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そしてその日の午後から、私の王太子妃としての生活は始まりました。
まずは宰相との顔合わせ。
王太子妃となった以上、国の上層部との関係は非常に重要で避けて通ることはできない。
なので表面上だけでも仲良く、敵対関係にだけは絶対にならないようにしなくてはいけません。
そして紹介された宰相のアーレンス公爵は、なにを考えているのかわからない冷たい目をしたうちの『クソ親父』みたいな男性で。
私が一番苦手とする部類の人間だったのです。
……最悪です。
思わず舌打ちしそうになりました。
「フランツェスカ殿下。ようこそシュヴァルツヴァルトへ、歓迎いたします。そしてご挨拶が遅くなってしまい申し訳ありません、戦後処理で色々と立て込んでおりまして」
笑顔で遠回しに嫌味を言ってくる所なんて、ほんとそっくり。
遠慮せずおっしゃればよろしいのに。
『モルゲンロートとの戦後処理でクソ忙しいのに、なぜ多忙の原因となった敵国の王女を相手してやらねばならないのか』
……と。
「丁寧なご挨拶ありがとうございます。お忙しい所、時間をとっていただき感謝いたします。戦後処理の件ですが私も携わらせていただけたらなと考えております。微力ではございますが、お役に立てるよう尽力いたしますので……もし私になにかできることがあればおっしゃってください」
「ほう、モルゲンロートの第一王女殿下が力を貸してくださると? それはなんとも心強い、ぜひともお力添えいただきたいですな。これまで一人で頭を悩ませておりましたがフランツェスカ殿下にご協力いただけるなら大変心強い」
含みのある言い方。
なにか知っているようですが、核心には触れてこないけれど。
……この人、たぶん知っていますね。私が王位継承者だったことを。
なにも知らないのは。
フリードだけ、ということでしょうか。
「いつでもおっしゃってください。私にできることは少ないですが協力させていただきますので。民が安心して暮らせるよう尽力するのは王族としての務め、力を尽くす所存ですわ」
「予想以上ですね、フランツェスカ殿下。王太子殿下にも貴女を見習ってほしいものですな」
「そんな、私なんてまだまだですわ。世間知らずですし……」
「……年端も行かぬ少女が見知らぬ土地で武勲を立てたというに。王太子殿下ときたら」
「え……」
「きっと王太子殿下には危機感が足りないのでしょうな……やはり王位継承がすんなりいきすぎるのも考えものです」
王位継承だけじゃなくて、全部知っていると。
そりゃそうですよね、普通調べますよね。
「ええっと、あの……」
「フランツェスカ殿下。正直な所、私は貴女が我が国に輿入れしてきてくれて嬉しいのです。王太子殿下は王子としては優秀ですが貴女と違って王位を継承するとはなにか……を、まだよくわかっていらっしゃらない。だから貴女が近くにいればそれに気付けるかもしれない。私はそれに期待しているのです」
「期待、ですか?」
「ええ。ですから、先ほどの歓迎の言葉は社交辞令ではなく本音ですので。どうぞ我々にお力をお貸しください」
そう言って、アーレンス公爵は微笑んだのです。
つまりアーレンス公爵は私を、フリードの当て馬として利用する気満々と言うわけですね。
まあ敵対されるよりはよっぽどマシですし、笑顔でうなずいておくといたしましょう。
でも結局私は駒でしかないのかもしれない。
そしてその後。
シュヴァルツヴァルトの慣習やこの国独自のマナーを私に教えてくれる、ツィンマーマン侯爵夫人との顔合わせがありました。
ツィンマーマン侯爵家のソフィー夫人。
ソフィー夫人は私と二つしか年が違わないのに子どもが二人もいるらしく、今日は乳母に子どもを預けてきたんだとか。
そんなソフィー夫人は頼りがいのある姉御肌の女性で、私の事を敵国の王女ではなく王太子妃として敬意を持って接してくれたのです。
……それにはとても驚きました。
宰相アーレンス公爵が私を歓迎したのは、ただ単に利害が一致したから。
けれど、ソフィー夫人は私が輿入れしたところでなにも利がない。
なのに「なにかあったら私が全力で守りますからね、安心してください」とまで言ってくれて。
たとえそれが社交辞令でも、私は嬉しかった。
……ただ。
やはりレイチェルのような事があるので、あまり信用しすぎてもいけません。
あれからレイチェルは私に毒を盛ることは一度もありませんでしたが、様子がおかしい。
目も合わせてくれません。
きっと脅されて仕方なくやったけれど、罪悪感で押しつぶされそうなんだと思います。
けれど私にはどうしてあげることもできません。
だからなるべくレイチェルとは距離を置くように心がけていますが、それには限度があって。
なかなかに厳しい状況です。
――そして本日は。
リーゼロッテ王妃殿下主催のお茶会に、お呼ばれされまして。
非常に重い足取りで、会場となる王宮の中庭にやってきた次第です。
お茶会。
それはつまり貴婦人達の戦場。
そんな戦場に敵国の王女である私がいけば、どうなるか想像するまでもありません。
だけど覚悟はもうすでにできている。
そう自分に言い聞かせながら、会場へと私は足を踏み入れたのです。
そしてその日の午後から、私の王太子妃としての生活は始まりました。
まずは宰相との顔合わせ。
王太子妃となった以上、国の上層部との関係は非常に重要で避けて通ることはできない。
なので表面上だけでも仲良く、敵対関係にだけは絶対にならないようにしなくてはいけません。
そして紹介された宰相のアーレンス公爵は、なにを考えているのかわからない冷たい目をしたうちの『クソ親父』みたいな男性で。
私が一番苦手とする部類の人間だったのです。
……最悪です。
思わず舌打ちしそうになりました。
「フランツェスカ殿下。ようこそシュヴァルツヴァルトへ、歓迎いたします。そしてご挨拶が遅くなってしまい申し訳ありません、戦後処理で色々と立て込んでおりまして」
笑顔で遠回しに嫌味を言ってくる所なんて、ほんとそっくり。
遠慮せずおっしゃればよろしいのに。
『モルゲンロートとの戦後処理でクソ忙しいのに、なぜ多忙の原因となった敵国の王女を相手してやらねばならないのか』
……と。
「丁寧なご挨拶ありがとうございます。お忙しい所、時間をとっていただき感謝いたします。戦後処理の件ですが私も携わらせていただけたらなと考えております。微力ではございますが、お役に立てるよう尽力いたしますので……もし私になにかできることがあればおっしゃってください」
「ほう、モルゲンロートの第一王女殿下が力を貸してくださると? それはなんとも心強い、ぜひともお力添えいただきたいですな。これまで一人で頭を悩ませておりましたがフランツェスカ殿下にご協力いただけるなら大変心強い」
含みのある言い方。
なにか知っているようですが、核心には触れてこないけれど。
……この人、たぶん知っていますね。私が王位継承者だったことを。
なにも知らないのは。
フリードだけ、ということでしょうか。
「いつでもおっしゃってください。私にできることは少ないですが協力させていただきますので。民が安心して暮らせるよう尽力するのは王族としての務め、力を尽くす所存ですわ」
「予想以上ですね、フランツェスカ殿下。王太子殿下にも貴女を見習ってほしいものですな」
「そんな、私なんてまだまだですわ。世間知らずですし……」
「……年端も行かぬ少女が見知らぬ土地で武勲を立てたというに。王太子殿下ときたら」
「え……」
「きっと王太子殿下には危機感が足りないのでしょうな……やはり王位継承がすんなりいきすぎるのも考えものです」
王位継承だけじゃなくて、全部知っていると。
そりゃそうですよね、普通調べますよね。
「ええっと、あの……」
「フランツェスカ殿下。正直な所、私は貴女が我が国に輿入れしてきてくれて嬉しいのです。王太子殿下は王子としては優秀ですが貴女と違って王位を継承するとはなにか……を、まだよくわかっていらっしゃらない。だから貴女が近くにいればそれに気付けるかもしれない。私はそれに期待しているのです」
「期待、ですか?」
「ええ。ですから、先ほどの歓迎の言葉は社交辞令ではなく本音ですので。どうぞ我々にお力をお貸しください」
そう言って、アーレンス公爵は微笑んだのです。
つまりアーレンス公爵は私を、フリードの当て馬として利用する気満々と言うわけですね。
まあ敵対されるよりはよっぽどマシですし、笑顔でうなずいておくといたしましょう。
でも結局私は駒でしかないのかもしれない。
そしてその後。
シュヴァルツヴァルトの慣習やこの国独自のマナーを私に教えてくれる、ツィンマーマン侯爵夫人との顔合わせがありました。
ツィンマーマン侯爵家のソフィー夫人。
ソフィー夫人は私と二つしか年が違わないのに子どもが二人もいるらしく、今日は乳母に子どもを預けてきたんだとか。
そんなソフィー夫人は頼りがいのある姉御肌の女性で、私の事を敵国の王女ではなく王太子妃として敬意を持って接してくれたのです。
……それにはとても驚きました。
宰相アーレンス公爵が私を歓迎したのは、ただ単に利害が一致したから。
けれど、ソフィー夫人は私が輿入れしたところでなにも利がない。
なのに「なにかあったら私が全力で守りますからね、安心してください」とまで言ってくれて。
たとえそれが社交辞令でも、私は嬉しかった。
……ただ。
やはりレイチェルのような事があるので、あまり信用しすぎてもいけません。
あれからレイチェルは私に毒を盛ることは一度もありませんでしたが、様子がおかしい。
目も合わせてくれません。
きっと脅されて仕方なくやったけれど、罪悪感で押しつぶされそうなんだと思います。
けれど私にはどうしてあげることもできません。
だからなるべくレイチェルとは距離を置くように心がけていますが、それには限度があって。
なかなかに厳しい状況です。
――そして本日は。
リーゼロッテ王妃殿下主催のお茶会に、お呼ばれされまして。
非常に重い足取りで、会場となる王宮の中庭にやってきた次第です。
お茶会。
それはつまり貴婦人達の戦場。
そんな戦場に敵国の王女である私がいけば、どうなるか想像するまでもありません。
だけど覚悟はもうすでにできている。
そう自分に言い聞かせながら、会場へと私は足を踏み入れたのです。
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