死を望まれた王女は敵国で白い結婚を望む。「ご安心ください、私もあなたを愛するつもりはありません」

千紫万紅

文字の大きさ
33 / 68

33 そこに潜む感情

しおりを挟む
 33



 大胆不敵なクラウディーヌ公爵令嬢の発言に。
 近くにいた貴婦人達は互いに顔を見合わせた。

 いくら私が敵国の王女だったとはいえ、王族に対してその振る舞いは許されざる行い。
 ましてや、今の私はこの国の王太子妃。

 媚びへつらったりする必要はありませんが、それ相応の敬意をもって接するのが貴族としての常識。

 王族に対して無礼を働けば、どんなに高貴な家柄だったとしてもただでは済まない。

 それなのにどうしてこんな発言をしたのか、私には理解できません。
 以前お会いしたときは、演技に関しては拙いように感じましたが聡明な令嬢だと思っていたのに。
 
「まあ、それであの場にいらしたということですの? それはまたクラウディーヌ公爵令嬢は大変好奇心旺盛でいらっしゃるのね。ですが、ご令嬢が一人で歩き回るというのは感心しませんわ。いくら王宮とはいえ、なにがあるかわからないのよ?」

 あえて無礼に気づかぬふりをして、やんわりと諭した。
 その言葉には「立場をわきまえなさい」という警告を、そして「このままでは貴女の立場が危うい」という忠告をさりげなく忍ばせて。

 無礼を咎めるのは簡単。
 ですが、王妃殿下主催のお茶会で波風を立てるのはなるべくなら避けたい。
 
 それにここまで言えば、自分の過ちに気づいて引いてくれると思った。
 ――けれど。

「ええ、そうですわ。でもまさか敵国の王女殿下とフリード様が本当にご結婚なさるだなんて……! 私、考えてもいませんでしたわ。どうして敵国の王女なんかと……そんなの認められませんわ……」
 
 クラウディーヌ公爵令嬢のその言葉に、周囲の空気が一瞬で凍りつき静寂に包まれた。
 扇を持つ貴婦人たちの手がぴたりと止まり、誰も息をすることさえためらうように。
 
 その静けさが、彼女の失態をなによりも雄弁に語っていた。

 国家間の和平のために決められた婚姻に異を唱える。
 それは王族どころか、国そのものへの侮辱に等しい許されざる行い。
 
 けれどその言葉には悪意ではなく、信じたくないという感情があるように私には思えた。

 ……ああ、そっか。
 クラウディーヌ公爵令嬢は、フリードの事が好きだったんだ。
 
 そう理解した瞬間、私の中の苛立ちは消えて同情が浮かんできた。

「まあ……確かに、想像できなかったでしょうね。ですが口に出してよいことと、悪いことがあると貴女は教わらなかったのですか? ヴァイス公爵家のご令嬢は礼儀……という言葉、ご存知ないのかしら?」

 笑みを浮かべる。
 それは王族としての余裕の笑み。
 声を荒げる必要はない。
 
 あくまで穏やかに、けれど確実に圧をかける。
 『もうこれで引き下がりなさい、これ以上は庇ってあげられない』
 ……そんな思いを込めて。

「知っておりますわ、ですが……納得できません」
 
 クラウディーヌ公爵令嬢は瞳に大粒の涙を湛え、唇はかすかに震わせていた。
 必死に泣くまいとしているその健気な姿に、思わずため息が漏れた。
 
 やはり私の予想は当たっていた。
 これは嫉妬のような悪感情ではなく、恋に敗れた少女の悲痛な叫び。

 それは決して許されない無礼だった。
 
 だけどそこに潜む感情に気づいてしまえば。
 一方的に責める気には、どうしてもなれなかった。
 

「――まあ、ここはずいぶんとお静かね。こちらではなにか楽しいお話でもしておりましたの?」

 澄んだ声が響いた。

 そこにはリーゼロッテ王妃殿下。
 貴婦人達はその姿を見るなり一斉に立ち上がり、優雅な礼を取る。
 けれどその所作の奥には、先ほどまでの緊張と動揺がまだ残っていた。

「王妃、殿下……」
 
 クラウディーヌ公爵令嬢が青ざめた顔で身をすくめる、先ほどまでの強気な姿は影も形もない。

 リーゼロッテ王妃殿下の目が、ゆっくりとクラウディーヌ公爵令嬢へと向けられた。
 
 その視線は穏やかでありながらも、どんな言い訳も許さぬ威厳を帯びていた。
 
 ……このままでは彼女が処罰を受けてしまう。

 そう感じた瞬間。
 ほぼ無意識に、私の身体は一歩前に出ていた。

「リーゼロッテ王妃殿下。少々話が盛り上がっておりましたの。恋の話でございますわ。ほら、若い令嬢たちは皆、白馬に乗った王子様との結婚に憧れておりますから」

 リーゼロッテ王妃殿下の瞳が、ほんのわずかに細められた。
 けれど私の意図を察してくれたのだろう、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。

「まあ、それは楽しいお話ですこと。若い方々の恋の話ほど華やかなものはありませんものね」

 その一言に、場の空気がふっと緩んだ。
 静かに息を殺していた貴婦人たちも、ようやく安堵の色を浮かべる。

 私はクラウディーヌ公爵令嬢の方を見た。
 彼女は信じられないとでも言うような目で私を見返していたが、やがて小さく唇を噛みしめて深々と頭を下げた。

 ……そんな姿に胸が苦しくなって。
 ふと罪悪感が湧いた。
 
 女王になる。
 ただそれだけの為に生きてきた私には、そんな風に純粋に誰かを思うことが一度もできなかった。

 打算でしかない婚約と互いを利用するだけの関係、そして裏切り。

 だからクラウディーヌ公爵令嬢のその純粋な感情を、私は否定したくなった。

 助けたのはたったそれだけの理由で。
 エゴでしかなく、感謝されるようなことじゃなかったから。
 

 ――そこへ。

「フランツェスカ!」

 フリードが、やってきたのです。

しおりを挟む
感想 348

あなたにおすすめの小説

《完結》氷の侯爵令息 あなたが子供はいらないと言ったから

ヴァンドール
恋愛
氷の侯爵令息と言われたアラン。彼は結婚相手の伯爵令嬢にとにかく冷たい態度で接する。 彼女は義姉イライザから夫が子供はいらないと言ったと聞き、衝撃を受けるが気持ちを切り替え生きていく。

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

恋愛
婚約者には初恋の人がいる。 王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。 待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。 婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。 従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。 ※なろうさんにも公開しています。 ※短編→長編に変更しました(2023.7.19)

【完結】氷の令嬢は愛を請わない - 捨て子の『義妹』に愛も家族も奪われたマリーローズの逆襲

恋せよ恋
恋愛
銀髪紫眼の美貌の侯爵令嬢、マリーローズ。 完璧な淑女に育った彼女だったが、母は捨て子ジュリエットを寵愛。 婚約者の公爵家嫡男アレックスも、友人も、次々に奪われる――。 家族に裏切られ、すべてを失った彼女が下した決断は、 家族を見かぎり、国を捨て、自らの人生を取り戻すこと。 理不尽な悲恋を力に変え、運命をひっくり返す令嬢の逆転劇! 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

〈完結〉八年間、音沙汰のなかった貴方はどちら様ですか?

詩海猫(8/29書籍発売)
恋愛
私の家は子爵家だった。 高位貴族ではなかったけれど、ちゃんと裕福な貴族としての暮らしは約束されていた。 泣き虫だった私に「リーアを守りたいんだ」と婚約してくれた侯爵家の彼は、私に黙って戦争に言ってしまい、いなくなった。 私も泣き虫の子爵令嬢をやめた。 八年後帰国した彼は、もういない私を探してるらしい。 *文字数的に「短編か?」という量になりましたが10万文字以下なので短編です。この後各自のアフターストーリーとか書けたら書きます。そしたら10万文字超えちゃうかもしれないけど短編です。こんなにかかると思わず、「転生王子〜」が大幅に滞ってしまいましたが、次はあちらに集中予定(あくまで予定)です、あちらもよろしくお願いします*

婚約破棄されたので、もう誰の役にも立たないことにしました 〜静かな公爵家で、何もしない私の本当の人生が始まります〜

ふわふわ
恋愛
王太子の婚約者として、 完璧であることを求められ続けてきた令嬢エリシア。 だがある日、彼女は一方的に婚約を破棄される。 理由は簡単だった。 「君は役に立ちすぎた」から。 すべてを失ったはずの彼女が身を寄せたのは、 “静かな公爵”と呼ばれるアルトゥール・クロイツの屋敷。 そこで待っていたのは―― 期待も、役割も、努力の強要もない日々だった。 前に出なくていい。 誰かのために壊れなくていい。 何もしなくても、ここにいていい。 「第二の人生……いえ、これからが本当の人生です」 婚約破棄ざまぁのその先で描かれる、 何者にもならなくていいヒロインの再生と、 放っておく優しさに満ちた静かな溺愛。 これは、 “役に立たなくなった”令嬢が、 ようやく自分として生き始める物語。

私を裏切った夫が、後悔しているようですが知りません

藤原遊
恋愛
政略結婚として、公爵家に嫁いだ私は 愛のない夫婦関係を「仕事」だと思い、正妻の役目を果たしてきた。 夫が愛人を持つことも、 その子を屋敷に迎え入れることも、黙って受け入れてきた。 けれど―― 跡取りを、正妻の子ではなく愛人の子にする。 その言葉を、人前で軽く口にした瞬間。 私は悟ったのだ。 この家では、息子を守れないと。 元々、実家との間には 「嫡子以外の子は実家の跡取りにする」という取り決めがあった。 ならば話は簡単だ。 役目を終えた私は、離縁を選ぶ。 息子と共に、この家を去るだけ。 後悔しているようですが―― もう、私の知るところではありません。

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫(8/29書籍発売)
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

処理中です...