死を望まれた王女は敵国で白い結婚を望む。「ご安心ください、私もあなたを愛するつもりはありません」

千紫万紅

文字の大きさ
17 / 68

17 代わりの侍女

しおりを挟む
17


 ――翌朝。
 頬を撫でるひんやりとした冷たい感覚にふと目を覚ますと、窓の外では白い雪が空を舞っていました。
 
 どうやら昨夜、私が眠りについた後から雪は降り始めたらしく、窓枠にはうっすらと雪が積もっていて。
 
 そりゃ寒いわけだと妙に納得して、近くに置いてあったショールを肩に掛けました。
 
 それにしてもこんなに落ち着いた静かな朝を迎えたのは、いつぶりでしょう。
 戦場から帰ってきてからも輿入れの準備で忙しく、ゆっくりと休めたためしがこれまで一度もありませんでした。
 
 今日くらいは、部屋でのんびりと過ごすのもいいかもしれません。
 国王夫妻も昨日、休息を取っていいと私におっしゃってくれたことですし。
 そういえば読みかけの本があったなと思い出して、ベッドから降りると。
 
「あのう、フランツェスカ様……?」

「え……なに?」

 耳馴染みのない若い侍女の声に一瞬、驚いてしまいましたが。
 ……すぐに思い出しました。
 
 もう、ヘルマはいないんでした。
 クソ親父に帝国へ帰されてしまったから。
 
 そしてここにいる侍女はみんなクソ親父が新たに用意した……使えない侍女達で。
 
「まだお食事の用意ができていないそうですの。厨房の方が、なにやら手間取っているとか?」
 
「わたくしは、伝えに行こうとは一応思いましたのよ? ですけれど朝からあの粗野な使用人たちの中に混ざるのは……ちょっと、ねえ?」

 気の抜けた返事。
 それはまるで夜会で誰かの噂話でもしているかのような、そんな話し方でした。
 
 ヘルマの代わりの侍女ということで、モルゲンロートから連れてはきましたが。
 蓋を開けてみると彼女達は侍女の仕事なんて一度もしたことがない、ただの貴族令嬢達だったのです。

 どうしてただの貴族令嬢が侍女として私の輿入れについてきたのか。
 その理由はただ一つ、このシュヴァルツヴァルトで良い結婚相手を探すことだったのです。

 だから私の身の回りの世話なんて、最初からやる気が全くないといっていいほどありません。

 着替えの手伝いも驚くほど雑で、危うくドレスの裾を踏んで転けそうになりましたし。
 輿入れの荷物の整理も中途半端どころか、手を付けた気配すら全くないのです。
 
 ここまでくると流石に呆れてきますし、モルゲンロートの本物の侍女達に悪い。

「あのね、貴女達。昨日言ったでしょう? 朝は温かいお茶と軽い食事だけでいいから用意してと……」
 
「もちろん承知しておりますわ! でも……この国の厨房、あまり融通が利かなくて」
 
「それにここの使用人達ったら、わたくしが指示を出してあげたというのに睨むんですのよ? 失礼にもほどがありますわ!」

 その物言いに、頭が痛くなりました。
 
 この侍女達は自分達が上位の人間だと、本気で思っているのです。
 シュヴァルツヴァルトの王宮で、モルゲンロートの人間が優遇されるはずなんて絶対にありませんのに。
 
 私ですらよそ者、敵国の王女として貴族達からいわれのない中傷を受けたのです。

 そんな王女について来た侍女達が、この国の王宮で優遇などされるわけがない。 

「もう……いいわ。下がって。朝食のことは自分でどうにかするから」

「え? でも……」
 
「聞こえなかった? 下がりなさい」

 ――その時。
 コツコツコツ……と、扉を叩く音がしました。

「フランツェスカ様、失礼いたします。フリード王太子殿下がお見えでございます」

 そしてシュヴァルツヴァルトの女官の、凛とした声が響く。
 
 モルゲンロートから連れて来た侍女達のやる気のない話し方とは打って変わって、ハッキリとした物言い。
 こんな人が私の侍女になってくれたらどんなに楽だろうかと思いつつ、入室の許可を出しました。
 
「……どうぞ」
 
 そして『干渉しないと自分で言ったくせに、こんな朝早くから私になんの用ですか?』と、一言くらいあとで言ってやろうと考えていたら。

 ゆっくりと扉が開き。
 
 部屋に入ってきたのは、どこか疲れたような顔をしたフリード王太子でした。

「おはようございます、フランツェスカ。昨夜はよく眠れましたか。……は? なんですかこれ」

 けれど部屋と私の姿を交互に見たフリード王太子は、驚いたようにわずかに目を見開いたのです。

 そしてつぎの瞬間、
 部屋の空気が一変してしまいました。
 
 フリード王太子の薄氷のような青の瞳が、冷たい光を帯びたとおもったら。
 部屋の隅にいた侍女たちへと、その冷たい視線は向けられて。

 侍女達はカタカタと震え出したのです。

 そしてなぜか、その場にいただけの私まで身体に寒気が走りました。

 それは例えるなら外の冷気が一瞬にして部屋に流れ込んだかのような、そんな感覚でした。
 
しおりを挟む
感想 348

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫(8/29書籍発売)
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

笑う令嬢は毒の杯を傾ける

無色
恋愛
 その笑顔は、甘い毒の味がした。  父親に虐げられ、義妹によって婚約者を奪われた令嬢は復讐のために毒を喰む。

悪役令嬢に相応しいエンディング

無色
恋愛
 月の光のように美しく気高い、公爵令嬢ルナティア=ミューラー。  ある日彼女は卒業パーティーで、王子アイベックに国外追放を告げられる。  さらには平民上がりの令嬢ナージャと婚約を宣言した。  ナージャはルナティアの悪い評判をアイベックに吹聴し、彼女を貶めたのだ。  だが彼らは愚かにも知らなかった。  ルナティアには、ミューラー家には、貴族の令嬢たちしか知らない裏の顔があるということを。  そして、待ち受けるエンディングを。

悪役令嬢は手加減無しに復讐する

田舎の沼
恋愛
公爵令嬢イザベラ・フォックストーンは、王太子アレクサンドルの婚約者として完璧な人生を送っていたはずだった。しかし、華やかな誕生日パーティーで突然の婚約破棄を宣告される。 理由は、聖女の力を持つ男爵令嬢エマ・リンドンへの愛。イザベラは「嫉妬深く陰険な悪役令嬢」として糾弾され、名誉を失う。 婚約破棄をされたことで彼女の心の中で何かが弾けた。彼女の心に燃え上がるのは、容赦のない復讐の炎。フォックストーン家の膨大なネットワークと経済力を武器に、裏切り者たちを次々と追い詰めていく。アレクサンドルとエマの秘密を暴き、貴族社会を揺るがす陰謀を巡らせ、手加減なしの報復を繰り広げる。

婚約者様への逆襲です。

有栖川灯里
恋愛
王太子との婚約を、一方的な断罪と共に破棄された令嬢・アンネリーゼ=フォン=アイゼナッハ。 理由は“聖女を妬んだ悪役”という、ありふれた台本。 だが彼女は涙ひとつ見せずに微笑み、ただ静かに言い残した。 ――「さようなら、婚約者様。二度と戻りませんわ」 すべてを捨て、王宮を去った“悪役令嬢”が辿り着いたのは、沈黙と再生の修道院。 そこで出会ったのは、聖女の奇跡に疑問を抱く神官、情報を操る傭兵、そしてかつて見逃された“真実”。 これは、少女が嘘を暴き、誇りを取り戻し、自らの手で未来を選び取る物語。 断罪は終わりではなく、始まりだった。 “信仰”に支配された王国を、静かに揺るがす――悪役令嬢の逆襲。

9時から5時まで悪役令嬢

西野和歌
恋愛
「お前は動くとロクな事をしない、だからお前は悪役令嬢なのだ」 婚約者である第二王子リカルド殿下にそう言われた私は決意した。 ならば私は願い通りに動くのをやめよう。 学園に登校した朝九時から下校の夕方五時まで 昼休憩の一時間を除いて私は椅子から動く事を一切禁止した。 さあ望むとおりにして差し上げました。あとは王子の自由です。 どうぞ自らがヒロインだと名乗る彼女たちと仲良くして下さい。 卒業パーティーもご自身でおっしゃった通りに、彼女たちから選ぶといいですよ? なのにどうして私を部屋から出そうとするんですか? 嫌です、私は初めて自分のためだけの自由の時間を手に入れたんです。 今まで通り、全てあなたの願い通りなのに何が不満なのか私は知りません。 冷めた伯爵令嬢と逆襲された王子の話。 ☆別サイトにも掲載しています。 ※感想より続編リクエストがありましたので、突貫工事並みですが、留学編を追加しました。 これにて完結です。沢山の皆さまに感謝致します。

運命に勝てない当て馬令嬢の幕引き。

ぽんぽこ狸
恋愛
 気高き公爵家令嬢オリヴィアの護衛騎士であるテオは、ある日、主に天啓を受けたと打ち明けられた。  その内容は運命の女神の聖女として召喚されたマイという少女と、オリヴィアの婚約者であるカルステンをめぐって死闘を繰り広げ命を失うというものだったらしい。  だからこそ、オリヴィアはもう何も望まない。テオは立場を失うオリヴィアの事は忘れて、自らの道を歩むようにと言われてしまう。  しかし、そんなことは出来るはずもなく、テオも将来の王妃をめぐる運命の争いの中に巻き込まれていくのだった。  五万文字いかない程度のお話です。さくっと終わりますので読者様の暇つぶしになればと思います。

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

処理中です...