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29 遠い存在
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月明りが照らす寝室で。
フリードは隣で眠るフランツェスカを見ていた。
規則正しく上下する胸元と静かな寝息、その姿に思わずため息が漏れた。
不用意な言葉でまた距離ができてしまった、少しは近付けたと思っていたのに。
なぜいつもこうなってしまうのだろうか。
今日こそあの日の言葉をフランツェスカに謝ろうとフリードは決めていた。
なのに実際フランツェスカと部屋に二人きりになってみると、どう謝罪の言葉を伝えればいいのかわからなくなった。
そんな自分が無性に情けなく思えて、フリードは小さく息を吐いた。
今まで生きてきた中でこんな風になるのは初めての経験で、自分自身驚いた。
だけどそれほどまでにフリードのなかでフランツェスカという存在はいつのまにか大きく、特別なものになっていた。
フランツェスカ・モルゲンロート。
敵国の第一王女で、年は成人を迎えたばかり。
和平の為に嫁いできた異国の姫。
燃え盛るような深紅の髪に、見覚えのある神秘的な紫紺の瞳。
――それがフリードの知る、フランツェスカの全て。
フリードはフランツェスカがモルゲンロートの王位継承者としてこれまで生きたことを知らないし、戦場に指揮官として立っていたことも知らない。
けれどフランツェスカと過ごす内に、その博識で聡明な内面と民を想う優しさを知って。
フリードはだんだん惹かれていった。
月光に照らされた深紅の髪は淡く光り輝く。
手を伸ばせば届く距離、なのにどうしてかとても遠い存在に思えてしまう。
ここ数日でフリードはよくよく思い知らされた。
この婚姻が和平の為に仕方なく結ばれたものであったとしても、フランツェスカを軽んじてはならなかったということを。
そしてそれは今夜のチェスで、確信に変わった。
フランツェスカがみせた巧みな戦術は圧巻の一言で、フリードはその采配に魅せられた。
盤面を見据えて敵の動きを先読みし、計略にかけていくその様はまるで、北の戦いで出会ったあの敵将のよう。
「……あの方も、燃え盛るような深紅の髪でしたね」
フリードは天井を見上げてそっと目を伏せる。
極寒の猛吹雪の中。
見上げたモルゲンロートの砦に靡くのは、燃え盛るような深紅の髪。
手も足も出ないこちらをまるで嘲笑うかのように、見下ろすその赤毛がどれだけ憎らしかったか。
あの日の光景は今も目に焼き付いて離れない。
けれど同じ指揮官としてその手腕には惚れ惚れしたし、その類稀なる才能が羨ましかった。
だからフリードは敬意を持って『紅の悪夢』という二つ名を敵将につけた。
そして終戦後フリードは急いでモルゲンロートに向かった、敵将に直接会う為に。
……王女を迎えにいくという、名目で。
そしてモルゲンロートの国王に。
『どうか彼に会わせていただきたい。復讐とかそんな低俗な考えではありません、是非直接会って話をしてみたい。あの戦術はどうやって考え付いたのか、自分のなにが悪かったのか……ご教授願いたい』
そう熱心に願い出たが、モルゲンロートの国王は悩む素振りすらせず首を横に振った。
『残念だが会わせるわけにはいかない。あれにはもう自由を与えた、そんなに会いたければ自分で探しなさい』
『自分で、ですか……?』
『ああ。だが……たとえ見つけ出せたとしても、あれの幸せを壊すことだけは私が絶対に許さん。いくら、娘の夫になるそなたでもな』
そう、モルゲンロートの国王に断られてしまい。
フリードは敵将に会うことが出来なかった。
今は終戦の処理や公務で全く時間が取れないが、そのうち時間が出来たら探してみよう。
そうフリードは決意する。
実際、フランツェスカに会いに行くのもわずかな睡眠時間を削って会いに行っていた。
フランツェスカには『今は時間に余裕がある』と、気遣わせないよう嘘をついて――。
「んー……」
ごそごそと音がして、寝言が聞こえた。
どうしたのかと上半身を起こし、隣で眠るフランツェスカへとフリードが目を向ければ。
フランツェスカは大きく寝返りを打ち、境界線という名のクッションの壁を壊していた。
『白い結婚でも構わない』そう言ったのは、不安げな顔をしていたフランツェスカを安心させたかっただけなのに。
「フランツェスカ。貴女が私を拒むなら私はそれを受け入れましょう、自分が蒔いた種ですし……けれどいつか必ず、貴女の心を手に入れますからね……覚悟しておいてください」
その日まで、この婚姻を守る。
たとえこの想いが報われなかったとしても。
月明りが照らす寝室で。
フリードは隣で眠るフランツェスカを見ていた。
規則正しく上下する胸元と静かな寝息、その姿に思わずため息が漏れた。
不用意な言葉でまた距離ができてしまった、少しは近付けたと思っていたのに。
なぜいつもこうなってしまうのだろうか。
今日こそあの日の言葉をフランツェスカに謝ろうとフリードは決めていた。
なのに実際フランツェスカと部屋に二人きりになってみると、どう謝罪の言葉を伝えればいいのかわからなくなった。
そんな自分が無性に情けなく思えて、フリードは小さく息を吐いた。
今まで生きてきた中でこんな風になるのは初めての経験で、自分自身驚いた。
だけどそれほどまでにフリードのなかでフランツェスカという存在はいつのまにか大きく、特別なものになっていた。
フランツェスカ・モルゲンロート。
敵国の第一王女で、年は成人を迎えたばかり。
和平の為に嫁いできた異国の姫。
燃え盛るような深紅の髪に、見覚えのある神秘的な紫紺の瞳。
――それがフリードの知る、フランツェスカの全て。
フリードはフランツェスカがモルゲンロートの王位継承者としてこれまで生きたことを知らないし、戦場に指揮官として立っていたことも知らない。
けれどフランツェスカと過ごす内に、その博識で聡明な内面と民を想う優しさを知って。
フリードはだんだん惹かれていった。
月光に照らされた深紅の髪は淡く光り輝く。
手を伸ばせば届く距離、なのにどうしてかとても遠い存在に思えてしまう。
ここ数日でフリードはよくよく思い知らされた。
この婚姻が和平の為に仕方なく結ばれたものであったとしても、フランツェスカを軽んじてはならなかったということを。
そしてそれは今夜のチェスで、確信に変わった。
フランツェスカがみせた巧みな戦術は圧巻の一言で、フリードはその采配に魅せられた。
盤面を見据えて敵の動きを先読みし、計略にかけていくその様はまるで、北の戦いで出会ったあの敵将のよう。
「……あの方も、燃え盛るような深紅の髪でしたね」
フリードは天井を見上げてそっと目を伏せる。
極寒の猛吹雪の中。
見上げたモルゲンロートの砦に靡くのは、燃え盛るような深紅の髪。
手も足も出ないこちらをまるで嘲笑うかのように、見下ろすその赤毛がどれだけ憎らしかったか。
あの日の光景は今も目に焼き付いて離れない。
けれど同じ指揮官としてその手腕には惚れ惚れしたし、その類稀なる才能が羨ましかった。
だからフリードは敬意を持って『紅の悪夢』という二つ名を敵将につけた。
そして終戦後フリードは急いでモルゲンロートに向かった、敵将に直接会う為に。
……王女を迎えにいくという、名目で。
そしてモルゲンロートの国王に。
『どうか彼に会わせていただきたい。復讐とかそんな低俗な考えではありません、是非直接会って話をしてみたい。あの戦術はどうやって考え付いたのか、自分のなにが悪かったのか……ご教授願いたい』
そう熱心に願い出たが、モルゲンロートの国王は悩む素振りすらせず首を横に振った。
『残念だが会わせるわけにはいかない。あれにはもう自由を与えた、そんなに会いたければ自分で探しなさい』
『自分で、ですか……?』
『ああ。だが……たとえ見つけ出せたとしても、あれの幸せを壊すことだけは私が絶対に許さん。いくら、娘の夫になるそなたでもな』
そう、モルゲンロートの国王に断られてしまい。
フリードは敵将に会うことが出来なかった。
今は終戦の処理や公務で全く時間が取れないが、そのうち時間が出来たら探してみよう。
そうフリードは決意する。
実際、フランツェスカに会いに行くのもわずかな睡眠時間を削って会いに行っていた。
フランツェスカには『今は時間に余裕がある』と、気遣わせないよう嘘をついて――。
「んー……」
ごそごそと音がして、寝言が聞こえた。
どうしたのかと上半身を起こし、隣で眠るフランツェスカへとフリードが目を向ければ。
フランツェスカは大きく寝返りを打ち、境界線という名のクッションの壁を壊していた。
『白い結婚でも構わない』そう言ったのは、不安げな顔をしていたフランツェスカを安心させたかっただけなのに。
「フランツェスカ。貴女が私を拒むなら私はそれを受け入れましょう、自分が蒔いた種ですし……けれどいつか必ず、貴女の心を手に入れますからね……覚悟しておいてください」
その日まで、この婚姻を守る。
たとえこの想いが報われなかったとしても。
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