死を望まれた王女は敵国で白い結婚を望む。「ご安心ください、私もあなたを愛するつもりはありません」

千紫万紅

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30 そんな簡単に許してあげません。

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 ――朝。
 カーテンの隙間から差し込んだ朝日が眩しくて、目を覚ますと。
 そこは見覚えのない部屋だった。

 ……ここ、どこでしたっけ?
 と、寝ぼけた頭で周囲を見渡していると紙の擦れるような音。
 誰かいるのかと音のする方へ顔を向ければ、そこには山積みの書類に囲まれたフリードの姿があって。
 
 ようやく思い出しました。
 昨日自分が結婚したということを。

 結婚したことを忘れるとは、私も相当疲れているなと頭を振る。
 だけどここには私よりも疲れていそうな男がいました。
 
 眉間に皺を寄せながら黙々と書類にペンを走らせるフリード、その目元にはうっすらと隈が出来ていて。
 昨夜は眠らずに徹夜で仕事をしていたのだとすぐにわかりました。
 
「あの、フリード……?」

「……あ。おはようございます、フランツェスカ。すみません、起こしてしまいましたか?」

「いいえ。いつもこのくらいの時間に起きるんです」

 北の戦場に送られてから、夜は危ないから早く寝ろと第三騎士団の騎士達全員に言い含められて。
 いつのまにか早寝早起きになってしまいました。

 なんですか『夜は危ない』って、戦場にいるのだから危ないのは当たり前だと思うのですが。

「そうですか……フランツェスカは朝がとても早いのですね」

「ええ、朝の澄んだ空気が好きなので。フリードはあれからずっと……お仕事をなさっていらしたのですか?」

「昨夜のうちに片づけておこうと思っていたのですが、少し時間がかかってしまいました。けれどもうすぐ終わりますよ」

 そう言ってフリードは肩を竦めて困ったように笑う。
 その飾らないありのままの笑顔に、また胸がざわついた。

「もしや、私がベッドを占領してしまったせいで眠れなかったのでは? 半分空いているからと、確認も取らず眠ってしまいました。ごめんなさい」

「まさか。元々夜はあまり眠れないんです、だから謝らないでください。それに謝らなければいけないのは私の方です」

「え?」

「初めてお会いした日、私は貴女に侮辱するような酷い言葉を掛けてしまった。許して貰おうとは思っていません、ですが一言謝らなくてはいけないと……あれからずっと考えていました」

「あれは……私を怒らせたかったのでしょう? 破談にでも持ち込もうと考えていたのではなくて?」

「やはりフランツェスカは凄いな。ええ、その通りです。私は貴女を怒らせてシュヴァルツヴァルトに有利な条件でこの縁談を破談にするつもりでした。ですが貴女は怒るどころか笑顔で私をやり込めてしまった」

「やっぱり。おかしいなとずっと思っていたんです」

「貴女には本当に申し訳ないことをしてしまいました、心から謝罪いたします」

「謝罪など必要ありません。フリードの気持ちも痛いほどわかりますので」

「フランツェスカ……」

「ですが、昨夜お話した通り。私は白い結婚を望みますので、そこのところご理解とご協力おねがいしますね、フリード?」

 だからと言って許すとは言っていません。
 口に出して言うつもりはありませんが、これでも結構傷ついたんです。
 そんな簡単に許してなんてあげません。

「っ……はい」

「……話を戻しますがフリード、少し休まれては? 目元にクマがありますよ?」

 クマだけじゃなくて顔色が悪い。
 何日まともに寝てないんでしょうか、この人。

「ああ、これは本当に気にしないでください。いつもの事なので……それに貴女の可愛らしい寝顔を見ながら仕事ができたおかげで、昨夜は不思議と疲れませんでしたよ。ありがとうございます、フランツェスカ」

「いつも、ですか……」

「……ええ。そうだ、起きられたなら部屋に朝食を運ばせましょうか。そろそろ仕事も一段落するので、一緒に食べましょう」

「はい、よろこんで」

 そして私達二人の新しい関係が静かに動き出したのです。
 
 
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