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33 そこに潜む感情
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大胆不敵なクラウディーヌ公爵令嬢の発言に。
近くにいた貴婦人達は互いに顔を見合わせた。
いくら私が敵国の王女だったとはいえ、王族に対してその振る舞いは許されざる行い。
ましてや、今の私はこの国の王太子妃。
媚びへつらったりする必要はありませんが、それ相応の敬意をもって接するのが貴族としての常識。
王族に対して無礼を働けば、どんなに高貴な家柄だったとしてもただでは済まない。
それなのにどうしてこんな発言をしたのか、私には理解できません。
以前お会いしたときは、演技に関しては拙いように感じましたが聡明な令嬢だと思っていたのに。
「まあ、それであの場にいらしたということですの? それはまたクラウディーヌ公爵令嬢は大変好奇心旺盛でいらっしゃるのね。ですが、ご令嬢が一人で歩き回るというのは感心しませんわ。いくら王宮とはいえ、なにがあるかわからないのよ?」
あえて無礼に気づかぬふりをして、やんわりと諭した。
その言葉には「立場をわきまえなさい」という警告を、そして「このままでは貴女の立場が危うい」という忠告をさりげなく忍ばせて。
無礼を咎めるのは簡単。
ですが、王妃殿下主催のお茶会で波風を立てるのはなるべくなら避けたい。
それにここまで言えば、自分の過ちに気づいて引いてくれると思った。
――けれど。
「ええ、そうですわ。でもまさか敵国の王女殿下とフリード様が本当にご結婚なさるだなんて……! 私、考えてもいませんでしたわ。どうして敵国の王女なんかと……そんなの認められませんわ……」
クラウディーヌ公爵令嬢のその言葉に、周囲の空気が一瞬で凍りつき静寂に包まれた。
扇を持つ貴婦人たちの手がぴたりと止まり、誰も息をすることさえためらうように。
その静けさが、彼女の失態をなによりも雄弁に語っていた。
国家間の和平のために決められた婚姻に異を唱える。
それは王族どころか、国そのものへの侮辱に等しい許されざる行い。
けれどその言葉には悪意ではなく、信じたくないという感情があるように私には思えた。
……ああ、そっか。
クラウディーヌ公爵令嬢は、フリードの事が好きだったんだ。
そう理解した瞬間、私の中の苛立ちは消えて同情が浮かんできた。
「まあ……確かに、想像できなかったでしょうね。ですが口に出してよいことと、悪いことがあると貴女は教わらなかったのですか? ヴァイス公爵家のご令嬢は礼儀……という言葉、ご存知ないのかしら?」
笑みを浮かべる。
それは王族としての余裕の笑み。
声を荒げる必要はない。
あくまで穏やかに、けれど確実に圧をかける。
『もうこれで引き下がりなさい、これ以上は庇ってあげられない』
……そんな思いを込めて。
「知っておりますわ、ですが……納得できません」
クラウディーヌ公爵令嬢は瞳に大粒の涙を湛え、唇はかすかに震わせていた。
必死に泣くまいとしているその健気な姿に、思わずため息が漏れた。
やはり私の予想は当たっていた。
これは嫉妬のような悪感情ではなく、恋に敗れた少女の悲痛な叫び。
それは決して許されない無礼だった。
だけどそこに潜む感情に気づいてしまえば。
一方的に責める気には、どうしてもなれなかった。
「――まあ、ここはずいぶんとお静かね。こちらではなにか楽しいお話でもしておりましたの?」
澄んだ声が響いた。
そこにはリーゼロッテ王妃殿下。
貴婦人達はその姿を見るなり一斉に立ち上がり、優雅な礼を取る。
けれどその所作の奥には、先ほどまでの緊張と動揺がまだ残っていた。
「王妃、殿下……」
クラウディーヌ公爵令嬢が青ざめた顔で身をすくめる、先ほどまでの強気な姿は影も形もない。
リーゼロッテ王妃殿下の目が、ゆっくりとクラウディーヌ公爵令嬢へと向けられた。
その視線は穏やかでありながらも、どんな言い訳も許さぬ威厳を帯びていた。
……このままでは彼女が処罰を受けてしまう。
そう感じた瞬間。
ほぼ無意識に、私の身体は一歩前に出ていた。
「リーゼロッテ王妃殿下。少々話が盛り上がっておりましたの。恋の話でございますわ。ほら、若い令嬢たちは皆、白馬に乗った王子様との結婚に憧れておりますから」
リーゼロッテ王妃殿下の瞳が、ほんのわずかに細められた。
けれど私の意図を察してくれたのだろう、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。
「まあ、それは楽しいお話ですこと。若い方々の恋の話ほど華やかなものはありませんものね」
その一言に、場の空気がふっと緩んだ。
静かに息を殺していた貴婦人たちも、ようやく安堵の色を浮かべる。
私はクラウディーヌ公爵令嬢の方を見た。
彼女は信じられないとでも言うような目で私を見返していたが、やがて小さく唇を噛みしめて深々と頭を下げた。
……そんな姿に胸が苦しくなって。
ふと罪悪感が湧いた。
女王になる。
ただそれだけの為に生きてきた私には、そんな風に純粋に誰かを思うことが一度もできなかった。
打算でしかない婚約と互いを利用するだけの関係、そして裏切り。
だからクラウディーヌ公爵令嬢のその純粋な感情を、私は否定したくなった。
助けたのはたったそれだけの理由で。
エゴでしかなく、感謝されるようなことじゃなかったから。
――そこへ。
「フランツェスカ!」
フリードが、やってきたのです。
大胆不敵なクラウディーヌ公爵令嬢の発言に。
近くにいた貴婦人達は互いに顔を見合わせた。
いくら私が敵国の王女だったとはいえ、王族に対してその振る舞いは許されざる行い。
ましてや、今の私はこの国の王太子妃。
媚びへつらったりする必要はありませんが、それ相応の敬意をもって接するのが貴族としての常識。
王族に対して無礼を働けば、どんなに高貴な家柄だったとしてもただでは済まない。
それなのにどうしてこんな発言をしたのか、私には理解できません。
以前お会いしたときは、演技に関しては拙いように感じましたが聡明な令嬢だと思っていたのに。
「まあ、それであの場にいらしたということですの? それはまたクラウディーヌ公爵令嬢は大変好奇心旺盛でいらっしゃるのね。ですが、ご令嬢が一人で歩き回るというのは感心しませんわ。いくら王宮とはいえ、なにがあるかわからないのよ?」
あえて無礼に気づかぬふりをして、やんわりと諭した。
その言葉には「立場をわきまえなさい」という警告を、そして「このままでは貴女の立場が危うい」という忠告をさりげなく忍ばせて。
無礼を咎めるのは簡単。
ですが、王妃殿下主催のお茶会で波風を立てるのはなるべくなら避けたい。
それにここまで言えば、自分の過ちに気づいて引いてくれると思った。
――けれど。
「ええ、そうですわ。でもまさか敵国の王女殿下とフリード様が本当にご結婚なさるだなんて……! 私、考えてもいませんでしたわ。どうして敵国の王女なんかと……そんなの認められませんわ……」
クラウディーヌ公爵令嬢のその言葉に、周囲の空気が一瞬で凍りつき静寂に包まれた。
扇を持つ貴婦人たちの手がぴたりと止まり、誰も息をすることさえためらうように。
その静けさが、彼女の失態をなによりも雄弁に語っていた。
国家間の和平のために決められた婚姻に異を唱える。
それは王族どころか、国そのものへの侮辱に等しい許されざる行い。
けれどその言葉には悪意ではなく、信じたくないという感情があるように私には思えた。
……ああ、そっか。
クラウディーヌ公爵令嬢は、フリードの事が好きだったんだ。
そう理解した瞬間、私の中の苛立ちは消えて同情が浮かんできた。
「まあ……確かに、想像できなかったでしょうね。ですが口に出してよいことと、悪いことがあると貴女は教わらなかったのですか? ヴァイス公爵家のご令嬢は礼儀……という言葉、ご存知ないのかしら?」
笑みを浮かべる。
それは王族としての余裕の笑み。
声を荒げる必要はない。
あくまで穏やかに、けれど確実に圧をかける。
『もうこれで引き下がりなさい、これ以上は庇ってあげられない』
……そんな思いを込めて。
「知っておりますわ、ですが……納得できません」
クラウディーヌ公爵令嬢は瞳に大粒の涙を湛え、唇はかすかに震わせていた。
必死に泣くまいとしているその健気な姿に、思わずため息が漏れた。
やはり私の予想は当たっていた。
これは嫉妬のような悪感情ではなく、恋に敗れた少女の悲痛な叫び。
それは決して許されない無礼だった。
だけどそこに潜む感情に気づいてしまえば。
一方的に責める気には、どうしてもなれなかった。
「――まあ、ここはずいぶんとお静かね。こちらではなにか楽しいお話でもしておりましたの?」
澄んだ声が響いた。
そこにはリーゼロッテ王妃殿下。
貴婦人達はその姿を見るなり一斉に立ち上がり、優雅な礼を取る。
けれどその所作の奥には、先ほどまでの緊張と動揺がまだ残っていた。
「王妃、殿下……」
クラウディーヌ公爵令嬢が青ざめた顔で身をすくめる、先ほどまでの強気な姿は影も形もない。
リーゼロッテ王妃殿下の目が、ゆっくりとクラウディーヌ公爵令嬢へと向けられた。
その視線は穏やかでありながらも、どんな言い訳も許さぬ威厳を帯びていた。
……このままでは彼女が処罰を受けてしまう。
そう感じた瞬間。
ほぼ無意識に、私の身体は一歩前に出ていた。
「リーゼロッテ王妃殿下。少々話が盛り上がっておりましたの。恋の話でございますわ。ほら、若い令嬢たちは皆、白馬に乗った王子様との結婚に憧れておりますから」
リーゼロッテ王妃殿下の瞳が、ほんのわずかに細められた。
けれど私の意図を察してくれたのだろう、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。
「まあ、それは楽しいお話ですこと。若い方々の恋の話ほど華やかなものはありませんものね」
その一言に、場の空気がふっと緩んだ。
静かに息を殺していた貴婦人たちも、ようやく安堵の色を浮かべる。
私はクラウディーヌ公爵令嬢の方を見た。
彼女は信じられないとでも言うような目で私を見返していたが、やがて小さく唇を噛みしめて深々と頭を下げた。
……そんな姿に胸が苦しくなって。
ふと罪悪感が湧いた。
女王になる。
ただそれだけの為に生きてきた私には、そんな風に純粋に誰かを思うことが一度もできなかった。
打算でしかない婚約と互いを利用するだけの関係、そして裏切り。
だからクラウディーヌ公爵令嬢のその純粋な感情を、私は否定したくなった。
助けたのはたったそれだけの理由で。
エゴでしかなく、感謝されるようなことじゃなかったから。
――そこへ。
「フランツェスカ!」
フリードが、やってきたのです。
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