可能性が出てきます。
 それだけは絶対に避けなくてはいけないのです。
 
 クソ親父については思うことが多々ありますけれど、もう一度戦争なんてまっぴらごめんです。
 
 だからそれだけは絶対に避けなくてはなりません。どんな手を使ってでも――。
 
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