30 / 68
30 そんな簡単に許してあげません。
しおりを挟む
30
――朝。
カーテンの隙間から差し込んだ朝日が眩しくて、目を覚ますと。
そこは見覚えのない部屋だった。
……ここ、どこでしたっけ?
と、寝ぼけた頭で周囲を見渡していると紙の擦れるような音。
誰かいるのかと音のする方へ顔を向ければ、そこには山積みの書類に囲まれたフリードの姿があって。
ようやく思い出しました。
昨日自分が結婚したということを。
結婚したことを忘れるとは、私も相当疲れているなと頭を振る。
だけどここには私よりも疲れていそうな男がいました。
眉間に皺を寄せながら黙々と書類にペンを走らせるフリード、その目元にはうっすらと隈が出来ていて。
昨夜は眠らずに徹夜で仕事をしていたのだとすぐにわかりました。
「あの、フリード……?」
「……あ。おはようございます、フランツェスカ。すみません、起こしてしまいましたか?」
「いいえ。いつもこのくらいの時間に起きるんです」
北の戦場に送られてから、夜は危ないから早く寝ろと第三騎士団の騎士達全員に言い含められて。
いつのまにか早寝早起きになってしまいました。
なんですか『夜は危ない』って、戦場にいるのだから危ないのは当たり前だと思うのですが。
「そうですか……フランツェスカは朝がとても早いのですね」
「ええ、朝の澄んだ空気が好きなので。フリードはあれからずっと……お仕事をなさっていらしたのですか?」
「昨夜のうちに片づけておこうと思っていたのですが、少し時間がかかってしまいました。けれどもうすぐ終わりますよ」
そう言ってフリードは肩を竦めて困ったように笑う。
その飾らないありのままの笑顔に、また胸がざわついた。
「もしや、私がベッドを占領してしまったせいで眠れなかったのでは? 半分空いているからと、確認も取らず眠ってしまいました。ごめんなさい」
「まさか。元々夜はあまり眠れないんです、だから謝らないでください。それに謝らなければいけないのは私の方です」
「え?」
「初めてお会いした日、私は貴女に侮辱するような酷い言葉を掛けてしまった。許して貰おうとは思っていません、ですが一言謝らなくてはいけないと……あれからずっと考えていました」
「あれは……私を怒らせたかったのでしょう? 破談にでも持ち込もうと考えていたのではなくて?」
「やはりフランツェスカは凄いな。ええ、その通りです。私は貴女を怒らせてシュヴァルツヴァルトに有利な条件でこの縁談を破談にするつもりでした。ですが貴女は怒るどころか笑顔で私をやり込めてしまった」
「やっぱり。おかしいなとずっと思っていたんです」
「貴女には本当に申し訳ないことをしてしまいました、心から謝罪いたします」
「謝罪など必要ありません。フリードの気持ちも痛いほどわかりますので」
「フランツェスカ……」
「ですが、昨夜お話した通り。私は白い結婚を望みますので、そこのところご理解とご協力おねがいしますね、フリード?」
だからと言って許すとは言っていません。
口に出して言うつもりはありませんが、これでも結構傷ついたんです。
そんな簡単に許してなんてあげません。
「っ……はい」
「……話を戻しますがフリード、少し休まれては? 目元にクマがありますよ?」
クマだけじゃなくて顔色が悪い。
何日まともに寝てないんでしょうか、この人。
「ああ、これは本当に気にしないでください。いつもの事なので……それに貴女の可愛らしい寝顔を見ながら仕事ができたおかげで、昨夜は不思議と疲れませんでしたよ。ありがとうございます、フランツェスカ」
「いつも、ですか……」
「……ええ。そうだ、起きられたなら部屋に朝食を運ばせましょうか。そろそろ仕事も一段落するので、一緒に食べましょう」
「はい、よろこんで」
そして私達二人の新しい関係が静かに動き出したのです。
――朝。
カーテンの隙間から差し込んだ朝日が眩しくて、目を覚ますと。
そこは見覚えのない部屋だった。
……ここ、どこでしたっけ?
と、寝ぼけた頭で周囲を見渡していると紙の擦れるような音。
誰かいるのかと音のする方へ顔を向ければ、そこには山積みの書類に囲まれたフリードの姿があって。
ようやく思い出しました。
昨日自分が結婚したということを。
結婚したことを忘れるとは、私も相当疲れているなと頭を振る。
だけどここには私よりも疲れていそうな男がいました。
眉間に皺を寄せながら黙々と書類にペンを走らせるフリード、その目元にはうっすらと隈が出来ていて。
昨夜は眠らずに徹夜で仕事をしていたのだとすぐにわかりました。
「あの、フリード……?」
「……あ。おはようございます、フランツェスカ。すみません、起こしてしまいましたか?」
「いいえ。いつもこのくらいの時間に起きるんです」
北の戦場に送られてから、夜は危ないから早く寝ろと第三騎士団の騎士達全員に言い含められて。
いつのまにか早寝早起きになってしまいました。
なんですか『夜は危ない』って、戦場にいるのだから危ないのは当たり前だと思うのですが。
「そうですか……フランツェスカは朝がとても早いのですね」
「ええ、朝の澄んだ空気が好きなので。フリードはあれからずっと……お仕事をなさっていらしたのですか?」
「昨夜のうちに片づけておこうと思っていたのですが、少し時間がかかってしまいました。けれどもうすぐ終わりますよ」
そう言ってフリードは肩を竦めて困ったように笑う。
その飾らないありのままの笑顔に、また胸がざわついた。
「もしや、私がベッドを占領してしまったせいで眠れなかったのでは? 半分空いているからと、確認も取らず眠ってしまいました。ごめんなさい」
「まさか。元々夜はあまり眠れないんです、だから謝らないでください。それに謝らなければいけないのは私の方です」
「え?」
「初めてお会いした日、私は貴女に侮辱するような酷い言葉を掛けてしまった。許して貰おうとは思っていません、ですが一言謝らなくてはいけないと……あれからずっと考えていました」
「あれは……私を怒らせたかったのでしょう? 破談にでも持ち込もうと考えていたのではなくて?」
「やはりフランツェスカは凄いな。ええ、その通りです。私は貴女を怒らせてシュヴァルツヴァルトに有利な条件でこの縁談を破談にするつもりでした。ですが貴女は怒るどころか笑顔で私をやり込めてしまった」
「やっぱり。おかしいなとずっと思っていたんです」
「貴女には本当に申し訳ないことをしてしまいました、心から謝罪いたします」
「謝罪など必要ありません。フリードの気持ちも痛いほどわかりますので」
「フランツェスカ……」
「ですが、昨夜お話した通り。私は白い結婚を望みますので、そこのところご理解とご協力おねがいしますね、フリード?」
だからと言って許すとは言っていません。
口に出して言うつもりはありませんが、これでも結構傷ついたんです。
そんな簡単に許してなんてあげません。
「っ……はい」
「……話を戻しますがフリード、少し休まれては? 目元にクマがありますよ?」
クマだけじゃなくて顔色が悪い。
何日まともに寝てないんでしょうか、この人。
「ああ、これは本当に気にしないでください。いつもの事なので……それに貴女の可愛らしい寝顔を見ながら仕事ができたおかげで、昨夜は不思議と疲れませんでしたよ。ありがとうございます、フランツェスカ」
「いつも、ですか……」
「……ええ。そうだ、起きられたなら部屋に朝食を運ばせましょうか。そろそろ仕事も一段落するので、一緒に食べましょう」
「はい、よろこんで」
そして私達二人の新しい関係が静かに動き出したのです。
1,659
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢は永眠しました
詩海猫(8/29書籍発売)
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」
長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。
だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。
ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m
悪役令嬢に相応しいエンディング
無色
恋愛
月の光のように美しく気高い、公爵令嬢ルナティア=ミューラー。
ある日彼女は卒業パーティーで、王子アイベックに国外追放を告げられる。
さらには平民上がりの令嬢ナージャと婚約を宣言した。
ナージャはルナティアの悪い評判をアイベックに吹聴し、彼女を貶めたのだ。
だが彼らは愚かにも知らなかった。
ルナティアには、ミューラー家には、貴族の令嬢たちしか知らない裏の顔があるということを。
そして、待ち受けるエンディングを。
悪役令嬢は手加減無しに復讐する
田舎の沼
恋愛
公爵令嬢イザベラ・フォックストーンは、王太子アレクサンドルの婚約者として完璧な人生を送っていたはずだった。しかし、華やかな誕生日パーティーで突然の婚約破棄を宣告される。
理由は、聖女の力を持つ男爵令嬢エマ・リンドンへの愛。イザベラは「嫉妬深く陰険な悪役令嬢」として糾弾され、名誉を失う。
婚約破棄をされたことで彼女の心の中で何かが弾けた。彼女の心に燃え上がるのは、容赦のない復讐の炎。フォックストーン家の膨大なネットワークと経済力を武器に、裏切り者たちを次々と追い詰めていく。アレクサンドルとエマの秘密を暴き、貴族社会を揺るがす陰謀を巡らせ、手加減なしの報復を繰り広げる。
婚約者様への逆襲です。
有栖川灯里
恋愛
王太子との婚約を、一方的な断罪と共に破棄された令嬢・アンネリーゼ=フォン=アイゼナッハ。
理由は“聖女を妬んだ悪役”という、ありふれた台本。
だが彼女は涙ひとつ見せずに微笑み、ただ静かに言い残した。
――「さようなら、婚約者様。二度と戻りませんわ」
すべてを捨て、王宮を去った“悪役令嬢”が辿り着いたのは、沈黙と再生の修道院。
そこで出会ったのは、聖女の奇跡に疑問を抱く神官、情報を操る傭兵、そしてかつて見逃された“真実”。
これは、少女が嘘を暴き、誇りを取り戻し、自らの手で未来を選び取る物語。
断罪は終わりではなく、始まりだった。
“信仰”に支配された王国を、静かに揺るがす――悪役令嬢の逆襲。
9時から5時まで悪役令嬢
西野和歌
恋愛
「お前は動くとロクな事をしない、だからお前は悪役令嬢なのだ」
婚約者である第二王子リカルド殿下にそう言われた私は決意した。
ならば私は願い通りに動くのをやめよう。
学園に登校した朝九時から下校の夕方五時まで
昼休憩の一時間を除いて私は椅子から動く事を一切禁止した。
さあ望むとおりにして差し上げました。あとは王子の自由です。
どうぞ自らがヒロインだと名乗る彼女たちと仲良くして下さい。
卒業パーティーもご自身でおっしゃった通りに、彼女たちから選ぶといいですよ?
なのにどうして私を部屋から出そうとするんですか?
嫌です、私は初めて自分のためだけの自由の時間を手に入れたんです。
今まで通り、全てあなたの願い通りなのに何が不満なのか私は知りません。
冷めた伯爵令嬢と逆襲された王子の話。
☆別サイトにも掲載しています。
※感想より続編リクエストがありましたので、突貫工事並みですが、留学編を追加しました。
これにて完結です。沢山の皆さまに感謝致します。
運命に勝てない当て馬令嬢の幕引き。
ぽんぽこ狸
恋愛
気高き公爵家令嬢オリヴィアの護衛騎士であるテオは、ある日、主に天啓を受けたと打ち明けられた。
その内容は運命の女神の聖女として召喚されたマイという少女と、オリヴィアの婚約者であるカルステンをめぐって死闘を繰り広げ命を失うというものだったらしい。
だからこそ、オリヴィアはもう何も望まない。テオは立場を失うオリヴィアの事は忘れて、自らの道を歩むようにと言われてしまう。
しかし、そんなことは出来るはずもなく、テオも将来の王妃をめぐる運命の争いの中に巻き込まれていくのだった。
五万文字いかない程度のお話です。さくっと終わりますので読者様の暇つぶしになればと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる